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プロローグ

 きっと、夢を見ていたのだろう。とても幸せな夢を。


 空を飛んだ私を優しく包み込んで、ぎゅっと抱きとめてくれる夢。


 誰かは分からない。けれど、その人は「空を飛べたね」と嬉しそうに笑った私に向かって、満足そうに優しい笑顔をくれた。


 それは夢だったのか、それとも気まぐれな精霊の悪戯か。それとも……




「うそっ、現実っ!?」


 今まさに、私は空を飛んでいる。いや、落ちている、が正解だけれど。


 それは、暖かい陽射しが室内に差し込み、ぽかぽかの陽気が私を夢の中へと誘おうとしていた昼下がりに起きた出来事だった。


 うつらうつらと、二階の一番奥の部屋の窓際で、頬杖をつきながら窓の外を眺めていると、気持ちよさそうに飛んでいる小鳥が、ふと私の目に飛び込んできた。


 とても珍しくて、とても綺麗な“虹色の小鳥”が。



----白昼夢。



 我に返った時にはすでに手遅れ。その夢のような映像のとおり、私は空を飛んでいた。

 二階の部屋の窓から、勢いよく外に飛び出していたのだから。


「きゃあぁぁぁぁっ!」


 屋敷中に響き渡るほどの叫び声も虚しく、空を飛べる術など持ち合わせているはずのない私は、重力に逆らうことなく見事に落ちていった。


(あぁ、私の人生もここまでか。短かすぎだよ、たった10年なんて。まだ恋もしてないし……)


 神様どうか、と祈りを捧げたその瞬間、ボスッと身体が何かに埋まった気がした。その感触はチクチクとして、全く優しくはなかったけれど。


「死んだ……って、生きてる!」


 運良く生垣の上に落ちた私は、奇跡的に無傷だった。


「ふふ、私ってば強運だわ。やっぱり日頃の行いのおかげかな?」


 その思い上がりが運の尽き。ガバッと起き上がった私は、あっという間にバランスを崩し、これまた真っ逆さまに地面に落ちた。


 今度こそは、頭を打って気絶してしまった。


 それから丸一日眠り続けている間に、不思議な夢を見ることになる。


 短いけれど、とても長い夢。“あおい”と呼ばれた少女の短い人生の夢--だと思っていた。




「無理、夢だと思いたい」


 目を醒ました私は、サーッと全身の血の気が引いていくのが分かり、その場に崩れ落ちた。


「きっとまだ、さっきの夢の続きを見ているんだわ」


 そう思いたかった。そう思わずにはいられなかった。


 鏡に映った私が、先ほどまで見ていた夢の中に出てきた少女そのものだったから。気絶していた時に見た夢、前世の記憶。


「ふふ、前世の記憶なんてあるわけないじゃない。ラノベじゃあるまいし。ん? ラノベ?」


 こてりと首を傾げて考える。


 どうして、生まれて10年一度も耳にしたことのなかった“ラノベ”という言葉が、自然と口から溢れたのか。


 懐かしさととも、身体の奥底から得体の知れない不安が一気に押し寄せてくる。


 目の前の鏡に映っている私のことを、間違いなく“前世の私”は知っているからだ。


 瞬間、フラッシュバックのように前世の記憶が頭の中を駆け巡り、私が一体何者なのかを告げる。刹那に、この先の人生で私の身に起こり得る運命が頭の中を埋め尽くす。


「詰んだ、夢じゃない。私は、悪役令嬢サファイア・オルティスだ……」


 悪役令嬢サファイア・オルティス、それは“前世の私”が夢中になってプレイした、乙女ゲームの中の登場人物。


 乙女ゲームとは、攻略対象者と呼ばれる美男子(イケメン)たちと愛を育む、シミュレーション型の恋愛ゲームだ。


 登場人物と言っても、誰からも愛される可愛らしいヒロイン、ではない。


 ヒロインに執拗な虐めや嫌がらせ、果ては殺人未遂までも行うという、極悪非道の悪役令嬢こそが、サファイア・オルティス、未来の私だ。


 そう、私は夢で見た少女“あおい”ではなく、夢の中であおいがプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢だった。


「乙女ゲームの中のサファイアは高校生だったけど、確かに見た目はそっくりだわ」


 猫のようにつり上がった大きな目、サファイアブルーの瞳と真っ直ぐに伸びる美しい髪。


 自分で言うのもなんだけど、誰もが羨むような可愛らしいお嬢様の姿がそこにあった。


 私は正真正銘のお嬢様だ。名門オルティス侯爵家の長女として、忙しい両親の代わりに多くの使用人たちに囲まれて、蝶よ花よ、と何不自由なく育てられてきたのだから。


 おかげで、今の私は乙女ゲームの中のサファイアをも彷彿させる我儘三昧の毎日。このまま順調に我儘三昧生活を続ければ、間違いなく悪役令嬢になれると思う。


「本当に無理っ!! 乙女ゲームとか意味分からないし!! 私が破滅エンドまっしぐらな悪役令嬢だなんて、きっと何かの間違いに決まってるわ」


 前世の記憶の中の乙女ゲームを思い出した私が取り乱すのも無理もない話。ヒロインを虐めた代償として、もれなく見事なまでの“ざまぁ”が待っているのだから。


 乙女ゲームのクライマックスには、今までの悪事が裁かれる断罪イベントが用意されていて、斬首されたり、暗殺されたり、と碌な最期を送らない。


 はあっ、と思わずため息が漏れる。


「前世と同じく、今世もまるで余命宣告をされた気分だわ。それが私に定められた運命ってことなのね……」


 前世の私“あおい”は、余命宣告を受けるほど身体が弱く、僅か15年で人生の幕を閉じた。


「運命には決して抗えない……」


 それは、前世で痛いほど思い知った事実。だからこそ、これから起こり得る運命を、素直に受け入れる覚悟ができたのかもしれない。


 破滅エンドを迎えることこそが、今世の私に与えられた運命なのだ、という覚悟を。


 拳をぎゅっと握りしめ、目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。


「確か、断罪イベントは高等部の卒業式の後に行われるはず。だから、少なくとも18歳までは生きてるってことよね。それって、前世よりも長生きできるってことじゃない! しかも、病弱な前世と違って、今の私には二階から落ちても無傷でいられる頑丈な身体があるわ!!」


 前世の私が諦めなければならなかった願望が、次から次へと頭の中を埋め尽くしていく。


「学校にも行きたいし、美味しいものも食べたい。旅行にも行って、可愛い動物をもふもふする! ぜーんぶ思いっきり楽しんでやろうじゃない!!」


 絶望の淵に立たされていたはずなのに、ぱあっと明るい未来が開けたような錯覚に陥り、無駄にポジティブになる。私ってば単純かも。


 だって、悩んでたって仕方がない。終わりが見えているからこそ、人生を少しだって無駄にはしたくなかったから。


 サファイアとしての人生で、今まで一度だってそんなことを考えたことなんてなかったのに、本気でそう思った。


「悪役令嬢として“18歳で死ぬこと”が私の運命ならば、潔く破滅エンドを受け入れて、華々しく散ってみせようじゃない!!」






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