変わり時…最終話漆の世界16
社内に入り込んだマナ達は首を傾げた。社内は何もない。
あるとすれば白銅鏡か。
「なんにもないんだけど……」
「そう。私がさっき忍び込んだ時も何にもなかったわよ」
アヤが答えた時、先程のイツノオハバリとかいう十束剣がゆっくり社内に入り込み、データに変わり輝きながら白銅鏡に吸い込まれていった。
「……ん?」
マナ達は同時に目を細めた。
突然、暴発するかのように光が溢れだし、データの波がマナ達を鏡の中へと引きずり込んできた。
「なっ!?」
「そのままでいて!」
動こうとした栄次をマナが止めた。
「次のよくわからない世界に入るのね……」
アヤは戸惑いながらつぶやく。
「アヤも普通じゃないが……やっぱりマナは普通じゃない……冷静すぎんだろ……」
プラズマの言葉を最後にマナ達は鏡に吸い込まれていった。
「ん?」
しばらくじっとしていたマナはゆっくり目を開けた。
「ここは?」
辺りを見回して驚いた。
「弐の世界……か?」
マナ達が立っていた場所はネガフィルムが絡まる弐の世界とそっくりな世界だった。
「弐の世界だけど下には落ちないわね」
アヤが宇宙空間のような世界を指差しつぶやいた。
「ほんとだ……落ちないな……」
プラズマは不気味な状態に顔を青くしている。
「じゃあ、ここは弐の世界じゃないんだ。どこなんだろう?ここ……」
「もう順応しかけてんのかよ……」
好奇心満々のマナにプラズマはため息をついた。
「……っ!」
「うわっ!!栄次っ!突然なんだ!?」
プラズマの横で栄次が刀の柄に手をかけていた。
「すまん……気配を感じてつい……」
「あぶねーやつだな……。てか気配!?なんかいんのか?」
プラズマは怯えた表情でなんとなくアヤの肩に手をかけた。
「ちょっと……」
アヤがあきれた顔でプラズマを見た。
「わ、わりぃ……俺、お化け屋敷とか嫌いなんだよー……」
「そういう問題じゃないと思うのだけれど……」
「……来たぞ……」
プラズマとアヤの会話を栄次が遮った。
すぐ目の前で白い靄が集まってきていた。それはだんだんと形になっていき、最終的には女性の形になった。
「どうも」
「……っ!?ど、どうも……」
女性は優しく丁寧に挨拶をしてきたのでマナ達も慌てて挨拶を返した。
三貴神と同じ紫の高貴な髪を耳の横で丸めて結んでいるがとても髪が長いようで残りの髪は足先まで伸びていた。白衣のような物を纏う、美しい女性である。
「えーと……もしかすると……」
「わたくしはイザナミ。弐の世界のバックアップの世界に何の御用?ああ……黄泉の国……で日本版ワールドシステムの玄関口でもある」
マナの問いかけに女、イザナミ神は再び丁寧に答えた。
「い、イザナミ!」
「黄泉の国?」
「バックアップの弐!?」
「でもってワールドシステムの入り口!?」
さらりと言ったイザナミ神に時神三人はそれぞれ動揺の声を上げた。
「ええ。すべて正解で……それで?」
「あ……えーと……アマノミナヌシ……だっけ?……その世界に行きたいんですけど……」
イザナミ神はあまり感情が出ないタイプのようでマナは見透かされている気がしながら答えた。
「てか、こんなに混乱事項がいっぱいあるのに普通に尋ねるのかよ!」
マナがすんなり流したのでプラズマは思わず叫んだ。
「わたくし、イザナミ。一般的に日本方面の弐のバックアップをとっている。ちなみにツクヨミ、弐の世界の霊達を守る。世間でどう言われているかはわからないがそれが事実」
混乱事項がうんぬん言ったからかイザナミ神は再び表情なく答えてくれた。
「それよりも……アマノミナヌシの……」
「マナ、一応話を聞いてからにしたらどうかしら?はやる気持ちはわかるけど」
アヤにそう言われマナはとりあえず唸りながら頷いた。
「ワールドシステムは矛が必要。矛は混沌としていた日本をデータにして存在させたイザナギが持つ矛。つまり、日本のデータ」
「どこで手に入るの?」
「イザナギに交渉しなさい。わたくしはここにいるだけだから」
「イザナギ様はどちらに?」
マナは唾を飲み込みながら尋ねた。嫌な予感がする。『交渉』とは単純に『会話をする』ではないだろう。
「あちら」
イザナミはすっと白い指で目線の先を指差した。
目で追っていくとネガフィルムの世界の先に鳥居と島が見えた。
