流れ時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー8
とは言ったものの、北の冷林とやらはどこにいるのか。一面荒野に取り残された二人には予想もつかなかった。
とりあえず、歩いてみる事にした。
「高天原はじめてなんだがいきなり迷子な気分だよな。」
「そ、そうね。ほんとまいるわ……。」
イドさんやヒメさんがいた時はけっこうなんとかなっていた。今はなんともならない。
通り抜けてきたゲートはもうとっくに消えている。
「おたくは北の冷林についてどこまで知っているんだ?」
「……高天原行った事ないんだからわかるわけないじゃない。」
「意外に事情通だったじゃねぇか。西といい、東といい。」
「それはあなたが知らなすぎたのよ。」
「そうかあ?」
二人はまた無言で歩き出す。
「!」
歩き出した刹那、アヤの肩がビクッと跳ね上がった。
「どうした?」
「あれ……オオカミ?」
「オオカミ?」
ミノさんはアヤが見ている方に目を向けた。
前方で何匹かのオオカミが匂いを嗅ぎながら何かを探している。
そのオオカミ達は現世にいるオオカミとは違った。まず、色が真っ赤だ。燃えるような赤い毛並をしている。
「あれも神かなんかなのか?」
ミノさんがぼそりとつぶやいた。それがヒキガネとなったか匂いを嗅いでいたオオカミ達が一斉にこちらを向いた。
匂いの元凶を見つけたと言わんばかりにミノさん達に向かって飛びかかってきた。
「ミノ!なんとかしなさいよ!あいつら襲ってくるわ!」
「だから……俺はうどんしかだせねぇんだって……。」
「い、いいわ。うどんを……長いうどんを出して!」
「は?おたく、さっきの言雨で頭おかしくなったのか?」
ミノさんはアヤの言っている意味がわからなかった。
「いいから早くしなさい!」
アヤが噛みつく勢いで言ってきたのでミノさんは頭にハテナが浮かんだ状態のまま蛇のように長いうどん数本を出して見せた。
「しっかり持ってて。」
アヤは冷や汗をかきながらうどんの時間を止めた。その瞬間、ミノさんが「お?」と声を上げる。
「……固くなった。乾麺みてぇだ。」
「手を離したら終わりだから。」
「と、いう事は……おたくはこれを使って俺に戦えって言っているんだな?」
「そうよ!」
オオカミ達はもう眼前に迫っている。
「あのな、俺はそういう技術何にも持ってなくてだな……。」
「じゃあ、あなたは何ができるっていうのよ。せめてそれでオオカミと雌雄を……」
「死ねって言ってんのかよ!オオカミの餌になれって?」
「その時は私も一緒に餌になるわ。」
「はあ……おたくには負けるぜ……。」
ミノさんは深いため息をつくとてきとうに乾麺をぶんまわしはじめた。
予想していた通り、オオカミにはミノさんの攻撃は一切当たらない。
「……やっぱ無理ね……。」
アヤはやれやれと手を動かすとオオカミ達の時間を華麗に止めた。
「って、おたく!できんならやれよ!は・じ・め・か・ら!」
「そのまま、乾麺でぶったたいて戦闘不能にすれば楽だわ。」
そこからは武神や軍神が見たら泣いてしまうくらい情けないミノさんの攻撃がオオカミを襲った。
「ミノミノうどんアターック!ミノミノうどん顔面突き!ミノミノうどん爆砕陣!ミノミノダークスラッシャーうどん!ミノミノえーと……」
「もうそれくらいにして。ダサい技名叫ばないでちょうだい。恥ずかしい。」
アヤは泡を吹いて倒れているオオカミ達を無情にもつついているミノさんにあきれた目を向けた。
「ふう、こんなもんか?……たく、いきなり襲ってくるなんてどういう神経しているんだかな。」
「あなたも止まっている相手をぼこぼこにしてどういう神経しているの?」
「まあ……それは……あれだ。なんか強くなりたかったんだ。」
ミノさんがしょぼんと頭を下げる。
