流れ時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー17
「まーだかなー♪」
どこからか少女の声がする。
「まーだかなー♪」
先程よりも少女の声が鮮明に聞こえる。
少女は和室に置いてある座布団に座っていた。
髪をツインテールで結んでいる可愛らしい少女だった。歳は六歳くらいか。
「もうちょっとでできるぞー。」
今度は少女の声ではなく歳のいった男の声だ。
和室の奥から鼻歌が聞こえてくる。
「おなかすいたー。じじ、なんか手伝う?」
「いいよ。いいよ。みーちゃんはそこに座ってな。せっかく来てくれたんだもんなあ。じじがうまいもんつくってやるからなー。」
みーちゃんというのは少女の名前で男はじじと呼ばれているらしい。
おそらく祖父と孫娘だ。
男は何か料理を作っているようだ。
「あたしね、小学生になったよ。じじにもらったランドセルで学校行ってるの!」
「そうかい。そうかい。そりゃあよかった。みーちゃんが学校行くとじじ寂しいな。なかなか会えないのにもっと会えなくなってしまう。」
「大丈夫だよ。じじ。あたし、お休みの日に来てあげるから!」
「そうかい。そうかい。楽しみにしてるよ。」
普通のどこにでもある祖父と孫娘の会話だ。
どうやら核家族で祖父とは一緒に住んでいないらしい。
「はい、できたー。寒くなってきたからお鍋にしたよー。みーちゃんおまたせ。」
男は大きな鍋を抱え、少女がいる和室に入ってきた。
男はまぎれもなくミノさん達といたおじいさんだった。
「じじー!お鍋だ!わーい!」
少女は無邪気に喜び、それをみたおじいさんは顔にしわをつくりながら微笑む。
「ごはんもいっぱいあるからなー。いっぱい食べで大きくなるんだぞー。」
おじいさんは少女の頭に手を乗せると優しくなでた。
「はーい。」
少女は鍋の具材をおたまですくい、小皿に盛りつけるとハフハフ言いながら食べ始めた。
「うまいか?」
「うん!うまーい!」
おじいさんは白いごはんを炊飯器からお茶碗にうつし、少女の前に置いた。
「ごはんも食べなー。」
「うん!」
少女は楽しそうに食べる。
おじいさんはそれを見ながらちょこちょこ鍋の具材を食べていた。
「じじもいっぱい食べればいいのにー。」
「じじはな、体が悪いからそんなに食べられないんだ。みーちゃんがたっくさん食べていいんだよ。」
「うん……。」
少女は悲しげに下を向くとまた笑顔で食べ始めた。
「じじが病気の事……ママから聞いたか?」
「……うん。」
少女は食べながら悲しそうな笑顔を向け答えた。
「なあ、みーちゃん。神様はいるんだぞ。」
「なあに?いきなり。」
「昔な、じじ、ごはんに困っててな、食べ物の神様にお願いに行ったんだ。」
「食べ物の神様?」
「そうだ。そしたらな、いままでいっぱい食べてこれた。」
「でも今のじじは食べられないよ?」
少女のきょとんとした表情におじいさんは笑った。
「いや、今はみーちゃんがいっぱい食べられている。それでいいんだよ。」
「ふーん。よくわかんない。」
「そうか。そうか。よくわかんないかー。でもな、お茶碗に残ったご飯粒は食べような。一生懸命作ってくれた農家の人と、食べ物の神様に失礼のないようにな。」
「うん!」
少女は素直にお茶碗に残ったご飯粒をきれいにかき集めた。
しばらくして鍋の中身がほぼ空になった。
おじいさんは手を合わせて何かつぶやいている。
「じじ?どうしたの?」
「すべての食べ物に感謝してお礼を言ったんだよ。ほら、みーちゃんもごちそうさま。」
「うん。ごちそうさまー。」
紅葉と銀杏の葉が落ちる中、おじいさんと少女の顔は白く輝いていた。
少女とおじいさんが会ってからしばらくたった。
その日は記録的豪雨だった。
