変わり時…最終話漆の世界23
丘を降りて結界を越えてからアヤがマナに余った桃を渡した。
「あなた、食べていないでしょう?」
「ああ……そうだったわ。私には桃のデータがなかったんだった」
マナはアヤから桃を受けとるとかじった。
「……まずいね……。あ、マイさんも食べて!女性にはデータがあるみたいなこと言ってたけど、一応……。リョウさんから奪わずに取ってこれたから」
「なんだ?まあ、いい。いただこう」
マナが大事な内容を取っ払った説明をしたがマイは戸惑いつつ素直に桃、筍、葡萄を食べた。
「あっははは!なんだこれは!まずいぞ!あっははは!」
「……なんで笑ってんだよ……お前……」
プラズマは呆れた顔でマイを見据えた。美味しくないものを無理やり食べさせられたマイだがなぜか愉快に笑っていた。
しばらくしてデータを入れたマナ達は再び海が近いイザナギの場所へ戻ってきた。
「さ、さあ……後は……あなただけ……。矛を渡してください……」
佇むイザナギにマナは肩で息をしながら声を上げた。
海を眺めていたイザナギはちらりとマナを見た。
「では……日本のワールドシステムに入れるか試す」
機械的にイザナギはそう答えた。
マナ達はとりあえずかまえて、感情が全く読めないこの神の気迫を読み取ろうとしたがまるでわからなかった。冷や汗がつたう感じはあるが、先程よりも得たいのしれない感じはない。
おそらく、桃、筍、葡萄のデータを体に取り込んだからだ。
これが得たいのしれない力の原因だったようだ。わけのわからないデータから理解できるデータになったということだろう。
「アメノオハバリ……」
イザナギがつぶやくと手から光輝いている光そのものな剣が現れた。
「……!イツノオハバリ!?」
「いや……私のはアメノオハバリだ……。人間が古事記に書いたイツノオハバリとは別物として分かれたのだ」
マナの言葉にイザナギは静かに答えた。
「確か想像によって同じものでも違うように弐の世界には現れるのよね……。歴史上の人物も伝記を書く人や小説などによってその分の同一人物が出現するらしいわ。織田信長なんて何人いるのかしら……」
アヤはため息混じりにマナにささやいた。
「じゃあ一緒じゃないの?私が持っているイツノオハバリと……」
「たぶん、違うわ。本物よ……あっちは……。本神が持っているのだから」
「……」
マナは黙り込んだ。
異様な力を感じる。自分が持っているイツノオハバリを出してみた。同じような感じだが力が桁違いだ。
「まずい……この剣とは違いすぎる……」
「似た感じにできるぞ」
マイが心底楽しそうに笑いながらなんかしらの糸をイツノオハバリに巻いた。
「なにこれ?」
「武装データの入る糸だ。精巧なレプリカになっただろう?」
「レプリカ作ってどうする……」
プラズマが呆れた声を上げるがマナは目を見開いた。
「……別物だけどパワーが違う……。エネルギーの大きさを感じる」
マナがイツノオハバリを眺めているとイザナギが、
「……準備はできたか?」
とアメノオハバリを構えて静かに尋ねてきた。ご丁寧に会話が終わるのを待っていたらしい。
「……いいですよ……」
マナは警戒を最大に強めて答えた。
刹那、何かが激しく破裂する音が響いた。風が勢いよく通りすぎる。
「えっ……」
「栄次!」
プラズマがなぜか栄次の名を呼んでいた。
何が起きたかわからぬまま振り向くと血を流した栄次が刀を地面に刺して肩で息をしていた。
「なっ……」
マナが絶句した時、遠くの木々が真っ二つに斬れて音を立てながら地面に転がった。
イザナギは動いていない。
「全く……見えなかった……」
栄次がそうつぶやいた。辛うじて刀で斬撃を防いだようだがあまりの衝撃に髪ヒモがすっ飛び額を斬られた。
