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流れ時…5プラント・ガーデン・メモリー15

「ふう……。あっぶなかったわねぇ~。」

 金髪の女がケラケラと笑っている。アヤは倒れているヒエンをそっと椅子に座らせた。


 アヤ達は図書館に戻って来ていた。おそらくこの女がしおりを投げたのだろう。


 「あら?もう出てきたの?しかも草姫ちゃんと一緒に?」

 天記神が驚きの表情でアヤ達を見ていた。


 「何よ……どう反応したらいいわけ?」

 アヤは戸惑いながら金髪の女、草姫を見つめた。


 「あなた達、ただの歴史めぐりじゃなかったのねぇ~?」

 草姫は音を立てながら椅子に座ると足を組んだ。


 「歴史めぐりっていうか……。」

 「はい。草姫ちゃん、お茶。」

 すかさず天記神が草姫の前に緑茶を置く。


 「だから、なんであなたはそんなに慣れなれしいのかしら~?私ははじめてここに来たのよぉ?」


 「あら、ごめんあそばせ。どうしても花姫ちゃんが映ってしまってね……。」

 天記神は笑顔で草姫にあやまりながらアヤとヒエンの前にも緑茶を置く。


 「ああ、妹ねぇ……。あの子はここを愛用していたのかしらぁ~?」

 「ええ。頻繁に来てくれたわよ。すごくまじめで勤勉だったわ。」

 「そうなのねぇ……。」


 草姫は昔を懐かしむように天記神を眺めた。天記神はせつない笑みを草姫に向けるとそっと目を離した。視線はアヤへと動く。


 「で、ヒエンさんは眠ってしまったの?それと、あの元気な子は?」

 「そうだわっ!実はね……」


 アヤは色々と思いだし天記神に訴えかけようとした。しかしそれは途中で草姫に遮られた。


 「しばらく一緒に歴史を見ていたんだけどねぇ~、なんか疲れちゃったみたいで今は寝ているの~。」

 草姫は勝手にしゃべりだした。


 「ちょ、ちょっと!あなた!何勝手な……」

 アヤが草姫に向かい声を荒げたが草姫は平然とこちらを睨み返してきた。


 「つ・き・み・そ・う。」

 その後すぐ、草姫が呪文のように言葉を発する。


 「―っ?」

 草姫の声を聞いた途端、アヤの口から声が出なくなった。言雨ではない力がアヤの付近をまわっていた。


 「月見草。花言葉は無言の恋。あなたは誰に恋をしているのかしら~?ふふ。ちょっと黙ってなさい……。」


 これは呪文でもなんでもない。ただの威圧だ。草姫は威圧をアヤに向け、話す気をなくした。ただそれだけであって花言葉はまるで関係がない。


 「あのカエルちゃんは歴史をもっと見たいって言ってまだ中にいるわ~。」

 「あら、そうなの?」


 天記神は怪しいと感じたのか眉を若干寄せていたが深くは聞いてこなかった。


 「う……うーん……。」


 その時アヤの隣で声が聞こえた。ヒエンが目を覚ましたのだ。ヒエンはきょろきょろとあたりを見回すとハッと目を見開いた。


 「ここは?カエルさんは!」


 「はいはーい~。寝ぼけるのはそこまでねぇ~。じゃ、天記神さん、ヒエンも目覚めた事だしカエルちゃんを追う事にするわぁ~。」


 草姫は天記神に笑いかけると素早くヒエンとアヤの手を握り本を開いた。


 「あなたはさっきの―……。」

 ヒエンの言葉はそこまでで後は本に吸い込まれてしまった。

 


