変わり時…最終話漆の世界8
「来たか……」
剣王は城からマナ達の気配を感じとり笑った。
武の神なら皆興奮するだろう。
こちらの世界を守る防衛戦なのだ。士気を高めるには団結力が大事だ。これはうってつけであり、普段争いのないこちらの世界で防衛戦となればおおごとだ。
争いはないにこしたことはない。だから攻めるのではなく、脅威から守る方が燃えるのだ。
「あの時のように世界に多大な影響を与えてはいけないよねぇ……。やりたいことはわかっているんだ。それがしらが苦労してやった『脅威から守る行動』をあの現人神はひとりでひっくり返そうとしている。人間は人間のステージで生きるべきだ。これを超えようとした時、人は滅ぶ。……そう思うよねぇ?ヒメちゃん、ナオちゃん」
剣王は城の最上階の自室で障子扉から外を眺めてから問いかけた。
「剣王、私達はなぜ、拘束されているのでしょうか?」
袴姿の少女、霊史直神ナオは剣王の目の前に座り、そう尋ねた。
「……なにかまずいことが起きておるのじゃな?」
ナオの横に座っていた赤い着物に身を包んでいる幼女、流史記姫神ヒメも険しい顔で剣王を睨む。
「そうだねぇ……。とりあえず時神の過去神は呼ぶんじゃないぞ。何があってもね。人間の歴史を管理するヒメちゃんと神々の歴史を管理するナオちゃんは影響少なく参から彼を連れて来れるだろう?」
「ムスビがいないと私は過去神を呼べませんが……」
ナオの言葉に剣王はぴくんと眉をあげた。
「ムスビ?君といつも一緒にいる暦結神の事?盲点だったなあ……。その子、今どこにいる?」
剣王からゾクッとする神力が溢れだした。
ナオとヒメの全身に寒気が襲い、呼吸が荒くなっていた。
「ああ……ごめんねぇ。ちょっと気持ちが高ぶってて」
剣王の顔は笑っているが目は全く笑っていない。
「い、生きた心地がしないのぉ……。神力くらい自分で制御してほしいのじゃ……」
ヒメはナオに抱きつき震えていた。ナオはヒメの背中を撫でながら剣王が何に必死なのか剣王の歴史を読み探ろうとしていた。
神々の歴史を管理する自分なら剣王の隠されたデータを読む事ができると思ったのだ。しかし、何も見えなかった。
反転の世界、陸の世界のナオならばわかったはずだが彼女は壱のナオである。自分が改変前の神々の歴史を消してしまった事に気がついていない。
あの重大機密に気がつかない限り剣王の記憶を読み取ることはできないのだ。
壱の彼女はそれに気がついていない。
※※
「西に入ったみたいだな」
鶴がひく籠に乗っていたマナ達はプラズマの言葉で顔を引き締めた。
西に入ったらすぐに剣王軍が襲いかかってきた。なんだか士気が高まっている。団結力がすさまじい。どんな脚力をしているのか木をつたって空を飛んできた。
「来たぞ!」
「よよい!降りるよい!」
鶴はまた巻き込まれると思ったのか低空飛行になってから籠をひいているヒモを切った。
「うわっ!切りやがった!」
「困ったものだ」
焦るプラズマと呑気なマイの声が響く。止まっていたのは一瞬で気がついたら下に落ちていた。
「うわわ!!」
「落ちます!」
それぞれの悲鳴が籠内で響き渡り音をたてて森の中に落ちていった。
籠は無惨に砕け散ったが落ちても平気なようになっているのか中にいたマナ達に怪我はなかった。
「この籠……丈夫なんですね……」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
呑気な健にマナは前方を指差し叫んだ。気がつくと剣王軍に囲まれていた。恐ろしい神力が辺りを覆っている。
「クラウゼさん!」
マナはクラウゼを呼んだ。
「……戦わせる気か……。まあ、いい」
クラウゼは手から霊的武器の剣を出現させた。
「お前は日本の神じゃねぇな?」
囲んでいる神の中から一度マイのシミュレーションで出会った狼夜が現れた。
「お前は……神か?」
クラウゼは剣を構えつつ尋ねる。
