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不意打ちの遭遇

 いけないフラグが立ちそうになってから、何事もなく数日が経った。


 今日は、あの日に交わした約束を果たすために、ラズ兄様と二人、馬車に乗って王都にある洋服店へと向かっている。


 今まで一度も顔を合わすことがなかったのが嘘のように、ラズ兄様と私は毎日のように顔を合わせている。だから今は、兄妹って実感ができてとても嬉しい。


(まさか!? 私が軽い気持ちで「もっとラズ兄様と一緒にいたいです」と言ったから?)


 ふと、そんな疑問が過るくらい、ここ数日のラズ兄様は、私を溺愛してくれる。


 どうして今までラズ兄様の存在を忘れていたのか不思議だけれど、私はもっとラズ兄様と仲良くなりたい。


(今日は思う存分、甘えちゃうんだから!)


 ふふっと、顔がにやけてしまう。そんな私をラズ兄様は当たり前のように優しい眼差しで見つめてくれる。


「サフィーはとてもご機嫌だね」

「はい! ラズ兄様と一緒に出掛けられることがとても嬉しくて。ラズ兄様、今日もステキなお洋服ですね。とてもお似合いです」


 今日のラズ兄様の服装は、王都の街にも溶け込めるように、ラフな服装だ。


 ただ、超絶イケメンに抜群のスタイル、それに加えて、自然と醸し出される育ちの良さに、私は相変わらずドキドキしてしまう。


(本当にこの人は11歳なの? 前世のラズ兄様推しの方々が見たら、絶対に卒倒しちゃうわね)


「ありがとう。でも、もっとこう、透明感あふれる服の方が俺に似合う気がするんだけど、どうかな?」


 その言葉に、私は慌てて首を横に振る。


(だめ、絶対!! まさか乙女ゲームの強制力!? どうしようかしら? えっと……)


「……ラズ兄様は、クールでいて華やかさも持ち合わせているので、鮮やかな色やシックなモノトーンでまとめたお洋服の方が似合うと思います! 絶対に、透明感とかシースルーとかは問題外です!!」


 前世の私が読んでいたパーソナルカラー診断の本が役に立った瞬間だった。それとなく上手く取り繕えたと思う。

 ちなみに、ラズ兄様は冬のイメージだ。


「そうか、サフィーは可愛いだけでなくセンスも良いんだな」


 それらしく言ったお陰か、妙に説得力があったらしく、ラズ兄様はすんなりと納得してくれた。


(グッジョブ、私!!)


 王都で若者に一番人気の洋服店に到着した。ここには、貴族が着るような高価な服は売っていない。


 けれど、低価格なのに高品質、そしてお洒落だということで、若者たちに絶大な人気を誇っているらしい。


(ラズ兄様が変な服を選んだらどうしよう)


 内心ヒヤヒヤしていた。が、その心配は杞憂に終わった。


 ラズ兄様が選ぶ服は、庶民の洋服店で売っているとは思えないほど品があり、とてもよく似合っていた。


 もちろん、この店にあの黒いガムテープを貼り付けたような服は売っていない。王都で流行っているわけがない。


 どこの誰からあの服を贈られたのか、服の贈り主を呪いたいとさえ思ってしまう。


 ラズ兄様の服を早々に買い終えると、今度は私が着せ替え人形のように、次から次へと試着させられた。


 その度に「サフィーはなんでも似合う」とか「世界で一番可愛いよ」などと言われるものだから、恥ずかしくてたまらなかった。


 終いには、店員さんも呆れていた。何回も着替えたせいか、さすがの私も疲れてしまった。


「……ふうっ」

「少し疲れたか? 人気のカフェがあるからお茶にしよう」

「カフェ! 行きたいです!!」


 私が疲れているのが分かったのか、空かさずラズ兄様が提案してくれる。さり気ない優しさに、もちろん胸がキュンとときめく。


 カフェはすぐ近くだということで、歩いて向かうことになった。その短い道中、何人もの女性がラズ兄様を見ては頰を赤く染め、振り返っては「きゃあ、きゃあ」と言っているのをみかけた。


 思わず私は隣にいるラズ兄様を見上げる。


(ラズ兄様は、身内の贔屓目なしで見ても、超優良物件よね。このまま性格を捻じ曲げずにいけば、ラズ兄様の破滅フラグは回避できそうね!)


 そんなことを考えていると、ラズ兄様の口から思いもよらない名前が出てきた。それは本当に不意打ちで。


「あれ? あそこにいるのはワイアットだな。可愛い女の子を連れてデート中かな?」


(わいあっと?)


 その名前を聞いた瞬間、私の身体が凍りつく。人違いであって欲しい、と願いつつ、恐る恐るラズ兄様の視線の先へと目を向けてしまった。


 そこには、同い年くらいの栗毛色の髪をなびかせる可愛いらしい少女と、その隣に並ぶ、少し大人びた雰囲気の細身で長身の少年がいた。


 まだ幼い顔立ちだけど、間違いなかった。


 攻略対象者 ワイアット・アンドリュー


 不意打ちでの遭遇に、全身の震えが止まらなくなる。一気に血の気が引いて、生きた心地がしなかった。


(嘘、でしょ? 本当にいるなんて……)


 信じたくなかった。もしかしたら、攻略対象者がいないかもしれないという淡い期待があったのかもしれない。


(やっぱりここは乙女ゲームの世界なのね)


 残酷な現実を突きつけられた。攻略対象者が存在するということは、間違いなく破滅エンドも存在するということだから。


「サフィー? おい、サフィー!!」


 必死な声色で、私の名前が呼ばれる。それは、驚くほど、酷く焦ったラズ兄様の声。


 すぐ隣にいるはずなのに、その声も、だんだんと遠ざかっていく。


 次第に、目の前に暗闇が広がっていくのを感じた。






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