 「で、あなたは何なのよ!」

 再び本の中に戻ったアヤは急に話せるようになったのでとりあえず草姫に向かい叫んだ。


 「私は草泉姫神よ~。草花の生死を司る神。」


 「そうじゃない!」


 「んもう……わかっているわよぅ~。ゴットジョークじゃない。流しなさいよ~……。」


 草姫はふうとため息をつくと辺りを見回した。ページは最初からなので最初にいた場所からだ。ここら辺にはイソタケル神もカエルもいないらしい。


 「あ、あの、わたくしには何にも状況がわからないのですが……。兄はどこに……?」


 ヒエンは不安そうな顔でアヤと草姫をうかがっている。


 「とりあえず、落ち着きなさいよぅ~。私はねぇ、この件、天記神に見つかりたくないのよぅ……。あれに見つかったらタケル様は地の底。そうなる前にとめたいじゃなーい?」


 「えっと……どういう事でしょうか?」


 「私もタケル様を追っていたのよ~、あの林からタケル様の声を聞いてねぇ、図書館に来たのよ~。


冷林の本はあの林の木からできている紙なのよ~。あの本は生きているの~。


私は本を触っただけで記憶を観る事ができたのだけれども、わざわざ入ってその木本来の記憶をいただいたのよ~、歴史書は木の記憶。


一本の木が見せる一定の範囲しか見えない記憶。そう!ローズマリーなのよ~!あ、花言葉ね~、記憶よ~。


その木が見た風景。テリトリー、つまり庭のようなもの~。それが歴史書。


もちろん、その記憶を我々に見えるようにした神もいるけど……天記神なら作者と呼ぶかしら~……。」


 草姫は近くにある木をそっと撫でる。


 「庭……。」


 「そう。庭よ~。


木の縄張りって呼ぶよりも庭って呼んだ方がいいじゃな~い。


それで私は今現在本として生きている木からタケル様が何をしたかったのかを知ったの~。でも、どこの本にいるのかわからなくて~探していたのよ~。」


 「つまりあなたも私達と同じって事?」

 アヤの質問に草姫はふふっと笑った。


 「あなた達よりもタケル様の事知っているわよ~。彼はね~、妹を蘇らせて冷林を消すつもりなのよ~、さっき聞いたでしょ~?」


 「そんな事をしたらーっ!」


 ヒエンが怒鳴り始めたので草姫が人差し指を立てて「しーっ。」とヒエンを制止した。


 「だから、聞きなさいよ~。


そんな事をしたら人間はあんまり変わらないかもしれないけど~、他の神とか冷林側が痛手を負うでしょ~?


タケル様を裁ける神はいないかもしれないの~、彼は凄い力を持っている神だもの~。だからこそこんな事をしてはいけないのだけれど~


……彼はきっとそれはわかっている……。」


 「たしかに平常時でもハンパない神力を感じたわ……。でも、あの神は狂暴な感じではなかったわね。」

 アヤの発言に草姫は顔を引き締めた。


 「そうなのよ~。彼はとても使命感が強い男……ダッチアイリスなの~。あ、花言葉ね~、使命。


で、妹が消えてしまった事を自分のせいだと思っているの~。そして妹を守れなかった冷林を罰しようとしているのよ~。


彼はその権限がある。冷林の上に立つものとしてね~。


冷林を消去する事できっと彼の力は減ってしまう~……。それは草木のために困るのよねぇ~……。妹が生き返らないのは残念だけど、私は彼を止めたいのよ~。


そ・れ・で、天記神に知れたらどうなるかわからないからできれば何事もなかったかのように終わらせたいわけよ~。」


 「ふーん……そういう事ね……。あなたの事少しわかった気がするわ。」

 つぶやいたアヤの横でヒエンが気難しい顔をしていた。


 「兄は……肝心な事、わたくしに話してくれません……。今回の件はわたくしの方が正しい判断ができそうです。


たしかに天記神に見つかり高天原へ報告が行ってしまったらいくら他の神が手を出せないにしても兄はどうなるかわかりません。


ここは妹として何事もなく終わった方がいいですね。」


 ヒエンはため息をひとつつくとアヤに目を向けた。


 「アヤさんは……大丈夫ですか?」

 「何がよ?」

 「その……一緒に来ていただいても……。」

 「もうここまで来ちゃったもの……いいわ。」


 アヤの反応でヒエンの顔色がだいぶよくなった。本当は色々と不安だったらしい。


 「ありがとうございます。」

 「でも、私が行ってもきっと足手まといで何もできないわ。力を使ったらきっと天記神に知られる。」


 「何もしなくていいです!いてくれるだけでいいです!


