変わり時…2向こうの世界16
マッシーはとてつもなく機嫌が悪かった。そっぽを向いたままマナ達を運んでいる。
Kの使いハムスターは基本的に弐の世界を自由に動ける。そして、他のKの使いにはできない沢山の者達を一気に運ぶという事ができた。
ネガフィルムのような世界が目の前に帯状に連なっている。このネガフィルム一コマ一コマに心あるもの達の世界がある。
そしてこの世界の中には心を住処としている霊がいる。
こちらの世界では人の心に手を伸ばしてくれるのは心にいる霊だ。
死者は常に生者を導く。こちらの世界ではこれは常識である。
しかしマナはそれを理解していない。
「ね、ねえ、えっとマッシーさん?これからどれくらいかかるの?」
マナは恐る恐る機嫌の悪いハムスターに声をかけた。
「それ答えないといけないの?健~、この人めんどくさい」
マッシーは心底めんどうくさそうにそう言った。
「う、うん、マッシー?いいから進んでね……」
健は半分申し訳なさそうに周りを見てからマッシーを急かした。
「後でハムスタークッキーを挟んだケーキだからね?ドライアップルも追加ね?」
「わ、わかったから……」
健の反応にマッシーは大きく頷くと目を輝かせて歩くスピードを上げた。
ハムスターとは自分の事しか考えていない動物である。そのためならどんなものでも利用する。
マッシーがスピードを上げたため、強制的について行かされているマナ達は高スピードで回る世界に目を回していた。
「そういえば……健、レール国は女に丁寧に接する国……だったよな?」
プラズマは吐きそうになりながら健にそう尋ねた。
「はい。そう言いましたが」
健は意外に平気そうだった。
「引っかかるんだよな。あの国……。クラウゼ、あの国はいつから紳士なんだ?」
プラズマは今度、青い顔をしているクラウゼに問いかけた。
「初めからだな。初めからそうだ。女を怖がらせない、愛おしいと思う……これはおかしなことか?」
「……いや」
クラウゼが首を傾げたのでプラズマは短くそう言った。
「何が引っかかる?」
クラウゼの言葉にプラズマは思っている仮説を言って良いものなのかしばらく考えていた。
「俺達の国がそんなにおかしいか?」
「いや違う。……仕方ない。話そうか……。例外もいるようだが平和を願う思いが強いKはほとんどが女の子だ。しかも幼い女の子。
きっとあの子達は戦争に行ってしまう男の人に『会いたい』、もしくは『優しくされたい』、『愛してほしい』……そう願ったはずだ。例えば……父親、兄貴……親戚のおじさんでもなんでもいい。行ってしまう、去ってしまう、そして二度と帰ってこない。戦争なんてなくなればいいのに……純粋無垢な少女はそう思うだろ?
男の子はおそらく、自分の親族を誇りに思う方へ行くだろう。そして自分も強くならなければと思う。あの時代はそう教育されているからな。この世界が分裂したのはいつだ?」
プラズマはそこで区切り試すような目で一同を見回した。
「……確か……第二次世界大戦……ではなかったですか?」
静かに息を飲んでいるマナとクラウゼに代わり健が答えた。
「そんな話だったな。つまり俺の仮説では……レール国は昔からずっとKの少女達が想像を膨らませて作った不確定要素が高い国なのではないかとな。神々がいる俺達の世界でもレール国は幻想なんじゃねぇかってな」
「……なんだか否定された気分だな。生を」
クラウゼはため息交じりにそっけなくつぶやいた。
「そうだ。だから言いたくなかったんだ。これは俺の仮説だからな。間違いかもしれないが……俺はほぼ確信している」
プラズマは前を行くマッシーを見つめながらはっきりと言った。
「確かにそれだと私達の世界に絵本として残っていたのも納得できるかも」
黙って話を聞いていたマナは吐きそうになる口もとを抑えながら辛うじて声を上げた。
「まあ、これを言ったら本当にクラウゼに失礼なんだが……レール国という国、レールって名前は英語で線路だ。二つの世界を繋いでいる国……って意味だったりしてな」
プラズマはクラウゼを窺いながらつぶやいた。クラウゼの眉がわずかに動いた。
「……レール国っていうのはな、レールという白猫の神からとった名前だ。俺の国では白猫は出会いの神だ。様々な出会いを受け入れる国としてそう名付けられた」
「様々な出会いを受け入れる……か。そのレールっていう神が出会いの神ってところにも何か引っかかりがある」
「引っかかりだらけだな……」
クラウゼはやれやれとため息をついた。
「さっきからうるさいけどもう着くよ。」
前から不機嫌なハムスターの声が聞こえた。
辺りは宇宙空間のように知らずの内になっており、ネガフィルムのような世界ではなくなっていた。どこをどう来たのかよくわからなかった。
マッシーは「はーあ」と長いため息をつくとある宇宙空間の一点で止まった。
「はい。ここ。」
マッシーはそっけなく言いながら何もない空間を叩いた。
刹那、光が突然溢れ、あまりの眩しさにマナ達は目を瞑った。色々といきなりすぎて心の準備すらもできていなかった。




