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流れ時…5プラント・ガーデン・メモリー6

 「はい。緑茶ですけどどうぞ。」

 座ったらすぐに緑茶が目の前に置かれた。


 「あの……ここは……図書館ですか?」

 「あら、やだ!あなた、タケルちゃんの妹ちゃんじゃない!」


 男は口に手を当てながら驚くとヒエンの近くに座った。


 「え……わたくしと兄を御存知なんですか?」


 「知ってるわよぅ!こないだから彼、書庫にこもりっきりなのよぅ!出てこないっていうか……。」

 「え!じゃあ、兄はここにいるんですか!」


 ヒエンの顔が輝いた。


 「うーん。いる事にはいるんだけどどこにいるのかはわからないわよぅ。」

 オネェだと思われる男は困った顔をこちらに向けた。


 「わからない?」

 「だってここには大量の本があるのよ?その一つ一つ調べるわけにはいかないじゃない?ねぇ?」


 男は遠くで座っているもう一人の男に声をかけた。男は双子なのかまったく同じ顔をしており格好も同じだ。男からは返事がなかった。


 「あらあら、術がきれちゃったかしら?ちょっとごめんあそばせ。」

 オネェだと思われる男は座っている男に近づいて行った。


 ここに入ってからわからない事がどんどんと出てくる。さすが神の世界だ。

 常識はまるでない。


 「術がきれちゃったって……?」

 アヤはよくわからなかったのでとりあえず緑茶に口をつけた。


 しばらくして男が戻ってきた。


 「で?何の話だったかしら?あ、私は書庫の神、天記神あまのしるしのかみと申します。ね?」

 天記神は座っている男に目を向けた。


 「ああ。そうだな。俺達はそう呼ばれている。」

 男の方はぶっきらぼうにそう答えた。


 「あの方は……。」


 「ふふ、彼は私よ。男の私。

 本当は一神なんだけど本って男の目線、女の目線で感じ方が変わるじゃない?


 私、昔はバリバリの男だったのよぅ。それでね、過去の日記の自分をこうやって外にだしているわけ。

 

 これで男女両方の目線からものをとらえられるようになったのよぅ。今は身体は男だけど心はお・ん・な。」


 天記神は所々頬を染めながらこそこそとささやく。


 「……はあ……。」


 アヤ達は反応に困り呆然と天記神を見つめ返していた。日記の自分を外に出せるとは書庫の神も只者ではない。


 「はっ、話を元に戻しますが、あ、兄はどこに……。」

 頑張って話題を元に戻したヒエンは必死の表情で天記神を見つめた。


 「そうねぇ……。どこにいたかしら……。来たところまでは覚えているのよ……。」

 「ああ、確か冷林関係じゃなかったか?」


 天記神が頭を捻っていたところ、男の方の天記神がぼそりとつぶやいた。


 「それは草姫ちゃんじゃないの?」

 「その前だ。馬鹿だな。覚えてないのか?」


 会話を聞いている限りではこの二人はあきらかに別人だ。一体何があったらこんなに変わるのか。


 「冷林……。」


 ヒエンがつぶやいた。アヤも冷林は知っている。

 

 高天原の四つの区分の内の一つを仕切る神だ。

 高天原南は龍神達が住む竜宮がある。


 その竜宮の上に立つのは天津彦根神。


 その他、高天原東を統括する思兼神、通称東のワイズ、高天原西を統括するタケミカヅチ神、通称西の剣王、

 

 そして高天原北を統括する縁神、通称北の冷林。


 「縁神、冷林を調べていたの?」


 アヤが天記神に質問した。ちなみにカエルは疲れたのかうとうとと居眠りに入っていた。


 「まあ、彼が言うならそうなんじゃないかしら……?冷林の記述は確か七冊くらいだったかしら?そしたら絞り込みやすいわね。」


 「ちょっと待って。

 さっきからどこにいるかわからないとか絞り込みやすいとか何なの?」


 アヤが絡まった部分をほぐそうと気になる事を聞いた。


 「あらあら。ここにあるのは人間界の本じゃないのよぅ。読むものもあるけどここの半分は感じる本。」


 天記神は『感じる』の部分だけ艶めかしく言うと近くにあった本を一冊とった。


 「感じる本?」


 「そうこれみたいにね。見た目、普通の本でしょ?