それに兄はあなたを狙っています。あなたが一緒に来て下されば兄があの泉にいなくても、もう一度兄が現れると思います。」


 「餌って事ね。」

 「そ、そういう意味ではありませんが……。」

 戸惑っているヒエンを眺めながらアヤは微笑んだ。


 「冗談よ。」

 「じゃあ、さっきの泉までいきましょ~か~?」


 草姫は話が終わったと感じたのかさっさとスキップをしながら行ってしまった。


 「まだカエルとイソタケル神は泉にいるかしら……。」

 「いる確率はほぼゼロですね……。」

 「わかるの?」

 「いいえ。予想です。まあ、あと少し気配ですね……。」

 「それで泉にいなくても……ね。」


 アヤとヒエンもとりあえず草姫に続いて歩きはじめた。

相変わらず日差しは強いが地面が潤っている感じがある。


ついこないだ雨が降ったようだ。よく見ると若干地面が湿っている。


 濃厚な草木の香りをかぎながらアヤ達は林を抜けた。

そして先程のきれいな泉の前まで来た。


 「……。」

 アヤ達は周囲に目を配りながらそっと林から身体を出した。


 「い、いないわね……。」

 警戒をしていたが泉の側には誰もいなかった。


 「ふぅ……もうこの辺にはいないみたいね~……。」


 草姫が引き締めていた顔を緩めた。目の前は先程と同じ、透きとおった青色の泉が広がっていた。


 「どこに行ったのかしら……。やっぱり本の先?」

 「……そうだと思います……。どうすればページが進むのでしょうか?」

 ヒエンはとりあえず草姫に目を向ける。


 「そんな~、私見られても困るわよ~。泉を迂回して村にでもいく~?ネコヤナギ~!」


 「ねこやなぎ?」


 「あ、花言葉。自由って事よ~。……まったくもう、花言葉少しは知っていてよ~。盛り上がらないじゃなーい!」


 草姫は泉の淵をすっと指差してアヤ達に微笑みかけた。


 「花言葉……。」


 アヤは草姫の指先を目で追いながらつぶやいた。

泉の淵は村人が歩いてこちらに来ているのかちゃんとした道ができていた。


泉がなかった時はそのまま突っ切れたが今回は泉の淵を歩いて村に行くしか道がなさそうだ。泉をぐるりとまわるためかなりの遠回りになる。


 「しょうがないです。とりあえず村に行きましょう。もうこの辺だと村しかページを進めるものがないと思います。」


 「……確かにそうね。」

 ヒエンの声掛けで草姫とアヤは迂回する道を歩きはじめた。


 泉の淵に差し掛かった時、本のページが進みはじめた。それは五歩歩く毎におこった。泉の反対側で村人が集まり始め、何かを話していた。


 「何か遠くで話していますね……。ここからだと遠すぎて何をしているのかわかりません。」


 ヒエンは反対側の泉にいる村人達を見ようと必死に目を細めていた。


 「ヒエン、泉に落ちちゃいそうよ……。」


 前のめりになりすぎて泉に落ちそうになっていたヒエンをアヤが素早く救出した。泉の淵は土で補強してあり落ちないような工夫がしてあった。


おそらく先程の所と反対側の岸以外はけっこう深くなっているらしい。


 「あ、ありがとうございます……。すいません……。」

 「んもぅ……何やっているのよぉ~。……あら。花姫~。」


 草姫はヒエンを呆れた目で見ていたがいきなり目の前に花姫が現れたのでそちらに目を向けた。


 花姫はアヤ達の前に座り込み泉をじっと眺めていた。


草姫と同じ金色の髪がキラキラと泉に照らされ光っている。花姫にあの時の面影はなく、嬉々とした顔で泉の魚を目で追っていた。


 「少しは……慣れてきたか?」


 花姫は後ろで聞こえた声にハッとして振り返った。はじめは驚いた顔をしていた花姫だったが声の主を見つけて笑顔に戻った。


 「タケル!来ていたなら声かけなさいよ。」


 花姫のすぐ後ろに緑色の長い髪を持つイソタケル神が髪と同じ色の瞳を花姫に向け微笑んだ。


 アヤ達は一瞬ぎょっとしたがこのイソタケル神は本の中のイソタケル神らしい。胸をなでおろして話を聞く事にする。


