18話 前世の記憶
いきなり襲撃してきたザオウを俺は撃退し、意識をなくし平原に倒れているザオウをフランが縄で縛る。
わざわざザオウの持ち物から縄を奪って縛っているけれど、フランは縄を持っていないのだろうか?
フランが縄を投げた瞬間、それに触れたザオウは物凄い勢いで全身を縛られていたから、拘束の魔道具なのだろう。
そこから楽しそうに縛ったザオウを蹴るフランは、よほど鬱憤が溜まっていたに違いない。
「やり過ぎじゃないか?」
咄嗟に口に出てしまうも、フランは俺を見ながら。
「この馬鹿は意識を戻すと何をしてくるか解らない。もしこの馬鹿が目覚めた時は、私と話を合わせて欲しい」
「わかった」
ザオウを縛った縄は何の変哲も無さそうな縄に見えるけど……とてつもない拘束術式が大量に張り巡らされた魔道具だ。
投げた瞬間に相手の身体に巻きつく速度と性能――これを喰らって拘束されてしまうと、俺でも外すのに数十秒はかかるだろう。
悪魔に対抗する魔道具なら、これぐらいの性能が必要となるのかもしれない。
デビルハンターという組織があるのは本当のようだけど、フランは俺を眺めて唖然としながら。
「今から少し、真剣な話をしたいのだけど……その状態で話をするのか?」
「ダメか?」
「いや、ダメではないが……」
フランが驚くのも無理はない。
ザオウとの戦いが終わってから、俺は背後からアリシア姉さんに抱きしめられていて、腰にはキャシーが抱きついている。
「私が使えない魔帝剣が使えて、呪印も解いてくれるだなんて……お姉ちゃんは物凄く感動しているわ!」
「あたしも、お兄さまが強くなっていて、本当に嬉しい」
キャシーの感触は気にならなかったけど、背後のアリシア姉さんのとてつもなく柔らかい感触は気になるな。
どうやらいつの間にか、アリシア姉さんは胸当てを外しているようだ。
前世の記憶が戻る前までは精神的に追い詰められていたこともあって気にしなかったけど、今は気にしてしまう。
俺はキャシーの頭を撫でながら、動揺がバレないよう冷静なフリをしていた。
「仲がいいことは何よりですね、私もいつかその中に入れるようになりたいものです」
「これを仲がいいで片付ける君は大概だな……いや、恋故か? なるほど、逆ハーレム構築の参考になる……」
冷静になろうとしていたから、ルシアとフランの会話が耳に入らなかったけど、最後の逆ハーレムからは聞こえたぞ。
今の俺の状況は自分でもどうかと思うけど、フランもかなりヤバい。
「そ、そうか……」
「ああ。私も男をはべらしてそんな感じになりたいから、参考になる」
なんか同類だと思われていそうだけど、フランと違って俺は成り行きでなっただけだぞ。
かなり邪悪な笑みを浮かべて自分の世界に入っているフランだけど、前世の人が関わっていた女性に似てるなあ。
思わず欲望が口に出て逆ハーレムメンバーだの言ったせいで男が寄りつかなくなって、それでも強いから関わろうとする男を逆ハーレムに入れようとして失敗する。
恐らくこのフランという人は、ザオウの手綱を握ることで満足しているも、他の男には避けられているような気がしていた。
ようやく元に戻ったフランが、咳払いをしながら。
「少し見苦しい場面を見せたが……改めて、私はフラン。元Sランク冒険者だ。あっちはザオウ、元Aランク冒険者だ」
Sランク冒険者の詳細はSランク、Aランクという上位冒険者しか知り得ることができないらしい。
Sランククエストも上位冒険者にならなければ知ることができないけれど、悪魔に対抗する組織が存在して、上位冒険者をスカウトしているのか。
「俺はリベルでBランクパーティのリーダーだ。ルシアだけがメンバーで……アリシア姉さんと妹のキャシーは有名だから、知っているんじゃないか?」
「ああ。君達がBランクなのは最近冒険者になったばかりという辺りか。エストロウ家はアリシアとキャシー以外は大したことがないと聞くからな」
