流れ時…4ドラゴン・キャッスル・ヒストリー19
イドさんはまだ迷っているようだった。
「しかし、あの時神、お人よしだな!」
飛龍の言葉にイドさんの眉がぴくんと動いた。
「アヤちゃんの事ですか?」
「そうだよ。だってよ、超弱いのにこんなとこまでお前を助けに来たんだぜ?まったく関係ねぇのによ。」
「……そうですよね……。上に立つ神々がこんなんではしょうがありません。やっぱり僕があれを始末しないと責任をとらないと……。」
カメは先ほどから救急箱を使い、薬をイドさんに塗っている。
カメの顔は不安でいっぱいだ。
「だからよ、そういう事じゃなくて……。」
「わかってます。僕があれにとどめをさせるようにあなた達に協力していただきたいのです。」
イドさんの発言で曇っていた飛龍の顔がパッと明るくなった。
「それを早く言えよ。なあ?カメ。」
「え?あ、はい!そうさね?」
カメがあいまいにうなずいたので飛龍の顔がまた曇る。
「まあ、あれは僕一人でもなんとかするつもりでしたが……そこまで言うのでしたら手伝ってもらいましょうか。」
イドさんは本意ではないという顔で立ち上がった。
「あ、あまり動かない方がいいさね!」
カメが止めようとしたがイドさんは二、三歩歩いて飛龍達に背を向けた。
「……?」
「ありがとうございます……。本当は僕一人ではなんともならなかった……。どうすればいいかわからずおかしくなりそうでした……。」
イドさんは小声でつぶやいた。
飛龍達に背を向けたのはこんな事を言っている自分の顔を見られたくなかったからだ。
自分の力不足で神々に多大な迷惑をかけ、その迷惑をかけた神になんとかしてくれと頼んでいる自分が恥ずかしかった。
……長い年月生きると頑固になってなんでも自分でできる気になるものですよ……。
いや、違いますね。
自分でなんとかしなければならないことが多くなりすぎて人に頼る事がいつの間にか怖くなるだけです。
イドさんは足を引きずりながらフラフラと歩き出した。
「無茶すんじゃねぇよ!」
「そうさね!」
飛龍とカメが慌ててイドさんの肩を持った。
「ありがとうございます……。そして本当に申し訳ない……。」
「いいぜ。別に。お互い様だ。」
飛龍は暗い顔つきのイドさんに笑いかけた。
龍様は全力で逃げていた。
「あいつはどこまでも追って来るぜ!」
「勝てないんだから逃げるしかないんだナ!シャアウ!」
龍様とシャウの会話を聞きながらアヤはどうすればいいか考えていた。
「あの神と話ができれば……。」
「アヤちゃん?それはちょっと無理なんだナ!シャアウ!」
「でも逃げててもしょうがないじゃない……。」
龍水天海は手から弾丸のような水玉を飛ばしてきている。
龍様は避けるが大きな体では完全に避けきる事ができなかった。
「っぐ!いってぇええ!」
龍様は疲れたのか先程よりも動きが鈍い。
「龍ももう限界よ!このままじゃやばいわ!」
「……いや、大丈夫だぜ。もうちょい逃げるぜ!」
龍様がまた元気に逃げ始める。
「どうしたのよ?」
「オーナーが!オーナーの気が復活しているんだ!こっちに来ている!」
「天津彦根神が?」
その時、龍様とすれ違うように一つ目の大きな龍が龍様の横を通り過ぎた。
「天津彦根神なんだナ!シャアウ!封印は解かれたんだナ!シャアウ!」
「あれが……天津彦根神……。」
アヤは過ぎ去っていく一つ目龍をぼんやりと見つめた。
天津は旋回して龍水天海の前まで来て止まった。
「また会ったなあ?出てこねぇ方がよかったのによぉ……。」
龍水天海が天津に向かい狂気的な笑みを浮かべる。
天津はただ龍水天海を睨みつけているだけたった。
「なんだよぉ。何にも言わねぇのかあ?」
「いや……、君には何も言う必要がないだけだ。」
「へぇ?」
天津は一呼吸おいて大きな口を開いた。
「もうここで終わりにしようと思う。」
「そうかよぉおお!お前は邪魔だ。死ねぇええ!」
龍水天海は高らかに笑うと咆哮をあげ、龍へと変身した。
橙色の身体に赤い瞳、白い牙が目立つ。
「……狂気の龍という事か……。海の神が橙の色をしているとは……。」
「ははっ!拙者はもともと真っ白な龍!
