16話 悪魔を狩る者
――悪魔の呪魔法。
これを受けた者は呪印という紋章が体のどこかに発生し、取り込まれた存在は悪魔と呼ばれるようになる。
呪印に耐えるにはある程度の強さが必要で、知ってさえいれば魔力を籠めることで払いのけることができるも、欲望が強い者はそのまま悪魔に取憑かれるように呪印を受け、悪魔と化す。
悪魔の特徴は不老――実際は人間の魂を取り込むことで、その者の寿命を奪い取る。
欲望のままに生き、生きるために人々を狩りつくす……正に悪魔と呼ぶべき存在が世界中に暗躍しているも、目立たず行動しているから存在を認知しているのは高ランク冒険者、剣帝、賢者といった一部の強者だけとなっている。
それはSランククエストと呼ばれ――冒険者でも上位の者にしか知ることができないクエストで、世界でもトップクラスの強さを持った人達のみ悪魔の存在を知ることができていた。
Aランク上位、Sランク冒険者はスカウトを受け、対悪魔装備を備えたデビルハンターと呼ばれし組織の一員になることもできる。
そして、平原に向かって歩きながら向かっている男女、先頭を歩く長い黒髪を束ねた長身のスレンダーな女が、男に語る。
「おいザオウ、私が上司である以上、私の命令には聞いてもらうぞ」
「俺は好きに動く。フラン、それでいいと言ったのはお前だ」
それで話は終わりだと言わんばかりに、目で「さっさと行け」と言わんばかりに合図してくるのは、フランの部下であるザオウだ。
ザオウは整った顔をした美青年で、黒く短い髪と鋭い眼光が似合っているも、問題はこの態度と発言にあった。
「貴様が好き勝手やっても許してもらえるよう、この私が手綱を引いてやっているのだ。そこに恩を感じるべきだと思うがな」
そう言って髪をファサッと自らなびかせ、クールビューティを内心気取りながら、フランは性格が悪く無愛想なザオウを主に顔のよさから気に入っていた。
仲間が悪魔になったから、絶対に自らの手で殺す為デビルハンターに入ったザオウの見た目を気に入り、フランは上司になると上に宣言して今に至る。
「俺は関係ない」
口癖のように「俺は」と言って話を即座に終わらせようとするザオウに苛立ちながらも、フランは我慢していた。
今はまだ下準備……立場が上で有能な部分を見せつけていれば、必ずザオウはフランのモノとなるだろう。
そう考えながらも、悪魔を探知する魔道具の反応がした方へ向かい、悪魔を発見したフランはザオウの肩を掴む。
悪魔が発生してから一番近い場所に居たフラン達が向かうことになっていて、フランとザオウは遠目から四人組を発見、一人倒れている女性が悪魔なのは解っている。
即座に殺そうと動こうとしたザオウを、フランは肩を掴むことで止めると。
「俺に触れるな」
「待て。あの四人、内二人は剣帝アリシアと最年少賢者のキャシーで、悪魔と化したのがアリシアか……もしかすると、アリシアは自らの状態を理解し、妹に命を絶ってもらおうとしているのかもしれない」
ザオウが止まってくれたことに安堵しつつ、フランはアリシアという自分とそこまで年が代わらない女性を眺めて、憐れむしかない。
――悪魔となった人間は、どうやっても解呪できない。
強い存在を倒せば、魂を取り込んで強くなれるのが世界の理だけど、悪魔を殺せば人間を殺すよりも遥かに強くなれる。
それでも……強くなるために妹の目の前で姉を殺す気にフランはなれず、あの三人がアリシアを殺す結末を遠くから見届けて報告しようと考えた瞬間。
「俺の糧にする」
当然のようにザオウが言うから、フランは頭がおかしい奴を見るような目でザオウを眺めて。
「……おい。悪魔になったアリシアは、必死に暴走を抑えて倒れ、妹に命を絶ってもらおうとしているのだぞ。ここで私達が彼女を殺すのは酷いだろ? 彼女は自らの意志で命を絶とうとしているのだから」
「俺には関係ない。恨まれようが蔑まれようが、俺は奴を殺さなければならない。その為に力がいるのなら、俺はそこで倒れている女を殺すことで強くなってやる」
悪魔を探知する魔道具は、悪魔としての力を発揮している時のみ広範囲で探知する。
悪魔となった者は、呪印の発案者である主の命令をどこでも受けられるようになり、まずは力を抑える方法を教わり、教わるという行為をきっかけとして主従関係となる。
アリシアは常に悪魔の力を最大限に発揮していた辺り、主の命令よりも欲望の方が勝ったのだろう……どれほどの欲望なのか、フランには想定できないほどだった。
今は悪魔の力を弱め、探知の魔法があまり反応しなくなっている辺り、アリシアは欲望を解放し終えたのだろう。
呪印を受けた者を解呪したケースは、今までに一度も存在していない。
悪魔の呪印を抑えることができたとしても、いずれ人の魂を取り込まねば死ぬとなれば、悪魔は人の魂を取り込む以上、呪印が発生した時点で人間の敵となる。
アリシアを殺すことはフランの中で確定しているも、ザオウの肩を強く掴み、二人の少女と一人の少年を指差して。
「まあ待て。戦力を考えろ……キャシーは賢者、もう一人の少女は解らないけど、あの少年はキャシーに雰囲気が似ているからキャシーの兄かもしれないし、まず話合うべきだ。いきなり斬りかかれば、あの三人を敵に回すことになるんだぞ?」
「俺にはどうでもいい――邪魔だ」
そう言ってザオウがフランの静止を振りほどき、一気にアリシアの元へと駈け出した。
そんなザオウを眺めながら、フランは溜息を吐いて。
「まったく……私の代わりに悪役になってくれようとしているのか」
見当違いなことを言いながらフランは喜び、走りながら倒れているアリシア以外の戦力を再確認する。
エストロウ家で有名なのはアリシアとキャシーの二人で、三人の兄弟は大したことがないということは知っていた。
デビルハンターはSとAランク冒険者の精鋭が所属する組織……ザオウならキャシーを相手にしても問題なく対処することは可能だろう。
「家族の最期を平然と邪魔できるあいつには恐れ入る……あんなのでも部下だから、私も行かねばな」
フランはそう言って、なぜかキャシーではなく少年と戦闘を始めたザオウの元へと向かい――信じられない光景を、フランは目にすることとなる。




