流れ時…5プラント・ガーデン・メモリー5
「わたくし、人間の図書館はじめてです……。」
ヒエンはオドオドとドアの前でアヤとカエルの顔を交互に見ている。
もしヒエンが人間だったら間違いなく変人扱いされるだろう。
「カエル、あなた、雨神が普通の図書館と勘違いしてるって事ない?」
「え?あたし達が図書館って言ったら人間の方じゃないっしょ。それくらいわかると思うんだよねぇ。」
カエルは少し不機嫌そうな顔をしながら図書館のドアを開けた。
アヤもカエルの言葉を信じ、キョロキョロしているヒエンを引っ張り中に入った。
中に入ると実に普通の図書館だった。子供が絵本を母親と読んでいたり少年達が学校の課題をやっていたりとどこにでもある普通の図書館の風景だ。
「うーん……。」
さすがのカエルも唸っていた。
「やっぱり違うんじゃない?」
アヤも頭を抱えた。ヒエンにいたっては楽しそうにあたりを見回している。
「わあ、絵本がいっぱいですねぇ……。」
「ヒエン。」
「あ、ごめんなさい……。」
アヤがヒエンに声をかけると我に返ったヒエンがアヤ達の元へ戻ってきた。
「そこのお客様方。」
途方に暮れていた時、受付のお姉さんが声をかけてきた。
「え?はい。」
カエルとヒエンは見えないのでアヤが対応する。
「そちらの右の棚、白い本でございます。」
「え?」
アヤは思わず聞き返した。あまりにいきなりだったためなんと言えばいいか返答に困った。
その間に受付の女性は元の持ち場に戻ってしまった。
「すっごいな。ちょっと、ちょっと。今の人、あたし達見えてたのかな?」
「え?どうして?」
カエルの発言にアヤはまた驚いた。
「お客様方っておっしゃっていましたね。」
ヒエンの言葉でアヤは「あっ。」と声を上げた。
「でもあの方、人間よね……。」
「まあ、深い事は気にしない!とりあえず右の棚の白い本ってのを……。」
アヤはカエルに引っ張られながら沢山並んでいる棚の内、一番右の棚へと足を進めた。右の棚には白い本が一冊だけ置いてあった。
「これだねっ!」
「ああ、そういう事ですか。」
カエルが本を触ろうとした時、ヒエンが声を上げた。
「え?何自己解決してんの?何々?」
カエルが本から手を離すとヒエンを見上げた。
「えっと、ここはもう幻の空間です。人間の常識ではこの右の棚はない事になっています。つまりここは人間の目からするとただの壁です。
もしかしたらもう壁を突き抜けてここは外に出ているのかもしれません。」
「ヒエンは何かを感じたのね?」
「ええ。ここだけ神霊的空間で覆われています。間違いありません。」
ヒエンが真剣な表情で頷く。
「じゃあ、やっぱこの本に秘密があるんだねっ?結局あの受付の女の人なんだったんだろ。ま、いいか。」
「ああ!ちょっといきなり触るの?その本……。」
アヤの制止も無駄に終わり、カエルはさっさと白い本に手を伸ばしパラパラとめくった。表紙には天記神と書いてある。
「表紙は『てんきじん』かしら?」
「いや、違います。『あまのしるしのかみ』ですね。」
アヤの読み間違いをヒエンが訂正した時、本が光り始めた。
「え?」
そのまま三人は光に吸い込まれていった。
「ん……?」
気がついたら古い洋館の前にいた。
洋館の周りは手入れされた盆栽が並べられている。
この空間だけしかないのか辺りは白い霧で覆われておりまったく何も見えない。 相変わらず雨は降っている。
「うわーっ……お化け屋敷?」
カエルが顔をしかめて洋館を眺めた。見た目、明治時代の建物みたいだ。
「兄はここにいるのでしょうか……。」
ヒエンはそわそわと洋館の前をうろついている。
神の世界でも彼女を見たら変神と思うかもしれない。
「ここでまごまごしているわけにもいかないから入りましょうか。」
アヤはヒエンとカエルを連れて洋館の扉を押した。
きしむ音と共にドアは開いた。
「あらあら?お客様?雨の日に何か調べものでございますか?ささっ、どうぞ。ふふ?」
ドアを開けると男が声をかけてきた。だが物腰は女そのものだった。
中に入ると膨大な本が本棚に収まっていた。遥か彼方まで棚は続いており、上の方の本はどうやってとればいいかわからない。
意外に明るい部屋の中にひときわ目立つ男が二人、椅子に座っていた。
頭に星をモチーフにしたのか五芒星のような帽子をかぶっており、そこから美しい青色の髪が背中まで伸びている。
紫の着流しのようなものを着ておりそれが高貴な雰囲気をさらに醸し出している。
「ここはまた……すごい所に来てしまったわね……。」
アヤはこちらを見ている男を眺めながらつぶやいた。
「わあ!本がいっぱい!頭おかしくなりそっ!ははっ!」
カエルは天井を見上げながら楽しそうに笑っていた。
「初めて見る顔ねぇ……。雨の中、ご苦労様です。どうぞ。お座りくださいね~。」
男は近くにあった机の側に行くと椅子を全員分座りやすいように引いてくれた。
気配りができる男らしい。アヤ達はとりあえず案内されるままに椅子に座った。




