変わり時…最終話漆の世界19
先程の丘に時計の魔方陣が現れる。アヤとマナは突然に時計の魔方陣の上に立っていた。
「……?少し前?」
「……そうみたいだわね……戻れた?なんでマナを連れてこれたのかしら?」
「……わからない。でも、私には人間のデータがあるみたい。現人神だから。関係あるんじゃない?」
「……あるかも。人間は歴史をまわす力があるみたいだしね」
「その前に……」
マナは目の前の鳥居を見上げた。
「あの小さい子を見つけてどうするの?」
「データを取る術を聞くわ。あの子にデータが入っているのだから取る術もわかるでしょ?」
マナの言葉にアヤは眉を寄せた。
「……私にもあるみたいだけどデータがあることも知らなかったし取る術なんて知らないわよ」
「……あの子はリョウといるみたいだからそのデータが元々なかったリョウがどうやってデータを持ったか知ってるんじゃないかと思って……ほら、リョウさんは物理的にデータを持ったと言っていたわ。アヤさんとかは元々データに組み込まれているんでしょ?」
「なるほど……たしかに物理的に持ったと言っていたわね。じゃあ、葡萄かかんざし、櫛か筍、桃を持っていることになるわ」
「どこで手にいれたか聞いてみるの」
マナは自信がなさそうだったが唯一の望みにかけた。
「桃はイザナミがいる世界の後ろに生えている桃の木だよ」
ふと上から声がした。マナとアヤは鳥居を見上げた。鳥居にあやが立っていた。
「あやちゃん!」
「でもたぶん、イザナミはくれないよ。この世界は単純でプラス、マイナスでできてる。色々感情があるけど突き詰めると負けたものは引き下がる世界。戦わないと勝てない世界」
あやは鳥居から降りる気がないのか遠くを見据えながら答えた。
「……あやちゃん、桃の他は?」
マナが尋ねるとあやはまたも答えた。
「櫛とかんざしか筍か葡萄か。女性なら櫛とかんざしのデータはある。マナにもある。だからあなたは桃のデータだけ取り込めばいい。男は……葡萄と筍を取り込むのよ。食べればいいもの。私は世界から『ここにいてあなたらを待っていてほしい』と言われたの。言われたというより、そうしようかなって思った。私も時神のデータがあるから」
「……!?」
あやの発言にふたりは目を見開いた。あやがアヤと関係しているので時神なのは驚かないが世界がマナ達に力を貸しているのか。
「いや……世界はプラス、マイナスだ。私達が勝つか見てるんだ」
マナは冷静に気持ちを整理した。桃に関してはイザナミと戦えとあやは言っているのだ。
「アヤさん、イザナミ様のところに行こう。過去に私達が戻っているならリョウさんと戦っている栄次さんとプラズマさんは消えない」
「……そうね……」
アヤは顔色悪く答えた。
イザナミと戦うのかと不安なようだ。
「あ、あと葡萄とか筍はどこ?」
マナは追加で質問した。
「……狛犬が持っている。狛犬の世界にある。野生の葡萄と竹林にある筍。でもタダで散策はできないと思う。たぶん……」
「勝たなきゃダメなんだね?」
「彼らは単純に黄泉のデータを守っている。そこになにか考えはない。だから野性的で話は通じないと思う。……リョウが追ってくるわ。行くなら早く行ったら?」
あやは淡々と言葉を発して鳥居から見える海をじっと眺めていた。
「あやちゃん、イザナミ様の所に行くには? 」
「……鳥居をくぐる」
あやは軽く微笑んで足元の鳥居を指差した。
「これをくぐるのね。ありがとう!アヤさん行こう!」
「え!?ええ……」
先を何も考えてなさそうなマナに引っ張られアヤは強引に鳥居をくぐらされた。
「マナ……イザナミと戦ったりするんでしょ。私達ふたりなのよ。勝てるの?」
鳥居をくぐってからアヤが慌ててマナに尋ねた。
「勝つしかないよ。対策立てても通用しなそうだし。……それにしても予想は当たった」
「なに?」
