変わり時…最終話漆の世界18
走っているとある一定の場所から空気が変わった。一瞬だけ水中に落ちたかのような感覚が襲ったがすぐに元に戻った。
「なんか嫌な予感がするんだよなー……」
「あきらめなさい。もう戻れないわ」
怯えるプラズマにアヤがため息混じりに言葉を発した。
「おい……いたぞ」
栄次がプラズマとアヤの肩を叩き、前方を睨んでいた。
丘の上の鳥居にリョウがこちらを向いて佇んでいた。
「こっちに来るなら来いって感じなのかな?」
マナが動かないリョウを気味悪く思いながらつぶやいた。
「行くのか?」
「行く」
栄次の問いかけにマナは迷いなく答えた。
マナ達は緊張した顔で丘を登っていった。丘は登りやすく、そんなに高さもないのであっという間に鳥居の前まで来ていた。
「イザナギ……余計なことを……」
たどり着くなりリョウが悪態をついた。
「リョウさん、あなたは黄泉に入っても大丈夫なデータを持っているんだよね?」
マナは強い姿勢でリョウに尋ねた。
「葡萄、筍、桃……僕やあやちゃんはあるよ。僕はデータを物理的に持っているだけだけど。時神の方のアヤちゃんにもあるよ?八雷神の介入を妨害するデータの隠語だ。
主に女性を指すんだよ。かんざし、櫛、変な意味じゃないけど安産型のお尻。どれも繁栄を示すものだ。女性が華やかにふくよかになればなるほど暮らしは繁栄する。……いや、繁栄しているという意味を分析しデータ化した人間達の指標と言うべきか。だから本来男にはない。物理的に持たないかぎり。まあ、マナちゃん、君にはこのデータはないらしいがね。女性だが」
「どうしたらいいのかあなたは知ってるんでしょ?」
リョウの言葉を聞きつつマナは厳しく尋ねた。
「どうしたらいいか……。女性は元々繁栄の象徴。男性は衰退の象徴。このバランスで人間の世界は成り立つ。男性は争いを産み、男が優勢に立つと戦乱の世になり衰退する。反対に女性が優勢に立つと繁栄するが感情のままに動こうとするため社会がうまく回らず衰退する。男と女のバランスのよい国、世界が一番長持ちする」
「そんなこと聞いてないわ!時間稼ぎならやめて」
リョウの関係ない発言でマナは教える気がないのだと悟った。
どこまでもマナを邪魔する気だ。
「……僕は男だ。人間の男のモデルデータが入っている。状況を冷酷に分析する力と力で敵に立ち向かう猛々しい力を持っている。まあ、反対に弱い仲間を守る男の本能もあるが」
リョウの雰囲気がガラリと変わった。マナを威圧的に睨み付け人間の男独特の荒々しい部分が飛び出す。正直、神力よりもなんだか恐ろしい。
世界の歴史的な「人間の男」のデータをとっている彼は女性を見下す目をしており、なんだか気持ち悪い。世界的にあった男尊女卑のデータを取り込んでいるようだ。
彼は元々そういう性格の神ではない。ただ、猛々しい人間の男達のデータを全面に引き出しただけだ。
「人間らしくいこうか。僕からすべてを奪ってみろ!君は女だ。拮抗する男と女の力でどちらが強いか世界のシステムを試してみろ!さあ!試してみろよぉ!!」
「ずいふん人が変わった。私はそういう男と女の極端な考え方は正直好きじゃないけど負けられないから!」
マナはもう強気だった。ここまできて引き下がれない。
「それがあんたがデータを取った昔の男か?男尊女卑はたしかに昔からあったが男全員がそういう考え方してたわけじゃないぞ。……とはいえ、モデルだから歴史の一般的ってやつのデータを持ってきただけか。そっちが少数派だったかもしれないのに」
プラズマが呆れた顔でため息をついた。彼は未来を生きているため過去はどうでもいいようだ。
「俺は戦乱を生きている過去神だからか男に物扱いされている女をいくらでも見たことあるぞ。女が虐げられているのを見るのはいつ見ても辛い。お前の考えは極端だ。もっと他の記録を取るべきだと思うが」
栄次は本能か反射かわからないが刀に手をかけていた。
「少なくとも私は女性を下に見ている男に会ったことはないわ」
アヤは栄次の影に隠れつつ小さく呟いた。
マナはそれを見てほっとしていた。彼らは自分の味方のままだ。
「まあいいよ。とにかく、人間らしく、ほしいなら奪ってみろ」
リョウは手を広げると頭上に三つの玉を出現させた。
玉の中にはデータがうごめいていた。リョウが動くと玉も一緒に動いていく。
この玉が葡萄、筍、桃のデータらしい。
「僕は同時に時神でもある。君達の派系だ。考え方が違う時神……おもしろいな。全員でかかってきなよ」
リョウはさらに神力を纏った。
男によくある特性『自信』と『勝負心』をリョウは引き出しているようだ。今のリョウは神らしさがまるでなく、人間くさい。
「マナ、気を付けろ。あれは時を渡れるぞ……時間を操れる」
「……うん」
プラズマの言葉にマナは頬につたう汗をぬぐいながら頷いた。
リョウが動き出した。
「……!」
動いたと思ったら足音もなく消えた。しかし、すぐに真横から刀を構えたリョウが飛びかかってきた。
「……っ!」
マナを狙った攻撃を栄次が弾き返した。
「……まさか、時間移動!」
アヤがリョウの動きにそう叫んだ。再びリョウが消える。
「……攻撃が人間的だ。型があり、異常な力ではない。しかし……」
