変わり時…最終話漆の世界15
「ん……」
マナが目を開けるとどこかの神社にいた。鳥居があるがとても古く、今にも崩れてしまいそうだ。
山の中にあるのか辺りは鬱蒼とした森だった。
石段には苔が生えている。
「ここは……?」
「ずいぶん古い神社だな。俺がいる時代より前はこんな感じだったぞ」
マナの隣には栄次がいた。
侍が神社前に立つとしっくりくる。
「ということは過去だわね」
マナより先に辺りを見て回っていたらしいアヤが石段を登ってきた。
「過去の空間なのかよ?不思議だな……。変な生き物の石像もあるし」
後から現れたプラズマは震えながら不思議な石像を見つめていた。
「石像?……あ、ほんとだ。これは狛犬っていうんだよ。こっちの世界の神は知らない?」
マナは不思議そうに尋ねた。神がこんなにいる世界で狛犬を知らないとは……。
「……狛犬……これが?へぇ……狛犬は知っているけど石像とかは見たことないわ。というよりいたっていう伝説だけ知ってるわ。存在は知らない」
「なんか見たことあるような気がするが……」
アヤは首を傾げていたが栄次は唸っていた。
「神社で狛犬の石像が建っているのを昔の写真で見たよ。……そういえば……こっちの神社で見たことない……」
マナはいままで行った神社に石像はなかった事を思い出した。
石灯籠はあった気がするが。
「昔はあったのか?俺は千年以上生きてるが見た覚えはないなあ」
プラズマは石像を眺めながらつぶやいた。
「え……千年!?」
驚いたのはマナだけだった。
「ああ、プラズマと栄次は未来と過去をずっと生きているのよ。というより、プラズマは過去の事を全然覚えてないじゃないの」
アヤがため息混じりにプラズマに言った。
「俺は未来神だぞ……過去は覚えきれねぇよ……」
「そういえば栄次は覚えていそうだったわね?」
「すまん……。そんな気がしただけかもしれん……」
栄次はうなだれたがマナは気がついた。
「世界改変だ……。狛犬の記憶を改変の時に消したんだ……」
「そんなの消してどうすんだよ……」
「狛犬は神の使いだった。でもこちらの世界の神々の使いは鶴だったよ」
「うーん……」
時神達は唸りながら黙り込んだ。
とりあえず、狛犬を怪しむように上から下から見ていると
「あ?てかてめーら、さっきからジロジロみやがってん!なんだコラ?ああ?」
「うう……そんなに……怒らなくても……うう」
ガラの悪い男の声と消え入りそうな女の声が驚くことに石像から聞こえた。
「えっ!?今、声が……」
マナが再び狛犬に目を向けると無角の狛犬からガラの悪い男の声が響いていた。
「ったく、どこん神よ?なめてんのかん?ああ?」
「ガラの悪い石像だな……」
「栄次、そこじゃない。なんで石像がしゃべってるのかを突っ込めよ……」
栄次はずっと混乱続きで逆に冷静になっていた。プラズマはため息をつきつつ、石像と距離をとる。
「うう……人っぽくなりましょうか……うう?」
もうひとつの有角の石像が小さい声でつぶやいた。
「ああ?ここは大事な空間だぞ?ズカズカ入ってくんじゃねぃ!ああ?」
突然無角の狛犬が人型の男になり突っかかってきた。
「ガチガチのガラ悪男だな……」
プラズマはため息をついた。
ツンツンした灰色の髪を上げて額を出し、渦巻き柄の羽織袴、そして鋭い目、キバも生えている。
「元……神の使い……」
アヤは苦笑した。
「うう……。あーちゃん……うう……突っかからないで……うー」
一方、有角の狛犬は大人しめな女に変わった。同じく灰色の髪をしているが性格を表すように腰までまっすぐ大人しく伸びている。眉毛が麿眉のかわいらしい顔つきに大人しめな渦巻きの着物を着ていた。
こちらにはツノが額からニョキッと生えている。
「対照的……だね」
マナも苦笑した。
「何見てんだ?ああ?……うーちゃん!こいつらよー、ズカズカジロジロよぅ!!見やがるんでー」
あーちゃんと呼ばれた無角の狛犬はマナ達にガンを飛ばしつつ有角の狛犬うーちゃんに優しく言った。
「『あー』と『うー』……あうん……阿吽の呼吸だね」
マナが特に意味のないことをつぶやいていると
「で……こっからどうする?マナ……」
プラズマが小さい声でささやいてきた。
「……そうだね……アマノミナヌシのデータに入りたいんだけど……その前にイザナミ、イザナギ様から矛を……」
マナはあーちゃんに少し圧されながら小さな声で呟いた。
「ああ?主様は大切なんでぇ!怪しいやつは通せねぇんだよ!ああ?」
「うーんと……うー……追い出すしかないのかな……うー……システム上、『世界改変』を望まない私達データに勝てるかどうかで決めるよ……うう……」
「世界改変を知ってる……データだってことも知ってる……。データに勝てないとダメなのか……」
マナはあーちゃん、うーちゃんを睨み付けた。
「では」
あーちゃん、うーちゃんの瞳が緑に光り、突然に五芒星が足元に出現する。そのままあーちゃん、うーちゃんは吸い込まれ、次に出現した時には大きな獅子のような生き物になっていた。