遅れて栄次の総髪がとかれ、肩先にかかる。
「嘘……」
アヤは言葉を失った。
「こりゃあ……ヤバイな……」
プラズマも顔面蒼白でつぶやいた。
「あははは!なんだ?こいつ!おもしろいな!!」
大爆笑していたのはマイだけだ。
「桁違い……」
「……イツノオハバリを持っているのはマナ……マナをあのスピードまで持ってこないといけない……だが……」
プラズマはマナの怪我の具合をみて頭を抱える。
「あいつは光のように速いぞ……」
栄次が刀を構えながら戻ってきた。
イザナギはこちらを見下す冷たい目をしていた。力の差を見せつけているようにも見える。
「……栄次、マナを抱えて動けるよな……。リョウがやった戦法と同じ事をやるぞ……。そうしなければあいつには追い付かない」
「……時神三人でアヤの力を補助するのか……」
「そうだ。そんで俺とマイがマナと栄次をサポートする。速さをとにかく上げて隙を狙う」
「……わかった」
プラズマの作戦に考えている暇はなく栄次はマナをすばやく抱えた。
「……栄次さん……私……」
「重くはない。むしろ軽い」
マナの言葉に被せるように栄次はささやいた。以前、アヤが同じようなことを言ったからだろう。
栄次はマナを片手で抱くとイザナギに向かい走り出した。
「栄次さん……恐怖心は……」
「ある」
栄次は短く答えるとプラズマを一瞥した。
イザナギの手がわずかに動いたタイミングでプラズマは叫んだ。
「今だ!」
アヤが神力を高めプラズマも同時に高めて栄次とマナを消した。
すぐに遠くの木々が再び切り刻まれる。
「来るぞ!」
プラズマがすばやく叫び、マイがてきとうにスピードアップの糸を放つ。刹那、栄次とマナがイザナギの懐に現れた。マイの糸が二人に巻きつき、さらに速度を上げた。しかし、マナが振りかぶるより早くイザナギがアメノオハバリを振るった。栄次がもう片方の手で無理やり刀を構え、イザナギの攻撃を受け流す。
だが、衝撃に耐えられず吹っ飛ばされ、バラバラになった木々の間に倒れた。
「……振り遅れたな……」
「栄次さん!私をかばって……」
「こういうもんだ」
栄次は肩先を深く斬られていた。
「……どうしよう……血が止まらない……」
マナが慌てていたが栄次は普通に起き上がった。顔に痛みを出さない強い精神力だ。戦闘になると弱い部分が消えるらしい。
「……もう一度やるぞ……。プラズマ、次はもっと考えろ……」
「栄次……大丈夫なのか……?」
「問題ない」
プラズマの心配も栄次ははねのけた。
栄次はマナをもう一度抱えるとまた走り出した。
「ちょっと!」
「アヤ!やれ!!」
戸惑うアヤにプラズマが鋭く叫んだ。これでアヤが遅れていたら向こうの方が攻撃が速くなってしまう。アヤはびくっと肩を震わせると時間操作をプラズマと共にもう一度おこなった。
マナと栄次は再び消え、すぐにイザナギの懐に現れた。今度は反対側からだ。マイが糸を飛ばし、二人の動きを速める。
プラズマはイザナギの腕を狙って弓を放った。
しかし、イザナギは矢を弾き返してマナのイツノオハバリをかわした。完全に見切られている。
「またかわされたっ!」
栄次が刀を構えるが斬撃は静かにマイに飛んだ。
「しまった!!」
栄次が引き返しマイを突き飛ばした。栄次は再び肩先を斬られた。
「くそっ!!見えないんだよ!」
プラズマにはイザナギの攻撃が見えない。故に動けなかった。栄次は強い時間操作とマイの速度の糸のおかげで辛うじて見えるが受け流すまでの余裕がない。
「どうすればっ!」
マナは顔色の変わらない栄次を心配そうに見つめながら必死で打開策を考えた。
「そうだっ!イザナギ様は黄泉に居続けるために桃と筍と葡萄のデータを物理的に持った……。そのデータを奪えればっ!リョウさんだって三つのデータを出し入れしていたんだ。食べたからといって物体がなくなるわけじゃない。データだから……。元々プログラミングされていたわけじゃなくて追加したわけだから……」