だが人の血を浴びて身体が橙に染まった!ただの海神じゃねぇ!人々の恐怖として生まれ変わったんだあ!たまにはこういう神もいねぇとなあ!」
龍水天海は天津にぶつかっていった。
「色々と君はやりすぎた。あれではただの殺戮だ。」
天津は身体に雷を纏わせて龍水天海に戦いを挑む。
二匹の龍は空中で旋回し、交じり合いながらぶつかる。
高速で動く二匹の龍にアヤ達はただ佇むしかできなかった。
龍同士が噛みつきあったのか血が風に乗って飛んでくる。
「グルォオオオ!」
龍水天海が発した咆哮を合図に後ろから何故か高波が現れた。
天津はその高波を雨に変え、龍水天海に弾丸のように飛ばす。
天津彦根神は風雨の神とも海の神とも山の神とも言われる。
沢山の神格を持つ美しく高貴な龍だ。
そんな神に怯むことなく龍水天海はぶつかっていく。
互いの龍は一歩も退くことなく激しい戦闘を繰り返していた。
しかし、他の感情が欠落している龍水天海はためらいや躊躇がまるでないため、天津が若干押され始めた。
お互いがカマイタチを放つ。打撃を放つ。天津は避けるが龍水天海は避けない。
体の傷をものともせず、避けた天津の隙を狙って動いている。
避けずにぶつかりながら動いた方が相手よりも早く動けるが普通はダメージを負うのでやらない。それを彼は平然とやってのける。
「このまんまじゃオーナーがおされちまう!俺様達も手伝うぜ!」
龍様が動き出した。
「わかったんだナ!シャアウ!」
「このまま突っ立っててもしかたないわね。やるわ。」
シャウとアヤも覚悟を決めた。
その時、赤い龍、飛龍に乗ったイドさんとカメが現れた。
「イド!」
アヤが叫ぶのと龍水天海が咆哮を上げるのが同時だった。
「グルオオオ!」
咆哮と同時にカマイタチ、水弾がイドさん達を襲った。
「カメェ!」
「はいさね!」
飛龍の呼びかけにカメは素早く反応を示し、イドさんに当たりそうだった攻撃をすべて弾き返した。
それを見届けてから天津が再び龍水天海にぶつかっていく。
高波がまた天津を襲う。
天津は避けつつ水弾を龍水天海にぶつけた。
「……あれは僕が倒します。皆さん、ご協力お願いします……。」
イドさんからはただならぬ気が渦巻いている。
そのイドさんの決意に一同は深く頷いた。
イドさんは手から水の槍を出す。
そしてもう片方の手に水でできた弓を出現させた。
「アヤちゃん、加茂……よろしくお願いします……。」
イドさんの発言に二人は顔を見合わせた。イドさんの心変わりに驚いたのだ。
龍水天海はこちらに攻撃を仕掛けながら天津とぶつかっている。
物理的なものはすべてカメが弾いた。
今、龍水天海は天津とぶつかっているため身動きができない。
それを見つつ、アヤはイドさんが持っている槍の時間を止めた。
水の槍にはこれで柔軟性が失われた。
その後、シャウがその槍に電撃を纏わせる。
光り輝くその槍をイドさんは龍水天海に向けた。
イドさんは龍水天海を消すつもりだ。アヤは思わず声をかけた。
「ねぇ!話し合うことはできないの?」
アヤの言葉にイドさんはせつなげに笑った。
「なんとなく……彼の気持ちもわかるんです……。彼はとても臆病です。そしてそれゆえに一番上でありたいと願う。竜宮を閉鎖したのは他の神が入ってくることを恐れたから。オーナーになろうとしたのは自分の存在意義を示したかったから……。」
イドさんは複雑な表情で笑う。
「イド……。」
「……そう……あれが昔の僕……。もうとっくにいらない存在なのにいまだ狂暴であり続けようとしている……。」
イドさんが弓を構えた。
「その僕の記憶をここで……。」
イドさんが自分の神力を矢とかした槍にこめる。
「終わらせないといけないんです!」
勢いよく龍水天海に矢になった槍を放つ。
槍は轟々と音を立てながら高速で龍水天海の身体を貫いた。
「ーーー!」
声にならない叫びが天上階に響き渡り鮮血が青い空を赤く染める。
龍水天海は龍の姿から人型に戻り、落ちて行った。
喉元を狙ったその攻撃は致命傷だった。
……ああ、そうかよぉ……
イドさんの頭に龍水天海の声が響く。
……拙者のような龍は……もういらねぇって事かよぉ……
……人間の期待に応えられず……こっちを睨みつける目に怯え……虐殺し……狂って血の色に染まった橙の龍は……もう……いらねぇってことなのかよぉ……。
これは龍水天海の感情か……。
落ちて行く龍水天海……イドさんは頭に響く声をただ聞いていた。
……拙者とお前は違う……。お前は拙者の神としての生を継ぐんじゃねぇ。
別もんだ……。拙者の生はここで終わるんだ。お前が継ぐんじゃねぇ!
……いいな?
勘違いすんなぁ……。
お前に消されるのは癪だがもういい……。
……消えてやるよ……それで……いいん……だろ……。
龍水天海の身体が美しい白い光となりイドさんの中に吸い込まれた。
……さようなら。あの時のまんまの僕……。
イドさんはそっと目を閉じた。