島の下は岩肌が見え、しめ縄が巻かれている。島というよりも岩が浮いていると言った方がいいのかもしれない。
「あそこにいるんだね」
「ええ」
イザナミは小さく頷いた。刹那、島が突然に瞬間移動してマナ達の前に現れた。
「!?」
「突然前に!?」
頭が真っ白になっているうちにマナ達は鳥居をくぐらされていた。
「ちょっ!?」
「え……」
戸惑いが大きくなってきた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「やあ。未来通りな感じだね」
「この声……」
マナ達は原っぱに立っていた。目の前には海が、後ろには山が広がっている。海辺は岩肌がゴツゴツと出ており海水浴場な感じではない。どこか懐かしさを覚える日本の風景といった感じか。
昭和以前の自然を切り取ったかのような場所だ。
「ひさしぶりかな。リョウだよ」
日本の風景から飛び出してきたのはTシャツに短パンに野球帽をかぶる少年だった。
「リョウ!」
プラズマがいち早く反応した。
「マナ、君はやっぱり時神を全員連れてきたね。未来通りだよ。ここ、覚えているかい?」
リョウは微笑みながらマナに優しく問いかけた。反対にマナは顔色が悪くなってきていた。
「まさか……戦争が……」
「覚えてるみたいだね。僕が見せたあの未来の場所だよ。君にはふたつの選択肢が残った。ここでイザナギに消されるか、動いてしまった世界をただ見ているか」
「滅びの未来じゃないでしょ?まだ伍とこちらは繋がってないじゃない!」
マナはリョウを睨み付け叫んだ。
「いや、繋がったというか改変前に一時戻ったんだ。分かれる前の段階だから繋がったのと一緒さ」
「そんな!」
「だからやめたらって言ったんだよ。うまくいくわけないんだから」
「そんなわけっ……!」
「マナ、落ち着け。今まででお前は何を見てきたんだよ。あいつのデータを解析してみろ。世界は迷っているんだろ?」
「……!」
プラズマが小さな声でマナに耳打ちした。
「そうだね」
マナは冷静さを取り戻し、かけていた眼鏡を外した。
データに変わったリョウが現れた。
リョウのデータは……
バグを誘発して他のシステム達に世界の在り方について問いかけるシステム。
「……そうか……バグを誘発して……そういう神なんだ……」
「で?どうするんだい?戻る?もう戻る選択肢もないけど」
リョウは微笑みながら海を眺めた。
そこへリョウと同じくらいの背丈の少女が走ってきた。
「リョウ君!何してるの?あ!あなたは……シミュレーションで……」
少女は幼い風貌に怯えの色を見せてつぶやいた。
「あなたはあやちゃんだね?」
マナはシミュレーションで一度だけ会ったことがあった。時神アヤの元のデータで健の娘だ。
「あなたがあや……私と一緒……」
アヤは自分によく似た幼い少女をせつなげに見据えた。
時神アヤが寂しく感じないように夢の中で幸せな生活をおくる役目を持つ少女。それをアヤが疑似体験し精神の安定を無意識にしている。
と、マナがついこのあいだデータを読み取った。
「パパの時間は止まっちゃったみたいだね」
あやは首を傾げながらマナを仰いだ。
「パパって……健さんか」
「うん」
あやが頷くとリョウが口出ししてきた。
「イザナギが来るよ。どうするのか僕とあやちゃんは遠くで見させてもらうね」
「ちょっと待って!」
リョウの声を遮るように叫んだのはアヤだった。
「なんだい?時神アヤ」
リョウは足を止めアヤに目を向ける。
「あなた達、一体なんなの?あなた達には神力を感じないのよ。神なの?」
「……神であり、神じゃなく、Kでもあり、人でもある。説明が難しいけど僕は別名クロノス。時神だけれど時神のクロノスは別にいるんだ。あやちゃんと僕はちょっと複雑でね、一般的に人間というデータを形作るサンプルにもなっている。男と女の一般的な概念さ」
「つまり、なんだ……。現人神でもあると?」
「というよりも、時神だから……」
プラズマの質問にあやがモジモジしながら答えた。
「まあ、だいたい時神と同じさ。ただ、人間の男と女という身体の違いとか精神の違いとかをデータにした存在ってだけで。……じゃあ、これで 」
リョウは早口で言うとあやを連れて飛び上がり、すぅっと消えていった。




