流れ時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー18
「……なんの縁か……。時神の力と食物神の俺の力でじじいの過去を見ちまったようだな。」
蒼い光は消え空間は時間のない空間から廃墟ビルの空間に戻った。
ミノさんは複雑な表情をイドさんにむける。
「なるほど……そういう事でしたか……。という事は、冷林は力がほしかったわけではなく、少女の願いをかなえたと……。」
イドさんはちらっとミカゲ様を見る。
「事故でもなかったか。リーはお人よし故……。」
ミカゲ様はどこかホッとした顔をしていた。
おじいさんの記憶で皆、戦いをしていた事を忘れているようだ。
ミノさんはいそいそとアヤ達がいるところに戻ってきた。
「みーちゃん元気してるかなー。」
おじいさんがしみじみとミノさんを見て言った。
「そういやあ、みーちゃんって名前なんて言うんだ?」
「……みのりですよ。日穀信様。」
「そうか。良い名前だな。」
「わたしはもう思い残す事はないんです。もう成仏したいと思います。」
「だが、じじい、おたくは神様なんだぜ?生前、おたくを信頼してた人間が多かったみたいだ。」
「そうですか。それはけっこうなことです。ですがわたしは神様になって生きようとは思いません。」
おじいさんはにこりと微笑んだ。
「そうかよ。」
「ええ。実体化してみーちゃんに会えたのも縁様が入り込んで下さったおかげですし、わたし単体では何もできません。」
「……。」
「縁様、わたしの魂を解き放ってくれませんか?」
ミノさんから目を離したおじいさんは遠くで立っているだけの冷林を見つめた。
冷林はひとつ頷くと手を上にあげた。するとおじいさんの身体が透け始めた。
「ありがとうございます。縁様。一度、みーちゃんに会わせて下さって感謝しています。」
冷林はおじいさんの言葉にまたひとつ頷いた。
「おい、じじい、ほんとにこれでいいのか?神になればみーちゃんだかを見守れるんだぜ?」
「……みーちゃんは人が死ぬという事を理解しました。
あの子は強い。
こうやって一つ一つ学習して大人になるんです。自分で立ち向かえる。わたしは必要ありませんよ。」
「孫馬鹿だな……。」
「そうかもしれませんねぇ。日穀信様、消える前に一生のお願い聞いてくれますか?」
「ん?ああ。俺にできる事だったらいいぜ。」
「みーちゃんを……みのりを代わりに見てやってください。」
「だからそれはおたくがやればいいだろ。」
「あの子はおそらくわたしが見えてしまう。そうするといつまでもわたしから出られなくなる。日穀信様なら見えないでしょう。」
「ああ、そういう事か。まあ、いいぜ。死ぬまでみてやるよ。」
「よかった……。」
おじいさんはいままでで最高の笑みを浮かべると他の神々が見守る中、白い光に包まれ消えて行った。
「本来は消えなければならなかった魂が冷林によって現世に残っちゃったというわけね。」
おじいさんが消えてからアヤはぼそりと口を開いた。
「おたく、感動してんのか?」
「何言ってんのよ。人の生なんてこんなものよ。」
「へん、たかが十何年しか生きてねぇおたくに何がわかるってんだ。」
「まあ……そうよね。」
「なんだ?やけに聞き分けいいな……。」
アヤがそれ以降何も話さなかったのでミノさんも黙った。
アヤにも何かそういう経験があったのかもしれない。
ミノさんは聞きたくもなかったので聞かなかった。
「……空間はなくなったわけだがまだ色々解決してなさそうだな……。」
過去神栄次もアヤのもとに戻ってきた。
「あの女神、なにか納得いってないな。顔つき的に。」
未来神プラズマも頭を抱えながらアヤの顔を見た。
「……そうね。でもきっと理由は単純よ。」
「……?」
アヤの発言に一同首をひねった。
「人間なんて……滅べばいいのじゃ!
こんな事を何度見続ければよい!ワシは……すべてを見続けているだけ!
それしかできぬ!
心にもうおらぬ者を描き、嘆きを微笑みに変えるのは人間だけじゃ!
そんな苦しみをなぜワシは見続けなければならぬ!
ワシは正しい。
人を消滅させ苦しみから救おうと考えておるのじゃぞ!
