17話 襲撃
俺はアリシア姉さんの胸の間に手を当てて、解呪の魔法を使っている。
素肌に触っているからか、アリシア姉さんの息が荒くなって。
「うっ、リベル……ルシアの前でお姉ちゃんの胸が触りたくなったから、解呪しようだなんて嘘をついて――」
「姉さま、この調子でいくと本当に解呪できそう……よかった」
「……そう」
どうして命の危機が去ったというのに、アリシア姉さんはちょっと残念そうにしているのだろうか。
どうやらキャシーは俺が解呪しつつあることを理解できたようで、アリシア姉さんの腹部に泣きついている。
「はぁぁっ~これで、色々と大丈夫そうですね」
心の底から安堵するルシアを、アリシア姉さんが見上げることで眺めていた。
いいタイミングだし、ここで釘を刺しておこう。
「アリシア姉さん、ルシアは仲間だから、これからさっきみたいなルシアに危害を加える行為は止めてくれ」
「ええ……ルシアだったわね。リベルに嫌われたくないから、私達と一緒に居てもいいわよ」
少し複雑そうな表情をアリシア姉さんが浮かべながらも、ルシアが満面の笑みを浮かべて。
「はっ、はい! これからよろしくお願いします!!」
ようやく警戒しなくていいことに安堵したのか、へたり込んだルシアが感激している。
アリシア姉さんの呪印は後数十秒で治せそうで、これからどうするかはその後に話すとしよう。
そう考えていた瞬間――いきなり俺達の元に、刀を持った目つきが鋭い青年が、アリシア姉さんに刃を向けて迫り。
「悪魔と化した剣帝アリシア――俺が排除する」
俺は咄嗟に解呪魔法を止めて、剣を抜くことで青年が振り抜いた刀の一撃を受け止める。
「リベル!!」
「お兄さま!?」
すぐに魔法で迎撃に出ようとした瞬間、青年が俺と距離をとり、刀の刃を向けて。
「俺の一撃を止めるか」
「……どういうつもりだ?」
いきなり現れた男は、アリシア姉さんを躊躇なく斬ろうとしていた……悪魔についても知っているな。
剣帝のアリシア姉さんよりも鋭い一撃だから、剣帝辺りだろうか?
とにかく……呪印はもうすぐ解呪できるから、そのことをこの男に説明しよう。
「姉さんが悪魔だと言ったが――」
「俺の糧になれ」
「まったく話をする気がないな」
俺の俺のって、この青年は自分語りをして満足するのか、話をする気が一切ない。
黒髪短髪の冷淡な細身の美青年だけど、寡黙の方がカッコいいとでも思っているのだろうか。
男が俺に迫ってきたから、俺が左手で魔力による砲撃を放つ。
その瞬間、俺の手の向きで攻撃を予測したのか、男が即座に走ることで魔力砲撃が回避される。
後数十秒待ってくれれば全てが解決するのに……解呪魔法を使って隙を作れば、その間にこの男がアリシア姉さんを斬るだろう。
そう考えていると――
「やるな。ザオウの初動に対応できるとは……それに中々に可愛いし、私の逆ハーレム候補に相応しいだろう」
どうやら名乗ることすらしない美青年はザオウというらしくて……ザオウがやって来た方向から凛とした長い黒髪の奇麗な女性が現れる。
この女性は魔法銃を両腰に備えているな……かなり珍しい武器で驚くと、ザオウがアリシア姉さんを狙うため回り込んだから、俺が即座に間合いへ入り、ザオウに剣を振う。
俺が繰り出した横薙ぎの一撃を回避しながらも、ザオウはアリシア姉さんだけを狙っている……ザオウを警戒しながら、俺は突然現れた女性に話しかけることにする。
ザオウよりも、この人の方が話は通じやすそうだ。
「何者だ?」
「悪魔を狩ることに特化された組織、デビルハンターだ。私は元Sランク冒険者のフラン、そっちは元Aランク冒険者で部下のザオウだ」
「フラン、手を貸せ」
「上司に対して口の利き方がなっていないな。アリシアは家族の手で殺すべきだと言っただろ? 故に私は話し合うつもりだ。貴様とは違う」
「チッ――なら、俺の魔帝剣でッッ!?」
ザオウが舌打ちをしながら稲妻を纏わせた刀――攻撃特化の帝技を使うことで斬りかかるも、俺はそれを受け止め、ザオウは驚愕している。
その瞬間――受け止めたことに驚愕しながらも、刀に纏わせた稲妻が倒れているアリシア姉さんに迫り、俺が即座に左手を振うことで魔力の盾を張って防ぐ。
「この威力……あたしの魔力盾じゃ砕かれてた……」
