【SIDE】 ラズライト:ラズとルべ
「サフィー、どうしてあんな恰好を?」
少し目を離した隙に、サフィーがもふもふの着ぐるみを着て、イーサン先生と接触を図っていた。
思い返せば、俺が卒業を控えた時期になり、母様にいきなり告げられた一言から地獄の日々が始まった。
『来年一年間、ラズとルべでやって欲しいことがあるの。それはね、魔物学のイーサン・シュタイナー先生を監視して欲しいの』
もちろん俺には卒業後の進路もあるし、何よりサフィーを守ることが俺の人生における最優先事項だ。
だから、いくら母様の頼みでも断るつもりだった。それなのに……
『まだ、かき氷の勝負の何でもお願い事を聞く約束を果たしてもらってない』
……一瞬唖然とした、というかそんな約束を交わしたことすら、すっかりと忘れていた。
故に、俺に拒否権はなくなってしまった。
最初は事情もよく分からないまま、ただ言われた通りはにイーサン先生を監視していた。
ルべは最初から、全てを分かっていたようだけど。
ある日、魔物学科の教材室のある廊下の突き当たり、壁があって中には入れないはずの場所に、部屋があることに気が付いた。
その部屋に、イーサン先生の気配があったからだ。
「隠し部屋か。幻影術まで使って存在を隠すなんて、随分と物騒なことをしてるんだな」
イーサン先生の不審な動きはそれだけではなかった。
王都からすぐ近くの荒野に建てられた、古い孤児院だった建物に出入りしていることが分かった。
俺はこっそりと古い孤児院の中に入ろうとした。けれど、中に入ることはできなかった。魔術陣による結界が張られていたからだ。
もちろんルべの力を使えば無理矢理にでも中に入ることはできる。けれど、それはさせてもらえなかった。
そして俺は、古い孤児院の建物の中から感じる、夥しい数の魔物の気配に、イーサン先生のやろうとしていることを薄々と感じ始めていた。
またある時は、魔物が住む森に転移の魔術陣で転移して魔物を物色していた。ロバーツ王国が禁忌としている魔術をイーサン先生はいともたやすく使っている。
それも、高度な魔術だと言うことは俺にも理解できた。それは、俺も他人のことをとやかく言える立場ではないから分かったのだけれど。
もちろん俺が知ったことは全て母様に報告をした。
「彼の決意は固いわ。体育祭の日に彼は決行する予定よ。ちょうどいいから、彼女たちにも手伝ってもらいましょう。彼の目的の一つは私たち三人でもあるのだから」
そして、一つの計画を聞いた俺は、母様に猛抗議した。
すると、体育祭当日、今まで俺の意に反して表に出てくることのなかったルべが「俺」を支配した。
母様のために行動しているということは、すぐに分かった。
「相変わらず、過保護だな」
俺がルべに向かってそう嫌味を吐くと「お前もな」と返される。
頃合いを見てサフィーの後を追い、魔物学科の教材室の前の廊下に着くと、すでにジェイドがいた。
(サフィーを、助けにきたんだな)
どんなしがらみをも跳ね除けて、一番にサフィーのことを思って駆けつけるその姿を見て、もう俺の……
邪魔をされるわけにはいかないと、ルべはわざと窓の外に行くように伝えた。
ドアは幻影術で隠されていて、幻影術を解く方法は知っている。しかも、床に描かれた魔術陣が、この部屋の中に行くための転移の魔術陣だと知っておきながら。
俺も全て知った上で、ルべに同意してジェイドにサフィーを託した。
そして、ジェイドが去ってすぐにイーサン先生だけが廊下に戻ってきた。
俺は怒り狂いそうになったが、ルべが俺を抑えて俺は表には出られない。
(きっと表に出ていたら、俺はこいつを殺していたな。“あの時”のように……)
だが、俺たちが与えられた役割は足止めだった。
イーサン先生が次の場所に向かうのを足止めすること、少しでも時間を稼ぐこと。
母様たちが、魔物たちを生きたまま魔の樹海に転移させる時間を稼ぐことだった。
「お前、サフィーに何をした?」
「妹君には生贄になっていただきました」
「てめえ!!」
「恨むなら王妃と君の母親を恨んでください。ここにも、もうすぐ大量の魔物が押し寄せる。早く逃げたほうがいいですよ」
「魔物って、孤児院のかよ?」
イーサン先生は目を見開いた。俺たちの言葉に驚いたようだった。
「もうそこまで知っているのか、なら話は早い。もう術は発動したよ。妹君はもう助からない」
「魔物くらい、母様たちがどうにかするさ」
「“伝説の冒険者たち”と呼ばれるあの方たちでも、さすがに無理だと思います。あの量の魔物たちと対峙するなんてできるはずがない。私ももう行かなければ。みんなが待っている。もう長いこと待たせてしまったんだ。では、さようなら」
そう言い残すと、イーサン先生はもう一つの転移の魔術陣を発動させた。
……そして、ルべが珍しく焦り出した。
母様に何かあったのかもしれないということはすぐに分かった。次の瞬間には、俺たちは母様の目の前に転移していたから。
「スー…」
ルべの言葉を遮るように、母様は柔らかい笑顔を向けて口を開いた。
「何焦ってるのよ。相変わらず過保護なんだから、私の黒猫ちゃんは。もうあなたは私の従魔じゃないんだから」
「ふっ、相変わらずだな……」
その言葉の後に「もう俺の出る幕はないな」と続いた。そのルべの言葉は、俺にだけ聞こえる。
母様の隣には父様がいたから。
(ああ、そうか、ルべも俺と同じなんだな)
真紅色だった瞳が、次第にいつもの紺碧色の瞳に戻る。
ルべの気持ちは痛いほどよく分かる。だから、俺はわざと言ってやったんだ。
「イチャイチャしてんなよ」と。