流れ時…5プラント・ガーデン・メモリー12
やっぱり違うか……
金色の長い髪をなびかせ大きなハサミを持ち歩いている女、草姫はため息をついた。
緑の濃い林で冷林とイソタケル神が立っている。
「なんで花姫を見捨てた!」
イソタケル神は吐き捨てるように冷林に言い放った。しかし冷林は何も話さなかった。
「ここら一帯はお前の管轄だろう!僕が割り振った土地がそんなに嫌だったのか?」
イソタケル神が一方的に怒鳴っている。冷林はイソタケル神にただ頭をさげているだけだった。
これは草姫にはどうでもいい事だった。
……私が会いたいのはこのイソタケルじゃないのよぉ~……。
……やっぱり彼は……この本にはいない……。
草姫はしおりを取り出した。
……スカビオサ……花言葉、再出発ね~。
草姫はパッとしおりから手を離した。
「ふぅ……。」
緑茶を飲んで一息ついたアヤ達は着物から既存の服に着替え落ち着きを取り戻していた。
「あ、そういえばさ、アヤ達が脱いだカッパってどうなったの?」
カエルがぼそりと天記神に話しかけた。
「ええ。こちらに戻って来てますよ。乾かして丁寧にあちらにたたんでありますのでご安心なさって。」
天記神は男版天記神が座っている椅子の前を指差した。
先程まで本に埋もれて見えなかったが机の上にたたまれたカッパが置いてあった。
天記神は本当に気のきく神様らしい。
「ああ、やっぱりこっちに戻ってきていたのね。天記神、ありがとう。」
アヤは素直にお礼を言った。天記神はうふふと笑って本を一冊取り出した。
「これ、ご所望の本です。一応置いときますからどうぞ。」
天記神が置いていった本のタイトルは『冷林地方の悲劇』だった。
なんだか縁起が悪いタイトルだ。
「あ、そういえば、天記神さん。お顔の紫のペイントが消えてますよ?」
ヒエンが天記神の顔にあったペイントが無くなっている事に気がついた。
「え?あら、やだぁ!また術が切れちゃったようねぇ……。ごめんあそばせ。」
天記神はまた先程と同じように男版天記神の所に行くと何か言い、また戻ってきた。
次に会った時はもうペイントがしっかりとついていた。
このペイントは術の発動時につくものらしい。
「ヒエンちゃん、ありがとう。」
「え?あ……いえいえ。」
返答に困っているヒエンに天記神が微笑みかけた時、すぐ横で金髪のオシャレな女が現れた。
女は大きなハサミと如雨露を持っていた。
「草姫ちゃん、ずいぶん長かったわねぇ。」
「うーん。これはダメだわぁ~……。違うもの。」
「あら、そうだったの?」
金髪の女、草姫に天記神が困った顔を向けた。
「……っ!ちょっ……!」
草姫を見たアヤ達は目を丸くして驚いた。
草姫はアヤ達が先程までいた歴史書のあの女神と全く同じ顔をしていたからだ。
あの女神、花泉姫神だったかは消えてしまったはずだ。
「あ、ちょっと失礼。これ、先に読ませてもらってもいいかしら~。」
草姫は呆然とこちらを見ているアヤ達に愛嬌のある顔つきで微笑んだ。
「え……あ、どうぞ。」
アヤ達は気が動転していた。戸惑いながらとりあえず目の前の本を女に渡す。
「ありがと~。それではお先に~。」
草姫はふふっと目を細めて笑うとアヤの前にあった『冷林地方の悲劇』を手に取った。そして何の迷いもなく本を開くと中へと入って行った。
「ええと……。」
「あー!びっくりしたァ!」
ヒエンとカエルは草姫が消えたと同時に声を上げた。
「い、生きていたって事?あの女神は……。」
アヤも動揺していた。
「でも雰囲気違い過ぎじゃないかっ!」
カエルが口をロボットみたいに開けて大げさに叫ぶ。
「図書館で冷林の事を調べているわけですから同一神と考えていいのではないでしょうか?」
「じゃあ、なんで消えたのかしら……。」
ヒエンとアヤが頭を捻っていると横から天記神が口を挟んできた。
「よくわからないけれど……彼女はその歴史書に出てくる花泉姫神とは違うわよ。
双子のおねえちゃん、草泉姫神。で、草姫ちゃん。」
「え?別神なんですか……。」
天記神の言葉を聞き、ヒエンは落ち込んだ。
彼女が生きている事に望みをかけたが叶わなかったようだ。
「私も彼女に会ったのは今日が初めてだわよ。でも、彼女は有名だから。よく本で見ているしね。」
天記神はホホホと口に手を当てながらいたずらっぽい笑顔でこちらを見た。
「あの女神の双子の姉……。それが冷林を調べているって事はイソタケル神も関わってくるんじゃない?」
アヤは天記神を見上げた。
天記神はちょっと迷っていたがアヤ達に話しはじめた。
「さあ?それは私が関わる事じゃないからなんとも言えないけど、
草姫ちゃんは植物の生死を司る神。人間の生死を司る死神に近いかしら?
