流れ時…5プラント・ガーデン・メモリー3
アヤ達は大雨の中、イソタケル神の痕跡が残っているという山へと入って行った。もちろん、登山道ではなく草覆い茂る道なき道だ。
「ああ、もう、こんな雨の日に……。登山なんて……遭難じゃない……。」
アヤの元気はない。地面はドロドロで容赦なく服を汚す。おまけに濡れて寒い。
「あたしは楽しいねっ!雨は楽しいねっ!どんどーんふれー!」
カエルはやけに元気だ。
カッパを脱ぎ捨てて冷たい雨にあたりながら幸せそうに笑っている。
「やめて。あなたが言うとなんだか雨が暴風雨になりそうだから……。」
「えー、いいじゃん。」
アヤとカエルの会話を聞きながらヒエンは申し訳なさそうにアヤを見た。
「あ、あの……本当にごめんなさい……。こんな雨の日に……。木種の神としては嬉しいのですが……一般の方からするとこの雨はお辛いでしょう……。」
ヒエンがあまりにもつらそうな顔をするのでアヤは慌てて言い直した。
「い、いや、いいのよ。これくらいの雨、大丈夫よ。ただ、歩きにくいだけよ。」
「そうですか……。もう少しなので……頑張ってください……。本当にごめんなさい……。」
ヒエンが泣きそうな顔でアヤを見るのでアヤもどうしたらいいのかわからず、とりあえず土砂を登った。
「この辺だねっ!」
先を飛ぶように歩いていたカエルがふと立ち止まった。
雨は先ほどよりも強くなっている。周りは他よりも濃い緑色をしていた。
よく見るとそれは木々についている葉だった。
その葉が他の木よりも濃い緑色なのでここがやけに浮きあがって見える。
「ここだけなんか雰囲気違うわね……。」
アヤは土砂を登りきり一息つきながらあたりを見回した。
「地面の草も青々と覆い茂る美しい場所です。兄の気配はここで途切れています。」
ヒエンはアヤの様子を窺うように言葉を発した。
「ねぇ、なんかわかった?」
カエルはニコニコ笑いながら雨を楽しんでいた。
「わからないわよ……。ただ、なんか変な感じがするだけ。神様の気配ってやつかしら。」
アヤは首を傾げてヒエンに目を向けた。
「そう……ですか……。」
「なんかごめんなさいね。役に立てそうにないわ。」
「……いえ。」
ヒエンは目を伏せた。
「っ!」
その時、アヤの頭に声が通り過ぎた。
……そうだ……。図書館……あそこにいけば……あれがあるじゃないか……。
その声は一瞬で通り過ぎた。男の声だった。
「アヤ……さん?」
「え?」
気がついた時、ヒエンがオドオドとこちらを見ていた。
「なに?アヤ、なんかあったの?」
カエルはぴょんとこちらへ飛んできてアヤの顔を覗き込んだ。
「図書館……。誰かが図書館に行こうとしてた……。」
「はあ?」
アヤがいきなり突拍子もない事を言い始めたのでカエルは半分笑いながら首を傾げた。
「図書館?どうしたんですか?いきなり……。」
「わからないわ。今、声が聞こえたのよ。男の……。」
アヤの言葉にヒエンは眉をひそめた。
「なになに?幻じゃないの?男がほしいの?ねぇ?」
カエルがニヤニヤしながらアヤの周りをまわる。
「うるさいわ。あなた、ちょっと黙って。」
「……ごめん……。」
アヤに怒られたカエルはしゅんと肩を落とした。
「それは兄かもしれません……。」
今の会話をまったく聞いていなかったヒエンが話を元に戻した。
「そう……なの?じゃあ、なに?
この近くの中央公民館にでも行けばいいかしら?」
「たぶん……違います……。人間の図書館ではないでしょう……。」
ヒエンは深刻そうな顔をアヤに向ける。
「ああ、あたし知ってるよ?
行ったことないけど高天原に近いとこにある図書館だよねっ!
あれ?あそこじゃないの?常識的に考えればそこだと思うけど。」
「どこよ?神々の常識っていう図書館がなんだか私にはわからないわ。」
アヤは草の匂いをふんふんと嗅いでいるカエルを眺めながらつぶやいた。
時神の生は人間から始まる。徐々に神格をあげていき神となる。
アヤはついこないだ神になったばかりだった。
それまでは普通に人間の女子高校生として学校に通っていたのだ。
「ああ、えっとどこだったかなー?ねぇ?ヒエン?」
カエルの視線にヒエンはビクッと身体を震わせた。
「あ……あの……ごめんなさい。知りません……。聞いた事ぐらいしか……。」
「はっ、はっ、はーっ!だよねーっ!」
カエルは楽観的に笑っていた。
「だよね……じゃないでしょ?どうするのよ。」
アヤは大きくため息をついた。もう家に帰りたくなってきた。
「んじゃまあ、とりあえず雨神様にでもお願いして連れてってもらおうかっ!」
カエルは空に向かって手を振っていた。
「雨神様?雨の神様って事よね?」
「そだよ?雨神様には実体がないからあたし達が呼ぶんだよねっ!それが輪唱!
あたし達は雨と共にいるってイメージらしいけどさ、実際はあたし達が呼んでるんだよっ!雨神様の使いの蛙だからねぇ!
最近、龍神とかと混ざっている事もあるけど純粋な雨神様はずっと変わらずいるんだよ。」
「へえ……雨神とカエルの関係ってそういう事ね。」
カエルはアヤに笑いかけながら説明する。
「まあ、そういう事!実際は雨神様を纏っているのがあたし達、蛙なんだ。だから蛙イコール雨神って言う神様もいるよね。おそれおおいけどねぇ。」
「呼ぶって言ってたけど実際は魔法みたいに雨神を出現させるって事ね。」
「そうそう!あったまいい!」
カエルはぴょんぴょんと飛び跳ねている。まったく落ち着きがない。
「そ、そういう仕組み……だったんですね?」
「っちょ……あたしよりも遥かに生きているヒエンが知らないってどういう事?」
「ご、ごめんなさい……。」
ヒエンはカエルに頭を下げている。
アヤはため息をまた一つつくと話を元に戻した。




