常識が常識でなくなった理由
黒い霧によって、昼間なのに薄暗くなった森の中を後ろに男女合わせて4人を連れて歩いているアルギン・フィーチャーの姿があった。アルギンは背中に自分と同じくらいの長さの大剣を背負い、腰には長剣と魔法の杖を挿し、指には精霊たちとの友好の証である虹色の宝石の付いた指輪をしている。
後ろに連れているのは祖父母と両親。アルギンの師匠さんたちである。
まず、アルギンの次に歩いているのは祖母のケイト・フィーチャー。背には弓を背負っている。彼女はアルギンの弓と精霊術の師匠である。彼女は一見若々しく見えるが、実際の年齢は60を超えている。それは精霊術で若く見せているからである。
その後ろを歩いているのは祖父のアルバン・フィーチャー。彼はアルギンの大剣の師匠である。背中に自分の背くらいあろうかという大剣を背負っている。そして、全身は隆起した筋肉に包まれている。
その後ろを歩いているのはアルギンの母、ミュリア・フィーチャー。彼女はケイトとアルギンの娘で、アルギンの魔術と精霊術の師匠である。腰に30センチくらいの短い木の棒、魔法の杖を挿している。
そして、殿を任されているのはアルギンの父、カイル・フィーチャー。彼はアルギンの短剣と長剣の師匠で、腰には短剣と長剣一本ずつ刺している。
そんな彼らはアルギンを覗いた、四人まとめて世界最強のパーティーといわれている『森の守護神』というパーティーである。その由来は、今来ている森、通称『死の森』のクエストばっかりをし続けていたからである。
しかし、ここ15年間冒険者家業はしていなかった。それはアルギンが生まれたからである。彼らはミュリアが妊娠したと分かると誰にも何も言わずに姿を消した。何処に行ったのかを知っている者は一人として存在しなかった。
ミュリアと共に姿を消した四人は今いる探索している『死の森』の奥深くのところに住んでいる。強力な結界を張って、そこだけ太陽の光が届くようにしていた。
アルギンが育ち始め、5歳になったときから、剣術、魔法、精霊術の鍛錬を始めた。アルギンを世界最強の冒険者に育てたいという理想を掲げて。
そんなアルギンはいやな顔をするどころか、自ら鍛錬に取り組んでいた。やれと言われた以上のことをやり続けた。
彼がそんなことをする理由は『英雄』というものに憧れていたからである。3歳くらいのときに両親から貰った誕生日プレゼント。勇者が魔王を倒しさらわれた姫を救い出す、英雄の物語。彼はそんな強く立派な勇者に憧れた。そして、そんな英雄になりたいと強く思った。
しかし、英雄になりたいと強く願うだけでは意味はない。生まれ持つ才能。そして、努力が必要である。
生まれ持った才能。それが英雄になれる第一の条件になる。そんな彼はもちろん才能があった。家族である四人の中の誰よりも。
彼が初めて剣を握ったのは4歳のとき。カイルに木を切ってみろと言われ剣を握った。そして、綺麗な太刀筋で木を切った。初めて剣を握ったとは思えないくらい。
あるとき、魔法で水遣りをしていたミュリアをまねして、魔法を使ったこともあった。
そんな彼を見た4人は心を振るわせた。この子にはどんなけ才能があるのかと歓喜した。そして、嫉妬もした。そこからアルギンの英才教育は始まった。必死に抜かされないように自分も努力しながら。
アルギン自身が自分の才能に溺れない様に、そして彼自身に才能がないのではと思わせないくらいに徹底的に叩き潰した。彼が成長しても、その成長に合わせて叩き潰す。そんなことをやり続けた。
アルギンが初めて魔物を倒したのは6歳の時。カイルの剣術の指南を受けているとき三匹くらいのゴブリンが襲ってきた。カイルは丁度いいと思い、彼にやらせた。アルギンは自分を襲うゴブリンを見て、恐怖しながらも冷静に対応した。
そんな彼を見たカイルは内心本当に驚いていた。自分が初めて魔物に襲われたときは何も出来ず、助けて貰ったからだった。しかし、目の前にいる自分の息子は恐怖しながらも戦い、殺した。そんな彼に対してカイルは褒め、そして叱った。ゴブリンごときに時間かかり過ぎだと。普通の人ならば5秒もあれば十分だと。
そんなことを聞いたアルギンは叱られたことに落ち込まず、悔しがった。自分はまだ普通には届いていないのだと。
それを聞いときからカイルは魔物にであうたびに、普通ならそんなに時間はかからないと言いつづけた。そして、家族も一緒になって言いつづけた。それが常識であるのだと。自分たちも普通の強さの冒険者だったのだと。
それを聞き続けたアルギンは何時しかそれが常識なのだと思っていくようになった。それが世界最強たちの基準だとは思わずに。
そんなアルギンはそれ以降普通に追いつこうと頑張り続け、成長速度が更に上がった。そして、15歳。カイルたちが言っていた時間に追いつくことが出来た。そんなアルギンはまだ父たちに追いつくことは出来ていなかった。一度も勝てたことがないのだ。そんな父たちが普通の強さの冒険者というのだから、冒険者の中ではかなり弱いほうなのではとも思い始めていた。しかし、アルギンはその感情は表に出してはいなかった。