 「だから一番にお前に話しかけたんだが。お前、またサボっているのか?」


 「サボっているなんて心外だわ。泉を見ているんじゃないの。ねぇ?」

 「相変わらず口が悪いな……。」


 イソタケル神は頭をポリポリとかくと花姫の横に座り込んだ。


 「お前、その態度、相変わらずの強気、僕だけだろうな?」


 「当たり前じゃない。他の神様にはちゃんと敬語使っているわ。人間に助言する時も威厳を放って助言しているわ。まあ、巫女を通してだけどね。」


 花姫はいたずらっぽい顔で笑った。


 「そうか。」

 イソタケル神はふふっと微笑むと泉に目を向けた。


 「何?その笑いは。」

 「別になんでもないよ。」

 「あら、そう?」


 花姫は泉を眺めているイソタケル神をチラッと見つめ、顔を赤くするとまた泉に目を戻した。


 「ここの泉はきれいだな。よく管理されている。」

 イソタケル神は泉を見て幸せそうに微笑んでいた。


 「そ、そう?それはありがとう。」

 「だが仕事はサボるなよ。」


 「サボってないわ。冷林様が頑張って下さっているだけ。」

 「まあ、はじめはそれでいい。いつまでもそれに甘えるのはダメだ。」


 イソタケル神は横目で花姫を見るとまた泉に目を戻した。


 「うん。」


 花姫は先程から右手を出したりひっこめたりしている。


どうやら地面に手をついて座っているイソタケル神の左手を握りたいらしい。

だが握る勇気が彼女にはなかった。


 その内、イソタケル神がすっと立ち上がった。


 「じゃあ、僕はもう行くよ。お前は強いから問題ないと思うが一応、冷林にもお前の事よろしく言っておくからな。」


 「あ……。」


 イソタケル神は花姫の肩をぽんと叩くと林の中へと消えて行った。

花姫はイソタケル神の手を掴もうとしたが掴めなかった。


引き留める勇気も彼女にはなかった。


 「なんで……いつもそんなに早く行ってしまうの……。久しぶりに会えたのに……。私、本当は強くなんてないのよ。」


 花姫は自分の右手をせつなそうに見つめると、やがてあきらめたように村人達の方へ歩いて行ってしまった。


 「妹ったらタケル様に恋をしちゃってたの~。そ・れ・は知っていたわよぅ!


あの子、私達じゃ手が届かない神だと知っているのかいないのか……ああ、もうジ・キ・タ・リ・ス!なのよ~もう!あ、花言葉は隠しきれない恋❤」


 草姫は一人で盛り上がっている。


 「なんか……せつない感じなのですが……草姫さん、盛り上がりすぎですよ……。妹さんなんでしょう?」

 ヒエンが唸っていると草姫が困った顔をこちらに向けた。


 「でもねぇ~、私、あの子と会った事ないのよ~。


妹がいるって知ったの彼女が死んでからだもの~。


イソタケル神と彼女の関係がわかってきたのはほんと最近なんだから~。」


 「そうなの?」

 アヤの問いかけに草姫は大きく頷く。


 「そうよ~。私は草花の生死を司る神として生きていたけれど山神でも土地神でもなかったからけっこうウロウロしていたのよねぇ~。


だからタケル様も私と面識はないのよ~。」


 そういえば……


 アヤは草姫とイソタケル神が会った時の事を思いだした。


イソタケル神は草姫を花姫だと言っていた。


草姫を知っていたら草姫だと気がつくはずだ。それを花泉姫神と間違えたという事はつまり草泉姫神の存在をたった今知った事になる。


 「と、いう事は今、草姫を花姫だとイソタケル神は勘違いをしているんじゃないかしら?」


 「それはないと思います。」

 アヤの言葉を遮りヒエンが口を開いた。


 「?」


 「運悪く、カエルさんがいるじゃないですか。彼女は草姫さんだと知っています。天記神さんがわたくし達に草姫さんを紹介していたじゃないですか。」


 「確かにね……。」

 アヤはため息をつくと歩き出した。


 「先行くの~?いいわよ~。」

 草姫もアヤに続き歩き出した。ヒエンも後に続いた。



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