37話 焦り
焦りを感じていた俺の顔色は悪いようで、それを好機と判断してかダマージの意識がジェイルに切り替わる。
どうやらもう一度、ジェイルは俺を勧誘したいようだ。
「リベルよ。お前には致命的な弱点がある……それはお前がアルベールではなくリベルだということだ」
明らかに俺を動揺させることで精神を不安定にし、魔法の性能を弱めようとしている。
俺は言いたいことがあったから、ジェイルの発言を最後まで聞くことにしていた。
「確かにお前は素質だけならアルベールを凌駕しているが、お前自身は成長中の子供、体内の魔力や体力、身体能力が完成していない。本来なら成人した時に記憶が戻るはずなのに、死を決意したことで記憶を戻すのが早まってしまったせいだろう」
それは俺が考えていたことでもあって、何も言わないでいた。
俺は魔法による攻撃を繰り出しながら、それを受けても再生しているジェイルの発言が続く。
「例えば、世界中の強者を集めて時間制限のあるトーナメントをすれば、今のお前でも間違いなく優勝候補だろう。アルベールもそうだが、それでも私に殺された。人の魔力は有限であり無限ではないからだ」
そして、ダマージが離れている俺に手を向けて、歓迎するかのような素振りを見せ。
「魔力が有限である以上、どう足掻いてもダマージには勝てない。アルベールの来世リベルよ、私の仲間になれ。悪魔と化した後なら、姉妹に危害を加えたことを私は心から謝罪しようではないか。麗しい姉、可愛い妹、そしてルシアという美女も悪魔になることで不老としよう。私の命令は何も聞かなくて構わない」
ジェイルに意思を預けることで悪魔の力を制御した結果、同調したことによって悪魔の主ジェイルに絶対服従の悪魔となる。
つまりジェイルに意思を預けず同調しなければ服従する力がかからないも、悪魔である以上は主に危害を加えられなくなり、それをジェイルは望んでいるのだろう。
俺は悪魔にはなりたくない。
やっぱり勧誘するために話しかけてきたようだから、俺は気になっていたことをジェイルに聞く。
「断る。お前――アルベールに執着ありすぎだろ」
こいつ、俺との会話の中で、どんだけアルベールって言ったんだよ。
前世の記憶で知っていたけど、ジェイルは常にアルベールに対して仲間にならないかと勧誘しまくっていた過去がある。
アルベールの記憶を持っている俺だろうとしつこく勧誘する辺り、この執着は異常だぞ。
俺の発言を受けてダマージ、同調しているジェイルが目を見開かせて。
「私の生涯の友は同志の四人だけ、特にアルベールは唯一私と対等な存在だった……交渉は決裂か、それなら――このダンジョンで朽ち果てよ」
そう言った瞬間にダマージに意識が戻り、魔力の砲撃を繰り出してくる。
威力こそ賢者級だけど、あまりにも稚拙な攻撃だった。
俺は反射的に回避するも、続け様に俺を囲んで大量の稲妻が迫る。
俺は魔帝剣を発動し、稲妻を纏っていた剣を振うことで稲妻を弾き飛ばし、剣に纏っていた稲妻を直撃させてダマージを殺すも一瞬で再生する。
超再生だからこそ一切回避も防御もとらず、ダマージはすぐに死んでは再生を繰り返していた。
肉体の再生は膨大な魔力を消費するはずなのに、ここまでやっても魔力が減っていないとはな。
「ジェイル様の言う通り、後はじわじわお前の魔力を削っていくだけなんだよねぇ! 持久戦こそがお前の弱点なんだよねぇっ!」
「そうか。俺はお前の正体を見破っているから、お前が勝つ前に勝利することができるだろう」
「なにっっ!?」
その発言を受けてダマージが一瞬硬直するも、すぐに攻撃を再開してくる。
俺がその攻撃を弾きながら魔力の砲撃を直撃させて殺すも……俺は稚拙とはいえダマージの攻撃を対処する必要があって、ダマージは無防備に受けて死んでから再生するだけなのが理不尽だ。
それはもういいだろう――俺はダマージに攻撃しながら。
「まずお前の実力だ。超再生だからこそノーガードで殺されていたのだと思っていたが、お前は俺の攻撃に反応することすらできていない」
ダマージの攻撃方法は、ただ自分の強力な魔力を魔法として繰り出しているだけ。