何故邪魔をする!」
ヒメさんの言雨がビル全体に振りまかれる。
しかし、重くはない。威圧もない。
アヤは何も感じなかった。ヒメさんの言雨はぽっかりと穴が開いているようだった。
「何をいまさら。あなたは歴史を守る神でしょう?何を小さい事でぐちゃぐちゃ子供みたいに言っているんですか?あなた、そこらの人間の子供と言っている事変わりませんよ。」
イドさんはヒメさんを厳しい目つきで睨みつけた。
「……ワシはもうこんなのは嫌じゃ……。人と共に消滅したかったのじゃ……。」
ヒメさんの瞳から涙が落ちる。
「じゃあ、僕が消してあげましょうか?」
「お、おい!イドさん!」
イドさんの言葉にミノさんが慌てて声を上げた。
「ミノさん、黙っててください。」
「……っ。」
イドさんの鋭い言雨にミノさんは黙り込んだ。
イドさんは再びヒメさんに向き直る。
ヒメさんは口を開けようとはしなかった。
「龍雷水天が直々に消してあげましょうと言っているのです。何故黙り込んでいるのですか?口があるでしょう。しゃべりなさい。」
「……。」
ヒメさんは口を開かない。
どこかふてくされたような子供っぽい顔つきでイドさんを睨みつけている。
「父上が……。」
「……?」
ヒメさんがか細い声でつぶやいた。
「父上がくると思ったのじゃ……。」
ヒメさんの目からは絶えず涙がこぼれる。イドさんは顔を曇らせた。
「母上はもうこの世にはおらぬ。だが父上はまだおるそうじゃ……。いくら探しても父上の痕跡は見つからぬ……。大きな騒動を起こせば父上が来ると……。」
「あなたはお父さんに自分を止めてほしかったのですか?」
「……。」
ヒメさんは黙ってうなずいた。
イドさんはやれやれと頭を抱えた後、ヒメさんを思い切りひっぱたいた。
乾いた音がビルに響く。あまりの音にミノさん達は目を見開いた。
「お、おいおい……。」
ミノさんはオドオドとアヤを見つめる。
アヤこそなんだかわからず顔を曇らせながらミノさんを見つめ返していた。
ヒメさんは思い切り倒れた後、叩かれた左頬を手で押さえながらイドさんを睨みつけた。
「何するのじゃ!ワシも神格の高い神ぞ!こんな事が許されると……」
「ほんっと馬鹿ですね!あなたのお父さんはあなたに汚名がいかないように必死だというのに!あなたはこうも呑気に……。」
「……?おぬし……父上を知っておるのか?」
ヒメさんは今までで一番怒り顔なイドさんにきょとんとした顔で聞く。
……いや、もう気づけよ……。
ミノさんはそう思ったがイドさんのためを思い、ため息だけで済ました。
「ええ。知ってますよ。もう死んでしまいましたがね。」
「死んだじゃと!」
「ええ。僕が最後を見届けました。」
「そんな……。じゃあワシはどうすればいいのじゃ……。」
ヒメさんはその場に崩れ落ちた。
「お父さんに会えると思ってからの剣王の裏切りですか?
それにもう冷林には許してもらえない。ワイズにも迷惑をかけている……。
あなたは高天原在住の神々から罵倒され西の剣王からの罰で何をされるかわからない。辛いですねぇ。
守ってくれると思っていた父親はもう死んでいる。」
「……。」
ヒメさんは震えながらその場にうずくまった。
ヒメさんは後先を何も考えていなかったらしい。
彼女は唯一身を置いてくれた剣王を裏切った。
もう行く所も逃げ道もなく孤独だ。
それが本当にわかった彼女は震えながら泣いている。
冷林、ミカゲ様達からは冷たい視線がヒメさんに注がれていた。
子供のようにいたずらをして叱られるだけだったら楽だった。
取り返しのつかないいたずらは罪となり永遠に残ってしまう。
彼女はそれに気がついた。
「どうすれば……ワシは……そんな……」
「……。」
ヒメさんの独り言にイドさんは黙っていた。
……何やってんだよ。あいつは!
娘だろ!助けてやれよ!
なに死んだことにしてんだよ!
