流れ時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー6
「ミノさーん。起きましょうよー。朝ですよぉー。」
イドさんがミノさんを激しく揺すっている。
ミノさんは揺すられている事も気がつかないくらい熟睡していた。
普段から何にもしていなかった神様が急に活動的になったせいで疲れたのだ。
「うるせぇな。起きてる。ここは食物に困った人間が祈りに来るところだ。
受験合格を祈るなら別の所へ行けよ。
いちいち、学問の神まで問い合わせるのがめんどくさいんだよ。
直接行けって。ほら。」
「完全に寝ぼけてるじゃないですか!」
ミノさんの目は半開きだが完全に眠っている。
イドさんがやけくそにミノさんを揺すってみるがミノさんは全く起きる気配がなかった。
「みーの―!」
そんな時、イドさんの横をすり抜けて何かがドサッとミノさんの上に乗った。
「みーのー!みーの!起きろー♪起きろ―♪」
ミノさんの腹あたりに馬乗りしている人物は即興で作ったらしい歌を歌いながらドスンドスンと座ったり立ったりを繰り返している。
「あー!うるせぇ!そして痛てぇ!降りろ!くそじじい!」
ミノさんは乱暴におじいさんを押しのけると頭を抑えながら起き上った。
「お!起きました。ありがとうございます。おじいさん。」
「あ!みーのが起きたぁ!」
おじいさんは朝からテンションが高くそのまま遠くにいるヒメさんの元へ走り去って行った。
「あのじじい……。」
「ああ、おはようございます。ミノさん。ヒメちゃんとアヤちゃんはあそこで待ってますよ。」
イドさんは先ほどおじいさんが走り去ったところを指差した。
神社の鳥居の所でヒメさんとアヤは何か会話をしながらミノさんを待っていた。
「ああ、わりぃ。昨日は色々ある一日だったから久しぶりに疲れたんだ。」
「いえ。まだ夜明けですから起きるのには早いですよ。」
周りを見回すと確かに薄暗い。朝日はかすかに出ており、冷たい風が頬をなでる。
鳥の鳴き声だけがわずかに聞こえる実に静かな夜明けだ。
「こんな早くから行くのか?」
「そうみたいです。」
ヒメさんが遠くで早くこっちに来いと手招いている。ミノさんは重い腰を上げて歩き出した。
「遅いのじゃ!いつまで寝ておる!」
「おたくは朝一が一番テンション高いのか?」
瞳が爛々と輝いているヒメさんにミノさんは寝不足の顔を向けた。
「さあ、行くわよ。歴史の神から聞いたの。
高天原に目立つことなく行くためには朝一で乗り込むのがベストと。
朝は沢山の神が高天原へ入って行く。私達はそれに紛れて侵入するのよ。」
「なるほど。」
アヤが頷いたミノさんにフード付きコートを投げる。
「おい。なんだよ。これ。」
「フード付きコートよ。着た方がいいわ。」
よく見るとイドさんは着ていないが他の面々はコートを着てフードをかぶっている。
ミノさんはなんだかわからないまま、とりあえず皆にならってコートを着た。
「お。あったかいな。これ。」
「これをかぶる事で顔を隠し、私達は家族神になるの。チケットは一枚しかないから家族で一つの神と思わせるのよ。イドは私達を連れて歩く長役をやってもらう。」
「ワシがやりたいと言ったのじゃがアヤがワシじゃあちんちくりんにしか見えんと言うのじゃ……。しかたないのぅ。」
ヒメさんはトホホとおじいさんの頭を撫でまわす。
「皆、しばらく帰って来れないと思うけどいいの?」
改めてアヤが一同を見回しながら確認を入れた。
「僕は構いません。」
「ワシもよいぞ。」
「あー……俺もいいぜ。乗りかかった船だからな。」
「おでかけー♪」
一同のそれぞれの笑顔を見たアヤはニコリと微笑むと頷いた。
「では、ワシが高天原への門を開く故、しばし待たれよ。」
ヒメさんはそっと目を閉じ、お札を空に向かって掲げる。
「オープンー!セサミ―油ぁあああ!」
「!?」
ヒメさんの発した謎の呪文により一同の身体は光に包まれた。光は一瞬だった。
その一瞬でミノさんは違う世界に飛ばされたのだと実感できた。
人々の……いや神々の話声が聞こえてくる。ミノさんはそっと目を開けた。
「って、何よ。そのセサミ油って、ごま油じゃない。何その開けゴマ的な……。
だいたい、変な呪文なんて唱えなくてもチケットを空にかざせばよかったんでしょ!」
「うー……そうなのじゃが……こう……なんか雰囲気的なものが……ほしいじゃろ?
