流れ時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー5
「やる事がハデね……。」
アヤは唸った。もう少しで神社につく一本道で神に足止めをくらってしまった。
「あれは経津主神ですね……。西の剣王軍です。いやあ、よく狙われますねぇ。僕ら。」
「そんなのんきな事を言っている場合ではないわ。相手は剣神よ。」
経津主神は長剣を携えた偉丈夫でおそらく銀でできているだろう鎧を身に纏っている。
お互いしばらく睨みあいを続けていたが先に足を踏み出してきたのは経津主神の方だった。
アヤは咄嗟に時間を止める。
しかし、アヤの力では抑えられなかった。
剣神、経津主神はアヤが巻きつけた時間の鎖を引きちぎると無抵抗なアヤに襲いかかった。
「……うそっ!」
やばいと感じたアヤは二、三歩後ろに退いた。
「ほい!」
と急に近くでイドさんの声がした。
イドさんはアヤを抱えると危なげに長剣をかわした。
近くを轟っ!と長剣が通り過ぎる。
「ふぅ……助かったわ。」
「いきなり女の子に手をあげるなんて感心しませんねぇ……。西の剣王軍。」
「……イド?」
経津主神を見るイドさんの目は明らかにいつもと違った。
いままで見せたことのない鋭い目つきに変わり無言の威圧を剣神につきつけている。
イドさんは抱えていたアヤを下ろした。
経津主神は戸惑ったように止まっている。
イドさんの威圧は空気を震わせた。
「まずいな。まさかお前がここにいるとは……。」
経津主神が初めて口を開いた。
「……。」
「失敗か……。いくらなんでも来るのが速すぎる。だがこちらにも……」
経津主神はそうつぶやくと音もなく消えていった。
「ふぅ……危なかったですねぇ。あー怖かった。」
イドさんの瞳はもとの優しさに戻っていた。
「あ、あなた、今の……眼気……。それもかなり強い……。」
「効いてよかったですよ。僕、むかーしから生きていましてねぇ。」
「できるならやりなさいよ!こっちがマジで戦っているのが馬鹿みたいじゃない!」
アヤはのんきなイドさんをポカポカと叩いた。
「い、いた……痛いです。なんかだんだんマジになってませんか?力が……。すいません。あれ使うの本当疲れるんですよ……。」
イドさんがため息を漏らした時、遠くで声が聞こえた。二人は声の聞こえた方を向く。
ミノさんとおじいさん、そしてヒメさんがこちらに向かって走って来ていた。
「おい。おせぇぞ!何やってたんだ!」
「すいません。ミノさん。こちらも色々と襲われてまして……。」
疲労の溜まった顔をしているミノさんにイドさんは頭をかきながらあやまる。
「そっちは大丈夫だったみたいね。こちらも心配なかったわ。」
「アヤ!大丈夫じゃったか?それより……鰈とはどういう事じゃ……。」
ニコリと笑ったアヤに落ち込んでいるヒメさんがオロオロしながら詰め寄ってきた。
「安かったのよ。」
「……おなか……すいた……。」
アヤがふぅと息をつき、おじいさんは目をウルウルさせながらその場に座り込んだ。
「わあ……翁!大変じゃ。なんでも良い故、何か食べ物を……」
ヒメさんがおじいさんに近づこうとした瞬間、一同一斉に腹が鳴った。
「あ……。」
ヒメさんとアヤは顔を赤くしてうつむく。
「あ、これ、屁じゃないですよ?お腹が鳴っただけですよ?言っておきますが屁ではありません。屁の音って違うでしょ?屁はぐーって鳴らないでしょ?屁は……」
イドさんはさきほどから屁を連呼している。
そのうち、耐えきれなくなったアヤがイドさんに勢いよくチョップをして黙らせた。
「ま、まあ、とりあえず……メシか?」
ミノさんは地面に埋めり込むように倒れているイドさんを呆れた目で見つめながらアヤに向かい言った。
「そうね。今すぐ家に帰って鰈の煮付け作ってくるわ。」
「アヤの家に皆で泊まり込めたらよいのじゃがなあ……。」
「歴史の神、あなたは人間の住む1Kのアパートに神様を上げるって言うの?何かあったらどうすんの?」
「ワシは……皆でお泊りできて楽しいがのぉ……。」
すねるようにイジイジ小石をいじり始めたヒメさんをアヤはため息交じりに説明した。
「あなた達は神様でしょ。
寝ている時とかに寝ぼけて変な力使われたらアパート中に迷惑がかかるの。
それから、あなたはそこの男神と1Kの部屋で一緒に寝れるって言うの?」
アヤはビシッとミノさんとイドさんを指差す。
「いやあ……僕は別に何にもしませんよ。紳士ですから。」
「おたく、自分で紳士とか言うか?
