15話 姉のお願い
大きな問題は二つあった。
まずアリシア姉さんがルシアと会った時、姉さんがルシアに対して斬りかかること。
そして今――呪印を受けて少しおかしくなっているアリシア姉さんの対処。
他の問題はこの二つに比べたら些細なことで、俺は鞘から剣を引き抜く。
俺が発生させた炎の壁を眺めているアリシア姉さんが、俺の剣を眺めて目を見開かせ。
「ルシアとお揃い!? ズルいズルいわ! 私もその剣が欲しいっっ!!」
「いや、剣帝になった時に受け取った、その聖剣の方が性能はいいですよ?」
「リベルとお揃いがいいの! こんな剣売ってでも欲しいわ!」
そんなことをすれば、聖剣を与えた剣帝協会が泣くだろう。
苛立っているアリシア姉さんは地に足を何度も叩きつける……呪印のせいなのか、今まででは考えられない駄々をこねながらも、アリシア姉さんが頬を紅くしながら俺を凝視して。
「それより本当にいいわぁ……今まで私に甘えていたリベルが、こんなに凛々しく……そんなリベルにお姉ちゃんは甘えて欲しいの」
甘えて欲しいのは変わらないのか。
俺だってアリシア姉さんには甘えるのは悪くはないと今でも思っているし、今までのことは感謝しているけれど……言いたい事もある。
「アリシア姉さん。今まで俺を溺愛してくれたことには感謝しているけれど、束縛が強すぎるし、今思えばアルクとエルトが俺に敵意を持つように姉さんは誘導していた。あれは本当にやめて欲しかった」
「……気付いて、いたの?」
色々とアリシア姉さんの行動が不自然だと感じる部分が、前世の記憶を得たことで明確となっている。
「まあね……今の俺は姉さんよりも強くなっている。それをこの場で証明しよう」
「そう……お姉ちゃんはちょっと寂しいけど、私が今チャージの魔法を使っていることに気付いてる? さっきは使わずに動いちゃったけど、今回はさっきまでとは違うわよ?」
そう言いながら……チャージが完成したのか、アリシア姉さんの魔力と身体能力が更に上昇している。
呪印で強化されているアリシア姉さんがチャージをしてからの二重突斬なら、ルシアは受け止める事ができていたか怪しかった。
この勝負は、初動で決まるだろう。
アリシア姉さんは会話をしながらチャージをしていて、俺は解った上で行動している。
こうでもしないと、全力のアリシア姉さんの攻撃を対処できるかが解らないからな。
「さっきまでと違うか……俺も、今までとは違う」
「そうね。私としては嬉しいけど、リベルはどこにも行かないでずっと傍に居て欲しいの」
最強の冒険者となるのだから、全力かつ呪魔法で強化された剣帝の一撃を対処したい。
アリシア姉さんが一気に俺との間合いを詰めて、俺も剣を引き抜く。
「二重突剣ッ――ッッ!!!?」
抜刀と同時に帝技を発動し、攻撃と同時に驚愕したのはアリシア姉さんで――俺が同じチャージした二重突剣を使うとは思ってもみなかったのだろう。
魔法と違い、前世の人が扱っていた剣技は未熟だ。
俺が今まで学んできた動きのお陰で戦えるようになっているけど、剣技に関してはまだ未完成でアリシア姉さんに勝てるかは怪しい。
それでも――攻撃してくる箇所が両脚だと判明しているからこそ、俺はその部位にチャージした二重突剣を発動し、二重突剣を使ったアリシア姉さんを弾き飛ばすことに成功していた。
「魔力砲撃!」
完全に予想外だったのか、衝撃を受けて吹き飛び唖然としているアリシア姉さんの胸部に向けて、俺は左手を突き出して全力の魔力による砲撃を放つ。
普通ならアリシア姉さんは剣技で相殺するはずだけど、数週間足らずで俺がチャージから帝技を発動したことがまったく理解できていないようで、驚愕と硬直によって隙ができている。
それに対して俺は即座に次の行動に移った差が出て、俺の放った魔力砲撃が直撃し――アリシア姉さんは平原に打ちつけられることで倒れ、ルシアが俺の元に駆け寄り。
「リベル、大丈夫ですか!」
「ああ……それより、今はアリシア姉さんだな」
俺とルシアは、倒れているアリシア姉さんと傍に向かったキャシーの元に駆け寄ると、いきなりキャシーがアリシア姉さんの服を脱がし始める。
アリシア姉さんは恥ずかしいからと、俺の前でも見せようとせず隠していた腹筋が見えて、豊かな胸の下部分に謎の紋章が浮かび上がっていた。
その紋章を、キャシーは指差して。
「これが悪魔の呪印。呪魔法を受けたら体のどこかに浮かび上がるとされていて、呪印がついた人は悪魔と呼ばれる……悪魔となったら、人々の魂を取り込むようになる」
「そ、そんなのがあるんですか……」
キャシーの説明を受けてルシアは驚愕しているけど、俺はキャシーに聞かなければならないことがある。
「キャシー、どこでそんなことを知った?」
「賢者になった時、剣帝にも教えられるらしい……こうなったらもう、命を、絶つしかないって……」
そう言ってキャシーが大きい瞳から大粒の涙を流して、アリシア姉さんの手を両手で震えながら握り締める。
さっき俺がアリシア姉さんがどうなったかを聞いて、キャシーが震えていた理由がようやくわかった。
あれはアリシア姉さんに怯えていたのではなくて……アリシア姉さんが亡くなってしまうという事実に、キャシーは怯えていたのか。
悪魔の呪印――それは世界でもトップクラスの強さを持つ人間にだけ伝えられる、世界の脅威なのだろう。
意識を取り戻したアリシア姉さんが眼を開けて、キャシーが擦れた声で呟く。
「この呪印を受けた人は、悪魔に憑りついたと言われている……こうなったらもう、姉さまを殺す以外に方法はない」
「そう、ね……だから最期にリベルに会いたかったの……私は呪印を受けた時点で命を絶つつもりだったけど、やっぱり私、リベルに会いたくなったもの」
そう言いながら、アリシア姉さんが俺の方を見て。
「リベル、まだ私には未練があるの……私の初めてはリベルが貰って欲しいから、この大自然の下で私と一緒になって……今なら孕んだとしても、何も問題もないわ」
最後の最期だからとんでもないことを言い出したけど、最期の状況だからか皆は何も言いはしない。
表情が引きつるのを我慢しているルシアは内心絶対ドン引きしているも常識的で、何故かうんうんと頷いているキャシーは危険だと感じながらも、俺は姉さんの要求に対して。
「いや、俺なら解呪できるぞ」
「「えっ?」」
「最期だからリベルは甘えながら私にって……誰も解呪できないとされる呪印よ。解呪することが、本当にできるの?」
「ああ。何の問題もない」
最初からそのつもりだったけど、明らかにアリシア姉さんは話を聞かなさそうだったから、俺は抵抗されないようアリシア姉さんを倒す必要があった。
数十分ほど時間がかかるけど、前世の知識がある俺なら、この呪印を問題なく解呪することができる。
アリシア姉さんの告白は、呪印の影響でおかしくなったということにしておこう……それで大丈夫なはずだ。