だが、言った後でなんかこう……もっといい言葉がなかったのかと……うう……赤面じゃ。」
近くでアヤとヒメさんがぼそぼそと何か言い合っていた。ミノさんはとりあえず状況を把握する。
まわりは様々な神様でひしめき合っていた。
地面は石畳でまわりに建物などはない。
神々がただおとなしく何かを待つように立っているだけだ。
前方にはやけに機械的なつくりの大きなドアがあった。その双方には鉄か銀かでできた壁がどこまでも続いていた。
「あれが入場ゲートじゃ。あれが開くまでまだ少し時間がある故、皆ここで待っておる。」
ヒメさんは頬を赤く染めながらミノさん達に説明をする。
「フードかぶっていた方がいいか?」
「そうじゃな。翁もほら、かぶるのじゃ。フードが脱げておるぞ。」
「ほえ?」
石畳をいじっていたおじいさんにヒメさんはフードをかぶせてあげた。
「ああ……今更ながら自分、緊張してきました……。皆さんの命運を僕が……僕が背負って……。」
「落ち着きなさい。イド。あなたがダメだったら私達もなんとかするから。」
前方のドアを見たり地面を見たりとそわそわしているイドさんにアヤは力強い瞳を向けた。
刹那、周りの神々が騒ぎだした。前の大きなドアが音もなく横にスライドして開いていた。
「ききき……きました……。」
完全に色を失っているイドさんにおじいさんがポンと背中を叩いた。
「いーど!がんばっ!」
「ガンバって今はちょっと古いですよ。おじいさん。誰に教わったんですか?」
「イド殿、ガンバっ!」
ヒメさんもおじいさんにならい背中をポンと叩く。
「ああ……ヒメちゃんですね……。」
やれやれと首を振ったイドさんは覚悟を決めたように周りの神々と共に歩き出した。
「おい。ほんと、大丈夫なのか?イドさんで……。イドさんは高天原なんか来た事ねーんだぜ。」
「大丈夫よ。たぶん。あの神、ああ見えて凄い眼気を出せるの。」
「眼気?」
「まあ、いいわ。とりあえず行くわよ。」
アヤがさっさとイドさんの後について行ってしまったため、ミノさんも慌てて後に続いた。
入場ゲートとやらは銀色の鎧を身に纏った神が数名立っており、大きなモニターが設置してある。
その他、認証システムや身分が勝手に調べられてしまう機械なんかも置いてある。
よくわからない機械の他、機械という機械が何もない所でパソコンのディスクトップが現れる謎の機能まで備わっていた。
よく見るとまわりの神々は何にもない空間を指でスライドして笑い合っている。
おそらく目には見えないが目の前にタブレット機能の何かがありそれでメールなどをしているのだろう。携帯電話でしか連絡手段のないミノさん達とは生活がかけ離れている。
「う……ちょっとちょっと、ヒメちゃん……。これ非常に厳しいのではないですか?」
「た、確かにのう……まさかここまで未来化が進んでおるとは……。」
「高天原は人間の先を行く世界。恐ろしいわね。で?どうするのよ。身分を調べる機械があるんだけど。」
「無理だな。いくらチケットがあっても中に入れねぇだろうよ。」
三人は半ばあきらめムードでその場に立ちすくんでいた。
「いけますよ。僕が頑張ります。ダメだったら全力で逃げましょう!」
「いどー!がんばー!」
相変わらずのんきに応援しているおじいさんにニコリと微笑んだイドさんは三人の反対を押し切りゲートまで足を運んだ。
「おいおい!誰かあいつを止めろ!ここはナントカランドじゃねぇんだぞ。」
