変わり時…最終話漆の世界20
「さあて。さっさと排除だ!!」
「うー……合体?」
意気込むあーちゃんと心配そうなうーちゃんは五芒星に包まれ、再び合体し狛犬化した。
今度は攻撃を防いでくれた栄次、プラズマはいない。
「今回は私がイツノオハバリで戦うからアヤさんは援護して!」
「……わかったわ。……あなたは強いわね……」
マナの闘志むき出しの表情を見てアヤは思わずつぶやいた。
狛犬が前足からこちらに向かって飛んできた。爪には神力のようなエネルギー体を纏っている。
爪を振り上げてマナ達を叩きつけようとしてきた。マナは必死にイツノオハバリを出そうとする。
しかし、イツノオハバリは出なかった。
「……出ない!……くっ!」
マナは慌てて鏡をかざした。
鏡では物理的な攻撃は防げない。マナは戦闘経験のなさからそれに気がついてなかった。アヤが慌てて自分の時間を早送りし、マナを引っ張る。
しかし間に合わず、マナは腹を引き裂かれた。
「マナ!」
「うぐっ……!だ、大丈夫。かすっただけ」
マナの着物は切り裂かれていたが大きな傷にはなっていなかった。
「やっぱり栄次とプラズマがいないと厳しいわね……」
「どれだけ頼っていたかよくわかった……」
「来るわ!」
マナの言葉を遮りアヤが叫んだ。
マナは辛うじて避けたが、かまいたちのような風圧で先程と同じ腹を切られた。
「あぐっ……」
マナは衝撃で倒れた。今度は血が滴る。
「ごめんなさい……。もう時間を操る集中力が……」
「大丈夫……。私はいままでひとりでなんにもできてなかった。それで世界を変えたいなんて……げほっ……」
マナはもう動ける状態ではなかった。イザナミからの連戦で体が言うことを聞かない。
「また来るわ!」
「やっぱり……私だけを狙うんだ……」
狛犬から発せられた暴風が竜巻となってマナを襲う。かまいたちの鋭い刃物のような竜巻はマナを包み切り刻みながら上空へ打ち上げた。
血が辺りに散らばった。
「マナぁ!!」
アヤが涙声で叫ぶ声が聞こえた。
上空に巻き上げられたマナの虚空な瞳に狛犬が爪を振り上げているのが見える。
……もう動けない……
……ひとりじゃなんにもできないじゃない……私……。
「マナ!!!」
再びアヤの声が聞こえ、マナは振り下ろされる爪をただ黙って受け入れた。
土埃と衝撃音、吹き飛ばされたマナが力なく転がる。
カツンと眼鏡がアヤの前に落ちた。
「……そんな……ここまで……ここまでしなくても……。ここまでしなくてもいいじゃない!!あなた達には心がないの!?」
アヤが震えながら狛犬を睨み付けた。
「あー?別にいーだろ?なにが悪い?こいつが俺達の世界にズカズカ入ってきたんだ。俺達は追い出しただけだぜぇ!ああ?」
「うう……私達は……主の命令に従っただけで……」
ひとつになった狛犬から二つの声が聞こえた。
「もう戦意を喪失してたじゃない!」
「……いや……あれはどこまでも噛みついてくるぜ。こえー女神だぁな!」
狛犬はピクリとも動かないマナをさらに攻撃しようとした。
「ちょっと!!」
アヤが叫んだ刹那、マナが動き出した。身体中血まみれのままフラフラと立ち上がり、ボロボロな眼鏡を拾い、かける。
「……私はあきらめない!あなた達に人道的という言葉を教えてあげるわ!!」
マナは大声をあげ、気迫だけで立っていた。
「ほらな」
狛犬は呆れた顔でマナを見ていた。
「マナ……」
アヤが心配そうに悲しそうに見つめるがマナは闘志に溢れていた。
「負けてたまるか!!」
その闘志はやがて体を白い光で包み神力に変わった。
「……神力が……」
アヤは呆然とマナを見ていた。
「ああ?さっきの段階で消せりゃあ良かったなぁ!!」
「うう……神力を引き出してしまったね……。現人神ってことだから人間の火事場の馬鹿力みたいな底力が彼女にはあって……」
「んなこたあ、どーでもいい!いくぜー!」
狛犬はマナに飛びかかっていく。先程よりも本気だ。
「はあ……はあ……力が出てくる……。……イツノオハバリ……」
