流れ時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー7
一同は高天原内へ入る事ができた。
なぜ入れてくれたのかは説明がつかないが状況的に結果オーライといったところか。
いや……このシチュエーションはなにか問題事に巻き込まれる前兆のような気がする。
「ふむ。このゲートは北の冷林の領土のようじゃな。」
「北の冷林?」
ヒメさんが腕を組みながらうーんと唸った。
高天原内はゲートの機械化とはうってかわってだだ広い荒野だった。
枯れた草と枯れ木が寂しく風で揺れている。
「なんだよ。ここ。なんにもねぇじゃねぇか。」
「うー……東京ほにゃほにゃランドとは全然違うじゃないですか……。
もっとこう歓迎されているみたいな……Welcome to ほにゃのにゃlandみたいなのを期待していたんですが。」
「それ、けっこう危ない発言よ。大人の事情で色々と。」
一同は歩く気力を失ってしまった。
「なあ、なんで他の神は入ってこないんだ?」
ミノさんはあたりを見回す。自分達以外にゲートを通っているはずなのに誰一人ここにはいない。
「先程からゲートを通る者を見てきたのじゃが……ゲートの前にもやもやがあってチケットによって映し出される場所が違ったぞよ。
なんかこう、鏡みたいなのがあってじゃなあ……。」
「なんだそれ。つまりなんだ?一つの入り口から多数の場所へ行けるって事か?」
「そういう事じゃろ。このチケットは北のチケットだったらしいの。ワシらは北にワープしたんじゃな。」
「はあ……。」
一同は深いため息を漏らす。
「っ!」
突然ミノさんが目を見開いてあたりを見回しはじめた。
「どうしたのよ。ミノ。」
アヤが訝しげにミノさんに話しかける。
「おい。じーさんは!じーさんはどうした!」
「!」
そういえばいない。ゲートは一緒に通ったはずだ。
「ヒメちゃん、さっきまで一緒にいましたよね。どうしたんですか?」
「し、知らぬ……ワシは知らぬ!
先程まで一緒にいたのは事実じゃが気がついたらおらんかった……。」
イドさんの問いかけにヒメさんはいつになく取り乱していた。
「……ではあれは……西の剣王軍ではなかった……という事ですね……。はかられた。」
イドさんはヒメさんに聞こえるような声でつぶやいた。
ただ、声は小さかったため、必死で探しているミノさんやアヤには聞かれていなかった。
「おのれ……冷林……はかりおったな……。もう少しのところで邪魔しおって……。あれは確かに西に行く手形じゃったのに……。」
ヒメさんの身体から言雨と眼力の入り混じったものが飛び出す。
ズンッと重圧と威圧が荒野一体に広がってゆく。
「っ!」
ミノさんとアヤは立っている事ができなかった。
見えないプレッシャーに押しつぶされるように両膝をついた。
わからないが頭を下げなければならないと身体が言っている。このまま立っていると呼吸器官まで止まってしまいそうだ。
冷や汗が二人の身体を濡らす。
二人はそのまま、抗えず両手をつき、頭を地面に押し付けた。
……なんだこれ……俺が……ヒメに頭を下げている?
これではまるで神に助けを懇願する人間のようだ。ミノさんはそこで気がついた。
……こいつは……目の前にいるこいつは……人間界で生活している神とは神格が違いすぎる。
なぜ……
なぜ……
こんな化け物がこんなところにいる!
