流れ時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー9
まわりの荒野とアンバランスなそれは太陽の輝きを反射してキラキラと輝いている。
「あれか。……なんつーか……こう……鳥居とかそういうのないのか?高天原って……。」
「鳥居は神域を現す結界のようなものよ。人間界では人間と神をわけるために必要だけどここははじめから神しかいないのだからいらないのよ。」
「なるほど……。」
大きなオオカミは足先を器用に使って地面に降り立つと高層ビルに向かい走り出した。
「おそらく、この近くにイドがいるはずよ。」
「俺達が来るのを待っているのか?」
ミノさんがあたりに睨みを利かせはじめるがどこにも人影が見当たらない。
『東の者、西の者入れない結界有。』
「結界が張ってあるのか。」
「イドはいないみたいね……。」
ミノさんとアヤは風を感じながら高層ビル前までやってきた。
オオカミは高層ビルの自動ドアを潜り中へと消えた。
「な、なんと言えばいいかしら。これは……就活みたいね……。」
「就活?なんだそれ?」
「ま、いいわ。行くわよ。」
アヤの冗談はミノさんにはまったく伝わらなかった。アヤは素早く心を入れ替えミノさんと共に自動ドアから中に入って行った。
「あら?ずいぶん可愛らしい子達ですわね。」
自動ドアを潜ったミノさん達は目の前に立っていた女性に驚いて思わず飛び上がってしまった。
一番初めに目に入ったのは髪の毛である。
なんというか……キノコなのだ。
キノコの傘のような髪型をしている。
どんなワックスを使っているのかわからないがキノコからビシッとまっすぐ腰辺りまで固まった髪が伸びている。
瞳は真黒で瞳以外はよくわからない。
外套の襟で顔の半分を覆ってしまっているからだ。
外套の下から赤色の着物が鮮やかに映る。
帯は黄色で帯紐も黄色。
帯揚げは紫だ。
成人式の着物よりも地味なものだがこれはこれで生える。
肩にオオカミを纏わせているその女性は丁寧に二人にお辞儀をした。
「あ、あの……」
ミノさんは凄い髪型だなと言おうとしたが言葉を発する事ができなかった。
「こちらですわ。」
女性は丁寧な言葉遣いで二人を促した。口元が見えないので少し不気味だ。
二人は緊張しながらも女性の指示に従い歩いていく。
「申しおくれましたわ。わたくし、天羽槌雄神と申します。機織りの祖で木綿と麻の布を作りましたの。」
ふふっと微笑む女性は当然ながら偉い神様である。
「機織りの……祖……。」
二人は途端に言葉を失くした。
ここは北の冷林という偉い神様の居城であり、ここにいる神は皆当然ながら神格でいえば上過ぎる。
それを改めて知ってしまったので二人は声を発するどころか指の一本も動かす事ができなかった。
ミノさんに至っては完璧なロボット歩きになっている。
「そんなに緊張しなくてもよろしくてよ。あら、大宮能売神、リーちゃんの所に行く途中ですわ。」
天羽槌雄神はミノさん達に微笑みかけた後、通り過ぎた美しい女性、大宮能売神に丁寧にあいさつした。大宮能売神はふふっと微笑んで手を振ると歩き去って行った。
「お……大宮能……売神……様……。」
ミノさんは先程のロボットダンスがさらにロボット化していた。
顔からは冷や汗が吹き出し、頬をしきりにつたっている。
「あら、そこの狐耳の彼の先輩ですわね。百貨店の神様、食物神。市場の繁栄を司る神ですわ。」
きょとんとしているアヤに天羽槌雄神は丁寧に説明してあげた。
「……俺、いままでの所業を悔いるぜ……。ダラダラ……グダグダしてたなんて言えねぇよ……。」
ミノさんは相当ダメージが大きいのかがっくりと首を落としてアヤの後を歩いている。
天羽槌雄神は近くにあったエレベーターへ二人を促した。
一体どういう階数計算しているのか一番上が「無」とよくわからないボタンになっている。
その他のボタンは何語だかわからない。
天羽槌雄神は一番上にある「無」のボタンを押した。エレベーターのドアが閉まり、ロケットのような速さでエレベーターは上に上がっていく。
「うおわああ!」
あまりの速さにミノさんとアヤは北の冷林の居城であるにも関わらず完璧すぎる絶叫をあげてしまった。
それと同時に降りる時はどうするんだと頭が叫んでいた。これはフリーフォールよりも凄い落ち方をするに違いない。
「あ、そうですわ。わたくしの事、アマちゃんとお呼びくださいまし。」
「わ、悪いがそれどころじゃねぇ!」