カッパを着込んだままの少女は涙にくれていた。
母親と思われる女と手を繋ぎ病院のベッドに座り込んでいた。
ベッドには安らかに眠っているおじいさんがいた。
「もう一か月と持たないと言われていた中、一年持つなんて本当にこれは凄い事なんですよ。癌は思ったよりも進行が遅かったみたいですね。」
「そう……ですか。」
隣にいた医師の発言に女は涙を流しながらつぶやいた。
少女は何が起こっているのかさっぱりわからなかったがおじいさんがもう二度と起きてこないのだという事はわかっていた。
それゆえ、女を困らせまいと何も聞かなかった。
少女がまだちゃんと理解しないまま、葬儀が行われた。
葬儀には少女が見たことも会った事もない人達が沢山来ていた。
誰もが遺影の前で涙し、言葉をかけている。
その人達が誰かは知らないが少女はおじいさんを大切に思ってくれている人が沢山いる事に気がついた。
少女の母親と思われる女にその人達はしきりに話しかけていた。
「私は色々助けてもらって……」
「わたしもあの時にすごくお世話になって……」
言葉は皆涙声で何を言っているのかよくわからなかったが少女はじわじわと死についての実感が出て来てしまっていた。
その夜、少女は大人達の会話には入れてもらえず、一人布団の中に入っていた。
なんだかとても寂しかった。
「じじ……。」
なんとなく叫んでみても当たり前だが返答はない。
もう二度と会えないという実感が少女の心を苦しめた。
少女の瞳に涙が絶えることなく流れた。
今日は寝むれる自信がなかった。明日をむかえるのがたまらなく怖かったのだ。
「じじ……。もう一回会いたい。」
そうつぶやいた時、おじいさんが言っていた言葉を思い出した。
……神様はいる……
「神様……いるならじじに会わせて……おねがい。
大人は亡くなった人に会いたいとは思うが心の底からは願わない。
倫理が邪魔をするからだ。
だが、この少女はそのことがわからなかった。
死というものがなんなのかわかりかけてはいるもののはっきりとはわかっていなかった。わかりたくなかったのかもしれない。
そして彼女の祈りは縁様である冷林に届いてしまった。
少女の頭に何かが入り込んできた。
声でも映像でもないそれは少女の瞳を輝かせた。
「神様!会えるの?じじに!今夜だけ?」
少女がそうつぶやいた時、目の前におじいさんが現れた。
「じじ!」
おじいさんは笑いながら少女を見つめていた。
少女はおじいさんに抱きつこうとした。
だがおじいさんは少女の手をすり抜けてしまった。
「あれ?」
「じじは……」
不思議な顔をしている少女におじいさんが口を開いた。
「じじはもうみーちゃんといられない。だけどじじはみーちゃんをずっと空からみているよ。じじのために会いたいって言ってくれてありがとうな。」
おじいさんはそれだけ言うと煙のように跡形もなく消えた。
「じじ……。じじー!うわああああん!」
少女はわかりたくもなかった事をはっきりとわかってしまった。
もう二度と会えないという言葉の意味を心から。
……もうじじの家に行ってもじじはいない……
……もう二度と会えない……
……どこにもいない……
どこにも……いない
少女の泣き声で母親と思われる女が慌てて入ってきた。
暗かった部屋に電気が灯る。
「ごめんね。一人にして……どうしたの?みーちゃん。」
「じじが……。」
「じじ?」
「じじがあたしに会いにきたの。」
「……そっか……。じじがね。じじ、なんて言ってた?」
「お空からみてるって……。」
「そっか。まったくお父さんらしいわ……。」
女は少女を抱きしめると涙声でつぶやいた。
「じじは……皆のこころにいるんだね。」
少女の発言に女は驚きの表情を見せた後、そうだねと微笑んだ。