鳥居をくぐると何故かネガフィルムの世界にたどり着いた。先程、イザナミがいた世界だ。
「あやちゃんはリョウさんの反対だと思ったの。いままで見てきた中で世界は相反するものでできているってことに気がついた。だから男女のモデルデータは真逆なんだと思ったの。つまり……」
「リョウが好戦的ならあやは非好戦的だと」
「そう。イザナミ様、イザナギ様もそうだった」
マナがゆっくり頷いた。
しばらくすると上品な女の声が響いてきた。
「あら、先程見送ったばかりで……」
ホログラムのようにイザナミがコロコロと笑いながら現れた。どうやら過去のマナ達が鳥居をくぐり、イザナギに会いに行ったばかりの時間軸のようだ。
「……その笑いかたは全部知っていましたね。イザナミ様」
マナはイザナミを睨み付けた。
イザナミは再び微笑み「なにがでしょう?」としらをきった。
仕草がわざとらしい。不思議がるわけでもなく、戻ってきたマナ達の辻褄を合わせるかのような発言だ。
おそらく、イザナギの元へ送る前にマナとアヤが戻ってくることを知っていたのだ。
「桃は黄泉のもの。渡せない。ほしいのなら力で奪うが正しい。イザナギのように。イザナギは村人を千人殺すと言った。わたくしはそれなら千五百人を産むと言った。作るのは女、壊すのは男。いつの時代もそう。あなたは世界を作る方。わたくしは今の世界を守る方。どちらも壊さない。どちらも壊さないが戦いになる。意見が違うから。そういう戦いもある……」
イザナミは今の人間にはわかりそうにないことを呟くと神力を解放した。マナには一瞬だけイザナミの『言葉』に何か引っ掛かりを感じたが、なぜだかわからなかった。本当にイザナギがこう言ったのかという根拠のない不安を覚えていた。
イザナミは手に炎を出現させた。
「女はなにかを守る時、男よりもはるかに強くなる。カグヅチ!」
イザナミが叫ぶと猛火がイザナミを纏った。
「カグヅチ!?炎の神じゃないの!」
アヤが驚きの声を上げた。
「わたくしの子供……もう焼けて死ぬこともない。わたくしが死んでいるのだから。もう、イザナギに殺されることもない、カグヅチは死んでいるのだから。イツノオハバリで殺された我が子……」
猛火がなぜか鞭のようにしなり、マナ達を襲ってきた。
「くっ……」
アヤが一瞬だけ自分達の時間を早め、マナを連れて走り抜けた。辛うじて炎を避けることができた。
「ありがとう!アヤさん」
「それよりどうするのよ!たまたまうまくいっただけよ!!」
アヤは冷や汗をかき、肩で息をしていた。
炎は再び渦を巻き、マナ達に襲いかかってきた。
「鏡!」
マナは手から霊的武器鏡を出現させると飛んで来る火の玉を鏡で弾いた。跳ね返したがイザナミは当たってもなんともなさそうだった。
「……っ!」
マナは右肩に痛みを覚えた。見ると肩先が大きく焼けていた。マナの鏡では完全に跳ね返すことができなかったようだ。
「マナ!また来るわ!」
アヤは叫んだ。再びありえない炎の渦がイザナミを纏う。
「……カグヅチをなんとか……なんとかしないと。……そうだ!イツノオハバリだ!!カグヅチをイザナギ様が斬ったって……」
「あの剣?ないわよ!」
「……よく思い出して!狛犬の神社から白銅鏡に吸い込まれてたじゃない!」
「だからってどこに行ったかなんてっ!きゃあ!」
マナが慌てて鏡をかざし、炎を弾いたがやはり全部は弾き返せず、アヤの手先をかすった。
「……探さないと勝てない……。白銅鏡に吸い込まれたんなら一緒に来てるはず……」
「マナ!逃げましょう!はやく!」
アヤに手を引かれマナも走り出した。ネガフィルムの世界は宇宙空間のようだが地面があるみたいに走れた。
アヤは自分達の時間を早めた。高速で移動しているかのようになり、炎はなかなか当たらなくなった。
しかし、イザナミはすべてが見えるのかどこまでも追ってくる。
「……うっ……」