天羽槌雄神、アマちゃんはエレベーターの事をなんとも思っていないのかニコリとこちらを向いて微笑んだ。
……なんで笑ってられるんだよ……
なぜだかわからないが意識が飛びそうだ。
「ああ……もうダメ……ああん……」
アヤがなんだか悩ましい声を上げ始めた。
「へ、変な声あげんじゃねぇよ……。」
二人が気を失う寸前、エレベーターが急停止した。二人は一メートルくらい上に浮き上がった後、衝撃で床に叩きつけられた。
「つきましたわ。あら?」
つぶれたトマトのように床にめり込んでいる二人を見てアマちゃんが首をひねる。
「……。」
二人は首をひねっているアマちゃんを横目で見ながら起き上った。
「き、気持ち悪……う……。」
「アヤ、ここで吐くなよ……。ここは北の冷林の……」
ミノさんとアヤがフラフラしながら立ち上がると同時にエレベーターのドアが開いた。
明るい狭い部屋がまず目に飛び込んできた。
「よく来た。余がリーの代わりを務める者なり。」
目の前に目つきの悪い少年が立っていた。
少年は外見的に十歳過ぎてはいないだろう。
水色の水干袴と烏帽子をかぶり、烏帽子に入らなかった黒髪を後ろでまとめている。
「この声……。おたくがさっき俺達と話していたんだな。」
「是。」
少年は無表情でこくんと頷いた。
愛想のない少年らしい。
「ああ、紹介いたしますわ。現在リーの代わりを務めます天之御影神、ミカゲ君ですわ。ミカゲ君は鍛冶の祖神ですわ。」
ミカゲ君って……
二人はアマちゃんの軽さがよくわからない。
偉い神様を君付けちゃん付けなんてできるわけがない。
二人は目を合わせてとりあえずミカゲ様と呼ぼうと決めた。
二人は再び目線をミカゲ様に戻す。
ミカゲ様の先に大きな椅子が一つとその椅子になにやらぬいぐるみのようなものが置いてある。
置いてあるというよりも座っているという方が正しいか。
ぬいぐるみは人型クッキーのような形をしており、全身水色だ。
そして奇妙な事にそのぬいぐるみには目も鼻も何もなかった。
顔の部分にはナルトのような大きな渦巻きがペイントされている。
「な、なんだ。あれは……。」
「なんだかわからないけど椅子に座っているのだから神様じゃないかしら?」
二人がこそこそ話し合いをしているとミカゲ様が椅子に向かって颯爽と走って行き、椅子の後ろにまわるとこちらに来いと手招いた。
よく見ると椅子の後ろは全面ガラス窓だ。
二人は恐る恐るミカゲ様に従い、歩き出した。
「冷林、神称リー。」
ミカゲ様がぬいぐるみを指して素っ気なく言い放った。
「え……ええ?」
二人が戸惑っているとミカゲ様は素早く椅子の裏に隠れるとしゃべりだした。
「わたしは冷林。北の冷林とはわたしの事。そなた達よ、よう参った。」
あきらかに少年の声である。
「お、おい。これはゴッドジョークか何かなのか?」
「し、知らないわよ。」
ミノさんが反応に困り咄嗟にアヤを見るがアヤもどうすればいいのかわかっていなかった。
ミカゲ様は椅子の裏からのそのそと出て来、ぬいぐるみの横に立ち言葉をまた発する。
「冷林は歓迎しておる。」
「そ、そうですか……。」
ミカゲ様は腹話術をしたいのかしら……?乗ってあげるべきか……
今のは明らかにそこのぬいぐるみがしゃべったのではない。ミカゲ様がしゃべったのだ。
あまりに二人が困っているのでアマちゃんはしかたなく説明する。
「えーと、とりあえず、あそこにいらっしゃるのが冷林なのですわ。」
アマちゃんはぬいぐるみを指差してふうとため息を吐く。
「先程ミカゲ君が言っていたでしょう?余はリーの代わりだと。つまりそういう事なのですわ。」
「よ、よくわかんねぇんだけど。」
「……今はそう……リーちゃんには魂がないのですわ……。」
アマちゃんはぬいぐるみを悲しそうに見つめた。
「魂が……ない?どういう事だかわからないけど、だからイドが『北は手出しして来ないと思った』と言っていたのね。」
ふんふんとアヤは何度か頷いた。
その時もっとも聞きなれた声が耳に入ってきた。
「みーのー!あーやー!あいたかったー!」
「お、おじいさん!」
ドタドタと走ってきたのはおじいさんだった。
満面の笑みを浮かべアヤに抱きつく。
「おい、じじい!その外見でそれやったら変態だぜ。」
ミノさんはやれやれとおじいさんを見たが顔つきはほっとしたものになっていた。
アヤはおじいさんの頭をなでながら今後の事を考える。
……これからどうすればいいかしら……冷林のところにいるのがベスト?