アヤがふうと頭を抱えた刹那、どこからか声が聞こえた。
まったく次から次へとここ二、三日忙しい事だ。
『余の犬は全滅……。困った。おぬしら、何してくれる。』
少年の声だった。
「だ、誰だ!」
「犬?このオオカミの事かしら。」
アヤの問いかけに少年の声は丁寧に答えてくれた。
『うむ。余の犬。人間の匂いに反応。故に共に来てもらう事になる。』
答えてはくれたが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「……は?」
ミノさんは思わず聞き返してしまった。
『人に命を吹き込まれ、人につくす神よ。何故高天原へいるか。』
「え……えーと……それは……」
少年の問いかけに二人は黙り込んだ。
『爺の連れか。否か。』
「じーさん?確かにさっきまでじーさんと一緒だったがおたくが考えているじーさんと違うかもしれないぜ。」
ミノさんがどこを見るでもなく声に答える。
『やはり。』
少年の声はそこで途切れた。
「おい!なんだってんだ?」
「ミノ、あの声、冷林って事はないわよね。」
「わかんねぇ。だったらやべぇよな。共に来てもらうって言っていたぜ?」
二人が軽く会話を交わした時、遠くの空から先程のオオカミが飛んできていた。
先程のオオカミと違い、こちらはかなり大きい。
「あれは敵なのかしら?」
「うーん。殺気立ってねぇし、違うんじゃねぇか?俺は嫌な予感しかしねぇが。」
とりあえず二人は様子を見る事にした。
大きなオオカミは地面に降り立つとゆっくり歩いてこちらに向かって来た。
そこでまた少年の声がする。
『若神よ。乗れ。』
大きなオオカミは二人にこうべを垂れて背中へと促した。
「おい。アヤ、乗れってよ。どうする?」
「どうするって……。」
どこに連れて行かれるかもわからないのに易々と乗るなど愚の骨頂だ。
二人はしばらくそのまま立ち尽くしていた。
そのうち、しびれを切らした少年かオオカミが何か術を使い、無理やり二人を背に乗せた。
「うおお!待て!待て!俺達は乗るなんて言ってねぇぞ!」
「そ、そうよ。行くなんて言っていないわ。」
二人が焦っているとまた少年の声が響いてきた。
『おぬしらに選択権は無。』
ほぼ一方的に二人を乗せたオオカミはそのまま空へと舞い上がって行った。
二人はしばらくオオカミに向かい騒いでいたが空に舞い上がった時点であきらめた。
「ミノ、これは当たって砕けろよ。」
「砕けたら意味ねぇだろ……。」
二人の不安な面持ちを残したまま、オオカミは高速で高天原の空を滑って行った。
しばらく何もない荒野が広がっていた。
動物と呼ばれるものがいるのかどうかはここからではよくわからない。
人影も今の所見ていない。
人影と言ってもおそらく神なのだろうが。
北の冷林の領土というのはこんなにもさみしいものなのか。
高天原ゲート前にいた神達は東か西か南に足を運んでいる事だろう。
そして技術が発達しているのも東か西か南に集中しているらしい。
「なんというか……さみしいわね。何にもない。」
「確かになあ。西の奴らはレーザー光線とか銀の鎧とかありえねぇもん装備していたぜ。」
「そうだわ。携帯、歴史の神やイドに繋がるのかしら……?」
「い、今はやめとけよ……。連絡してどうすんだ。おたくは……。」
そんな会話をしているとミノさんの携帯が鳴った。
ラブロマンス♪二人の心はラブロマンス♪いやん❤うふん❤
「ミノだ。」
アヤが声を殺して笑っているのを一瞬睨んだミノさんは耳に意識を集中させる。
「ああ、ミノさんですか?僕ですよ。イドさんです。」
「何の用だ……。」
携帯から呑気な声が聞こえてきたのでミノさんは警戒を強めた。
「そんな怖い声出さなくてもいいじゃないですか……。北の冷林の元へ行って何するんですか?
