流れ時…4ドラゴン・キャッスル・ヒストリー5
翌日、イドさんの事は考えないようにしてアヤとカメは朝ご飯を食べた。
朝ご飯はなぜか寝ている間に横に用意されていた。
おにぎりと目玉焼き。鶴は意外に家庭的らしい。
「そういえばお前ら、夜何してやがったんだ?」
龍様が鋭くアヤ達に聞いてきた。
「え?ちょっと眠れなくてね。川辺でカメと話していたわ。何の話かは女の子の秘密。」
アヤはさらりと流した。カメは不安そうな顔をアヤに向けている。
「まあ、別に言いたくねぇならいいけどよ。俺様はミステリアスな女ってのも嫌いじゃないんだぜ。」
「でも、龍雷水天がいたんじゃないかナ?シャウ!」
「……!」
シャウはおにぎりをほおばりながら顔色が悪くなったアヤ達を見つめる。
「加茂ぉ!てめぇはほんとに空気よめねぇな!少しはわかれよ!」
龍様はそう言ってシャウが食べていたおにぎりを奪い口に放り込む。
「ああ……おにぎり……シャウの……。」
シャウは悲しそうになくなっていくおにぎりを見つめている。
「あなた達……見ていたの?」
アヤの問いかけに龍様はうーんと唸った。
「全部じゃねーよ。何言ってたのかとかわかんなかったしな。」
「話はほとんどしてないわ。」
アヤはカメの方を向き同意を促す。
「うん。そうさね。怪我してたから薬塗ってあげただけさね。」
カメは表情硬く龍様に報告する。
「怪我していただと?あれほどの龍神がか?」
龍様は驚きの目をカメに向ける。
「ああ、そういえばイドは神格上だったわね。」
「だが、アヤちゃん、あいつは龍神の中じゃあ、中くらいなんだぜ。中くらいって言ってもそんな簡単にボコられねぇ。龍神に弱い奴はいねぇ。龍雷水天と同じ力のが一番多い。それ以上に特別な力を持っている上の奴らは本当にすくねぇんだ。」
「じゃあ、イドに怪我を負わせたのは……」
「あいつより力が強い龍神かもしくは同等の力だったが偶然ボコれたか。一般神の仕業って事はあんまり考えられねぇなあ。あいつが竜宮付近をボロボロで徘徊していたとなりゃあ、竜宮の事件に何か関係があるのかもしれねぇ。」
龍様はシュノーケルのレンズを布でふいている。お気に入りなのか。
「シャウ!行ってみるしかないナ!シャウ!」
シャウは元気に立ち上がった。先程のおにぎりの事はあきらめたらしい。
「……。」
カメは先ほどから元気がない。
「おい。カメ、なーにへこんでんだよ。龍雷は大丈夫だぜ。あいつは殺したって死なねぇよ。
それよりあいつが困ってんなら助けてやろうぜ?」
龍様はカメをオモチャの骨で軽くポカンと叩いた。
「うん!そうさね!」
カメは急に元気を取り戻した。
「やれやれ……。しかたねぇ使いだぜ。」
アヤはそんな龍様をみて微笑んだ。実は一番カメの事を考えているようだ。
気のまわし方、気の使い方がよくわかっている。
……意外にいい男じゃない。
アヤは少しだけ龍様を見直した。シャウも横でニヤニヤと笑っている。
彼は正直よくわからない。だが害はない。間違いなく。
なんだかんだ言いながら朝ご飯を食べ終えた一同は再び歩き出した。
少し歩いただけなのに汗が吹き出す。
桜が咲き誇っているが暑い。真夏とまではいかないが初夏の暖かさである。
「あついわ……。」
「高天原は現世よりもちょい暑いんだナ!シャウ!桜がもう少しで散ってしまうヨ!シャウ!」
シャウは元気そうに歩いている。この神様は疲れを知らないのか。
カメは若干バテ気味だ。やはり水辺で生活する生き物だからか暑さに弱いらしい。
「あー、あちぃ……。そろそろ海開きか?それは……はええか。」
「龍様……加茂様……アヤ……わちきはもう……。」
カメは龍様の横でフラフラしている。
「ちょっとしっかりしなさいよ。龍、まだつかないの?」
アヤはカメを励ましつつ、龍様に目を向ける。
「ちょっと磯の香がしてきただろ?もうちょっとだぜ。しかし、この時期、この辺は神でいっぱいなんだがなあ……。竜宮の閉鎖でさびしくなったもんだぜ。」
龍様の言う通り、まわりには神の一人もいない。
そこに連なる屋台は皆、閉まっていてなんだか不気味だ。
しばらく舗装された道を歩いていると風と共に真っ青な海が現れた。
「きれいねぇ……。プライベートビーチみたいだわ。」
アヤは素直に感動の意を示した。
しかし、誰もいないのでやはりなんだか少し不気味だ。