ミノさんが小声で焦った声を上げる。
「無理じゃな……。イド殿はもう入りこんでおるし……。」
「ミノ、逃げる準備もしておくわよ。」
もうここは当たって砕けろ!な気持ちでアヤ達はイドさんに続いた。
一同の周りに電子文字が浮かぶ。
そのまま解析するように数字が流れた。
身分を調べているに違いない。
ミノさん達の頬に汗が伝った。
結果は目に見えている。
ビービー!と警告音のようなものが響いた。
ミノさん達をまわっている数字は緑色から赤色に変わりデンジャラスマークにエラーが発生していた。
「曲者だ!」
と銀の鎧が大声を上げたと同時にドタドタと他の鎧達もミノさん達の周りに集まってきた。
イドさんは恐る恐るこちらを向くと
「あ……やっぱダメでしたー。」
と笑ったが笑顔が引きつっていた。
「お、おい……。これは……」
「逃げる方にしぼった方がよさそうね……。」
銀の鎧達が剣の柄に手をかけながら近寄ってきていた。
「や……やばいのじゃあ……!」
ヒメさんも蒼白でおじいさんをかばいながらじりじりと後ろに下がっていく。
「しょうがないですね。わかりました。」
と急にイドさんが独り言のようなものを漏らし、前に進み出た。
鎧達がさらに警戒を強めるのを見ながらイドさんは堂々と歩いて行く。
そして一人の鎧の前まで来ると口を開いた。
その瞳はもはやいつものイドさんではなく、昨日アヤが見たイドさんだった。
「……お前、僕を誰だと思っている。そこをどけ。
僕は忙しいんだ。
ふむ。あの機械じゃあ反応しなかったか。それとも西の剣王からなんか言われているのか?
僕を通すなとでも。どうなんだ?そこのところ。」
イドさんは恐ろしく冷たい声で語っていた。
そこにいるのがイドさんではないようなそういう感覚をミノさん達は感じた。
銀の鎧はただ震えていた。
何か強大なものを見るようなそんな目でイドさんを見ているがイドさんの瞳までは見る事ができない。
「……おい……。お前。ちゃんと僕の目をみて答えろ……。」
「い、いえ。い、いますぐお通しします……。……様……。」
鎧は最後まで言葉を紡ぐ事ができなかった。呼吸は荒く、今にも気を失ってしまいそうだ。
まわりの鎧達も同様にイドさんの気に当てられガチガチと震えていた。
「い……イド……。」
アヤは底冷えするような空気の中やっと言葉をつぶやけた。
「しまった……。言い過ぎましたか。……あ……皆さん。通してくれるそうです!行きましょう!」
イドさんは一瞬しまったと顔をしかめたがミノさん達に向き直り、いつもの調子で微笑んだ。
「お、おたく、すげーんだな。よくわかんねぇが。」
「凄いでしょ!僕の特技なんですよ!」
イドさんはそのまま颯爽と高天原内へと駆けて行った。もちろん、もうなんの機械も反応を示さない。
「ふむ。これは凄いの。ああ、翁、泣かなくてもよいのじゃ。彼は味方故な。」
おじいさんはイドさんがよほど怖かったのかしくしくと泣き出してしまった。ヒメさんはおじいさんの肩をそっと抱くとイドさんに続き歩き出した。
「彼は……もしかすると……。」
「アヤ?」
「え?いえ。なんでもないわ。」
アヤは悩んでいた顔を元に戻すとヒメさん達の後をついて行った。
「……変なやつだ。」
ミノさんは腕を組むと周りの鎧達を警戒しながらアヤ達に続いて歩き出した。
鎧達は何か話し合っているようだった。
それはミノさん達の耳には届くことはなかった。