手を動かしたりせず、杖すら持たない辺り、もしかしたら戦ったことがないのかもしれない。
賢者級の魔力による魔法を扱えるも、ダマージの実戦経験は明らかに皆無で、元が大したことがないのだとすれば、何らかの力で強化されているのだと推測していた。
最初にダマージを稲妻で仕留めた時から違和感を感じていた俺は、まずこのダンジョンの違和感を思い返す。
「ダンジョンの入口が閉まったりモンスターが強化されたり、あの兄弟がモンスター集結の罠を使ったりと……最初は悪魔がダンジョンを制御したのだとばかり考えていたが、それはすぐに違うと確信できた」
ギルドマスターのラッセが、前代未聞だと言っていた。
それはつまり、入口が閉まるダンジョンは、今まで存在していなかったのだろう。
もし入口が閉まるダンジョンが一つでもあれば、警戒すべきだと冒険者達に間違いなく伝わっている。
悪魔がダンジョンを制御できるのなら前例があるはずで、今回が初、そしてダマージは無限の魔力を持っていた。
無限の魔力による超再生――それは明らかに俺対策に決まっている。
ジェイルはアルベールの来世に備え、今まで表に出さずダマージを隠していたのだろう。
「モンスターを強化したようにお前はお前自身を強化し、膨大な魔力を扱えるのは異常だ」
「なっ、何が言いたい?」
「お前の正体だよ。悪魔が稀に持つとされる固有能力――それは本人の意思によって異能を具現化するとされている。お前の能力はダンジョンと同化する辺りだろう」
ダマージの固有能力がダンジョンと同化なら、魔力が無限なのも納得がいく。
このダンジョンと同化して制御することで、モンスターと同じように自分自身を強化しているのだろう。
どれほどの効果なのか解らないも、ダマージは明らかに魔力が無限だから、今のダマージはダンジョンそのものなのかもしれない。
それにしても……悪魔と化したアリシア姉さんが持っていた固有能力は、俺の居場所を把握する能力で間違いないだろう。
アリシア姉さんが悪魔と化してから、すぐさま遠くに居た俺の位置を把握してやって来るだなんて、固有能力以外に説明がつかないからな。
きっと常に俺のことばかり考えていたからこその能力だったはず……恐ろしい。
俺は攻撃を続けながら、ダマージに向かって話す。
「階段を下りたアリシア姉さん、ルシア、キャシーが戻って来ないことを気にしなかったのか? あの三人はダンジョンの最深部に向かい、ダンジョンの核を破壊しようとしている最中だ」
ダンジョンの魔力は核を壊さなければ無限とされている。
そしてダンジョンと同化しているダマージの魔力も無限なのだろう。
それなら――ダンジョンの核を潰せば終わりだ。
「お前……どこから気付いていた!?」
焦るダマージに対して、俺は攻撃を繰り出しながら。
「最初からだ。俺はただこの場でお前の足止めをして、姉さん達がこのダンジョンの核を破壊するのを待てばいい」
このダンジョンのモンスターはDランクかCランク、強化してもBランク程度の強さだった。
三人なら問題ないだろう。
俺の発言を聞いた瞬間――ダマージが全身を震えさせて邪悪な笑みを浮かべ。
「はっ、ははははっ!! いつ「なんてねぇ」と言ってやろうかと思っていたが、ここまで予想通り進むとはねぇっ!」
「……なに?」
勝ち誇った笑い声をあげるダマージは、俺を馬鹿にしたように指差しながら。
「随分と焦っているようだが、お前だって察することができたんじゃねぇのか? 私はダンジョンのことばかり考えた結果、悪魔となってダンジョンと同化する能力が手に入った。そんな私が完成させた渾身のダマージダンジョンを、あの三人じゃ攻略できねぇってことにねぇっ!」
確かに俺は魔力はまだ余裕があるも、冷や汗を流している。
ダマージの発言が続く。
「確かにあの三人は強いし、モンスターの対処はできるだろう。この国の質ではそこまで強いダンジョンはできなかったからな……問題は罠だ。賢者の嬢ちゃんが常に探知魔法を使って二人に教えなければ攻略できず、後衛のサポートがない前衛二人は苦戦するだろう……間に合わねぇぇっッ――ッ!!!?」