真っ白な砂浜に透明度の高い海水が寄せる。
ここで泳いだらさぞ気持ちいいだろう。
「見た目はきれいだが……中はどうなってんのかわかんねぇぞ。」
「え?」
アヤは龍様の言葉に驚いた。
いや、いままで気がつかなかったのがおかしかった。
「アヤちゃんは今、どうやって海の中の竜宮に行くんだナ!って思ったんだナ!シャウ!」
シャウは楽しそうに海水と追いかけっこをしている。
「そりゃあそうよ。私は海の中で息を止めたりなんてできないわよ。水泳なら多少経験はあるけど。」
その時、龍様のシュノーケルが目に入り、続いてカメが目に入った。
……まさか……ねえ……
「そんなわけあるか!シュノーケルつけてカメに乗っかって行こうって考えただろ?今!」
「……あら?違ったの?」
龍様の発言にアヤは顔を赤くした。
「それな、普通の神だったら死んでるからな!観光地に命がけでいくか?いかねぇだろ?」
「まあまあ、でもカメと龍が必要なのは間違いじゃないナ!シャウ!」
ステッキで絵を描き始めたシャウを呆れた目で見ながら龍様は続ける。
「普通は俺様の力だけでゆっくり海の中を見てから竜宮にいくんだけどよ、今はそんな時間ねぇから竜宮へのカギだけ開いてスピードの高いカメに連れて行ってもらう事にするぜ。俺様はゆっくりでしか全員を運べねぇからツアー専用の道だけ開いてやるよって事な。」
龍様はカメに目を向ける。わかったかと目で合図しているようだ。
「はいはーい!水の中だと速いんだよ!わちきは!」
カメは水辺に来たからか急に元気を取り戻していた。
龍様はカメを横目で見た後、ゴーグルをかけてから手を合わせて目を閉じた。
「じゃあ、開くぜ。……一ノ門クリア……二ノ門……クリア……三ノ門……んだこれ……むずい結界だな……ん……クリア……四ノ門……ぜってぇおかしいってこれ!わっかんねぇな……んん……クリア……五ノ門……ぐっちゃぐちゃじゃねぇか……えーと……こうか?かろうじてクリアか……。なんとかオールクリア……。」
龍様は目を開けた。顔はかなり疲れ切っている。
「どうしたんだナ?シャウ!いつもはそんなに疲れないのにナ!シャウ。」
シャウは心配そうに龍様を見つめる。
「いや、五ノ門までの結界がありえねぇくらい厳重だった。他神を入れようとしてねぇ。俺様が開けたのも奇跡に近いぜ?他神を竜宮へ入れられるのはツアーコンダクターの俺様しかいねぇからなあ。俺様除けか?」
カメは頭を押さえている龍様の肩をポンと叩く。
「大丈夫?龍様?」
「ああ、さっさといくぜ。」
「……招かれざる客というわけね……。」
アヤのつぶやきに一同は顔を引き締めた。
「……そういうことだナ!シャアウ!」
「じゃあ、いくよ。龍様のおかげで海の中でも息ができるから心配しないでわちきにつかまってておくれよ!」
アヤとシャウはカメの甲羅にしがみついた。
ドボンという音と共にアヤ達は海へと入っていった。
海ではカメの言った通り普通に息ができた。
海の中にはウミカメが多数泳いでいた。
カメのように人型をとっておらず優雅に泳いでいる。
ウミガメの他には何もいなかった。
カメが泳ぐスピードは驚くほど速い。
泳いでいるというよりは滑っていると表現した方がいいだろう。
そのカメの横を龍様が泳いでいる。
龍様も泳いでいるというよりは飛んでいる、もしくは滑っていると表現した方がいい。
「速いのね……。」
「わちきはカメの中でだけど水の中は最速だよ!定員は二人までだけどね!」
カメは得意そうに泳いでいる。龍様がともした道をカメは高速で通り過ぎていた。
「んん……結界が変わりやがった……。ちくしょう……。」
龍様は先ほどから何かと戦っている。
ゴーグルに移った数字を見ながらぶつぶつつぶやいていた。
「あれは高天原産なのかしら?」
「そうだナ!シャウ!あれはツアーコンダクターが所持する結界探知機なんだナ!龍は凄いんだナ!結界破りの達神なんだナ!シャアアウ!」
シャウは飛んで行ってしまいそうなシルクハットを手で押さえながら楽しそうに微笑んだ。
「結界破りの達神って……ハッカーと同じじゃない……。」
「はっか?」
「もういいわ。」
「ちょっと黙ってろ!加茂!お前はやつらを始末しろ!」
龍様は目を閉じたまま進む。
シャウはそっと前を見た。ウミカメ達がこちらに迫っていた。
