表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/156

【SIDE】 スーフェ:魔術師の一族

「待ちなさい! やっぱりここにいたのね」


 私たちは転移の魔術陣を使い、ある場所を訪れた。


 その場所は、かつて魔術師の一族が住んでいたと言われる森の中の神殿だ。


 今では朽ち果てて見る影もない。その代わり、辺り一面に植えられた色とりどりの花々が、この地で命を奪われた者たちを弔っているかのように見えた。


「どうして、お前たちがここに?」


 花々を前に、祈りを捧げるように跪くイーサン先生が、私の声に驚き振り返った。


(少しだけ、顔色が悪い? 辺りが薄暗いせい?)


 少しだけ、胸騒ぎがした。


「そんなことより、あなたに会って欲しい人がいるの。カーヌム先生、アルカ先生、こちらにいらしてください」

「!?」


 イーサン先生の前に姿を見せたのは、オルティス侯爵家の家庭教師の夫婦。カーヌム先生とアルカ先生がイーサン先生の前に並ぶ。


 二人の姿を目にしたイーサン先生は驚きを隠せないでいた。


「な、何で、あなたたちが、ここに?」

「イーサン、今まですまなかった。辛い思いをさせていたんだな」

「イーサン、あなたにもっと早く会いにくればよかったわね。ごめんなさい」


 目の前に、自分が幼い頃に死んだはずの両親が現れたからだ。


 イーサン先生は、次第に涙を堪えるようにわなわなと震え出した。そして、やっとの思いで言葉を発する。


「死んだんじゃなかったのかよ、父さん、母さん」

「スーフェ様たちが助けてくれたの。あの日、イーサンを転移させた後、私たちは神殿に戻ったわ。そしたら同胞はみな殺されていた。私たちもあいつらに太刀打ちできなくて倒れたわ。そこをちょうどスーフェ様たちが来てくれて、あいつらを倒してくれたの。ベロニカ様が怪我も治してくれ、私たちは一命をとりとめたのよ」


 アルカ先生の言葉を俯きながら耳にするイーサン先生の両手は、強く拳を握りしめ、そして今もなお小刻みに震えていた。


「でも、父さんたちの召喚獣様を王妃が奪ったんだろ?」


 奥歯を強く噛み締めながら言葉を絞り出す。両親が生きていたこと、一族の仇だと思っていた私たちが敵ではなく、むしろ救ってくれていた事実を受け入れ難かったのだろう。


(誤解だとは理解しても、復讐のためだけにずっと生きてきたようなものだから、今さら受け入れられないのね)


 そんなことを思っても、私が口を挟めるはずがない。けれど、カーヌム先生が現実を説いてくれる。


「いや、それもイーサンの勘違いだ。召喚獣様自らがスーフェ様たちの元へ遊びに出かけているんだよ。信じられない話だろう? 召喚獣様がスーフェ様たちに懐いたんだ」

「嘘、だろ? 召喚獣様が召喚者以外の人に懐くことなんて、あり得ない!!」


 それほど気位が高く、崇め称えるべき存在である召喚獣ケルベロスのケルベロスーちゃんは、ベロニカの横に座り、頭を撫でられてゴロゴロと喉を鳴らしている。


 その横では、アオちゃんがケールにもふもふされている。


(ちょっと! どうしてこの場面で、ベロニカとケールはケルベロスーちゃんとアオちゃんと戯れてるのよ? ずるいわ!!)


「どうして今さら、現れるんだよっ!! さっさと会いに来てくればよかったのに、もう遅いよ……」


 青褪めた様子で口にするその言葉は、自分のしでかしてしまったことへの後悔や懺悔、そして絶望が入り混じっているようだった。


「それは、私が悪かったの。考えなしにご両親を我が家で雇ったから。ロバーツ王国では魔術が禁忌とされているのはもちろん知ってるわね? ご両親のことは魔術師として国に許可を得ているの。私が監視役としてね。そして、私たちがあなたを探し出した時にはもうすでに、あなたは立派に魔法学園の特待生とて学園に通っていたわ」


 ロバーツ王国では、国又はそれに代わる者が、届け出された魔術師の監視を担うことになっている。私を含めたオルティス侯爵家は、その監視者としてロバーツ国王から任命されている。


 私が前世の記憶を引き継いでいると言っても、魔術師の一族が襲われた当時、この世界ではまだ14歳。

 マジDEATHのゲームの世界から、どんな手を使ってでも逃げようと、冒険の旅を満喫している最中だった。


 私にとって、マジDEATHは糞ゲーであり、思い出したくもないものだった。


(というか、乙女ゲームの内容をほとんど覚えていなかったのよね)


 案の定、マジDEATHの攻略対象者の一人の名前も、魔術師一族の末裔だということさえも、頭からすっぽりと抜け落ちていた。


(それに私、冒険の旅がとっても楽しくて、乙女ゲームのことなんて、思い出そうともしなかったものね)


 そして、イーサン先生がマジDEATHの攻略対象者かもしれない、という事実を思い出したのは、私が高等部に入学してから。


 同時にその事実が告げるものは、イーサン先生がシュタイナー夫妻の子供だということ。


 冒険者としてそれなりの実力と度胸をつけていた私は、ベロニカと共に怖いもの見たさで、魔法学園高等部に顔を出した。その際に、その事実を思い出したから。


(あの時の衝撃は、忘れられないわ……)


 魔術師の一族が襲われる前に、もう少しだけ自分がマジDEATHのゲームのことを思い出していたら、もっと良い結果になっていたかもしれないなどと思うところは多々あった。