マナは傷だらけの手を見つめ、もう一度イツノオハバリを呼んだ。
すると今度は手にエネルギー体の十束剣が現れた。白い光を纏うエネルギー体だ。マナが自由に動かせた。
「イツノオハバリ……」
マナがもう一度つぶやく。
刹那、狛犬が飛び込んできた。
考えてる暇もなくマナは目を見開き横に一文字に斬りつけた。
「ぎゃん!!」
狛犬が悲鳴をあげて地面に倒れ、苦しそうに呻いていた。
足先から腹を斬られたようだが飛び散った血をなめるとゆっくりと起き上がった。
「イツノオハバリ……いいねぇ……さっきとは違う痛みだぜ……」
「……うう……あーちゃん、大丈夫?私をかばったんでしょ?」
「ああ?いいんだよ!久々の戦闘だ!野生がウズくなあ!!」
狛犬はかなり動物的なため、やはり戦闘意欲と縄張りはオスの方が強いようだ。
狛犬はすべての毛を逆立て瞳孔を開き、動物的な狼のような威圧をマナに向ける。
「はあはあ……」
マナは霞む目を見開き、光の束になっているイツノオハバリを構えた。
……長くは持たない……
……一発で……
「ウオオオオァァァ!!!」
マナは雄叫びをあげるとイツノオハバリを振りかぶった。
「ぬるいなァ!!」
狛犬は袈裟に振り下ろされたイツノオハバリを軽やかに避ける。
「まだまだ!」
マナは今度は勢いよく斬りあげた。しかし、狛犬はまた軽やかに避けてマナを鉄のように重たい爪で凪ぎ払った。
「マナ!」
アヤが咄嗟にマナの手を引き爪をかわす。
一瞬、狛犬の動きが緩慢になった。
「……え……?」
マナは目を疑ったがチャンスと捉え渾身の力で先程と同様、横に凪ぎ払った。
「ウアアア!!」
イツノオハバリは狛犬の腹を裂いた。
「なっ……」
反応が遅れた狛犬はなんだかわからないまま血飛沫をあげながらその場に倒れた。
「はあはあ……」
マナは膝から地面にへたりこみ息をあげて自分から滴る血を見ていた。
……もう……ほんとに動けない……。
「狛犬が倒れたわ……。死んだの?」
「……死んでないよ。大丈夫そうなとこ、狙ったから……人道的に……」
アヤの言葉にマナは息をあげながら答えた。
「くそ!なんだ!?ああ?」
狛犬はあーちゃんとうーちゃんに再び分かれた。
「うう……一瞬、時間が……」
「私があなた達の時間を一瞬だけ止めたのよ。神力が高い神には通用しないけど神の使いならなんとかなったわ……。一瞬しかダメだったけど……」
アヤはあーちゃんとうーちゃんの足元を指差した。ふたりの足元には『時間の鎖』が巻かれていた。
もう消えかけている。本当に一瞬だったようだ。
これはアヤのみにある時神の能力だ。時間の中で生きる有限の生き物には本来の時間のデータがあるからできないが、時間はあるが世界に縛られていない無限の神々にはこの能力が使える。
ただし、アヤよりも神力が下の神限定だ。
「アヤさん……結局助けられたんだね……」
「いいえ、ほぼあなたの力よ」
アヤはマナにため息混じりに言った。
戦意喪失したあーちゃんがその場で大の字に転がった。
「……負けた……もう動けねーよ。お前らはさっきもそうだったが殺さねーのか?」
「そんなことしないよ。あなたにだってあるでしょ?理性と感情が」
マナはそれだけ言うと危なげに立ち上がりフラフラ竹林の方へ歩きだした。
「マナ!あなた、もう歩ける状態じゃ……」
「……あと……少しなの……たけのこと……ぶどう……」
「……」
マナの必死な顔を見てアヤは黙りこむと心配そうに後を追った。
「……理性と感情か……うーちゃん、俺はやつを見逃してもいいと思うか?」
あーちゃんは大の字で横になったまま石段上の神社を見上げた。
「……うう……動けないしいいかと。とどめを刺さなかったのはあっちの理性と感情だし……私らはラッキーみたいな……?……うう……」
「ああ?ラッキーだと!?あははは!確かになァ!あー、生きててよかった!あははは!」
あーちゃんは同じく横で倒れているうーちゃんを見ると大爆笑で石段を叩いた。