 

 でも、この中身は何も書いてないの。

 

 これは記憶を保存している本。

 開いたと同時にこの本の中に入って体験するの。」


 天記神は他に誰もいないのに声を潜めてささやいてきた。


 「本に入るの?」


 「そうなるわねぇ。あ、入るなら『しおり』を忘れないようにね。本が終わるまで出てこれなくなるわよ。


 『しおり』を持っていれば疲れた時に戻って来れるし、もう一度同じ所を読む事もできるわ。」


 天記神はアヤのゆのみに緑茶を注ぎながらにこりと笑った。


 「しおりねぇ……。」

 「兄はしおりを持っていなかったのでしょうか?だから出て来れないのですか?」

 ヒエンは天記神に恐る恐る質問をした。


 「さあ?タケルちゃんはよくここに来るし私がつくったしおりを持っていると思うわよ。はい。これ。」


 天記神は机に三人分のしおりを置いた。

 どのしおりもかわいらしいピンクの和紙で作られており紫色の花とクローバーが描かれていた。

 

 かわいらしいので女の子には受けがよさそうだ。


 「普通のしおりみたいね。何か特別な力があるのかしら?」


 アヤはしおりを手に取って裏返しにしてみたりしたがどうみても普通のしおりだった。


 「それはね、ただの紙。それを地面に置けばこちらに戻って来れるわよ。」

 「へぇ……。」


 「じゃあ、さっそくですがその冷林の本というのを見せていただけますか?」


 ヒエンはそわそわと落ち着きがない。

 そんなヒエンを見ながら天記神はにこりと笑い頭を下げた。


 「わかりました。今、ご用意いたします。」


 天記神は手をそっとかざした。


 遥か上の本が何冊か抜き取られフワフワ浮きながら机に向かって飛んできた。

 本は風に散る木の葉のように音も立てずに机の上に落ちた。


 「はい。この七冊。この中の一冊は確か今、草姫ちゃんが……。」

 「草姫ちゃん?」


 アヤとヒエンが同時に天記神を仰ぐ。

 カエルはカクンカクンと頭が上下している。

 これはその内おでこを机にぶつけるだろう。


 「……えー……先客が読んでおります。」

 「先客がいても読めるのよね?」

 「もちろんです。」

 「じゃあこれからにする?イソタケル神が入った本はわからないのよね?」


 アヤはヒエンをちらりと横目で見た後、天記神に目を向ける。


 「うーん。わからないわねぇ。


 あ、でもこの三冊は書いている神が違うだけで同じものをモデルに書いているからこの三冊は何か所かリンクしているわよ。


 冷林をモデルに書いている神と冷林の周りの森を主体に書いている神と冷林の森の近くに住む人間主体で書いている神のがあるわ。


 舞台が同じだからリンクするわよ。」


 「じゃあ、この三冊はどれに入っても一つになるわけね。」

 アヤは目の前に並べられた三冊の本を眺める。


 「ええ。そうよ。」


 アヤは一つだけ気になる本があった。

 それは冷林の森の近くに住む人間主体の話だ。


 タイトルは冷林が守護し森、日穀信智神誕生。


 ……日穀信智神にちこくしんとものかみ……実りの神、ミノさんの話だ。

 

