24話 屋敷
どの家を購入するか。
それは人生でも重要な選択の一つだろう。
「外れにある屋敷がよさそうね。広いお風呂がついてるから設置する間焦らされることもないし、ここにしましょう!」
どんな家を買うのかはアリシア姉さんに任せていたけど、店に入り数分ほどで家を購入したことに驚いてしまう。
真っ先に魔道具の風呂が設置済みの物件を探したこともあるのだろう……三件しかなくて、それも間取りを見て即答だった。
「あ、あの……リベル、この人、正気じゃないですよ……」
「……アリシア姉さんだからな」
この屋敷は家具がかなり用意されているらしくて、書いてある販売値段がとてつもないんだけど……これを即決して買ったことに、俺とルシアは震えるしかない。
店員が資料を取りに行く時間の方が長かったぐらいで、俺はアリシア姉さんに聞いておく。
「こういうのって、店の人に質問したり、一度見に行くべきなんじゃないのか?」
「大丈夫よ。もし住み心地が悪かったら新しい家を買えばいいもの、お姉ちゃんに任せて!」
アリシア姉さんは物凄く満足そうにしていて、本当に自分の購入した家に俺が住むことが夢だったのかもしれない。
歓喜しているアリシア姉さんが冒険者カードを商人に渡して会計をするけど、アリシア姉さんは手持ちの白金貨や金貨でも相当な額だったのに、カードで一括払いできるほどなのか。
どれだけの金額がカードに入っているのかを聞いてみたくなるも……それはどれぐらい貢がせてもらえるか、範囲を聞いているような気分になりそうだから止めておこう。
「俺はアリシア姉さんに任せるって言ったけど、キャシーとルシアもそれでいいのか?」
もう屋敷を買ってそこに住みそうになっているから、俺はキャシーとルシアに聞いてみると。
「お兄さまと一緒なら野宿でも幸せ……姉さまに任せる」
「私はその、まず住んでもよろしいのでしょうか?」
ルシアが不安げに聞いているけれど、俺はルシアの頭を撫でて。
「当然だ。ルシアは俺のパーティメンバーなんだから」
「っっ!? そ、そうですよね! 私はずっとリベルと一緒に居ますよ!」
「ああ、そうして欲しい」
ルシアが居ないとどうなるか。
俺は姉妹だと解っているのに二人と爛れた関係になりそうで……いや、これは考えるべきではないだろう。
今でこそ劣等感を感じているルシアだけど、努力家で戦闘時は俺の指示を一切迷わず聞いてくれる。
アリシア姉さんとキャシーは俺を第一に考え過ぎているから、俺の言葉を完全に信じてくれながらも、アリシア姉さんとキャシーに引いているルシアは理想的だった。
× × ×
アリシア姉さんが購入した屋敷に向かう前に、俺達は買物をすることにしていた。
家具屋で四人用のかなり大きなベッドを購入して、俺とアリシア姉さんで運ぶ。
ルシアとキャシーは今日と明日の食材を持っていて、屋敷に到着した頃は昼過ぎになっていた。
この王都でもかなり高価な物件のようで、外れにある広大な二階建ての屋敷。
かなり広い庭もあるし、ここならキャシーに魔法を教えながら、ルシアの鍛錬もできそうだ。
そして姉さんが即座に購入する決め手になったのが、キッチンや風呂と高価な魔道具が備わっていることにあるのだろう。
あの価格なのも頷けるけど、よくアリシア姉さんは躊躇せずこの建物を買えたものだと思うしかない。
購入した大きなベッドを一番広い部屋に設置して、ここは全員が眠る寝室になるようだ。
それから各部屋を決めて、今は魔道具のキッチンを使ってアリシア姉さんが手料理を作っている最中で、ルシアは手伝おうとしたら追い出されたらしい。
「私、料理に自信がありましたけど、アリシアさんに「リベルの体内に入れる料理を作ることが私の夢の一つ」と言われてしまいました……ひぃっ」
そうルシアが俺に説明してくれるけど、説明の最中にアリシア姉さんを思い返して恐怖しているようだ。
どうやらアリシア姉さんは威圧することでルシアをキッチンから追い出したみたいだけど、このままだとルシアは強者に威圧されると怯んでしまうことが癖になるだろう。
それは実戦で致命的になったとしてもおかしくないから、早い内に克服しておきたい。
ルシアが俺に迫るとアリシア姉さんは威圧し始めるから……それを利用するべきか。
「ルシア、話がある」
「? はい、なんでしょうか?」
広い居間に最初から備わっていた長いソファーに座り、テーブルを挟んで俺はソファーに座るルシアと対面している。
キャシーは俺の膝で丸くなっているけれど、眠くなっているのだろうか?
