変わり時…最終話漆の世界11
マナはもうだめだと悟った。
押さえつけられ動けない。
プラズマと健は狼夜の出方と剣王の出方がわからず戸惑い動かない。
マイはマナを試すように微笑を浮かべながら様子を見ていてなにもしない。
クラウゼは剣王に攻撃をしかけるがかわされて攻防戦で動けていない。
……誰も動けない……。
やっぱりダメなのだろうか……。
私の考えは受け入れられないのか。
でも……私は頑張ったよね……。
私は頑張った……。
なんとなく諦めの気持ちになってきたとき、誰かが叫んでいた。
「……おくれ!」
「ん?」
「やめておくれ!女の子になにしてんだい!」
「あれ……この声……」
ぼんやりした頭で前を向くときらびやかな赤い着物に身を包んだ頭に太陽の王冠を被った少女が剣を構えて立っていた。
「サキ……さん……。え!?サキさん!?」
マナの前に突然サキが現れた。狼夜の後ろから現れたので剣王とは逆から出現したことになる。先には廊下はなく壁なのでそちらから来ることはありえない。
そもそもワイズ領で天御柱神と交戦していたはずだ。
「どうやって……」
「あーあー……めんどくさいのが来ちゃったねぇ……」
マナの声に被せるように剣王がうんざりした声を出した。
「ワープ装置を使ったのさ。みーくんからいただいてねぇ。みーくんをサクッとやっつけて」
「……『思兼神』はなにやってんだ……」
剣王は余裕がないのか『ワイズ』と呼ぶことを忘れていた。おそらく昔、ワイズはワイズと呼ばれず思兼神と呼ばれていたのだろう。そして少女ではなかったはずだ。
元々は老人の知恵を集めた神。
おじいさんだった。Kの少女のデータを世界改変時に知恵として受け、今の姿に落ち着いたのだ。
一部の神しか知らない事実である。
一瞬時が止まった時、
「サキ……どうするの?」
ふとアヤの声がした。
アヤの声が聞こえた刹那、剣王の顔にはじめて焦りが浮かんだ。
またも一瞬時が止まり、サキの後ろからアヤが不安げに顔を出した。
「アヤ!?」
「アヤさん!?」
プラズマ、マナも目を丸くして驚いた。
「時神現代神アヤさんですね……」
健が確認をとるとアヤは健を見て複雑な表情を浮かべ、小さく頷いた。
「なぜここに……」
「あたしがワイズから助け出したんだ。マナ達はわかると思うけど、アヤがあたしに電話をかけてきた時にみー君との話をしたじゃないかい。それであたしを心配してみー君がいるワイズの城まで来てね、見事に拘束されちゃったわけで。仕方なくあたしがガツーンとアヤを助けてワープ装置でワイズと正反対の剣王の城に来たってわけだい」
サキはキラキラと光る腕輪をかざした。
ワープ装置には色々な形があるようだが基本的にデータが浮き彫りになっている高天原しか渡れないようだ。
自分のデータを転送先に入れ込むことで転送先に自分の姿が現れるという仕組みらしい。
「サキさん!障子扉を破って!神が拘束されてる!」
マナはサキを使うことを思い立ち叫んだ。
「神……」
「余計な事を言うな……。狼夜、早く消してしまえ」
剣王が底冷えするほど冷たい声で狼夜に命令した。
「……ったく」
狼夜が刀を引こうとした刹那、サキが狼夜に炎を飛ばした。狼夜は驚きマナを抱え飛び退いた。狼夜は右手で刀を持ち、左腕でマナを締め上げる。
「あぶねーな。仕方ねぇだろ。このまま首をやるしかねーか。悪いと思うなよ」
「っ!」
マナの首に狼夜の腕が食い込んできた。すごい力だ。元々普通の少女と変わらないマナが男の力にかなうわけもない。
「やめておくれ!」
サキが剣で狼夜に斬りかかるが狼夜は刀で弾いた。
サキは炎を纏わせマナを救いにかかる。
一方で健とプラズマは攻撃をしかけてくる剣王を必死で抑えていた。と、いうよりクラウゼの助力をしていた。マイは不思議となにもしない。状況を楽しんでいるようだ。
「……神が拘束されてるのよね……。……私、何かできるかしら?」
アヤは小さく呟いた。
剣王はアヤに気がつき、言雨を発した。
「動くな!!」
剣王の言葉ひとつひとつが鉛の雨のように周りを襲う。
アヤ、プラズマ、狼夜、マナ、マイがその場に倒れ、何かに襲われるように頭を床に押し付ける。まるで剣王に土下座をしているようだ。頭をあげることができない。
サキとクラウゼはかろうじて立てている。健は全く感じていないようだ。きょとんとした顔を向けている。
