変わり時…4狂う世界2
健の使いのドール、平次郎はきりっとした瞳でつまようじを構えて剣王に飛びかかった。
剣王は平次郎を弾き飛ばそうと刀を振りかぶった。目を疑いたくなるような光景が目の前で起こった。平次郎がなんとつまようじで刀を弾いたのだ。
「つまようじで刀を!?」
マナは驚いて目を見開いたが弾かれた剣王は顔色を変えなかった。さも当然な事のように再び刀を振りかぶる。
「娘、俺の後ろに」
平次郎が剣王の斬撃を重たそうに何度も弾きながら静かに言った。
「あ、う、うん」
マナは戸惑いながら平次郎の後ろへ移動する。
移動してから健とプラズマの元へ走った。
「健さん!プラズマさん!」
「マナ、俺達より剣王だ!」
プラズマがマナを後ろに送ってから剣王を指差した。
「う、うん」
「私が人形を強化しよう」
マナが唾を飲んで頷いた刹那、マイがいつの間にか不気味に笑いながら隣にいた。
「え?」
マナがマイに目を向けるとマイのまわりに白い光が回っていた。マイの手から光の糸が飛び、平次郎に絡まって消えた。
「……っ!」
光が消えてからすぐに反応をしたのは健だった。
「ふふ」
マイが笑った時、平次郎の動きがさらに速くなった。
それでも剣王にはまだ余裕がありそうだった。
「強い……。これじゃあ時間の問題だよ」
マナが心配そうに声をあげた。
「俺も頑張らないとな」
プラズマは怪我を負いながらも正確に弓を放っている。
動きを予測して放っているが全く当たらない。
「早いな……。演劇殺陣強化の糸を使っても勝てそうにない。マナ、剣王を弐の世界へ送ってまごついている間にさっさと逃げるのはどうだ?」
マイが戦況を見ながらマナに提案をした。
「え!私があの中に入り込まないといけないの!?」
マナは光しか見えない戦場を指差し叫んだ。
衝撃と重い音、風が渦巻いているが速すぎて実体が見えない。先程斬られた経験をしたマナは震えていた。行かなければと思うが気持ちがついていかず、足を縛る。
「もうそれしかないでしょう……。私は平次郎のサポートで精一杯です」
健がマナに小さく頷いた。
健は何もしていないように見えるが平次郎に何かをしているらしい。そういえば、健の足元にはずっと五芒星が回っていた。
「弐の世界に送るにはさっきのを思い出すと手を剣王の前で振り下ろす……。その前に斬り殺される可能性もあって……」
「マナ、なるだけのサポートはするから頑張れ!」
マナがうじうじつぶやいているとプラズマが弓を構えながら必死に叫んでいた。
「いいから行け!あの平次郎とかいう人形も長くはもたないぞ!剣王と渡り合える奴はそうそういねぇんだよ!」
プラズマはさらに追加で声をあげた。
「う、うん!」
マナは冷や汗をかきながらとりあえず走り出した。
「平次郎!マナさんを守れ!」
健が平次郎に命令を飛ばした。
「承知した」
平次郎は短く静かに答えるとつまようじを振りかぶった。
「そんなうまくいかせないよ」
剣王はまだまだ本気ではなさそうだ。ますます化け物感が増している。
「すごい力……。こんなの動けないよ……。でも、行かないと!」
マナはカチカチ震える歯を抑えながらとりあえずがむしゃらに戦いの渦に飛び込んでいった。
「ひっ!」
一瞬だけきらりと光る刀が見えた。斬られたと思ったが目の前に飛び込んできた平次郎に助けられた。つまようじが刀を弾く音が響く。
「守れる保証はない。早く用を済ませろ」
平次郎が早口でまくし立てた。
「もうやるしかなーい!」
マナは奇声を発しながら剣王に突進し、刀が迫るのを感じながら手を一本犠牲にする覚悟で手を斜めに切った。
「ちっ!」
剣王が呻いた。足元が白く光り、剣王は弐の世界に吸い込まれていった。
「はあはあ……ど、どうだ!ど、どうかな?」
マナは肩で息をしながらまず手があるかを確認した。振りかぶった右手は問題なくついていた。
剣王は弐の世界に消えた。
マナは安心したように息をつくと腰が抜けてその場に座り込んでしまった。
「ふぅ……って、え!?」
マナが地面に目を落とした時、無惨に倒れている平次郎を見つけた。
「平次郎さん!?」
「平次郎はマナさんをかばって斬られたようですね。大丈夫です。人形は死にませんから」
健が困惑していたマナを落ち着かせようと声をかけた。
「へ、平次郎さん……ごめんなさい……ありがとう」
マナが震える声で倒れている平次郎をすくいあげた。
平次郎は人間ならかなりの深手だったが平然と立ち上がった。マナの手のひらにちょこんと乗っている平次郎は
「問題ない」
とひとこと言うと健に目配せをしてから白い光に包まれ消えていった。
「ありがとう。平次郎。なんとかなりました」
健が安堵のため息をつきながら平次郎を労った。
「平次郎さん、ありがとう。おかげで生きてたよ」
ともあれ、なんとか剣王を退ける事ができた。
しかし、剣王はまたすぐに戻ってくるはずだ。剣王がKからKの使いを借りられる技を持っているからだ。
「とりあえず、今のうちにスサノオ様が言っていた神社に行こ!腰を抜かしている場合じゃない!」
「はあー、死にかけたのにハイだな……。ふう、無事だったのが奇跡だ……」
マナの意気込みにプラズマはため息をついた。
「あ、そういえば……」
剣王がいなくなってからアヤ達が倒れていることを思い出した。
マナは少し離れた所で倒れていたアヤと残りふたりの場所まで行った。
「アヤさんと……歴史神さん?」
顔を覗き込んでみるが起きている雰囲気はない。
マナの問いかけにも答えないので完璧に意識を失っている。よくみると気を失っているだけではなく、何か違和感だ。
なんというか呼吸のようなものがない。
「時間が止まってるんだな。動いているのは俺達と未来だけだ」
プラズマがこちらに向かってきてアヤ達の状態を確認する。
「時間が止まっている?未来だけ動いているってどういう状況!?」
「だから、未来だけ動いてるって事だよ」
「わからないよ!」
平然と答えるプラズマにマナは頭を抱えた。
「不思議ですね。風を受けたまま止まってます」
健は木々を眺めながら興味津々につぶやいた。
「この男、いい男だな。この男に一度、殴られてみたい。紳士の男ほどそそる」
マイは同じく意識を失っている狼夜をうっとり見つめていた。マナとプラズマはマイの言葉に少しゾッとしていた。
「あの、とりあえず彼らはここに置いといて行きます?」
健の言葉にプラズマが顔をひきつらせながら頷いた。
「そ、そうだな。アヤ達は気を失っている上にさらに時間が止まってる。起きないから置いてこう」
「なんでアヤさんがここにいるかわからないけど……アヤさんは平気だよね?」
マナはプラズマに心配そうに尋ねた。
「たぶん、平気だろ。それよりもスサノオが言ってたとこに行くのが先だ。剣王はすぐに出てくるぞ」
プラズマはそわそわしながら答えた。
「わかった。じゃあ、アヤさん達は置いていこう」
マナはアヤを一瞥するとなんとなく天守閣を眺めた。剣王が作り上げた城……この世界を守るという強い決意を感じた。
……私はこっちの神々の意見も尊重する……
うまくいくかはわからないが今、両方を背負っているマナには退くという文字はなかった。