アヤが何気なくアマちゃんを見上げると、アマちゃんが困った顔をこちらに向けた。
「あの、その爺の事なんですが……それがリーちゃんの魂なんですの。」
「え?」
ミノさん、アヤはいきなりの発言で目を丸くした。
「ですから、リーちゃんの魂はその爺なんですの。」
「そんなわけないわ。このおじいさんは人間の祈りから生まれた……」
「そう、ですからその魂が……」
しばらくしてアヤは一つの考えにたどり着いた。
「おじいさんはもう成仏していて魂がないから……何があったかわからないけどおじいさんの中に冷林の魂が……」
「そうですわ。」
「で、でもこれは神様としてリセットされたおじいさんが外見を残したまま生きているんでしょう?違うの?だって歴史の神がそう言っていたのよ!」
「おいおい、そのヒメが西の剣王軍だったんじゃねぇか。信じられるか。」
「……。」
アヤは黙り込んだ。
「俺は最初から変だと思ってたぜ。
そのじじい、精神が生まれたばかりのあかんぼなのになんでしゃべれる知能があんだ?とな。
ずっと不思議だったが俺はこれでわかったぜ。冷林が中にいやがったんだな。つーことは、このじじいは……れ、冷林……か?」
ミノさんは「ひいい」と謎の悲鳴を発しながらおじいさんから距離をとった。
「そうとも言えるし違うとも言える。今は記憶を持たない。」
先程から黙っていたミカゲ様がぼそっと言葉を発した。
「記憶を……持たない……。まあ、それはいいとしてなぜ、おじいさんの魂を冷林に入れてあげないの?」
「できぬ。爺が拒む。」
「拒む?」
アヤがミカゲ様の返答の続きを待っていた時、ミノさんの携帯がマヌケにもまた鳴り出した。
……ラブロマンス♪二人の心はラブロマンス♪いやん❤うふん❤
うんざりした顔のアヤと無表情のアマちゃんとミカゲ様を控えめにみたミノさんは携帯に耳をあてる。
「おぬしら、今、冷林の所におるのじゃな?いますぐ逃げよ!はよう!」
「おい、誰だ?ヒメか?」
「そうじゃ!もたもたするでない!早うするのじゃ!」
「ヒメ……お前の言葉はもう信じられねぇんだ。」
ミノさんはヒメさんの焦った声を無視して携帯の通話をきった。
「歴史の神から?」
「ああ。いますぐ逃げろって。」
「いますぐ逃げろ?」
ミノさんの言葉にアヤは首を傾げた。
それからミノさんの携帯には何度も例の着メロが鳴った。
しかし、ミノさんは取る事はなくすべて切ってしまった。
すると今度はアヤの携帯に連絡が入った。アヤはすかさず携帯をとった。
「歴史の神じゃ……。アヤ、ミノ殿が全然でない故、アヤに……」
「なんで逃げろって言ったの?」
「冷林の元へいるのは危険じゃ!危険なんじゃ!」
ヒメさんの焦った声を冷静にアヤは受け止めた。
「なにがどう危険なのかしら?」
「冷林方についておる神はおぬしらも飲み込もうとしておるのじゃ!」
「……どういう事よ?」
先程からアヤの言葉をただ聞いていただけのアマちゃんの肩がビクッと跳ね上がった。
「どうした?」
「結界が破られましたわ。」
「うむ……ぬかった……。余はこちらに気をとられ過ぎていた。」
「ミカゲ君……。」
アマちゃんの不安そうな顔をミカゲ様は無表情のまま見つめた。
「今はしかたあるまい。」
ミカゲ様がそうつぶやいて目を閉じた瞬間、椅子の後ろに広がるガラスがパリンと音を立てて割れた。
「きゃあ!」
驚いたアヤは携帯をそのまま切ってしまった。ガラスの破片が飛び散る。
「な、なんだ?」
ミノさんは震えながらしがみついているおじいさんをかばいながら割れた窓ガラスを見つめた。
「北の冷林様、ごきげんようです。僕は龍雷水天神、神称、イドさん……です。」
太陽を背に割れた窓ガラスの淵に立っていたのはイドさんだった。
逆光で表情はよくわからなかったが今は何の力も感じない。
「イドさん!」
「龍……あなた、竜神だったのね……。」
「そうですねぇ。水神と呼ぶ方がいいかもしれません。おじいさんも救出しましたし、そろそろ行きましょうか?ねぇ?」
イドさんはただ唖然としているミノさんとアヤに優しい微笑みを向けた。
「東の者か……。余の城から出て行ってもらう。」
ミカゲ様が声のトーンなく淡々と言葉を発するとどこにいたのか窓の外に沢山の神々が現れた。
アマちゃんは着物の袖から無数の糸を勢いよく出してイドさんを捕まえようとしていた。