「なんでウミカメから襲われるんだナ?シャウ!」
ウミカメ達は甲羅から針のような凶器を飛ばしてきた。針は水の抵抗を受けずにまっすぐアヤ達に飛んできている。
「はわわわ……。」
カメは怯えて立ち止ろうとしたが龍様に叱られた。
「進め!怖がんじゃねぇ!結界がコロコロ変わりやがっているから解読できなくなるかもしれねぇ!さっさと行け!」
「うう……。」
龍様の威圧に負けたカメはやけくそでスピードを上げた。
「シャウ!」
シャウは微量な電流を針に向けて放ち、針の軌道を変えた。
そのまま通り過ぎるウミカメに触れ感電させる。感電したウミカメは海の底へと沈んで行った。
「殺してはないナ!シャウ!」
まだまだ針は沢山襲ってきている。アヤは飛んでくる針の時間を止めた。
「現世じゃなくて高天原だから時間操作はけっこう簡単にできるのね。」
「やるナ!シャウ!」
シャウは止まっている針をペシッと叩き落とした。
「カメ!そのまま突っ切れ!」
龍様が叫ぶ。カメは頷くとミサイルのように深海に急降下していった。
もうアヤは目を開ける事ができなかった。
「ああああ!」
進んでいる当のカメも速すぎて悲鳴を上げている。これはこれで怖いアトラクションだ。
シャウはこんな状態の中、目を開けていられたらしく、嬉しそうな声を上げた。
「もうすぐ竜宮の入り口だナ!シャウ!ついたナ!……あれ?ちょっとカメ、止まらないと……シャアアアウ!」
シャウの言葉が耳に入っていてもカメにはそんな余裕はなかった。
轟音と共にカメ達は地面に叩きつけられた。
「あああああ……。」
運よくカメの甲羅が下になったらしい。
音は凄かったが一同に怪我はなかった。
アヤは龍様に揺すられてやっとの事で目が覚めた。
「う……な……なんだったのよ……。気持ち悪いわ……。」
アヤはガンガンする頭を押さえながら起きあがる。
「まったくカメのやつ……許容範囲でつっきろよな……。アヤちゃんは無事か。」
「無事じゃないわよ。」
「元気そうじゃねぇか。ははっ!」
龍様はほっとした顔をアヤに向けた。
アヤはやれやれと首を振った後、周りをみてみた。
倒れているシャウとカメの前にテーマパークの入り口のような大きな門があった。
龍様は続いてカメを起こしにかかっている。
「わああん。龍様ああああ!」
カメはすぐに起き上り龍様に抱きついていた。
「お前な!許容範囲でつっきれよ!あぶねぇだろうが!」
「ごめんよー。みんなあああ!」
カメはしくしく泣いている。
彼女は泣き虫らしい。そんな彼女に龍様はデコピンをしていた。
「龍……なんでシャウの元へは来てくれないんだナ……。待っていたのに……シャウ!」
シャウがシルクハットを直しながら起きあがる。どこにもダメージはなくとても元気そうだ。
「お前は元気だろうが!俺様がなんでお前の心配しなきゃなんねぇんだよ。お前こそ殺したって死なねぇだろうが。」
「ひどいんだナ!アヤちゃん……なぐさめるんだナ!シャウ!」
シャウは近くにいたアヤに甘えてきた。
「よしよし。」
アヤはほぼ棒読みでシャウの頭をなでる。
「元気出たんだナ!さあ!行くヨ!シャアアアウ!」
シャウは急に元気になりステッキで遊び始めた。
「ええ?あんなんでいいわけ?」
アヤが呆然としていると龍様が寄ってきた。
「いいんだよ。加茂は単純だからな。」
「竜宮城……ついたんだねぇ……。」
カメは少しだけ開いている門の隙間から中をうかがっている。
「そういえばここ、息も普通にできるし、海の中って感じじゃないんだけど……。」
アヤはふつうに地面に立っている。
口から泡が出るわけでもなく髪がゆらゆらと舞っているわけでもない。
「そうだな。ここは言うなれば海の下だ。」
「海の下?」
「高天原の海はさっきウミカメがいたあたりだけだぜ。」
「じゃあ……ここは……。」
「地上とかわらねぇ。陸地だぜ。」
「高天原って変な仕組みしてるのね。」
「まあ、そんなとこだな。上の海と竜宮の間にデカイ結界が張ってあるのさ。さっきはそれを必死で破ってたんだぜ。ちなみに目の前にある門は龍神が来れば勝手に開くからな。」
龍様が門に向かって歩き出したのでアヤも後ろに続いた。
「これ、上に戻れるのよね?」
「さあ?俺様が死ななけりゃあ大丈夫だがなあ。」
龍様はそう言って楽観的に笑った。




