変わり時…最終話漆の世界17
リョウが去ってからすぐにイザナミと同じような格好の男がホログラムのように現れた。
屈強な神というよりは中性的な感じだ。猛々しさはなく、静かだ。
しかし、
「……っ!」
思わず固まるほどに得たいの知れないものがあふれでていた。
怖いというよりは近寄れない気味悪さ。
マナ達は彼が現れた途端に粟粒の汗が止まらなくなった。
「な、なんだよ……こいつ……」
かろうじてプラズマが小さく声を発した。
この気味悪さは違和感だ。
閑静な住宅街の、人があまりいないアパートの駐車場で派手な化粧のピエロがひとりで笑いながら踊っているくらいの違和感がある。
「私はイザナギ。あなたらとは神のデータが違う。私のデータはあなた達にはない。本来は接触しないので体が拒絶しているのだ」
半分ロボットのようにイザナギは声を発した。その感情が含まれない声も恐怖に感じる。
「ワールドシステムに入りたいの……」
マナは荒くなる呼吸を抑えて目の前の違和感に声を発した。
「ワールドシステムか。……あなたら、私が形作った日本が嫌いなのか?」
イザナギは純粋にそう尋ねてきた。
「いや……そういうわけでは……」
「そう!」
プラズマが思わず発した言葉をマナがかぶせるようにかき消した。
「おい……」
「だって納得できなかったからここまで来たんだよ」
「……」
マナの言葉にプラズマは嫌な顔をしつつ黙った。
「伍の世界に納得できないの!」
「それはそうなる。人間が争いばかりを生む『宗教』で人を縛らなくなったからだ。壱には『信仰』はあるが強制的に縛りつける行為はない。伍はそれ自体がない。神を信じ、人間が人間を騙し合っている時代は終わったのだよ」
「……確かに人間は神を信じて殺しあっていたかもしれないけどそれは『政治』とか『法律』に変わって『信仰』は別だと思う。何かにすがって生きたかったり、見えないものに感謝して生きたいと思う人間もいる。今生きていることに感謝するのも大事なことだと思うの。なんでもいいの。そういう心が大事だと思う」
マナの言葉にイザナギは軽く笑った。不思議と楽しい気持ちにならない笑みだ。
「しかし、伍は人間が『宗教』で争うのをやめたのに違うことで戦争が起きている。データはとっているがどちらにしても争いが起きるから不思議だ」
「……あなたは人ひとりを人としてみてないんだね。世界の動きで判断している。そういう神もいる……。私達の考え方の外にいる神……」
「そう言われればそうだ。私は客観的に見る神だ。世界中の作られた国ごとにそういう神が存在する。私は混沌としていた日本を『存在する世界』に変えた神。私はその存在を観測し、その他神、魂、動物、人間がどのように動くかを見ている。そこに感情は入れない。感情を入れるのは私の役目ではない」
マナの言葉にイザナギは感情なく答えた。
「とにかく、ワールドシステムに入れる鍵をください」
「……それはできない。今の人間達のデータをとらなければならないからだ。伍では戦争が『神』に関係なく起こっている。非人道的という境界線がわからなくなり、人間とはなんなのかを見直さなければならない段階だ。伍の世界の人間観とやらが『神』がいない世界になるとどうなるのかまだデータをとれていない」
「……つまり、私達伍の世界の人間は実験体と……。あなたこそ非人道的だわ!」
マナはイザナギに怒りをぶつけた。
「そういったルールは人間が決めたのだ。この世界に対し、感情が特にこもるのは人間だ。その人間から祈られた姿の神も感情があふれでる。人間は長い年月を経て『人間とはなにか』を自分達で存在させたのだ。だから我々世界と同化しているシステムの神はそれを客観的に観察しデータをとっている。そうしなければ予想不可能な事態が起こったときに『存在を許されたもの達』の存在がなくなってしまうかもしれないからだ。世界は一度、予想不可な現象により存在をなくした事がある」
「どういうこと?」
イザナギはこの世界に生きるものとは全く違う存在のようだ。機械のようで少し恐ろしくもある。
それでもマナは負けない。
「君は世界が『存在する前』の事を知っているか?今の世界の前の世界を知っているか?」
「そんなの知らない」
イザナギの言葉にマナは首を傾げた。考えたこともない内容だ。
「そう、『存在しない』のだ。誰もわからない。前の世界を生きていたモノがいたのか、いなかったのか、あるのかないのかすらもわからない。わからないのは『存在がない』からだ。『存在』しなければ誰も考えることも調べることもない。すべてはこの世界で『空想』という形で『存在』することになる。この今の世界の『存在』をなくすことがないよう、我々は動いている」
「世界が存在できるようにするためにあなたはデータをとってるんだね?そして私達と敵対する立場にある」
