34話 元凶
罠を感知していたのにモンスター召集の罠が作動して、俺達が居る部屋に多勢のモンスターがやってくる。
下り階段から足音が響き、俺は三人に向かって。
「階段からモンスターが上ってくるようだ。階段から離れるぞ」
「そんな!? ダンジョンの階段を下りるモンスターは存在するも、上ることはないはずでは!?」
「ルシア、この非常識な状況で常識を捨てなさい。リベルは常に冷静で素敵よ」
「こわいけどお兄さまと一緒なら、どうなってもいい」
「リベルが居るからって二人共冷静過ぎませんか!? 集まってくる前に倒していきましょう!」
通路から部屋にやって来て、階段を上ったモンスターはなぜか俺達を攻撃せず、囲みながら援軍が集うのを待っているかのようだ。
そんな状況に痺れを切らしたルシアが、モンスターの群れに突撃をかけようとした瞬間。
「ルシア、落ち着け」
「わひゃっ!?」
まだ動くべきではないと判断した俺は、焦りから動こうとしたルシアを羽交い絞めにして抑える。
「いきなりリベルに抱きしめてもらえるだなんてぇっ! 私も似たようなことをすればリベルに抑えられて……でもリベルの言うことを無視するのは……」
「お兄さま、後であたしにも同じことをして」
「ダンジョンを出たら姉さんとキャシーにも同じことをするから動かないでくれ。ルシア、暫く様子を見たい」
「どっ、どうしてですか!?」
咄嗟に同じことをすると言ってしまいアリシア姉さんとキャシーが完全に動かなくなるけど、羽交い締めを解くとルシアは振り向いて目を見開かせながら叫ぶ。
「知性があるからモンスターが集結するのを待っているんですよ。倒すなら今しかないじゃないですか!」
状況が状況だから焦るのは無理ないけれど、興奮した様子のルシアの頭を俺は撫でて。
「確認しておきたいことがある……モンスターが集結しても俺なら大丈夫だ。俺を信じて欲しい」
「わっ、わかりました……私も、リベルと一緒に死ぬ覚悟ができました!」
「遅すぎるわね」
「いまさら」
アリシア姉さんとキャシーは覚悟が決まり過ぎな気がするけれど、三人は俺の言う通りこの部屋にモンスターが集まるのを待ってくれている。
攻撃をし始めたら対処するしかないも、モンスターが誰も攻撃を仕掛けてこないことが気になる。
俺は仮説を立てていて、それが正しいのかどうか、ここでモンスターが集結すれば発覚するかもしれない。
客観的に見れば絶体絶命の状況を作り出すため、俺達は部屋の中央で攻撃を仕掛けず集結していくモンスターを警戒していた。
× × ×
あれから数分後、距離は開いているも、大部屋はモンスターだらけになっている。
攻撃を警戒してか俺達と距離はとっていて、それにより通路や階段で順番待ちができているほどだ。
「こ、こんなの無理ですよ……死んじゃいますよ……」
俺達と一緒だから死ぬ覚悟ができたと言ったルシアでも、この絶体絶命の状況を見て全身を震えさせている。
魔法攻撃や踏み込みからの斬撃を警戒してか、かなり距離はとっているも、総勢約四十体ぐらいのモンスターが見える。
通路や階段で順番待ちをしているかのように並んでいるから、実際は更に多いだろう。
とにかくリザードソルジャーが多く、杖を構える小鬼、魔法が使えるウィザードゴブリンが数体。
それを守るべく自分の体躯よりも巨大な盾を備えた小鬼、シールドゴブリンが数体。
一番強いのは群れの先頭に居る銀の装備を纏った緑の巨人、シルバーオーク数体で、Cランクとはいえこいつも強化されているはずだ。
「リ、リベルッ……どうして、どうして戦わずに待って欲しいだなんて言ったんですか!? それを素直に聞いているアリシアさんとキャシーは正気じゃないですよ!?」
「リベルの言うことが間違っているわけないじゃない。一緒に死ぬとか言っておいて、ルシアはまだまだ甘いわね」
「姉さまのいう通り、ルシアはお兄さまを想う気持ちが足りてない」
アリシア姉さんとキャシーの辛辣な発言を聞いて、ルシアは顔を真っ赤にさせながら右足を勢いよく床に叩きつけ。
「たっ、足りてますよ! 私だってもうこの状況だとリベルとダンジョン内で色々してから人生を終えたいとか思っていますよ! こんなことなら私も昨日――」
「それより! リベルがしばらく待っていようって言ったのは……未だにモンスターが動かないことも関係しているの?」
アリシア姉さんがルシアの発言を遮りながら聞いてきたから、俺は頷き。
「ああ。攻撃してきたら反撃しようと思っていたけど、どうしても気になってな……モンスターが人間を見てもすぐに襲わず援軍を待った行動は、明らかに異常だ」
入口の階段が閉まったことからモンスターが強化されたこと、干渉していないのにモンスター招集の罠が起動したこと。
そして魔力探知の際に、見境なく人間を襲うモンスターが人間を目にしても待機して、数が揃うのを待っていた動作。
なにより……三階層で魔力感知をした時に感じ取った存在から、俺はここで待機すればいいと判断し、三人に説明する。
「俺はさっき三階層を魔力探知で把握していたが……三階層の部屋にモンスターと行動を共にしている気配が三つあった。恐らく、そいつらが元凶だ」
「えっ?」
俺の発言を聞いて、ルシアが呆気にとられた瞬間。