栄次はまたも突然現れたリョウの剣撃を危なげに受けた。
リョウは再び消えた。
「……時間を操り、人の急所を狙ってくる……。感覚で避けるしかない。俺には見えない」
栄次はそれでもリョウの突然の攻撃を予測し一瞬の気配だけで居場所を突き止める。
しかし、攻撃が当たるまでいかない。受けるばかりである。
「……これじゃあどんどんデータが消えていく!時間がない!」
「落ち着け!マナ!栄次がいなかったら全員今、この場にいないぜ!」
プラズマが頭を抱えながら銃を構えた。だが、銃は近接戦闘には向いていない。狙いが定まらずうまくいかない。下手をすれば仲間に当たる。プラズマはその他剣術はまるでできない故に栄次に頼りきりだ。アヤは元々現代を生きる女性。武術などやってきていない。もちろん、マナもそうだ。
「……どうしたらいいの?どうしたら勝てる?」
マナは突然現れるリョウを視界に入れられず、栄次の刀の音で初めてリョウを認識できていた。
アヤは何かを考えているようだったが解決策は出てきていないようだ。
「待って……アヤさんは八雷神が入ってこないデータを持ってるって言ってたよね……リョウさんが。……そういえばちっちゃい方のあやちゃんは……」
マナはあやがいないことに気がついた。先程一緒にいたがどこに行ったのか。
栄次がリョウの攻撃を受けている間にあたりを見回してみた。
見当たらない。
おそらく『K』でもあり、歴史的な女のデータを収集しているはずのあやは最上級に争いを好まないはずだ。
リョウの逆を考えればだが。
「いない……。そもそも、こういうモデル的思考が間違っているの。人間には理性があって多種多様なのにモデルのデータなんていらないのよ。男らしさ、女らしさなんていらない。このデータ収集は無意味だと思う。世界はおかしいよ」
「おかしくはない。こういうモデルデータを作ったのも人間さ。伍の世界は自然にこのデータを受け入れ無意識に繁栄の象徴である女性を『神』としてたてようとしている。男が優勢になりすぎて戦争が絶えないので機械化させた女を上に立て、バランスをとろうとしているだろ?」
リョウがまた突然に現れ、言葉を発すると栄次と刀を交わしまた消えた。
「……ケイちゃんのことか……。こんなのおかしい!伍の世界は『世界が管理した』のが最初か『人間がルールを作った』のが最初かわからない。でも、私はこのシステムがおかしいと思う」
「……マナ、言ってるだけだと未来通りになるぞ。栄次も俺も八雷神とかいうやつの影響で消えかかっている」
プラズマが自分と栄次を指差した。いつの間にかぼんやりまわりの風景との境界線がなくなっていっているように見えた。
「……まずい……リョウさんは未来にも過去にも戻れるからどうにかして捕まえないと!」
「……さっき……」
ふとアヤが声を上げた。
「ん?」
「さっき、世界が一時期改変前に戻ったとかなんとか……神が言ってたわね……。ということは、私は神になっていない人間のデータを持っていることになる。時神は人間から徐々に神になるらしいの。その状態をタイムクロッカーと言うらしいわ。歴史を動かし記録し未来へ歩く人間の力と時を守る神の両方の力を持つ。つまり、私はその両方の力でリョウがやっているようなことができる。時を渡れる」
アヤは小さい声でつぶやいた。
これはアヤが時神になる時、先代の時神立花こばるとが言っていた偽りの記憶の内容だ。
歴史神ナオらにより改変された後の世界でのこれは辻褄合わせの記憶だったのだが世界は『本当の記憶』をこれまた辻褄合わせのために『存在しなかったこと』にしたらしい。
本当は時神にそんなシステムはなく、彼らに交代という死はない。
これは歴史神ナオが自分を偽りの記憶で縛った後、システムエラーにより思い出し証明している。
世界をも偽りの記憶に置き換えた改変は時神アヤの改変前データも交代制を強いるデータに置き換わっていた。
世界は再び改変を望みマナを動かした上でパズルのピースがハマるところを探しているのか。
改変前にデータが戻り、時神アヤがタイムクロッカーになったのは世界の策略か。
マナがそんなこと知るよしもない。
「じゃあ、アヤさんは時を渡れるの?」
マナはそう単純に尋ねた。
「いまはたぶんできる」
「私を連れて戻ることは?」
「わからないわ。やってみないと」
アヤの言葉に少し考えたマナはやがて頷いた。
「……やってみよう!ほんの少し前に戻ってあやちゃんに会う」
「会ってどうするの?」
「……リョウさんのデータをいただくのよ」
「……」
マナは静かに低い声で威圧的に言い放った。彼女にはやめるという選択肢はない。なんとしてもシステムに干渉したいと思っていた。
リョウの攻撃を受け流している栄次と隙をうかがうプラズマは消えかかっている。早くなんとかしなければならない。
「どうやって……」
「とにかく戻るよ」
「……わかったわ。やってみる」
アヤはマナの手を握った。目を閉じるとアヤの足元に時計の魔方陣が現れマナを引き込んでホログラムのように消えた。
リョウは一瞬目を見開いたが栄次の猛攻で受けるのに精一杯になった。
アヤとマナは過去戻りに成功した。