「どうやって奪う?」
栄次の問いかけにマナは考えた。
栄次は再び走り出す。イザナギに攻撃の動作が見られたからだ。同じ事を繰り返さないとイザナギの攻撃は防げない。
「……」
マナは抱えられながら考えた。
「お前達は……」
ふとイザナギが口を開いた。栄次は咄嗟に飛び退きイザナギと距離を取る。イザナギは攻撃を一時やめた。
「お前達はなぜこの世界が二つに分かれ、我々が情報を集めているか知っているか?」
「……?」
マナ達の顔を見てイザナギはさらに言葉を続けた。
「人間が不完全な生き物だからだ。動物に神がいないのは動物が完全な生き物だからだ。不完全な生き物のよりどころとして不完全な人間により産み出されたのが我々神。神は常に人間の幸せを願っている。……しかし……」
イザナギはさらに言葉を続ける。
「人間が作った宗教により人間が不幸になっていることがある。お前達は改変前の世界でどんなことがおこなわれていたか知っているか?ある地域では宗教により女児の女性器を切り取る、もしくは縫うと言った動物では考えられない風習があった。痛みを消しての処置ではなくそのまま鋭利な石などで切り裂くようだ。大人の通過儀礼としておこなわれるそれは全く意味をなさず、むしろ子を産むはずの女が無惨にも死んでいる。遺伝子を残すことが生物の本能であるがこの無駄で拷問のような処置で女は子を産むのが困難になっていた。子を大切に育てる動物とは比にならないくらいの悪行だ。ある地域では神などを信じると処刑された。崇拝しなければならないものは国のトップで信じる自由はない。またある地域では宗教により男が男らしくなくてはいけない、女を大切にしなければいけないなど宗教により縛られる人間がいた。逆に……」
イザナギは再び言葉を切り、また口を開く。
「神のような偶像を大切にし、生きる人間もいた。神に守ってもらえるよう、子が産まれるとお祝いをしたり祈りを捧げたりする。幸せを願うために宗教を信じる人間もいた……」
「……だから何ですか……?」
イザナギの長々語る言葉にマナは油断せず尋ねた。
「……だから両方のデータを収集しているのだ。神がいない伍は宗教的な人道的、非人道的という言葉がなくなり、すべては国の保持のために戦争を繰り返す。人を縛るのは法律である。神が存在する壱の世界は宗教が法律になっている国がある。壱と伍が同一だった時、宗教のために戦争をしたり、国の保持のために戦争をするといったことが混ざっていた。我々神は不完全な人間から産まれた偶像物。データを取らなければ平和になる解決策が見つけられなかった。現に分けてデータを取り始めたところ、壱の世界では悪習な宗教を改変したり、信じる部分は消さずに意味をなさない呪術をなくし科学を取り入れるなど人間が対策に動いた。伍は人権団体が悪習な宗教をなくし、人間は神に縛られず自由に生きようと動いた。どちらもうまくいっていた。このうまくいっているデータをお前が壊そうとしている。神々がお前を許せないのはそういうことだ」
イザナギはマナに冷酷な顔で淡々と言った。これらのことは感情がこもるはずだがイザナギからは何も感じない。
「教えてくれてありがとうございました。それはシステムに干渉してから決めます。やはり矛はいただけませんか?」
マナもなるべく感情を出さずに静かに尋ねた。ここで流されていたら今までの苦労が水の泡だ。
「渡せない。これだけ説明しても理解しないか」
「……やっぱりやるしかないね。理解できなかったから。ここまで来て引き下がれないんです」
マナの返答でイザナギは肩を軽く落とした。