 という事は先ほど読んだ昔話が出てくるかもしれない。

 あの看板には今はないハコ村と書いてあった。


 人間主体ならばおそらくハコ村の人間だろう。

 それと冷林が守護する森がどう絡むのかアヤは気になった。


 「どれから入って探しましょうか……。」

 ヒエンはオドオドとアヤを見上げる。


 「どうせ全部入るなら……私はこれからがいいわ。」


 アヤは『冷林が守護し森、日穀信智神誕生』と書いてある本を手にとった。


 「じゃあ、それからにしましょう……。ごめんなさい。アヤさん。こんなところまで付き合ってもらって……。」

 「いいわよ。」


 アヤがヒエンに返事をした時、隣でゴチンと痛そうな音が聞こえてきた。

 カエルが机におでこをぶつけた音だ。


 「いったあ……!スパーレルアカメアマガエルにはなれないってば!目が赤すぎじゃん……。ねぇ!ええ?アフリカツメカエル?無理無理!」


 寝ぼけたカエルが大きな声で叫んでいた。

 まだ夢か現実がわかっていないようだ。


 「やっと起きた。これからこの本に入るわよ。」


 「ん?はっ?よくわかんないけどいいよっ!あれ?ここどこ?バナナは嫌いだよ。マルチニークコヤスカエルさん。」


 「誰がマルチニークコヤスカエルよ……。しっかりしなさい!」


 アヤがカエルを揺すったがカエルは相変わらずぼうっとしている。


 「うん!でもコバルトヤドクカエルにはなりたいなっ!トマトカエルにはなりたくないなっ!」


 ぼうっとしているのだがはっきりと言葉を発している。

 アヤはめんどくさいのでそのまま手にしおりを握らせると天記神に目を向けた。


 「本を開けばいいのよね?」

 「そうよ。」


 天記神はにこりと笑うとそっと立ち上がった。


 「じゃあ、開きましょう……。」

 ヒエンがそっと本に手を伸ばし、震える手で本のページをめくった。


 「それでは歴史の世界へ!はば、ないす、でぃ!」


 天記神の下手くそな英語が聞こえてきたと思ったらアヤ達はもう木が覆い茂る森の中にいた。


 「何?最後の……?どっかのアトラクションじゃないんだから……。」


 アヤは一瞬有名なテーマパークを思い浮かべたが頭を振って今ある現実に目を向けた。


 「ここが……本の中なんですか?」

 「ええええ!本の中なのっ!ここ!すっごー!」


 ヒエンのつぶやきに我に返ってきたカエルが叫び出した。


 「この辺、どこかで見たことのある木だなと思ったらさっきまでいたあの森じゃない。」


 先程と違うのは大雨でなくカラッカラの大地と眩しく照らす太陽だ。地面の状態からするとしばらく雨が降っていないらしい。


 「暑いわね……。真夏かしら……?」

 アヤがつぶやいた時、カエルが悲しそうな顔をこちらに向けた。


 「ここ、嫌だ。嫌い。蛙がいない……。水がない……。」

 カエルの元気は急になくなってしまった。ふてくされている。


 「ちょっとしっかりしなさいよ……。」

 「ダメだねっ……。耐えられない。帰る。蛙だけに。」

 カエルはぷくっと頬を膨らませて地面を見つめた。


 「確かにこれはひどいですね……。蛙にとってここは地獄です。雨どころか水もない……。」


 ヒエンはむくれているカエルの背中をさすりながら太陽を仰ぐ。


 「だって、ここには雨神様がいないよっ。ここ、蛙が一匹もいないし。ここ異常だよっ。蛙がいないのには理由があるんだよっ!いないなんてありえないよっ!」


 カエルは悲しくなったのか目に涙を浮かべながらアヤ達を見た。


 「日照り……かしら。あの昔話の……。」


 「日照りでも……蛙はいるよぅ……。蛙の力が一時期弱まる時があるんだけどその時だけ雨を降らすことができない……。


 でも、蛙はいるんだよぅ……。


 力が戻ったら雨を呼ぶんだよ……。」


 カエルはめそめそ泣いている。

 

 カエルがこの状態をおかしいと言うのならばこの日照りはおかしいのだろう。

 アヤは何と言えばいいかわからなかったのでとりあえずカエルの頭を撫でておいた。


 「えっと、ここにいても何にもなさそうなので色々歩いてみませんか?」


 ヒエンの提案にアヤは頷いた。

 子供みたいに泣いているカエルを引っ張りヒエンと共にアヤは歩き出した。

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