キャシーも同じタイミングで魔力盾を張っているも、俺が張った魔力盾に驚いているというより、俺が防がなければアリシア姉さんが負傷していたことにショックを受けている。
それにしてもこのザオウとかいう男――まったく話を聞かず姉さんを殺そうとしてくる狂人だけど、戦い方がかなり厄介だな。
間違いなく一対一で俺に勝てないことを想定して動いている……俺の攻撃を察知したら即座に引いて、狙うのはまだ悪魔と認識されているアリシア姉さんだけだ。
「デビルハンターは悪魔として強化されている存在を相手にしている……君は私達より強そうだが、崩す手段はいくらでもあるし、そいつの目的は君のお姉さんだ」
「お前……どっちの味方だ!」
ザオウが説明を始めたフランに苛立ち叫ぶも、フランはフッと嘲笑しながら。
「中立だよ。ザオウ、お前が私に従順なら、私は貴様の味方になっていたかもな」
なんか今までの鬱憤を晴らすかのように、フランは悪そうな笑みをザオウに向けている。
説明したのもザオウを苛立たせるためだろう……こんな奴が部下なら、そうなってもおかしくないか。
俺が魔法で攻撃をしようとした瞬間、手の向きからどう繰り出されるかを計算してザオウが紙一重の回避を見せてくる。
俺が大技を繰り出せば、その僅かな隙でアリシア姉さんが斬られてしまうだろう。
そこまで考えて――俺はザオウが望んでいるだろう、大技を繰り出す事にしていた。
「魔帝剣」
「――なっ!?」
自身の最適な属性に変換した魔力を、剣に纏わせて斬る帝技の魔帝剣。
この帝技は最初期の帝技で――俺でも扱うことができた。
大技の隙を狙い、ザオウはアリシア姉さんを仕留めるつもりなのだろう。
そのつもりで動いていたザオウだが、俺の白く光り輝いている剣――刃に籠められた膨大な光の魔力に対して、ザオウは目を見開かせて硬直し。
「馬鹿な!? 光魔法だと!? 最上級の魔力に変換して剣に加える……それは剣帝協会のトップが不可能だと明言した……」
これは完全な常識外の行動であり、だからこそ思考の外を突かれたザオウが本来の目的を忘れて俺の剣を魅入っている。
正直、速度を重視したザオウの一撃なら、アリシア姉さんの強さなら耐えることができる。
即死はないだろうから、ダメージを受けた瞬間治せばよかったのだけど……俺としてはアリシア姉さんを傷つけたくはなかった。
アリシア姉さんを無傷で済ます方法はこれしかないだろう。
俺は全力の魔帝剣による斬撃をザオウに繰り出し、ザオウも稲妻の魔帝剣を使い刀の刃で受け止める。
「ぐっっ!? 俺は、お前を殺す――」
刀が折れないことに俺が驚きながらも、光魔法による衝撃からザオウは高く吹き飛んでいき、意識をなくして平原に叩きつけられている。
最後の発言でアリシア姉さんに向けていた殺意を俺に向けていたような気がするけど、きっと気のせいだろう。
平原に倒れ伏せているザオウを見下ろして悦に浸りながらも、フランと名乗った女性が俺に真剣な眼差しを向けて。
「ザオウがやられたが、私はザオウよりも強い……君が一歩でも動いた瞬間、私は君の姉を殺す。妹のキャシーが、アリシアを殺しなさい」
そう言ってフランが両手を下ろし、銃を抜こうとしている。
さっきの戦いを見て俺に勝てないことを確信しながらアリシア姉さんを殺す自信がある辺り、ザオウの上司というだけはあるな。
この人なら色々と聞くことができそうで、俺は剣を鞘に戻してから。
「その必要はない。アリシア姉さんの呪印は、俺が今解いたからな」
「は?」
動かなくていいのなら、アリシア姉さんと距離が近いから、俺は解呪を再開することができた。
その発言を受けて、フランは困惑とした表情を俺達に向けながら。
「いやいや、治したって、悪魔の呪印は解呪不可能の――!?」
そう言いながらも確認してくれるのか、板のような物を取り出し、フランが目を見開かせている。
俺達の元に来たということは、何らかの悪魔を発見する魔道具でも、前世の人が殺された後に作られているのかもしれない。
「ほ、本当に解呪できているが……信じられない。君は一体……何者なんだ?」
アリシア姉さんの解呪が成功したことを理解したのか、フランが物凄く驚いていた。
今まで誰もできていない呪印が解けたのだから当然だろう。
説明をする必要がありそうで、俺もフランに聞きたいことがあった。