イザナギの言葉をまとめてマナが結論を出した。
「敵対感情はないが意見は違う」
「この世界のシステムの防人のような存在なら私はあなたを倒して進む!」
「ちょい待て!」
興奮ぎみに言い放ったマナをプラズマが慌てて止めた。
「何?プラズマさん」
「何って……よく考えてモノを言えよ……。こんな得たいの知れない力を持ってる神を俺は知らないぞ」
「……確かに感じたことのない神力だわ」
プラズマ、アヤは警戒をしていた。栄次は刀を構えているがまだ抜いていない。
「この世界にない神力を持つ神だ。俺は心底怖い」
栄次の重みある発言でマナは口をつぐんだ。
……この神は普通じゃないのか。
……戦わない方がいいかもしれない。
「だけど……」
マナが迷っているとイザナギが思い出したように声を上げた。
「葡萄、筍、桃……私が難を逃れたモノだ。黄泉の国は怖い……『八雷神』が来る。君達のデータにそれはあるかな」
「……?」
突然の問いかけにマナ達は固まった。唐突すぎて反応ができない。
何を言っているのかわからなかった。
「黄泉に入った者のデータを消す神だ。霊でもないのに黄泉に入った時点で君達はそれに狙われている。対策として葡萄と筍と桃のデータが必要だ。そのデータがあれば奴らは介入してこない」
「……なんで?色々突然で疑問はつきないけど……なんで葡萄、筍、桃?」
マナは不気味に思いながらなんとか尋ねた。
「……葡萄とは髪飾り、筍とは櫛である。あとは黄泉と常世を結ぶ桃に宿る神のデータだ。持っていないとシステム内に入る前に八雷神に『存在』を消される。私を気味悪く思うのであればそのデータを持っていないのだ。故にデータが消えかかっている」
「!?」
イザナギは感情なく淡々と言っているがマナ達には動揺が広がった。
「八雷神に実態はないが『存在』はする。言うか迷ったがこのまま消えるのも辛かろうと教えたのだ。ここ黄泉比良坂でもやつらは介入してくる。イザナミは君らをそのまま消すつもりだったようだ。何も言わずに黄泉を通らせたな」
「……嘘じゃなさそうだね……」
「なんだそりゃ!聞いてないぞ!おい……勝手に消えるのはごめんだ……なんとかなんないのか……」
焦るプラズマを栄次がなだめる。
「どうするかはそこの神がご丁寧に言ってくれた。櫛だかなんだかのデータがあれば消えないと」
「……そういえば……この辺をうろついていたリョウやあやは平気なのかしら?」
アヤの言葉にマナは目を見開いた。
「そうだ!リョウさんとかはそのデータを持っているんだ!あの子達に感じた違和感はこれだったんだわ!」
「探すか?時間がない……」
栄次にマナは大きく頷いた。
「矛は渡してくれそうにないし……とりあえず先に消えないようにしないと」
「こいつを信じるのかよ?」
プラズマはマナの判断に眉を寄せた。
「事実……だと思う」
そう呟いてマナは眼鏡を外した。プラズマがデータ化されたが肝心な部分が何かに食われたかのようにない。
……未来神、未来を守る時神。未来の時間管理、○○と共に○○を○○……。
○○△△□……。
マナは眼鏡をかけた。
先のデータは文字化けして読めない。
もし、時神というデータを八雷神とやらに消されたらどうなるのか怖くなってきた。
「……たぶん、急いだ方がいいかもしれない……」
「データが揃ったら改めて交渉といこうか。世界が君達にどう判断を下すのか、君達のデータが残ったら矛を渡すか考えよう。まあ、私を破れたらの話になるが」
イザナギはそこから口を閉ざした。イザナギ自身にもアマテラス神達同様に伍の世界の改変プログラムが少しだけあるようだ。故にマナ達を完全には見捨てなかった。イザナミの方はよくわからない。改変と保守的、どちらのデータを主に持っているのか。
イザナミは保守的な方なのかもしれない。
「とりあえず、リョウさん達を探す!」
「探すってどこを?」
マナの宣言にプラズマは呆れた顔で尋ねてきた。
「……どうしよう……」
「……気配は感じるぞ。人間のな」
栄次が小さく呟いた。
「あ、そうか!栄次は神力だけじゃなくて人間の気配も感じるんだ!長年侍だからな!」
「確か人間の男と女のモデルデータを持ってるんだったわよね。あの子達」
プラズマとアヤがそれぞれ声を上げた。
「栄次さん、この島にいるの?彼らは」
「ああ……ここにいる……鳥居の側だな。視線を感じる」
栄次は丘の上にある鳥居を指差した。先程マナ達が来た鳥居とは違う鳥居だ。
芝の丘に目立つ鳥居が一つあった。登ればすぐだ。
目の前は海、後ろは山だがその横に小さな丘がある。
空間が歪んでいるため違う世界なのかもしれない。
「行こう!」
マナは走り出した。
「お前は抵抗がないのか!」
慌てて時神達も後に続いた。