「剣王っ……!俺まで食らっちまってるぞ!」
狼夜が苦しみながら叫んだ。
「そうだ!あたしが……」
サキが鉛のような体を無理やり動かし、アヤとマナの前に立った。
するとアヤとマナの体が軽くなり自由に動けるようになった。
サキが剣王の視線を塞いだためだ。
「はあはあ……はあ……う、動ける……」
マナは肩で息をしながら狼夜から逃げ、アヤの元へと進んだ。健もマナに続いていそいそとやってきた。
「なんか異様なんで怖くてきちゃいました」
健は場の雰囲気に似合わない呑気な声でマナに耳打ちしてきた。
言雨が解かれ、皆の体が動くようになるかならないかの時に剣王がマナ達めがけて飛び込んできた。
「っち!」
そこをすかさずクラウゼが止めに入る。クラウゼを援護するべくプラズマは冷汗が滴る中、フラフラしながら剣王に向かい銃を放った。
かわされたが邪魔にはなった。
サキは狼夜が動けない隙にみー君にもした『拘束ちゃん』で狼夜を拘束した。
「ったく……俺を巻き込んで言雨なんてやんじゃねーよ」
狼夜は悪態をついていたが拘束されたことにどこか安堵しているようだった。頼まれたが元々あまり乗り気ではなかったようだ。
だからなかなかマナに手をかけなかった。
こちらの世界の神々は元々とても優しい。
「あたしが結界を解くよ!」
サキが意気込んだがクラウゼが剣王に押され始めた。
「強くなってきたな……」
「俺のタガを外したのはお前らだ……。どうなっても知らぬぞ……」
剣王は一人称が変わるほど別神になっていた。タケミカヅチ神本来の気高い神力が辺りを覆う。
「お前……」
クラウゼは目を見開いた後、顔を引き締めた。
「自分の『本来の神力』を自分で産み出した『偽りの神力』の鎖で押さえつけていたのか……。信じられん。どこまでの力をお前は持っているというのだ……」
クラウゼの問いかけに剣王は答えず最上級の武神、または雷神としての気高さ、静かな冷たさ、炎のような激しさ、そして威圧をクラウゼにぶつけている。
目の前に佇む剣王。
音がなくなった。
姿もなくなった。
目の前に見えているのに感じない姿。激しさを感じるのに静かな姿。
これこそ神の存在。
「お父様……お力を。アメノホハバリ」
剣王が呟くと手に刀が現れた。
きらびやかな装飾と長い刃。
モノではなく生命を感じる刀。
「あ、あれは……伝わっていたはずの……神話……。カグヅチをあの刀で斬った後の血から産まれたというタケミカヅチ神……。そういえば元は……」
アヤが小さく呟いた。
アヤの瞳が黄色に光り、エラーだと知らせている事に健が気がついた。
「アヤさん……瞳……が……」
「イザナギの……刀……。……それっておかし……アマテラスはっ……サキの……」
アヤは頭を抱えてうずくまった。
目には怯えが浮かび、震えている。
「アヤ!どうしたんだい!?」
サキがアヤを揺するがアヤはブツブツと何かを言っている。
「……現代神が思い出した。この世界の矛盾に……。いま起こっていることだから現代神にはいち早く世界が『変化したデータ』を送っているんだ。壊れてもらっては困るからね」
剣王が恐ろしいほど静かにそう言った。
「………よそ見してんなよ……」
プラズマがそう呟き、銃を放った。
「世界からの制約は多少壊しても元に戻せる……」
剣王は特に焦るわけもなくふつうに話している。剣王の左手ではプラズマが放った弾がパラパラと落ちていた。
「くそっ……避けもしねぇのか……」
プラズマが冷や汗を流しながら呟いた。
クラウゼは雷を纏い、剣を振りかぶる。剣王の刀と剣がぶつかった。重い音が響いた直後、突然クラウゼが吹き飛んだ。追い討ちをかけるように規模が違う複数の雷がクラウゼを襲った。
結界が張られているのかこの廊下はびくともしないがクラウゼは派手に倒れた。
「い、異常だ……。なんだその……刀は……」
クラウゼはフラフラと立ち上がるがあちらこちらを負傷したようだ。一撃でほぼ動けなくさせられた。
「く、クラウゼさん……っ!」
マナが叫ぶが剣王は止まらない。
「とにかくさっさと障子扉にかかっている結界を解いてさっさと逃げるよ!誰もあれには敵わない!そこの眼鏡さん、もう少し抑えといておくれ!」
「……長くはもたん……」
サキの言葉にクラウゼは剣を構え直し、雷を纏わせた。
「私が手助けします!」
健が多数のドールを出し、クラウゼにつけた。




