流れ時…4ドラゴン・キャッスル・ヒストリー4
日が暮れた。
アヤ達はこれ以上歩けないと判断して野宿の準備をはじめていた。
あたりは暗く、町からはだいぶん離れたらしい。
遠くに町の明かりがともっている。
「で……ここ、森なんだけど……。」
アヤは龍様を訝しい目で見つめた。
「そうだぜ!今日はここで寝る!ここまでくりゃあ、竜宮までちょいだぜ。」
龍様は愉快そうに笑っている。
「シャウはまだまだ元気だナ!シャウ!」
シャウはステッキを使い謎のダンスをおこなっている。騒がしい神様だ。
「お前はいいんだよ!お前は!カメがもう死にかけだし、アヤちゃんは元気みたいだけどカメが……。」
龍様はフラフラとしているカメにあきれた目を向ける。
「ああ、わちき……もうダメだわあ……。皆さん、足が速すぎるわあ……。」
「全然歩いてないけどね……。」
アヤもカメの体力のなさにあきれた。
カメはげっそりした顔で近くの木に腰を下ろした。
「その甲羅がめっちゃ重いとかそういう単純な事かナ!シャウ!」
「ああ、加茂様、これは羽のように軽いよ。」
カメは楽しそうなシャウに柔らかな笑みを浮かべる。
「そうか?シャウ!じゃあ、あれだナ!龍の使いになってまだ日が浅いんだナ!シャウ!」
「そうねぇ。この姿になったのは死んでからだからねぇ。人型って慣れなくて困るわ。」
カメはやれやれと首をふる。
龍様はさすがツアーコンダクターと言ったところか、食べ物をどこからか調達してきたようだ。なぜか空からおにぎりがふってきた。
何で空から?とアヤは空を見上げてみた。
ちょうど鶴が飛び去るところだった。
鶴は男でカメ同様かなりきれいな顔立ちをしている。
「あれ?あれ、鶴よね?」
「ああ、加茂が頼んでくれたんだぜ。
俺様にゃあ、こんな事できねぇし。
カメが横でへばってやがるんだからなあ。加茂から鶴に飯の調達を頼んでもらったんだよ。」
龍様は鶴に手を振っているシャウを後ろから小突いた。
「痛いナ!シャウ!」
シャウは勢いよく龍様を振り向き、龍様があらかじめ持っていた骨がシャウの頬にぐにっと刺さっていた。
「やーい!やーい!ひっかかった!」
龍様は楽しそうだ。シャウは不機嫌そうに顔をしかめた。
「なるほど、鶴にカメ。縁起がいいわね。」
アヤは落ちてきたおにぎりをひとつとった。
「ああ、中身はロシアンにしてみたヨ!シャウ!何が出るかナ!シャアアアウ!」
偉そうにふんぞり返っているシャウの頬をアヤは引っ張った。
「何入れたのよ……。そういう余計な事いらないわ!」
「これ、甘いさね!わちきの好みさね!砂糖にあんこにチョクラーツが入っているわあ!」
カメはおいしそうに食べているがアヤは焦って自分の握り飯を見つめた。
……砂糖にあんこに……チョクラーツってチョコレートよね?甘すぎるわよ!