それが聞きたいんです。合流できるのなら僕も合流したいんですけどそうもいかないので。」
「てめぇ、まだ仲間面する気か。」
「ひどいですねぇ。……僕は……一度もミノさん達の敵になりますって言っていませんが……。」
「うぐ……。」
確かにそうだ。
イドさんは一度も敵になったとは言っていない。
ただ、こちらの気持ち的に裏切られたと錯覚しているだけだ。彼の本心はまだよくわからない。
「仲間とかそういうのはいいの。なぜそんな事を聞くのかしら?」
ミノさんが詰まったと感じたアヤは素早くミノさんから携帯を奪うと鋭い声を発した。
「そうですねぇ……僕はおじいさんの行方を捜していまして……北の冷林の元にいるのは確かだと思うんですけどいらっしゃらないので……。」
イドさんは困った声でつぶやいた。
「そう。残念ね。今あなたはどこにいるの?」
「僕ですか?僕は冷林の所にいますよ。」
「……。」
アヤは急に黙り込んだ。
しばらく何かを考えている素振りを見せている。
「どうした?アヤ。」
ミノさんは黙り込んだアヤを心配そうに見つめた。
「そう。私達はいま荒野を彷徨っているわ。どうすればいいかわからないの。教えてくださる?」
「おいおい、これから冷林のとこに行くんだろが……。」
ミノさんの小声を手で押さえたアヤはイドさんの発する言葉を待つ。
「……あれ?これから冷林の所に行くんじゃないんですか?」
「誰が冷林の所へ行くって言ったのかしら?」
「ここらへんだったら冷林しかいないですからね。行くのかなと思っただけですが。」
イドさんは相も変わらずのんきな声で話しているがアヤの眉間にはしわが寄っている。
「冷林の所へ行けばいいのかしら?」
「そうですね。行ってもらえますか?待っているんで。」
「わかったわ。きるわよ。」
アヤは電話を素早く切った。不安そうな顔をしているミノさんにアヤは説明をはじめた。
「ミノ、イドは冷林の所にいないわ。」
「どういう事だ?さっきいるって言ってたぜ。」
「よく聞きなさい。
イドは私達が招かれて冷林の元へ行っている事を知らないの。
最初に言ってきたのは冷林のもとへ行っているかカマかけたのよ。
と、いう事は彼が冷林の所にいると言うのは嘘。
もしかすると近くにいるのかもしれないけど冷林に会えてはいない。
おそらく、なぜかは知らないけど彼は私達なら冷林に会えると思っているのよ。
だから、冷林のとこに行っておじいさんを見つけてほしいんだわ。」
「あいつワイズ軍だもんな。冷林のとこにいられるわけねぇか。しかし、なんであいつは俺達なら冷林に会えるって思っているんだ?」
ミノさんの言葉にアヤは詰まった。
そういえばなぜ、私達は冷林の元へ招かれているのか……。
『今話していたのは東の者か?』
沈黙を破ったのは少年の声だった。
「そうよ……。」
『余の国は人間が作り出す世界。人間から生まれし神の国。』
「じゃあ、冷林っていうのは人間の祈りから生まれた神なのか?」
『……近い。』
ミノさんの言葉に少年は真摯に答えた。
「じゃあ、私達が招かれているのって……。」
『おぬしらが人間からつくられし神故。
人々から祈られし神……次々と生まれゆく神。
一人でもこんな神がいてくれればと祈る事により神はここに生を受ける。』
「……俺達は……。」
『もとはこの世界の住人なり。
ただ、生まれてすぐ地上に落とされる故、ここの記憶は皆無。』
「ここ、来た事あったんじゃねぇか……なあ?」
ミノさんはあきれた顔をアヤに向ける。
「そうね。あなたはそうかもしれないけど……私は……。」
アヤは口ごもりうつむいた。
『時の神は別。時の神の生は人間から始まる。徐々に神格を賜る。』
「そうなのか……。」
「そう。私は人間の母親から生まれたのよ。こないだまで普通の学生だったの。」
アヤはふうとため息をつくと遠くを眺める目でどこまでも続く荒野を見つめていた。
「ま、俺も全くここの事知らねぇし、気にすんなって。」
「うん。」
ミノさんの励ましでアヤは顔を上げると微笑んだ。
『ここに神がいないのは皆、地上にいる故。その中で神格の高い者は高天原の地を踏む権利を有する。おぬしらにはそれが無いが……。』
少年はそこで再び言葉を切った。
「どうした?」
『後は直接話す。』
「ミノ……。」
アヤがミノさんの服を引っ張りながら前を指差している。
「ん?」
ミノさんもアヤの見ている方向に目を動かした。
目の前には一面ガラス張りの高層ビルが堂々と建っていた。