ミノさんは叫びたい気持ちを押さえて二人を見守った。
それを横目でみたアヤはミノさんの服を引っ張った。
「な、なんだ?アヤ。」
「あんた、何か知っているの?」
「知ってるって?え?い、いやー、し、し、知らねぇなあ……。何のことかなあ……。」
「あ、そう。」
アヤはミノさんの下手くそな演技を見て聞くのをやめた。とりあえず言いたくないという事だろう。
そう受け止めた。
「先程……言っていた人を消したいというのは……自分はあんなに愛されていないと思えてむなしくなるからですか?」
「……。」
ヒメさんは素直にイドさんの言葉にうなずいた。
「子供の妬みのようですね。」
「……。」
ヒメさんは否定しなかった。
しばらく沈黙があった後、ヒメさんがか細い声でぼそぼそと何か話しはじめた。
「イド殿はどうしてワシの心が読めるのじゃ……。」
「さあ。なんででしょうねぇ。」
イドさんは白々しく上を向く。
「……。」
ヒメさんは冷林の方を向くと膝を折り、頭を地面につけた。
「許してくれとは言わぬ。ただ……謝罪申し上げる……。ワシは歴史の神として不相応な事をした……。」
ヒメさんの肩は震えていた。
冷林に殺されることを覚悟していたのかもしれない。
しかし、冷林は何もしなかった。ひとつ頷くと廃ビルから消えて行った。
「ほんとリーちゃんはお人よしですわ……。そこの女神、あなたは許された。よかったですわね。わたくし、しばらくあなたには会いたくないですわ。そして次、こんなことをしたら容赦いたしませんことよ。」
アマちゃんはヒメさんを睨みつけると冷林と同じように消えた。
「今回は我らにも非があり。娘よ。行くぞ。」
ミカゲ様はいつもの無表情でヒメさんを見るとニッパーを促した。
「えーと……ヒステリーちゃん。あたしは騙されてもそこそこ許してあげるっすから!」
「馬鹿者。」
ミカゲ様の鉄の尺がビシッとニッパーの頭を打つ。
「うう……痛いっす……。」
ニッパーは涙目で頭を押さえうずくまる。
「剣王の側近、かの流史記姫神になんという言葉遣い。剣王の元に行ったと思ったらこれか。非行娘が。」
「うわああん。ごめんなさいっす!親父じゃなくて……お父様。」
あまりに鋭いミカゲ様の眼気にニッパーは委縮し、しくしくと泣きはじめた。
「後で仕置き故、覚悟せよ。」
ミカゲ様はそう言い残すと消えて行った。
ニッパーも慌ててワープする。
「だからお父様の所にいるのは嫌なんすよー……。」
ニッパーの悲しげな声は風に流れて消えた。
ヒメさんは最後まで頭を下げ続け、ニッパーが消えたと同時に頭をあげた。
悲しそうなどこかうらやましそうなそんな顔をしていた。
そんな横顔を見ながらイドさんはそっと目を伏せた。
「よく……言えましたね。ヒメちゃん。」
「な、なんじゃ?気持ち悪いのう……。」
イドさんはヒメさんの頭をそっと撫でた。
「いやあ、なんとなくです。」
「やめんか!なんじゃ!気持ち悪い!おぬしはなんでそう……」
「ちょっと心が温かくなるかなあと思いまして。」
イドさんの笑顔にヒメさんはなんとも言えない表情をした。
「ところでイド殿、東のワイズに謝罪に出向きたいのじゃが……連れて行ってもらえないじゃろうか……。」
「いいですよ。ついでに剣王の所にも行きましょうか?一人じゃお仕置き宣告も怖いでしょう。」
「う、うるさいのう。罰なぞ怖くないわい。」
「まあ、そこにいる彼らも行ってくれるそうですから大丈夫ですよ。」
イドさんの発言にミノさん達の目が見開かれた。
「はあ?俺らも行くのか?」
「私達は関係ないわよねぇ?」
ミノさんとアヤは大きなため息を漏らしたが残りの時神達はクスクスと笑っていた。
「いいではないか?最後まで見届けてやろう。」
「まあ、どうせ剣王もワイズもなーんも考えてないと思うけどね。」
過去神栄次と未来神プラズマは苦笑いをヒメさんに向けた。
ヒメさんは涙で濡れた瞳を潤ませ嬉しそうに微笑んだ。
イドさんはヒメさんの手を握るとミノさん達の元へ歩き出した。
その時、ヒメさんは感じていた。父親の背中、ぬくもりを……。
もしかしたら……と言いかけたがなぜか恥ずかしくて声にならなかった。