「うわっ!なんでぇこれは!薬か!」
今度は龍様が絶叫していた。
「ああ、それは長命丸ってお薬だナ!下の息子さんが元気になるヨ!よかったナ!シャウ!」
「てめえ!ざけんな!こんな時に何下ネタかましてんだよ!てか握り飯の具にこんなのいれんじゃねぇ!馬鹿か!あの鶴!そしてお前も!」
ニヤニヤ笑っているシャウの頬を龍様は頬を真っ赤に染めながらみょんみょん引っ張る。
「皆引っ張りすぎじゃないかナ?痛いナ……。シャウ……。」
シャウは赤くなってしまった頬をなでている。
アヤはしかたなしにおにぎりに口をつけた。
食べないわけにはいかない。なんでも来いとやけくそに頬張った。
「あら……?昆布?」
アヤは唖然とした。ふつうすぎるくらいふつうのおいしいおにぎりだった。
「あたりー!シャウ!ちなみにはずれは龍だけー!シャウ!」
「てめぇ!はかりやがったな!」
シャウはしてやったり顔を龍様に向けた。
龍様はシャウどころではなく下を触りながらわたわたとしていた。
「うわっわ!ちょっと待て!ちょっと待てよ!落ち着け!俺様!」
「龍様……いやん❤」
カメは頬を染めながら目を背ける。
今、彼に何が起きているのかアヤは知りたくもなかったので無視しておにぎりをほおばっていた。
「と、とりあえずだな!今日は早く寝ろ!明日には竜宮着くんだぜ!」
龍様はさっさと横になる。
「歯は磨いて寝た方がいいわよ。近くに川があるみたいだしうがいには困らないわよ。」
アヤの言葉に龍様はむくっと起き上り懐から歯ブラシを取り出した。
「あら?ちゃんと持っているのね。」
「うるせー。」
龍様はアヤを睨んだ。
……なんだか子供みたいな龍神様ね。
アヤ達は近くの川で歯を磨いた後、眠りについた。なぜか布団が横にあった。
おそらく鶴だろう。寝袋ではなく布団を持って来るとは……。
寝心地はいいのだが落ち着かない。
空は満天の星空。周りは森の中だ。
そのど真ん中に布団をひいて寝るというのはいままでで体験したことがない。
物音ひとつしない。動物はいるのかいないのか。
草を揺らす風の音だけが静かに響く。
その時、ひときわ強い風の音が近くで聞こえた。
何かが落ちた、もしくは降り立った感じの音だ。
「何?」
アヤはひとり起きあがる。シャウと龍様は寝言を言いながら眠っていた。
「……誰?」
カメも驚いて起きあがった。
カメは「何」ではなく「誰」と言った。カメにはそれが神だとわかっていた。
「カメ、なんかいるわ。」
「龍神の気を感じるわあ。」
二人は起き上り先程歯を磨いた川の方へと向かった。
森の草をかき分け川音に近づいて行く。
月が満月なため、あたりは明るい。
川には男が立っていた。
銀髪の髪、すらっとした身長。
上は青の着流しに緑の羽織、下は黒の袴を着ている。
服はボロボロでところどころ重い傷跡が目立つ。
彼は川の水で傷口を洗っているようだった。
「っ……。イド?」
アヤはその男に見覚えがあった。
いや、見覚えがあったというよりも唯一知っている龍神である。
「……?」
男がこちらを向いた。顔は殴られたのかひどい有様だ。
「龍雷様!どうしたのさ!」
カメは驚き声を上げた。
彼は龍雷水天神、井戸の神様と呼ばれ、「イドさん」という愛称で呼ばれている神様である。
「アヤちゃんにカメ?なんでこんなところにいるんです?」
「あなたこそ……どうしたのよ……。」
「ちょっと……色々ありまして……。」
イドさんの表情は暗い。
よく見ると体中に鞭痕が痛々しく、血が流れ出ている。
「色々って何よ。やばい事に巻き込まれているんじゃない?」
「僕じゃなくて竜宮城がですね。ああ、痛い。痛い。龍の鞭は硬いから……。」
イドさんには今、焼けるような痛みが襲っているようだ。
しきりと川の水を身体にかけている。
「拷問されたの?」
「はは……。これが笑っちゃうんですよ……。」
イドさんは力なく笑う。カメが慌ててイドさんに駆け寄ってきた。
「手当しないと……!」
「カメは基本いい子ですが……龍神への言葉遣いが悪いんですよ。よくペシッとひっぱたいていたんですが今となってはもうこれが愛嬌ですよね……。」
イドさんはカメを優しくなでる。
「うわっ!気持ち悪っ!龍雷様、一体何食べたのさ。優しすぎて気持ち悪いわ。」
カメの言葉にイドさんは厳しい顔でペシッとカメの手をひっぱたいた。
「言葉遣い!」
「い、痛い!うう……やっぱりいつもと同じじゃないかい……。」
カメはしくしくと泣きだした。
「ねぇ?イドはカメに対してはそういう態度なわけ?」
アヤがカメをなぐさめながら問う。
「そうですね。僕は彼女の教育係だったんですよ。」
「あなた、ほとんど竜宮に帰っていないんじゃないの?あなた、いつも高天原東にいるか現世にいるかじゃない?」
「まあ、普通は高天原東にいて南にはいないんですが天津彦根神から頼まれましてね、しばらくは竜宮に戻っていたんですよ。」
「そうなの。」
カメは恐る恐るイドさんの着物を脱がせている。イドさんは痛みに顔をしかめた。
「もっと優しくしなさい。痛いです。」
「ごめんね。龍雷様。……ひどい怪我だわあ……。」
カメはオロオロしながら甲羅から救急セットのようなものを取り出した。
「その甲羅の中に一体何が入っているのよ……。」
「えっとねえ、塗り薬とか色々入っているさね。」
カメは傷だらけの背中に塗り薬を塗りはじめた。
「ああう……!」
イドさんが痛みに叫ぶ。見ているだけで痛い。
「それにしても誰にこんな事を……。」
「そ、それは聞かないでもらえますかね……。カメ。それよりも……なんでこんな刺激的な塗り薬しかないんですか?