「ははははっ! いい様だなリベルッ!」
三階層から二階層に向かう階段を上りながら、人の声が大部屋に響く。
「なっ!?」
ルシアが唖然とした声を漏らすけれど、無理もないだろう。
笑い声と同時――階段を上ってきたリザードソルジャー達をかき分け、二人の男が俺達の前に姿を現す。
シールドゴブリンに守れているもモンスターに攻撃されず、守られている人間は異常で、俺はその二人に見覚えがあった。
「まさか、お前等だったとはな……レイエール兄弟」
魔力探知で三階層に三人の気配を探知できた時点で、俺は妙だと思っていた。
どうやら探索の依頼を受けたBランク冒険者パーティはレイエール兄弟のようで、色々と推測するしかない。
冥途の土産だと言わんばかりに、俺がやられることを確信したレイエール兄弟の兄が勝ち誇りながら。
「随分と冷静だがダマージ様の言う通り、お前はジェイル様に敵対できる器のようだな」
「兄貴を苦しめたんだからそれぐらい力があってもおかしくねぇが、今日でお前は終わりだ! そこの女共はモンスターに服従させた後、俺と兄貴が遊んでやるよ!」
ジェイルという発言で推測が当たっていたことを確信した俺が、レイエール兄を睨み。
「なるほど、やはり悪魔か。まさか悪魔がダンジョンの制御ができるようになっているとは、想定していなかったな」
どうやら俺が死ぬと確信しているからこそ、レイエール兄弟は何をしたのかを話してくれるようだ。
カーラをナンパしようとした際、俺が追い払った行為がそれほどまでに気に食わなかったのだろう。
冒険者に紛れた悪魔がレイエール兄弟だとはな……カーラに声をかけたのも、俺の強さを確認するためだったのかもしれない。
そう考えていると。
「この二人……見たことがあるわね」
「あたし達が呪印を受けた時、この二人が近くに居たはず」
そうアリシア姉さんとキャシーが睨み、レイエール兄弟が笑みを強める。
どうやらこいつらが冒険者ギルドで俺を監視し、ジェイル経由でエストロウ家の情報を手に入れ、この国に来ていたアリシア姉さんとキャシーに呪印を与えた元凶でもあるようだ。
横暴で知性がなくよくこいつらがBランクだと思っていたが、呪印で強化されたからこそだったのか。
モンスター達に守られているレイエール兄弟には、まだ聞きたいことがある。
仕留めるのはその後にしようと考えているも、レイエール兄が右腕を俺達に突き出して。
「強化されたモンスター総勢七十体! 命令だ――リベルの抹殺、そして死なない程度に女共を痛めつけろ!」
命令を出した瞬間、俺達を取り囲む四十体のモンスター、そして通路や階段で待機していた三十体ものモンスター達が一目散に俺に襲いかかろうとしている。
「皆、動かなくていい」
「リベルッ!?」
俺の発言を聞いてルシアが慌てふためいた声を出すけど、冷静に命令を聞いてくれるアリシア姉さんとキャシーは流石だな。
俺はシルバーオークに迫り、鞘から剣を抜いて稲妻を纏わせ。
「魔帝剣」
剣を握った右腕を振り抜き――シルバーオークは反応すらできず一閃で両断し、剣に纏わせていた稲妻を周辺のモンスターに飛ばすことで感電死させていく。
ウィザードゴブリンを集中して狙いながら、俺は周囲に大量の光球を展開して。
「多重閃光」
その光球を閃光に変化させることでモンスターを貫き、歪曲することで心臓部と脳を確実に破壊していく。
これで部屋のモンスターは全滅。
残るは通路や階段に存在したモンスターのみになり、再び俺は多重閃光の魔法でモンスターを貫いていく。
「お前等基準では絶体絶命の状況なのかもしれないが、俺達にとっては問題ですらない」
D、Cランクモンスターが強化されているだけで、俺が居なくても三人で対処することはできるだろう。
ただでさえ今まで苦戦したモンスターが強化され、数が多い事にルシアが怯えていたけれど、今のルシアなら怯える敵ですらなかった。
「ど、どうなるかと思いましたけど……やっぱり、リベルは別格ですね……」
「リベルの魔帝剣、あの稲妻を浴びたらとてつもなく気持ちよさそう……」
「確かに」
そんなことをしたら死んでもおかしくないけれど、アリシア姉さんとキャシーは俺になら殺されても本望だと思っていそうでかなり怖い。
俺は行動しないことでモンスターが行動しないことに気づき、動かない方が得策だと三階層に居た三人に思わせた。
モンスターが動かず、俺達が動かない状況で二人が階段を上ってきたから、絶対に何か言いに来ると俺は確信していた。
その正体がレイエール兄弟なのは予想外だったけど、俺を目の敵にしている理由が解ったから、後は力で脅すだけだ。
「ば、馬鹿な……強化されたモンスターの群れだぞ!?」
強化されていてもこの程度のモンスターなら俺達の敵ではなく、目の前のモンスターが数十秒で全滅したことにより、レイエール兄弟は唖然とした表情を俺に向けている。
そんなレイエール兄弟よりも――俺はレイエール兄弟と一緒に居た三人目の方が気になってしまう。
階段でモンスターの影に隠れながら俺達の戦いを眺めていて、速度重視で拡散していたとはいえ俺の閃光を魔力盾で弾き飛ばした存在。
レイエール兄弟はただの監視役――恐らくこいつが、俺を殺すためジェイルが呼んだ悪魔だろう。