「ヒメさん?やめたほうがよろしいのでは?彼らが死んでしまう。」
ミノさん達が必死で呼吸を紡いでいる中、横から澄ました声が聞こえた。イドさんだ。
イドさんはこの重圧をものとも思っていないのか平然とヒメさんに近づいて行く。
「あ……。」
ヒメさんは状況を把握して力を消した。
ミノさん達は急に力が抜けその場にばたりと倒れ込んだ。
「はあ……はあ……。お、おたく……何者……だ。」
「え……えと……大丈夫じゃったか?すまんのぅ。歴史の神故、いままで盗んだ力が……」
「ちげぇだろ。今のは……。おたくは……何者だ?」
戸惑っているヒメさんをまっすぐ見据えてミノさんは静かに言葉を発する。
「そ、それは……あ、それよりアヤが……」
ヒメさんはミノさんから目を逸らし、となりで痙攣しているアヤに目を向けた。
アヤは苦しそうに震えていた。瞳から恐怖の感情が入り混じった涙が流れている。
「ア、アヤ!おい!しっかりしろ!」
「……。」
ミノさんはアヤを揺すったがアヤは目を見開いたまま、気を失っていた。
「アヤちゃんは人間により近い神です。さすがにこれは耐えられませんよ。アヤちゃん、大丈夫ですか?」
イドさんがアヤの近くに座り、アヤを揺すった。ふとアヤの身体に力が入った。瞳が動く。
「な……なに……今の……」
アヤが唇を震わせながらヒメさんを見つめる。
「す、すまぬ……アヤ。わ、ワシは……。」
ヒメさんは声を震わせ取り乱し、後ずさりするとこの場所から……この荒野から音もなく消えた。
ヒメさんが消えた後、風に乗って「すまぬ……」と小さな声が流れて行った。
「な!き、消えやがった!どこ行ったんだ!」
「歴史の……神……一体何者なの……。」
二人はしばらくヒメさんのした行動が信じられなかった。ヒメさんがいなくなった大地をじっと見つめる。
「彼女は……」
しばらく呆然としているとイドさんが迷うように口を開いた。
「彼女は西の剣王軍……武甕槌神の側近ですよ。」
「たっ……たけみかづち……。西の剣王軍!」
「なるほど……ね。これでわかったわ……。あなたの正体も……。」
アヤがまだ震える瞳でイドさんを見つめた。
「……なんと、僕の正体に気がつきましたか。鋭いですねぇ。」
イドさんはやや嘲笑的に言う。
正体を知ってしまったアヤはあまりの恐怖にイドさんの瞳を見る事ができず下を向きながら話しはじめた。
「あなたは……東のワイズ軍方でしょ。
本当は高天原初めてじゃないのよね?
猫をかぶっていたんでしょ。何にも知らないふりして。歴史の神も最初から……ッ!」
「やっぱりばれてましたか……そうですね。
僕ははじめてじゃあありませんよ。
ヒメちゃんは本当に久しぶりのようですがね。計画は台無しです。」
「計画……。」
「すべて僕が考えたように進んでいたんですよ。
多少誤算もありましたが。
ヒメちゃんも僕の考えを先読みして邪魔してきましたがね。つまり、僕とヒメちゃんは敵同士です。
だが、彼を欲しがっているのは東西だけではなかった……北の冷林は手出しして来ないと思っていたのですが……これが誤算でしたね。」
イドさんは別に切羽詰った様子もなく淡々と言葉を紡いでいく。
「一つ、あのおじいさんを他の神々が狙う理由は何?人間から生まれる神をただ抹消したいからって理由じゃないでしょ。私達と会わせた目的は何!」
アヤが矢継ぎ早に質問をする。
ほとんど叫びに近い声だった。
それだけ目の前にいるこの神が怖かった。
……この威圧が……コップ一杯の水しか出せない神だというの?
震えながら言葉を発しているアヤにイドさんはいつもの調子で笑った。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。
僕は別に君達を殺そうなんて思ってないですから。
今は大概の神がそう思っていますよ。
昔は違いましたがねぇ。
神様の戦国時代なんてものは、本当は昔からあって人が信頼を寄せなくなったらその瞬間、その神は消えるんです。
それが耐えられない信仰心が少なく、生まれたばかりの神は創生時代からいる神に助けを求める。
そんな事を昔からしていたから勢力が分かれたんですよ。」
「……その話はもういいわ。おじいさんはなんなの?答えなさい!」
アヤの元気は空回りしていた。
イドさんと話している気がまるでしないからだ。
先程からミノさんは事の成り行きを見守っている。
「……。今話した事は僕の気まぐれです。いままで騙してきたのでせめてものと。そして気が変わりました。僕はここでお暇します。」
イドさんの身体が急に透け始めた。
「ま、待ちなさい!」
アヤは必死で手を伸ばすが恐怖心が身体をうずまき、イドさんまで手を伸ばす事ができない。
イドさんは一瞬だけいつものイドさんとして微笑むと風になって消えた。
……カレーの鰈の煮付け、おいしかったですよぉ……
風に乗ってマヌケにも声が響いた。その声はコダマしながら遠ざかって行った。
冷たい風だけが取り残された二人の横を通り過ぎて行く。
「……なあ、イドさんは敵なのか?」
先程からイドさんの話を黙って聞いていたミノさんが困った顔でアヤを見つめる。
「……今の段階ではわからないわ。あの時、東のワイズ軍が襲ってきたでしょ。それは西の剣王軍が来るかどうかをためしていただけだったんだわ。」
「わりい、よくわかんねぇ。」
「あの時、私とイドが飛ばされたでしょ。
あれはイドが天御柱神や国之常立神にわざと指示したのよ。
あの神は自分がおじいさんから離れた時、西の剣王が来るかどうか試していた。
……いや、西の剣王もおじいさんを狙っているのか確かめようとしたと言うべきね。
西の剣王軍はイドの考え通り、ミノ達の前へ現れた。とたんに彼は待ってましたとばかり私を連れて走り出したわ。
おそらく、トイレにこもったりしていたのは時間稼ぎね。」
「なるほど。しかし、ヒメが西の剣王軍だとするとなんで俺達の戦闘を止めたんだ?
