繋いだ手の真実
イーサン先生が休職するらしい。あくまで休職だ。王宮で魔術師として、後進の育成も視野に入れて動きはじめるからだ。
後任の先生とも、きちんと引継や連携をとって、生徒たちの進路などに支障のないよう、うまく計らうみたい。
少しずつだけど、魔術が世に広まっていくのだと思うと嬉しい。人に害をなすような魔術に関しては、契約魔法を使って制御をするようになるのだとか。
それよりも、ミリーを送り出した後が、私たちにとっては、ある意味一番大変だった。
「「……」」
私とジェイドが、言葉を交わすことなく廊下を歩いていると……
「ジェェェイィィィドォォオ(怒)」
私たちの目の前、廊下の先には、鬼のような形相のラズ兄様が、仁王立ちをしていた。
その瞬間、ジェイドは何が起きているのかをすぐに察したようで、空いている方の手を額に当てて項垂れた。
少し間を置いてから、ようやく私も気付いてしまった。ラズ兄様の視線の先、ジェイドの手と繋がれている自分の手に視線を落としたから。
「えっ? ……はっ!!」
手を繋いで廊下を歩いているところを、ラズ兄様に見られてしまったのだ。私は慌てて弁解をしようとした。
「ラズ兄様、落ち着いてください。これには理由が……」
「落ち着いていられるか! 早く離れなさい!!」
全く聞く耳を持ってもらえず、無理やり私たちの手を引き離そうとした。
「絶対に、離しません……」
ジェイドが粘ってくれた。こんな時なのに、少しだけキュンとしちゃったのは秘密だ。
(でも、無理だったわ。ラズ兄様には敵わないものね)
見事に引き離された。
「前言撤回だ! まだ、お前には譲らないからなな!」
ラズ兄様はジェイドの手を引っ張って、どこかに連れて行ってしまった。
この屋敷内では、会話だけでなく、行動も気を付けなければいけないと再認識した。
******
【SIDE】 ジェイド
「ジェイド、お前、自分が何をしたか分かっているのか?」
俺は、ラズライト様にいつもの特訓部屋に連行された。ラズライト様が言いたいことは分かっている。だって……
「……」
「だんまりか? 俺は見ていた。ジェイド、お前はあの時、お前からサフィーの手を繋ぎにいっただろ?」
(ああ、やはりバレていたか)
あの時、サフィーお嬢様が、言葉に詰まらせて考え込んだ時、俺は、サフィーお嬢様が自分の気持ちを押し殺して、自分を犠牲にすることを考えている気がした。
だから、もっと素直になってほしい、俺だけには言ってほしい、俺はサフィーお嬢様の全てを受け入れるから、と言葉よりも態度で示そうと思った。
(いや、そういう理屈を抜きにしても、俺はサフィーお嬢様の手を取りたくなったんだ)
そしたら、なんの偶然か、俺がサフィーお嬢様の手に触れたか触れないか、というその瞬間、逆にぎゅっと俺の手を握られた。
思わず驚いてしまったけれど、俺を必要としてくれている気がして、嬉しくてそのまま強く握り返した。
俺がサフィーお嬢様の全てを受け入れるから、もっと頼ってほしい、我儘を言って欲しいとの想いを込めて。
(ずっとこのままでいたい、絶対に離すものか)
そう思ってすぐのことだった。
鬼の形相のラズライト様が現れたのは……
「俺は本気です。俺の全てをサフィーお嬢様に捧げ、守っていきます」
「それで、こっそりと黙って手を握ろうとしたのか? 言葉で言わなきゃ伝わらないこともあるんだぞ?」
(この屋敷内で言葉として発したら、全て筒抜けじゃないですか!)
そう言いたかったけれど、俺はその言葉を飲み込んだ。確かに、ラズライト様の言い分も一理あると思ったから。
「今から、伝えてきます!」
「甘い!」
ーーーードォォォォン
「いきなり何するんですか!?」
「お前もとうとう反応できるようになったのか」
いつもの如く落とし穴を仕掛けてきたラズライト様は、感慨深く頷いている。
(この深さはあり得ないだろ……)
もちろんこの特訓部屋には、相変わらず魔法無効化の結界が張られている。
落ちる瞬間、何とか衝撃を防ぐことはできたけれど、いつもよりも魔法無効化の威力が強い。
(アオ様の応援を貰わないと、無理か? いや、まずは自分の力でどうにかしなければ!)
「ここから出て、今日中にサフィーに伝えなければ、俺は認めないからな」
そう言うと、ラズライト様は寝はじめた。
「寝ながらでも結界を張っていられるなんて、なんて人だ……」
でも、俺はやるしかない。今日中に、サフィーお嬢様に俺の気持ちを伝えよう。
……そして夜。
俺は何とか落とし穴から抜け出すことができた。
(ラズライト様は、まだ寝てる?)
俺はラズライト様に向かって深く一礼して特訓部屋を後にした。俺の向かうところは、もう決まっている。そして……
「サフィーを幸せにしろよ……」
ラズライト様の呟きが、特訓部屋から遠く離れた俺の耳にも微かに届いた。
俺は嬉しかった。だから、大きく「はい!」と返事して、サフィーお嬢様のもとへと向かった。