 特に、シュタイナー親子には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 カーヌム先生とアルカ先生は私に対し「心底感謝はすれど、全く恨んではいない」と言ってくれたけれど。


「私たちは、イーサンが一人で立派に成長した姿を見れただけでも嬉しかったわ。だからこそ、今まで頑張ってきたイーサンの生活を壊したくなくて名乗り出ることができなかったの……」


 アルカ先生は涙を零しながらも、イーサン先生を真っ直ぐに見つめていた。


(今すぐにでも抱きしめたいはずよね……)


「なんだよ、じゃあ王妃があの時襲ったやつらの仲間だってのは勘違いなのか? 私はなんてことしてしまったんだ。あなたの娘、サファイア嬢はもう……それに魔物たちも王都を……」


 イーサン先生はその場に崩れ落ちた。


 自分の勘違いから生まれた復讐という愚かな行為で、死ななくてもいい罪のない者の命を奪い、そして今まさにたくさんの命を奪っている。罪のない魔物たちによって……


 自分の行為が、決して許されることのない、取り返しのつかない愚かなものだったという絶望の闇が、イーサン先生を襲っているのだろう。


 そんなイーサン先生に私は告げる。


「心配はいらないわ。魔物たちは生きたまま魔の樹海に送ったわ。それに私の娘には助けてくれる人がいる。あなたのしたことは、ここにいる者とサフィーちゃんの数人しか知らないわ。だから、きっとあなた次第でやり直せる」


 私は、イーサン先生が学園の先生として勤め始めるまで、イーサン先生のことを秘密裏に監視していた。


 実は昔から、国としてもイーサン先生が魔術師の末裔だと把握していたからだ。


 それは私が交換条件を提示して報告したからでもある。魔術師として生きるかどうかは、あくまで本人の意思に委ねる、ということを交換条件に。


 秘密裏に監視していたのは、魔術師というものを押し付けるのではなく、イーサン先生自身に自分の生きる道を選択させるためだった。


 学園の先生に、と打診をしていたのも、国で監視をしやすくするため。


 本当は、ずっと私が監視をするつもりだった。けれど、サフィーちゃんのことがあったから、イーサン先生の監視役は国に引き継ぐようにと、ベロニカが配慮してくれた。


 そして、イーサン先生が学園の先生になったことで、私は国にイーサン先生の監視役を引き継いだ。


 それが、サフィーちゃんが前世の記憶を思い出した頃の話。


 イーサン先生がアンデッドの召喚を始めたことを察知し、私は再び、独自に監視を再開した。もちろん、ベロニカには話を通し、協力をしてもらった上で。


 イーサン先生が道を踏み外し始めてからも、自分で更生する可能性を信じていた。


 私がきちんとマジDEATHの悪役令嬢としての役割を果たしていれば、イーサン先生は魔術師としての地位を確立したはずだったことを知っている。


 自分がその役目を放棄したことで、そのしわ寄せがイーサン先生に向いた。

 だからこそ、イーサン先生が不幸になるべきではないし、いつかは魔術師として輝いてほしいとずっと思っていた。


 そのため、今まで、イーサン先生が行ってきた悪事を大事にならないように、うまく尻拭いをし取り繕っていた。


 もちろん、それは正しいことではなく、結果的に復讐という闇を助長させてしまったに外ならないけれど。


 だからこそ、今までの行いに向き合い、心から反省するためにも、今まさに、ある計画を遂行しているのだから。


「本当にあの魔物たちを? 魔の樹海に転移の魔術陣を置いて……生きて……?」

「ふふふ、大丈夫よ、私も少しくらいなら魔術が使えるから。魔の樹海だって庭のようなものよ。昔からしょっ中遊びに行ってるわ」

「えっ……」


 私の言葉にイーサン先生が驚いて、その場にいた全員の顔を見回す。


 魔術は、シュタイナー夫妻を迎え入れてから片っ端から習得していった。

 誰も近寄らないことをいいことに、私は魔の樹海に行っては、魔術の練習をしたりもしていた。


 ちなみに、私は魔術陣を使わなくても、ルベと同様に転移魔法が使えるので、どこにでも行きたい放題だ。


「もうそれくらいじゃ驚かないわ。でも、さすがに魔の樹海が庭だというのはどうかと思うわよ?」


 ベロニカが呆れたように言うと、どうしてか、私以外の全員が「うん、うん」と頷いていた。


「うっ……」


 突然イーサン先生が口から大量の血を吐き、その場に倒れた。


「「イーサン!!」」


 すぐさまカーヌム先生とアルカ先生が駆け寄り確認すると、意識が混濁し始めていたが、すぐに原因も判明した。


「イーサン、あなた毒草を飲んだのね」

「やっぱり最初からそのつもりで、薬草を貰って行ったのね。ベロニカ、早く!」


 想定内の出来事なので、解毒薬も持ってはいるが、ベロニカの聖魔法の方が確実で早いという判断を下す。


 ベロニカがイーサン先生に聖魔法をかけてくれる。瞬く間に、顔色が戻り、イーサン先生はすぐに意識を取り戻した。


(よかった……)


 ほっと胸を撫で下ろしたのは、一瞬だった。


「私よりも、サファイア嬢を……早くしないと毒草が……」


 意識を取り戻したイーサン先生のその言葉を聞いた瞬間、私は声を荒げた。


「サフィーちゃんにも毒草を使ったの!? ふざけんじゃないわよ!!」


 想定外の出来事に、もう周りの声など聞こえていなかった。

 転移魔法を使い、すでに私は転移していた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