イドさんがいねえんだからそのままやりゃあいいじゃねぇか。」
「おそらく歴史の神は予想外の展開に焦っていたはずだわ。
彼らが歴史の神かそれとももっと上の神かの言葉を無視して暴走したのよ。
ヒメはイドに踊らされている事に気がついていたからおじいさんのそばからずっと離れなかった。
彼らが来たのは誤算だったんじゃないかしら。」
「それで……ワシを怒らせるな……か。もう一つ、気になる事がある。高天原のチケットだ。
あんな都合よく落とすか?しかもヒメさんはしつこく高天原へ入る事を言ってきたぜ。」
ミノさんの言葉にアヤはハッと目を見開いた。
「彼らはチケットを落としたんじゃなくて置いて行ったんだわ。
歴史の神に敬意を払って高天原へ帰る一人分のチケットを置いて行ったんだ。
歴史の神は高天原へ帰るのは久しぶりとイドが言っていたわよね。
歴史の神は西の剣王、武甕槌神が自分を呼び戻そうとしているととらえたのね。
そこで歴史の神は彼らが暴走してきたわけじゃない事を知った。
武甕槌神が彼らをよこして、歴史の神に仲間がチケットを渡しに来たという事を遠回しに教えた。
武甕槌神はイドの作戦を逆に利用したんだわ。
それがわかった歴史の神は高天原へ行く事を強要した。きっとついでにおじいさんもいただく気だったんだわ。」
「そうか。だから昨日の飯の時……あの二人はもうお互いをわかっていたんだな。
じゃあ、なんでイドさんも高天原へ行こうなんて言い出したんだ?」
「それはさっきのでわかったわ。
歴史の神は最近の高天原を知らない。
イドはそれを逆手にとっておじいさんを東のワイズ軍へ連れて行こうとしたんだわ。
イドは自分から長役をやりたいってあの時言ってきたの。私は許可した。
そしたら、すかさず歴史の神がその役をやりたいなんて言うから私はあなたじゃ、ちんちくりんに見えるわと言ったのよ。
今考えたら私は彼女に恐ろしい事を言ったと実感できる。おそらくそれも見込んでイドは立候補してきたのよ。」
アヤは震える手を押さえた。
「そんで、イドさんは西に行くチケットでどうやって東に行こうとしたんだよ。」
「あの態度から見て、銀の鎧を脅すつもりだったらしいわね。
だけどここでまた誤算が生じた。
銀の鎧を纏った神達は西の者ではなく、北の冷林の配下だったって事。
イドも歴史の神もあれだけ見えない攻防戦を繰り広げたのに結局は北にすべて持っていかれた。」
「そんなになるまであのじじいは大切なのか?殺す気はなさそうだったぜ。争奪戦って感じだった。」
「……そうねぇ。そこがわからないのよ。」
二人は一度言葉を切った。荒野の冷たい風が二人の髪を揺らす。
「これからどうすんだよ。」
「私はすべてを知りたいわ。あのおじいさんの謎も。だから北の冷林の所へ行く。おじいさんは冷林に捕まったと考えていいから。」
「馬鹿!死ぬ気かよ!相手は高天原の神だぜ!」
「大丈夫よ。私とミノが力を合わせれば。」
「なんで力を合わせる事に勝手にしてんだ!おたくは!」
ミノさんが必死の顔でアヤを止めるがアヤは決意の目をミノさんに向けた。
「……マジかよ……。お前、配下のイドさんやヒメを怖がっていたじゃねぇか。現にまったくかなわなかったんだぞ!」
「大丈夫よ。」
「おたくの大丈夫もなんの根拠もねぇんだよ!」
ミノさんはやれやれと立ち上がった。
「……?」
「なんだよ。いかねぇのかよ。」
「いえ……行くわ!」
ミノさんが差し出した手をアヤはがっしりと掴み、ゆっくりと立ち上がった。