さっきパニックに陥っていたこともあったから、俺は心配になって。
「その前に……キャシー、眠いのか?」
「ううん。あたしはこうしてお兄さまと一緒に居たかったから、これが一番幸せ……ずっとお兄さまの顔を見上げていられる……」
そう言いながらキャシーは俺の膝に乗せている頭を動かして感極まっているけれど、大丈夫そうで何よりだ。
「そうか。家も買ったし暫くはここを拠点にするべきだな……Aランクの依頼で遠征することになったとしても、ここを拠点にすればいいだけだ」
これは、ギルドマスターのラッセと仲良くなれているというのも大きい。
ここは剣帝協会の支部が近くにある……そして、俺が有名になった瞬間に悪魔が行動を起こそうとしていた。
恐らく剣帝協会支部が近いからだと思うけど、悪魔の行動範囲の一つに入っているのだろう。
デビルハンターのフランとザオウがすぐに現れたことから間違いなくて、攻めてくるならここで返り討ちにするべきか。
「あの、話ってなんですか?」
そうおずおずとルシアが聞いてきたから、俺は本来言うべきことを思い出す。
アリシア姉さんが料理中でこの場に居ないから、俺はルシアとキャシ―に言っておきたいことがあった。
「ああ。これから俺達はBランクとCランクの依頼を中心に受けて行き、そこでルシアを鍛えていく……剣による通信で体の動かし方は理解しているから、後は実戦で一気に強くなっていくはずだ」
「はっ、はい!」
ルシアにとってはBランク依頼で戦うモンスターは強敵で、自分よりも強い存在と戦えば更に強くなれる。
それでも緊張している様子だから、俺はルシアを見つめて。
「そんなに緊張しなくていい……俺が傍に居るから、何があっても俺はルシアを守れる」
ルシアが傍に居なくなった時、俺はアリシア姉さんに何をされるか解らないからな。
「っっ!? はっ、はいぃっ……」
俺の発言を聞いたルシアが目を見開かせて顔を真っ赤にしながらも、頬に手を当てて首を左右に振っている。
ここまで喜んでいるのは、前のパーティに見捨てられてしまった過去のせいだろう。
ここで言うのが効果的だな。
「俺はルシアを守る。アリシア姉さんも俺が言ったからルシアには危害を加えない……姉さんの威圧は本能によるものだから、そこまで気にしなくていいぞ」
アリシア姉さんは俺に注意されているも、本能からルシアに対して敵意と殺意を向けてしまうのだろう。
「昨日今日とアリシア姉さんに対するルシアを見て来たけど、ルシアはかなり怯えていた……俺が居るから大丈夫だ。もっと自分の意思を出していい」
「自分の意思ですか……わっ、わかりました!」
そう言ってルシアが立ち上がり、キャシーとは逆方向になる俺の隣に座って、体を預けてくる。
しなだれかかったルシアの全身は柔らかいけど、ルシアは俺の傍に来たかったのか。
「お昼ご飯ができたわ。私が丹精を籠めて準備したこの料理が、リベルの体に入っていく……ふふっ」
そう言って様々な料理をアリシア姉さんが持ってきて、ルシアを眺めてから。
「ねぇルシア、ちょっとリベルと近すぎない?」
またアリシア姉さんがルシアを威圧するけど、ルシアはぐっと全身に力を入れて。
「昨日の夜は我慢しましたけど、私もリベルと一緒に居たいです!」
「……そう。怯えなくなった辺り、お姉ちゃんが居ない間に、リベルは何かしたのかしら?」
真っ先に俺に聞く辺り、もう察しているようなものだろう。
「もっと自分に自信を持ってもいいんじゃないかって言っただけだ」
「そう……それを聞いただけで怯まなくなるなんて、素質があるみたいね……」
「それに努力家だから、俺が鍛錬することで更に強くなるだろうな」
「えっ、あの、その……頑張ります!」
剣帝のアリシア姉さんに素質があると言われて、そこからの俺の発言を受け、ルシアは顔を赤くしながらも両手をグッと握りしめている。
威圧されるたびに耐えていけば、それだけでルシアの精神力は強化されて、結果的に身体能力と魔力が向上するだろう。
日常の行動が、ルシアにとってはいい鍛錬になるはずだと、俺達は昼食をとることにしていた。
テーブルに並んだアリシア姉さんの料理はとてつもなく美味しくて、ずっとアリシア姉さんが満面の笑みを食べている俺に向けている。
「リベル、美味しい?」
「ああ、美味い」
「本当!? お姉ちゃん嬉しいわ! これで今夜は……もっと食べて!」
今夜というのは、夜の食事も頑張るということだろうか。
それにしては、やけに恍惚とした表情だったな。
昼食を終えて後片付けをしたし、俺は昼からの予定を三人に話す。
「さてと……昼食の後は、冒険者ギルドに行って依頼を――」
「それは明日にしましょう! せっかく今日はこの家を買ったのだから、我慢してきたけどもう待てないわ! もし動かなかったらすぐ報告するべきだと思うし、そうね今夜じゃなくて今、今皆でお風呂を試しましょう!!」
それっぽい理由を言いつつも、アリシア姉さんは本心が口から漏れまくっている。
今日のアリシア姉さんは夢が叶いまくりだなと感じつつも、強引に昼間から俺達は風呂に入ることとなりそうだった。