「ふう、ただでは行かせてくれませんよねぇ。ならばこちらも。」
イドさんは飛んできた糸を華麗にかわすと部屋の中に侵入した。
イドさんの後ろからは人間世界で出会ったあの神々を含むワイズ軍が冷林軍と戦っている。
竜巻、雷、氷や火炎などが窓の外で渦巻きはじめた。もちろん、俗世界にいた時とは規模が違う。
イドさんはアマちゃんに向かい弾丸のようなスピードで水の弾を発射した。
アマちゃんはしなやかな肢体でそれをかわす。
「い、イド!」
アヤが何かを言う前にイドさんは口を開いた。
「アヤちゃん、これは戦争です。殺す気でいかないと自分がやられちゃいますからねぇ。」
「そんな事を言っているんじゃないわ。あなた、今の攻撃、当てる気がなかったわね。」
「……!」
アヤの言葉にイドさんは意外だと目を見開いた後、ふふっと笑った。
アマちゃんはイドさんを睨みつけると糸を束ね、鞭のようにしならせながらイドさんに向けて振るった。イドさんはまた軽やかにかわす。
「そうですねぇ。女神に手をあげない、これは主義です。僕の中の紳士です。ただし、僕の気に触れたらどうなるかわかりませんが。」
……余裕ってか……。こいつ、あの女神を挑発してやがる。
ミノさんはおじいさんを後ろに隠しながらじっとイドさんを睨みつけていた。
「ずいぶんと舐められたものですわ……。」
アマちゃんは細い糸をイドさんの周りに張り詰める。
「これはこれは……触れたら痛そうです。」
針金のような糸は時に刃物以上の切れ味を出す。
身動きできなくなったイドさんにアマちゃんは針のような鋭い糸をイドさんの心臓に向けて飛ばした。
イドさんは糸が身体に食い込むのをまるで感じていないかのように突っ走った。
飛んできた針のような糸を紙一重で避け、突っ込む。イドさんの身体のあちらこちらから血が噴き出しているがイドさんの足が止まる事はない。
「うわっ……いってぇ……。」
ただ突っ立っているだけのミノさんの方がムズムズしてきていた。
糸を抜けたイドさんは止まることなくアマちゃんを襲う。水の槍に雷を纏わせたものを出したイドさんはアマちゃんに突進して行く。
……おいおい……紳士はどこ行ったんだよ……
ミノさんは焦りつつも動くことができなかった。
目の前で戦いを繰り広げている神はミノさんがどうこうできるレベルではない。
今は目をつぶって震えているおじいさんをなんとかして守る事が一番大事だ。そして……
俺よりも若輩のアヤを守らないと……
ミノさんにも一応、使命感というものはある。
度胸はアヤの方が上かもしれないがせめて形だけでも先輩になりたい。
「あ、アヤ、逃げようか?」
「何を言っているの。ここで逃げても意味ないわよ。」
アヤは毅然たる態度で勝負の行方を見守っている。
アマちゃんの首にイドさんの水の槍が迫る。
刹那、人影が窓から飛び込んできた。
イドさんの水の槍は思い切り弾かれて遠くに飛んで行き、バシャっと床に広がった。
「!」
アマちゃんの前には刀を構えた男が立っていた。
「栄次!遅すぎますわ!」
「……。」
栄次と呼ばれた男は髪をポニーテールに結び、着流しに袴姿だ。
長身な為、すっきりとした立ち振る舞いに見える。
目つきは鋭く、戦乱の世から直接出てきたような男だ。
刀を構えた彼はそのままよろけたイドさんに斬りかかった。
「え……栄次……?時の神……過去神!?な……なんでここに……。」
アヤの顔色が先程と打って変わって真っ青に変わっている。
「?」
栄次と呼ばれた青年は斬りかかる手を止めてアヤを驚きの目で見つめた。
「あ、アヤ?」
「あなた……過去を守る神のはずでしょう?なんでここにいるのよ……。」
「……俺は神格が高い。高天原に住む権利を有している。そして今は呼ばれたから来たんだ。」
栄次がアヤに答えた時、イドさんが素早く動いた。
ミノさんとアヤとおじいさんの手をそれぞれ握るとその場で一回ジャンプした。
電子数字がイドさんの周りをまわり、座標を提示する。
「?」
「まずいですわ!」
過去神の栄次はきょとんとしていたがアマちゃんの方は焦りの声を上げた。
アマちゃんが必死に手を伸ばしたが四人の身体は透けてその場から消えてなくなった。
「ワープ装置を使ったか。よい。追うな。西もいずれ動くだろう。」
ミカゲ様は相変わらず無表情のまま、退きながら戦っているワイズ軍を見つめた。