マナは再び呻いた。今度は左肩が焼けていた。服は燃えて焦げている。
「……私はどうすればいいの?」
アヤは半泣きでマナの手を引き走った。永遠に逃げ続けるのはサソリから逃げるオリオンだけでいい。
同じ風景をずっとどこまでも走らされているようだ。走っていくと気がついたら同じところを走っている。
何周も走ったがイザナミはずっと追いかけてきた。まわりに隠れるものはなく、ただひたすらに炎から逃げるしかできない。
マナは先を走るアヤを庇い、飛んで来る猛火を鏡で弾くが弾ききれずあちこち火傷をおっていた。
このままでは自滅するのも近い。
「イツノオハバリ……絶対にあるはずなの……どこ……」
後ろを振り返り、再び炎を弾こうとした刹那、頬の横を火柱が突き抜け、メガネが溶けた。こめかみ部分から血が滴り、髪の毛が火柱の分だけ燃えて消えた。
「ううっ……」
マナは血を拭おうとして眼鏡を落としてしまった。
「マナ!大丈夫!?」
「……」
マナはアヤの問いかけに答えなかった。目を見開いている。
「マナ!?」
「みつけた……。みつけた!!」
「え!?」
「イツノオハバリ!」
マナは叫んだ。データの波の中、イツノオハバリがデータとなり流れていた。
眼鏡を落としたことによりマナの目に映るのは一般的に読むことのできないデータ。しかし、まわりが読めないデータである中でイツノオハバリだけははっきり読めた。
この剣はこの世界では実態がなかったのだ。どこまで走ってもみつからないわけだ。
「アヤさん、もう一周して!」
「わかったわ!」
眼鏡を落としたマナにはまわりは電子データにしか見えない。炎の渦が襲うがデータの波になっていてわからないので勘で鏡をかざす。失敗し、身体中に痛みが襲った。
「くっ……見えないっ!全部意味不明な数字に見える」
「マナ!」
アヤがマナの手に何かを握らせた。
「っ!」
「さっきのとこに戻ったから眼鏡を拾ったの!つけて!」
「ありがとう!」
マナは片方のフレームがない眼鏡を無理やりかけた。世界が映像化され猛火が渦を巻いて襲ってくるのが見えた。
なんとか鏡をかざし、最小限の怪我で耐えることができた。
マナはあちらこちらが焼け焦げていた。足や腕から血が滴っている。
「はあはあ……」
先程のうまく弾けなかった攻撃でアヤも火傷を負っていた。
「アヤさん!ごめんね!!」
「いいからイツノオハバリを!私ももう時間操作が辛くなってきたわ!あの神には瞬間移動も関係なさそうだし……」
マナの言葉にアヤは必死に叫んだ。この間もアヤは時間操作で高速に動いている。
「う、うん!」
マナも切り替えて眼鏡を少しずらして先程見たイツノオハバリのデータを探した。
「あった!アヤさん!右に曲がって!」
「右?」
アヤはマナの言葉通りに右に曲がった。マナの目には右に曲がった何もない空間にイツノオハバリのデータが映っている。
「マナ、一瞬よ!時間操作を解くから剣を持って攻撃して!失敗したら終わるわよ」
「……わかった!」
もう剣術を習っていないからなどは言えない。やるしかないのだ。
マナは通りすぎる間にデータに手を伸ばした。刹那、イツノオハバリが身体にすうっと入り込んできた。
「剣は!?」
マナが叫んだ時、アヤが時間操作をやめた。破格の速さで炎の渦が飛んで来る。アヤの時間操作がなければ一瞬で消し炭だった。
「もうやるしかない!」
イツノオハバリのデータが身体に入ったままマナは炎の渦に飛び込んだ。炎がまるで針のようにマナを突き刺していく。
「うぐっ……!イツノオハバリ!」
無意識に鏡を出したように手をかざした。かざした手に光が突然に集まり気がついたら爆発していた。
「あぐ!?」
マナは強い衝撃を受けてアヤの前に倒れた。
「カグヅチ!」
ふとイザナミの声が聞こえた。マナが慌てて体勢を整え、暴発した光の方を見た。
「あなたが出した光がカグヅチを散らしたわ……」
