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贖罪

 お母様に連れられて、私はサロンの前まで来た。ドアは開放されており、その前にはジェイドが立っていた。


 ジェイドは私に気が付いた瞬間、とても安堵した表情を浮かべ、口の動きだけで「大丈夫ですか?」と聞いてくれた。


 私も「大丈夫だよ、ありがとう」と言う代わりに、笑顔で応えた。


 本当は、今すぐジェイドにお礼が言いたい。けれど、まずはイーサン先生と話をしなければならないから。


「サフィーちゃん、心の準備はいい?」

「はい、お母様」


 ぎゅっと拳を握りしめサロンに入ると、中には憔悴しきったイーサン先生と家庭教師のカーヌム先生とアルカ先生夫妻が待っていた。


 三人は私の姿を見るなり、すぐに立ち上がり頭を下げて謝罪をしてきた。


「本当に申し訳なかった。謝って許されることではないと十分に分かっている。殺すなり好きなようにしてくれ」


 イーサン先生は、頭を下げたまま小刻みに震えていた。それだけで、自分のやってしまったことを深く反省してくれているんだな、と感じた。


「とりあえず、顔を上げて落ち着いて下さい。お話は伺いました。イーサン先生の過去のことも全て。イーサン先生も辛かったと思います。でも、私はやっぱりイーサン先生のことが許せません。イーサン先生が今までしてきたことで、どれだけの人の命が危険に晒されたか……」


 実際に亡くなった人もいる。それは、ジェイドを護って亡くなった護衛の方たちだ。


 もちろん、私が知らないだけで、その他にも、もっとたくさんの方が被害に遭われたかもしれない。


 それを考えると、やはり簡単に許されるべきことではない。


「でも、イーサン先生のおかげで命を救われた人もいます。孤児院の子供たちは、きっとイーサン先生に感謝しています」


 魔境の森に捨てられた子供たちが、気が付いたら孤児院にいたという話は、イーサン先生が転移の魔術陣を使って孤児院に送っていたっていうこと。


 それに、心優しい人の寄付こそが、イーサン先生が働きはじめてからずっと、コツコツと行ってきたものだと聞いた。


 自分では贅沢することなく、自分を育ててくれた孤児院に恩返しをしていた。


(そんなこと、やろうと思っても普通はできないもの……)


 それらを分かった上で、私だけは厳しく言わなければならない。


(だって、私は悪役令嬢だもの)


「イーサン先生は魔術の使い道を誤りました。だから、今度は道を踏み外さないように、イーサン先生が嫌悪した国の監視下に置かれ、イーサン先生の魔術で、今まで危険に晒した人の数以上に人助けをし、一生をかけて償ってください。あなたの今後を見て、私はイーサン先生のことを許すかどうかを決めます」


 転移術があれば、医師のいない村にも医師を定期的に派遣したり、急病人にだって対応できる。食糧難の地域には食料を。


 魔境の森の街道のように、結界を張って人を守ることもできる。


 魔術によって、救える命がたくさんある。ただ死ぬ運命を待つだけだった人たちにとって、それは希望になる。

 魔術には無限の可能性があるのだから。


(それはきっと、魔術師の一族であるイーサン先生たちが、一番分かっていることよね)


 そして、後継者を育成すること。もちろん、それについては、ロバーツ王国でもきちんと制度を整えるそうだ。


(私も教えてもらっちゃおうかしら!)


 イーサン先生は俯きながらも、ひたすら頷いていた。震わせた肩を、カーヌム先生とアルカ先生に抱かれながら。

 

(もう、大丈夫そうね。イーサン先生には支えてくれる人たちがいるから、きっと立ち直れるわ)


 今回のことを含め、今後のことは、お母様が国王陛下に話を通してあるということなので、全てお母様に一任することとなった。


 私は、ジェイドと共にサロンを後にした。すると、廊下に出てすぐに、俯くミリーと会った。


「ミリーどうしたの?」

「サフィーお嬢様、……申し訳ありません」


 ミリーは突然、私に向かって頭を下げた。


「サフィーお嬢様を傷つけたあの人が、私の命の恩人なんです。だから……」


 頭を下げる直前のミリーの顔は、今にも泣き出しそうだった。頭を下げている今も、ずっと震えている。それでも一生懸命に、私に自分の想いを伝えようとしてくれている。


(ここにももう一人、ううん、それ以上にたくさんの人が、イーサン先生を支えてくれるみたいだね)


「私ではイーサン先生の力になれなかった。でも、ミリーならイーサン先生の気持ちに寄り添えるかもしれないわ」


 私の言葉を聞き、ミリーは、ハッとした表情を浮かべ顔を上げた。


「それにね、ミリーはずっと私の専属メイドとして私に寄り添ってくれていたでしょ? 私はミリーが笑って側にいてくれるだけで救われることがいっぱいあったわ。私はニナちゃんに会うまでお友達がいなかったでしょ? 今思うとね、ミリーは私の専属メイドでありながら、私の信頼できるお友達だったのよ」