「うっ……」
マナ達はあまりの大きさに言葉を失った。
『さあ!構えやがれぃ!叩き出してやらぁよ!』
合わさった狛犬は吠えた。凄まじい風圧と神力がマナ達を襲う。
「これは……まずいわね……」
「栄次!なんとかしてくれ!」
「おい……」
アヤとプラズマは素早く栄次の後ろに隠れた。
栄次はため息混じりに腰に差していた刀を抜いた。
狛犬は覆い被さるように飛んで来る。狛犬の鋭い爪と栄次の刀が重たい金属音と共に重なった。
「……っ!」
しかし、栄次は苦しそうだった。じりじりと草履が地面に食い込み押されている。
「栄次!」
プラズマが栄次の名前を叫ぶと栄次はすばやく頭を下げた。物が弾けるような音がその後から響く。
狛犬は慌てて栄次から距離をとった。
「当たらなかったか」
プラズマは銃を構えていた。破裂音は銃を撃った音だった。
「プラズマ、気がつかなかったらどうするつもりだった……」
「そりゃあ、パーン!だろ」
栄次の問いにプラズマは半笑いで答えた。
狛犬はなおも飛びかかってくる。
爪に得たいの知れないエネルギーを纏い、辺りを凪ぎ払った。
風圧がマナ達を襲い、立っているだけでは耐えきれずに吹っ飛ばされた。
マナは咄嗟に鏡を構え風の衝撃を吸収した。
その間、アヤが社内へ入り込む。
「アヤさんが奥にある社を調べてくれてるから私達は狛犬を抑えよう!」
「アヤ……度胸あるな……」
プラズマはあきれた声でアヤを見ながら言った。
狛犬はアヤに気がついていないのか鋭いキバを向けて再びこちらに飛んできた。
「構えろ!」
栄次が強く言葉を発し自らも刀を構え直す。プラズマは網が出る銃を構え、マナは鏡をかざした。
再び狛犬と栄次がぶつかった時、プラズマは網が出る銃を発射。
しかし、再び軽やかに避けられた。
「また避けられた!」
「捕まえるのは難しそうだね」
栄次は狛犬とギリギリの戦いをしていた。早く勝負をつけないと勝ち目がない。
プラズマは銃をやめ、霊的武器の弓を手から出現させた。
「やっぱ、弓っしょ!」
四本近く矢を持ち弓を放つ。常人にはできない四本同時打ちの技だ。
矢はプラズマの神力を纏い狛犬の手足を狙って飛んだ。
マナは狛犬の気を引くべく狛犬の右側へ移動し先程鏡で吸収した風を巻き起こした。
栄次は左から斬り込んだ。
狛犬は避けようと上へ飛んだが神力を受けた矢が四本、狛犬を追って空を舞った。
『……っ!?』
狛犬は矢を飛び上がりながら避けたが突然に上からかかった謎の衝撃に地面にめり込みながら倒れた。
「なっ!なんだ!?俺の矢は当たってないぞ!」
「私よ」
プラズマの横にいつ戻ったかアヤがいた。
「お前……怪力だな……あんなのを地面にめり込ませるなんて……」
「違うわよ。社にあったものを使ったの」
アヤは倒れた狛犬を指差した。
「んん?なんだあれは……」
狛犬にはとてつもなく長い剣が刺さっていた。
「あんなの持てたのか?」
「持てたというか……データの塊みたいなのが社内にあってとりあえず触ってみたら飛んでっちゃって気がついたらあんな長い剣に……し、死んだの?彼ら……」
アヤは動揺していた。
しばらくすると狛犬がモゴモゴ動きだし先程のふたりに戻った。
「いたた……何しやがる!ああ?」
「うう……そ、それは……イツノオハバリ……十束剣……どこから……」
「イツノオハバリ?」
「アメノオハバリと一緒だ!イザナギ様がカグヅチ様を斬った剣だ!!んなことも知らねーのか!ああ?」
あーちゃんが再び突っかかってきた。
「わけわからんがまあ、大事なもんってのはわかったぞ……」
プラズマはため息混じりにつぶやいた。
「カグヅチって……概念になった神じゃないかしら?実際にはいないんでしょ?イザナミとイザナギはいることは知ってるけど見たことないわね」
アヤはふたりの狛犬が無事だったことに安堵しながらつぶやいた。
「改変していなくなった神ってこと?なんで狛犬は改変前の記憶を持っているの?」
マナは気になったことを尋ねた。
「うう……私達は……改変前のバックアップを歴史という形で残す神々の使い……完全にはデータを消せなかった……。なぜなら……改変後の変換された歴史だけだと矛盾ができるから……うう」
「ああ?俺達ぁ!概念になったっつー神を守っている神の使い!なめんじゃねーぞ!ああ?」
「なるほど……」
うーちゃん、あーちゃんのシステムがかなりわかった。聞いたら素直に答えてくれるとは。
「じゃあ勝ったからイザナギ、イザナミ様に会わせてね」
「あー?……っち……仕方ねーな!いけや!」
あーちゃんは投げやりに社を顎で指した。
「ありがとう」
「あっけないな……」
栄次は頭を抱えつつ刀を鞘に戻した。
あーちゃん、うーちゃんが見守る中、マナ達は社の前に立った。
「何が待つかわからないけど、行こう!」
「お前は常人じゃねーな……やっぱ」
まだまだ希望を持ち続けるマナにプラズマはため息をついた。