アヤが呆然とマナを見た。
「……はあはあ……あ、あの光はイツノオハバリだったのね!それよりイザナミが怯んでる!今のうちにイザナミの後ろに行こう!」
「桃ね!」
アヤは再び時間操作をし、高速でマナを引っ張り駆け抜けた。
「黄泉のものは渡さない!!」
イザナミは散り散りになったカグヅチの残った炎を集め、駆け抜けたアヤ達に放った。
「アヤさん!そのまま駆け抜けて!」
火球が隕石のように落ちてくる。イツノオハバリの光でなんとか防いだがマナにはうまく扱えず、あちらこちらに切り傷、火傷を作った。
ボロボロになってなんとか駆け抜けてから目の前に桃が実る木をみつけた。ネガフィルムの世界の中に小島があり、一本だけ異色な桃の木がある。
「あれだ!」
アヤは時間操作を解かないようにして高速で桃の木前を通りすぎた。マナは手を伸ばし決死の覚悟で桃を二つもぎとった。
後ろからはイザナミが追ってきていてカグヅチをまた集めている。
「桃取れた!この世界から逃げよう!」
「出口は!?」
「またデータのほころびを探してみる!それまで私達の時間をいままで通り早めて!」
「どちらにしろ高速で逃げるのね……。長くは持たないわよ」
アヤの言葉に静かに頷くとマナは炎の合間をぬって眼鏡を外した。
「……入れたのだから出られるはず。イツノオハバリがあった神社ならイツノオハバリのデータが導いてくれるはず……」
マナが探している間、アヤはマナの手を引き、時間操作で走る。桃の木を通り過ぎたらまた同じ桃の木に戻ってきた。イザナミは炎を集めながら絶えずマナ達を襲ってくる。
「……見えた!アヤさん!僅かに左にずれて!今!」
「僅かって……!?急に言わないでよ!もう!」
アヤが感覚で僅かに左に動いた。
刹那、マナとアヤは電子数字に包まれ、真っ黒な宇宙のような世界に入った。勝手に高速で動きだし、ライトグリーンの電子数字が光の速さで流れていく。
声を発する間もなくふたりは狛犬の神社の石段の下に倒れていた。
「……うう……」
「はあはあ……ここ、さっきの……」
マナとアヤはガクガク震えながら辺りを見回した。初夏を思わせる柔らかな風と静かな森。山の上の神社。先程の狛犬の神社だ。
石段を登れば狛犬がいるはずだ。
よくよく見ると、竹林や野生の果物が自生している。
「桃はあるから……あとは葡萄と筍をここで見つけて……」
マナは制服のポケットから小ぶりの桃二つを取り出した。
「……マナ、霊的着物になった方が軽いわよ。言うの忘れてたけど」
「……そうだね。ちなみにアヤさんは着替えないの?」
マナは手を横に広げて黄緑色の着物のようなワンピースに着替えた。これがマナの霊的着物だ。一度着替えたがいつの間にかまた元の制服を着ていた。
「……私はこれが一番だわ」
アヤは着物に着替えることなくピンクのシャツにスカートだ。
「そう……。じゃあ、探そうか……」
マナは立ち上がった。しかし、全身に痛みを覚え、呻いてから膝をついた。
「それはそうよ……。あなた、かなり怪我してるわ。炎に貫かれたりしていたんだから……。でも私は自分の時間しか戻せないの。傷を治せないわ。さっきは私と手をつないでいたから速く動けたのよ」
「……そっか……どおりで体が動かないと……さっきまで必死だったから……。早く探して戻らないとイザナミ様が来るかもしれないし、リョウさんが追ってくるかも……」
マナがヨロヨロ立ち上がった時、石段の上から声がした。
「あー?なんだぁ?戻ってきやがった!八雷神に気がつきやがったか!ああ?」
「うう……あーちゃん、大声出したら静かに排除できないじゃない……うう……」
石段の上からこちらを見下ろしていたのは狛犬のあーちゃん、うーちゃんだった。
「……やっぱりタダでは……」
「いかないわね……」
マナとアヤはフラフラしながら立ち上がり構えた。