「サフィーお嬢様……」

「私もお友達の力になりたい。だから、ほら、行ってきなよ。ずっとお礼が言いたかったんでしょ?」


 本当に大切なお友達だから、笑顔で背中を押してあげたい。もちろん、イーサン先生がすっごく悪い人だったら死ぬ気で止めたけれど。


「はい! ありがとうございます。サフィーお嬢様!」


 涙を拭いながら、ミリーはサロンの中に入っていった。


「ジェイドは、これで本当に良かったの?」


 おそるおそる隣にいるジェイドに尋ねた。私は、自らの意志でイーサン先生の復讐の渦中に乗り込んでいったけれど、ジェイドは違う。


 間接的にだけど、自分も殺されそうになって、しかも、とても大切な人たちを亡くしている。


 そんなジェイドは優しく微笑み、少しだけ天を仰ぐようにして答えてくれた。


「はい。護衛の方たち、そのご家族には申し訳ないと思う気持ちはありますが、私も彼らには復讐に目を向けるよりも前を向いて欲しいと思っています。だから、私もしっかりと前を向いて、彼らに笑われないように、大切な人を絶対に守ってみせます」


 ジェイドは、もうしっかりと前を向いている。


 護衛の方たちのことも、あの日のことも深く胸に刻んで大切にしている。きちんと過去に向き合って、成長している証拠だ。


「ジェイド、本当にありがとう。私、ジェイドがいなかったら諦めてたわ。ジェイドが側にいなくても、本当にジェイドが私のことを守ってくれたのね」


 私の胸元にあるお守りの石は、割れてヒビが入ってしまっている。それは、このお守りの石が私を守ってくれた証。


 ヒビが入っても、そのヒビでさえも余計に愛おしく感じ、今もなお、私の胸元で輝いている。


「それにしても、あの時、よく私の居場所が分かったわね?」


(ジェイドには絶対に気付かれないように、もふもふの着ぐるみまで着て、完璧な変装をして抜け出したのにな)


 少しだけ、悔しかった。でも、それ以上に、見つけてくれて嬉しかった。


「まずは、脱ぎ捨てられた着ぐるみを見つけました。そこからサフィーお嬢様の気配を探ったら、あの隠し部屋の中だと気が付いたんです。でもあの隠し部屋にはドアがなかったので、入れないで困っていたところ、ラズライト様に外に行くように言われたんです」

「ラズ兄様に?」


 ジェイドは優しく微笑んで頷いた。


「そして、外から窓を探しました。そこから、どうにかしてサフィーお嬢様に私の声を届けようとしたんです」

「え? 声を届けるって? 大声で叫ぶってこと?」


 実はあの隠し部屋は、結界が張ってあったせいか、体育祭の賑やかな大歓声さえも、ほとんど聞こえなかった。


(大歓声よりも大きな声って言うと、拡声器とか使わないと難しいはずよね? 拡声器で自分の名前を叫ばれるって、恥ずかしすぎるわ!! でもあの状況では文句は言えないし。けれど、やっぱり恥ずかしいわ!!)


 私の考えていることを察したのか、ジェイドは首を左右に振った。


「スーフェ様に教えていただいたんです。風魔法を上手に使うと、声が拾えるって。『音は空気を振動させて伝わるから、訓練次第では、この屋敷のどこにいてもみんなの声が筒抜けよ』って仰られていました」

「……だから今までお母様がタイミングよく現れたりしていのね。会話が全て筒抜けだったってことよね?」


 この屋敷内では、どこで内緒話をしても無駄だと知った。


(外で話すか、筆談か、うん、諦めよう)


 けれど、お母様の盗み聞きの秘密はそれだけではない気がするから不思議だ。


「だから、逆もできるのかなと思いまして、私の声を風に乗せました。サフィーお嬢様に届くように」


 少しだけ照れながら、ジェイドは教えてくれた。


「ええ、届いたわ……」


 私は一言だけ返し、胸元のお守りの石に触れながら、言葉を止めた。


 声と共に、今もなお、ジェイドの想いも私に届いている気がした。


 それがたとえ、私の自意識過剰や気のせいだとしても、それには気付かないフリをしなければならないから。


 無理やりにでも気付かないフリをしなければ、私はきっと欲張ってしまうーーこの手に温もりを求めてしまう……


 でも、それは私の我儘だから、決して口に出してはいけない。


 そう決めたんだから、そう決めたはずなのに……


 気が付いたら、私は隣にいるジェイドの手を握っていた。


 ぴくり、と反応しながらも、優しく握り返してくれるあたたかい手の温もりが、私の身体の隅々まで伝わっていく。


----


「私、我儘になってもいいのかな?」

「はい、もっと我儘になって下さい」


----


 まるで、二人だけの内緒話をしているようだった。




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