高天原には……もっといっぱい良い薬が……うあっ!」
「古いものにこだわった方がいいかと思ったんだけどね。」
カメは必死で薬を塗っている。若干塗りすぎな気もする。
「もう背中はいいです。ひりひりします……。」
「じゃあ……前……。」
カメはイドさんと目が合ってちょっぴり頬を赤く染めた。
恥ずかしがりながら胸からお腹にかけて薬を塗りはじめる。
「そう言えば命令していないのにやってくれるんですか?」
「当たり前!色々お世話になったし、研修で飛龍様についていたらどうなっていたかわからないわちきを一生懸命に守ってくれたからねぇ。」
「龍神によって態度を変えてはいけませんと言っているでしょう?すべての龍神を均等に相手するのです。」
「わかっているわあ。でも……。」
カメが手を止めた。イドさんはカメの手をそっとのけると立ち上がった。
「ありがとうございました。カメ。助かりましたよ。……そしてアヤちゃん。」
「何よ?」
「なんでカメと一緒にいるかわかりませんが……付添いの方はいらっしゃるのですか?今竜宮城はちょっと行くのはやめた方がいいと思いますね……。」
イドさんは険しい顔をアヤに向ける。
「私は加茂別雷神と流河龍神と一緒よ。」
「加茂とツアーコンダクターですか……。何をしに行くのかなんとなくわかりますね……。」
そう言うとイドさんはアヤとカメに背を向けてよろよろと歩いて行った。
「ちょっと……!」
アヤの呼びかけにイドさんは振り向かなかった。
「一体どうしたんかね。大丈夫なんよね?龍雷様……。」
カメはアヤを不安そうに見上げる。
「知らないわ。それなりにやばいんじゃないかしら?あの状態だと不安よね。」
「……。」
カメがいまにも泣きそうな顔で下を向くのでアヤは少し話題を変えた。
「あなた、ひょっとするとイドの事好き?」
「え?あ……ええ?」
アヤの問いにカメは顔を真っ赤にして頬を押さえた。
「隠さなくていいわよ。女同士なんだし、知られたくない恋心ってのもわかるしね。」
「うう……わちき、カメなのに生意気にこんな気持ちになって……他の龍神様と分け隔てなく接しているのに彼の前だと余計な事をしてしまうんね。
それでいつも他の龍神様にお仕置きされちゃうけど龍様だけはわちきの気持ちわかってくれるさね。」
「そうなの?あなたってほんとにかわいいのね。
だから彼、龍が放っておかないんだわ。」
アヤは川辺の岩に座り込んだ。カメもとなりに座る。
「かわいいなんてそんな……一回現世で天寿を全うしたカメだよ?」
「でも好きな人がいていいじゃない。仕事が楽しくなるわよ。」
「……龍雷様は遠くで見ているだけにするさね……。
向こうは何とも思っていないと思うから。」
カメは川に向かい小石を投げる。小石は二回飛び跳ねると川に落ちた。
「そうね。今はまだそれでいいかもね。あなたの生はきっとこれから長いから。」
「うん。」
アヤ達はお互い笑い合った。