ダマージが発言している最中にゴゴゴゴゴゴと音が鳴ったことによって、ダマージが信じられないという反応を俺に見せる。
ダマージは困惑した表情を俺に向けながら、慌てふためいた様子で。
「なっ……なんであの三人が! この私と同化しているダマージダンジョンを攻略できてんだよぉぉぉっっ!? ありえねぇ! どういうことだ!?」
「お前のダンジョンがショボかったんだろ」
実際は三人でこのダンジョンを攻略していたのなら、最深部に行くのは数日かかるだろう。
俺がダマージの妨害を対処しながら四人で最深部に行くこともできたけど、その場合は手の内をジェイルに明かすことになるから避けたかった。
対処した方法をダマージに教えたくなかったから、俺はダマージのダンジョンがショボかったと言い放つと、ダマージが激昂して。
「このっ、ぶっ、殺ォォォォッ――ッッ!!!?」
今までは核が動くことで無限の魔力があるダンジョンと同化していたことで、無限の魔力を得てダンジョン内に限り不死身となっていたダマージだ。
三人がダンジョンの核を破壊してくれたことによって、俺はダマージに火炎の竜巻を叩き込み、稲妻を浴びせるだけでダマージは再生できず、苦痛の声をあげて倒れ伏せていた。
さっきまでは一瞬で再生していたのに一切再生しなくなったから、俺はダマージを瀕死の状態にして攻撃を止める。
どうやら核を破壊してしまえば、そのダンジョンと同化することはできないようだ。
再生魔法は自分の魔法のようだけど、ボロボロの肉体を治すのが精一杯のようで、それだけで魔力が尽きたのかダマージは起き上がることすらできていない。
そんなダマージを、俺は見下ろしながら。
「防御や回避の行動をとらない辺り、悪魔になる前の職業はダンジョンの研究者辺りか……大したことないわけだ」
俺は勝因である通信魔道具も兼ねている剣を眺めているも、その剣を持つ手は震えている。
種明かしをダマージにする気はない――キャシーが探知魔法を使って罠を常に調べる必要があるとダマージは推測していたけど、実際は俺がダンジョン全てに探知魔法を使いながらダマージと戦っていた。
Aランク冒険者が居ない以上、探知する対象に生物を外し、フロアと罠に限定することで速度を上げ、各階への最短ルートと罠の対処方を把握し、それを剣でルシアに伝えていた。
それによって本来は探査魔法を使って罠の調査をしなければならないキャシーが後衛で戦うことができ、三人は数時間でダマージと同調しているダンジョンの攻略に成功している。
もしルシア達がピンチに陥ったり、ダンジョンの核を破壊してもダマージが超再生するのなら、俺は対ジェイル用の切札を使うしかなかった。
これを使えば間違いなくジェイルが対策を練るから使いたくなかったし、最高の結果だろう。
その切札を使わずに済んで、ジェイルには剣による通信も知られていない。
これは完全に、俺が三人に階段を下りるよう言った際、剣でルシアに伝えた作戦通りだ。
作戦通りなのに――
『リベル、お姉ちゃん達はダンジョンの核を破壊したわ! すぐにリベルの元に戻るからね!!』
なんでアリシア姉さんが、ルシアの剣を持ってるんだよぉっ……
ダマージとの戦闘はどうでもよくて、俺は常にこのことで焦りを感じるしかなかった。
前世の記憶が戻ってから今までの中で、俺は一番焦っている。
三人でダンジョンを攻略したに決まっているし、そのお陰で俺は手の内を明かすことなくダマージに勝利することができたはずだ。
問題は――最初こそルシアと通信していたのに、数分後理由も説明せず、いきなりルシアではなくアリシア姉さんが通信相手となったことで、俺は焦りまくっていた。
まさかアリシア姉さん――ダンジョン攻略のどさくさに紛れて――
いや、流石に二度注意したし大丈夫だろうけど、アリシア姉さんだからなあ。
俺が「ルシアはどうした?」と聞けば、アリシア姉さんが閃いてしまうかもしれないから、ルシアをどうしたのかは聞けないでいる。
いや、流石にそれはないと思うけど……果たして、ルシアは大丈夫なのだろうか?
物凄く不安になりながら再び探知魔法を使うことで、俺はルシアが無事なのか確認しようとしていた。