「むっ」
「事実だけど……今のお兄さまはあたし達より強いし凄い、理想のお兄さま」
その発言を受けてアリシア姉さんとキャシーが俺に抱き着く力が強まるも、事実だし話がこじれるから何も言おうとはしない。
フランが姉さんとキャシーを眺めながら、俺に目をやって。
「そのようだな。さて、アリシア・エストロスが悪魔になったのは確認して上に報告済みだから、それからの報告をどうするべきか……」
「もう私はエストロスじゃないわ。ただのアリシアよ」
「貴族なら平民の男をはべらすことができるだろうに勿体ない……この状況を私が素直に報告した場合、悪魔の呪印を解呪したのは前代未聞だから大事となる」
「具体的には?」
「トップは保護を命じてくれるはずだけど、一部は全力をあげてリベルを殺そうとするだろう……悪魔の主との全面戦争を避けるためにな」
デビルハンターにも色々とありそうで、大事にはして欲しくない。
「フランが秘密にすることは?」
「ザオウが報告するだろう……デビルハンターには四つの階級があり、私は下三番目でザオウは一番下だ。二階級差がないと完全に黙秘の命令は出せない」
「黙秘の命令を出したといっても、そこのザオウって人が誰かに言わない保証はないのでは?」
アリシア姉さんが縛られて倒れているザオウを指差すと、フランは首を左右に振って。
「その心配は不要さ。私が報告したらザオウは報告しないし、こいつは私以外の誰とも会話をしないから、誰にも言わないのは間違いないだろう。どうすればいいと思う?」
本当だろうか。
それより、普通に報告されたら大事になりそうで、どうするかをフランは俺達に相談したいのだろう。
俺が何か案を出さなければ、フランはそのまま上に報告しそうだな。
俺はデビルハンターという組織がどうなっているのかを知りたくて、更に追及する。
「それなら、俺がその四段階でもトップの情報を知っていたら最重要になって、呪印を解呪したことについて秘密になるんじゃないのか?」
俺の発言を聞いて、フランの細い眉が動き、警戒心を強めて。
「……確かにその通りだが、やけに詳しいな?」
いい機会だだろう。
俺はフランに説明すると同時に、アリシア姉さん、キャシー、ルシアに話しておきたいことがある。
「例えば――悪魔の主についての情報を俺が知っていたら、トップ以外に情報を流せなくなるだろ? 呪印の発案者、悪魔の主はジェイルという男だ」
「君は何を言っている? 悪魔の主については私含めてほとんど者が知らされていない……しかし、出まかせで言っているようではなさそうだな」
「デビルハンターって組織は少数精鋭だろ、だから報告した内容をトップが目を通し、それから指示をするシステムになっているはずだ。報告の時にジェイルって名前を出せば、一気に最上位の機密となる」
「……貴様、何者だ?」
会話の途中でフランが明確に敵意を剥き出しにしたから、俺は告げる。
「俺の前世はアルベールと呼ばれた賢者で、その人の知識と経験を俺は受け継いでいる……アルベールはジェイルと悪魔によって殺された」
フランを納得させるために、俺は自分の前世について話すことにしていた。
俺の前世であるアルベールには四人の同志が存在していて、悪魔の主ジェイルはその一人。
デビルハンターという組織は、アルベールが亡くなってから同志の三人の誰か、もしくは全員で創立したのだろう。
ジェイルとの戦いの中で、俺の前世――アルベールは呪印を解呪する方法を編み出すことで敵を弱体化させようとするも、時間がかかるという欠点から数に押されてしまう。
それでも相打ちで存在を絶つことができたと俺の前世、アルベールは確信して来世に意志を遺し、意志を受けた俺もそうだと確信していた。
それなのに悪魔の呪印、その発案者にして悪魔の主であるジェイルがまだ生きているということは、呪印を受けたアリシア姉さんを見るまで、俺は想像だにしなかった。