ハサミで草花の命を絶ち、如雨露で草花に恵みを与える。
草花のバランスを保っている大事な神様ね。
反対に今は亡き双子の妹はその草花から得た恩恵を人間に渡す神様。つまり実りの神ね。
あの二神は対になっている神様なのよ。まさに双子!ジェミニ!」
天記神は塾の講師並みにわかりやすい説明をしてくれた。さすが書庫の神。
もしくは個人情報になるからと複雑な説明を省いたため簡易的な説明になったのか。
「へえ……、草木にもそういう神様がいるわけね。草木関係なら冷林、イソタケル神とも関わってくるはずだわ。あの女神を追った方がいいかしら。」
「そうだねっ!じゃあ、さっさと入ろう!元気出たし。」
長い説明は苦手なのかカエルがそわそわとアヤをうかがいはじめた。
「あなた、本当に自由気ままなのね。……私は大丈夫よ。ヒエンは?」
アヤはヒエンを仰ぐ。
「あ、わたくしも大丈夫です。」
ヒエンの顔はまだ若干青いがだいぶん血色が戻ってきていた。
三人が息を吐いて意気込みをしていた時、天記神が口を開いた。
「時神現代神さん、歴史書をあまりいじらないでね。」
「え?」
「歴史書はあくまで歴史を記憶している本、記憶を変えられちゃったら歴史も変わるのよ。
今回はかなり狂ってしまった歴史を私が歴史の神、流史記姫神に連絡を入れて帳尻を合わせてなんとか一日のずれで済ましたのよ。」
天記神はキリッとしたオレンジ色の瞳でアヤを睨みつける。
「あ……。」
アヤは言葉を詰まらせた。
「……お願い。今後あれだけは絶対にやらないで。約束して。ね?
……この件は高天原に報告しなかったわ。高天原に見つかる前になんとかできたから。
もし見つかっていたら罪に問われていたわよ。
ここは高天原にかぎりなく近い場所。気をつけて行動しなさい。」
言葉一つ一つが鉄のようにのしかかってくる。
間違いない……言雨だ。
言葉が雨のように降り注ぐことからこう呼ばれるようになった。空気が重くなるためアヤは首を動かす事もできなかった。
……凄い言雨……。
カエルはガクガクと身体を震わせているがヒエンはなんともなさそうだった。
つまりヒエンは天記神よりも神格がはるかに上だという事だ。
「言雨ですか。今や使える神などほとんどいないそれをあなたは使えるのですね。
千年級の神でないと使えない言雨。あなたも長生きなのですね……。」
ヒエンは単純に感動の意を天記神に向けた。
「あら、ごめんなさい。わかってもらいたくてつい出てしまったわ。言雨は遺伝もあるみたいだから一概に千年とは言えないわよ。」
天記神の声を聞きながらアヤは申し訳なさそうに下を向く。もう鉄のような重さはない。
「ごめんなさい……。歴史をおかしくしようとか……ええと、そんなつもりじゃなかったの。」
「わかっているわよ。初めてだとそういう気持ちになるでしょうね。
あなたは時間をどうにでもできてしまうから辛いわね。ごめんなさいね。
いきなり怖い思いさせちゃって。」
「いえ、私が悪かったのよ。もうしないわ。」
「今回はもういいわよ。」
天記神はアヤの頭にそっと手を置くと
「ごめんあそばせ。」
とつぶやいて男の天記神の方へと行ってしまった。