「半分な……。霊だったんだが人間から祭られて神になったんだ。俺は」
「こいつ……やたら運命がこじれる異端甲賀望月家の忍者のひとりだ。異母兄弟だと『更夜』が言っている。四歳の時に父親からの暴行で死んだらしいが、なんで成長してんだか」
プラズマがマナに耳打ちした。
「暴行……!?」
「異端甲賀望月、すべての父、凍夜のシゴキなんだと。よくわからないが……」
「自分の子供を殺すまで暴行するなんて……頭おかしいよ」
この情報はプラズマの心の世界、弐の世界に住む訳ありな『弐の世界の時神過去神』望月更夜が調べてきた内容らしい。
しかし、少し前に起きた、白金栄次と望月更夜の事件をマナは知らない。故に更夜が誰なのかマナにはわからなかった。そんなことを気にしている余裕もない。
「とにかく、シミュレーションで出会ったあの強い狼夜さんだ」
マナの頬に汗がつたう。
シミュレーションの状態とほぼ同じ状況になっていることに気がついた。
……このひとはほんとに強いんだ……。でも、あの時と違うのはクラウゼさんがいること。
マナが警戒してると狼夜が突然語りだした。
「こういう悲劇的に死んだ人間っつーのは生きた人間を恨まねぇようにとか供養とか哀れみとかそんな理由で祭られんだよ。ちなみに弐は外見を変えられるからな、大人のまま霊魂生活してたらこのまま神になっちまった。半分な」
狼夜は丁寧に説明してくれた。なんだか他の剣王軍とは気持ちが違うようだ。敵なのは間違いないが。
「今は剣王からレンタルされてんだ。弐にいたんだが呼び出されてな。つーわけで……」
狼夜は霊的武器刀を出現させた。
「そうなるか……」
クラウゼも剣を構える。
他の剣王軍は黙ってみていた。日本の戦国時代の戦のようだ。一対一の勝ち負けを美としているらしい。
「あー、俺は形式的名乗りはしねーぞ。忍だからなぁ」
「……レール国ラジオール騎士神団長バーリス・クラウゼいざ参る……とでも言えば良いのか?」
クラウゼは真面目な顔でそう言った。
「なんでもいい」
狼夜はそう呟くとニヤリと不気味に笑い消えた。
「消えた!……ひっ!?」
マナが驚いているとマナのすぐ横で金属音が響いた。
「動くな」
気がつくとマナの前にクラウゼがいて狼夜の刀を弾いていた。
「はっ!やるねぇー!」
狼夜は軽く笑うと再び消えた。
「マナを狙ってきやがったか……。まあ、当然か……」
プラズマは額に汗をかきながら銃口をあちこちに向ける。狼夜が高速で動いているためプラズマは視界を振られていた。
狼夜は隙を見て大将マナの首を取ろうとしている。彼は忍なので元々の任務を果たそうとしているだけだった。
武士とは違うため元からクラウゼと一対一になるつもりはないようだ。
クラウゼは狼夜に攻撃を仕掛けている。動きが見えている上についていけているようだ。
「ばけもんか!あいつら!」
プラズマは銃口で追うのをやめた。
「この間に他の剣王軍を崩しに行きます?」
「お前、どうかしてるぞ……。俺達が総出でかかってもひとり倒せるかわからない」
健の呑気な発言にプラズマはため息をついた。
「大人しくしている内はこちらも動かないか……ククッ……つまらんな」
マイが愉快そうに笑っていた。
「私達がクラウゼさんを助けようとしたらまわりの剣王軍はどうするかな……」
マナのつぶやきにプラズマが青くなった。
「クラウゼにひとりで余裕で勝ってもらわないと次が続かない……。皆一対一になるぞ」
「ククッ……ならばどうする?わかりきっているが……」
マイを睨み付けたプラズマは銃を再び取り出した。
「一対一の戦いを無視しろ!どうせ勝てない!全員で防衛してクラウゼを援護するぞ!たぶん、そしたら剣王軍はいっきに襲ってくる!もう逃げらんねぇ!やるぞ!」
「ですよねー」
プラズマの宣言に健が人形を召喚しながら呑気に答えた。見越して最初の発言をしたのかは怪しい。
「もう逃げても仕方がない!やるよ!」
マナも手から鏡を取り出し強そうに構えた。