まあ、するとかしないとか置いておいて確かになんか問題でも起きたらやべぇよな。
それに女の部屋なんかにいたら落ち着けなくて俺は寝られなさそうだ。」
イドさんは頬を染めながらクネクネしているがミノさんは腕を組みながら少しテレを隠していた。
「そうじゃなあ……。確かに男神は危険物故……うーむ。」
「危険ってなんだよ。わいせつ物みたいに扱うんじゃねぇ。」
気難しい顔をしているヒメさんにミノさんは眉間にしわを寄せてふんと鼻息を漏らした。
「と、いうより、今日は皆さん、ミノさんの神社に泊まるんですよねぇ?結局一緒なのでは?」
イドさんは頬をポリポリとかきながらアヤに向き直る。
「だ、ダメって言ったらダメなの!じゃ、じゃあ夕飯作るから神社の中で待っててちょうだい!」
アヤはオロオロしながら逃げるように一本道を走って行った。
「……あー、あれはあれだ。」
「そうですね……。」
「あれじゃな……。」
三人は遠くを見る目で走り去るアヤを見つめ、同時に
「部屋、片付けていないんだ……。」
とつぶやいた。
しばらくしてパーカーに短パンとラフな格好でアヤが鍋を抱えながら戻ってきた。
一同は神社への階段を登り切ったところで待っていた。おじいさんはヒメさんと鬼ごっこをしている。
「持ってきたわ。」
「おお!待ってました!」
「実りの神として食物は大歓迎だ。」
イドさんとミノさんがホクホク顔でアヤの元へと走ってきた。
もうすっかり外は暗く、神社内はあかりがないため、真っ暗なので人は入って来ない。
アヤは鍋を神社の御賽銭箱の前に置くとヒメさんとおじいさんを呼んだ。
「ごっはーん♪」
「ああ、翁!待つのじゃあ!」
なにやら楽しそうな二人はすぐに鍋の方へとやってきた。アヤは鍋の蓋を開ける。
鰈の切り身が五きれ煮つけにされていたが普通の煮付けとは違った。
なんというか色、そして匂いが普通じゃない。
「お、おい。これ……何入れた?なんでこんな茶色でドロドロしてんだ?」
「え?ああ。家にカレールーがあったからミックスしてみたわ。」
「……。」
アヤはふふんと得意そうに笑ったが一同は言葉を失っていた。
「大丈夫よ。カレールーは何にでも合うから。」
アヤは絶句している一同に紙皿を配り、割箸でそれぞれの皿にカレーに染まった鰈の煮付けを置いて行く。
「こ、これはカレーの鰈の煮付け……じゃな?」
「ダジャレかよ……。」
「何よ。文句あるの?だいたいあなた達がわけわかんない事を言うからよ。……食べてみなさい。おいしいから。」
アヤは首を傾げている二人をよそに鰈の煮付けを頬張った。
「本当ですね。これ、おいしいですよ!」
先程から黙々と食べていたイドさんは感嘆の声を漏らす。それを見ていたミノさん、ヒメさんも鰈の煮付けにとりあえずパクついた。
「おお……なんだこれ、うまっ。」
「おいしい……のじゃ……。翁よ。今食べさせてやる故な!」
二人がガツガツ食べ始めたのをみてアヤは微笑んだ。
「あーん……。」
ヒメさんは丁寧に骨をとってやった鰈の煮付けを箸でおじいさんの口へ運ぶ。
「うまーい。」
「そうじゃろ?」
ニコニコ顔のおじいさんはどこからどうみても若い妻を持った……しかも結婚したてのじいさんだ。
「そろそろ新妻に遺言を言ってきそうな感じだよな。」
ミノさんはあきれながら二人のやり取りを見ている。
「皆!ちょっと食べながら聞いて。」
と和やかなムードを変えたのはアヤだった。
「なんじゃ?」
「……?」
ヒメさんとおじいさんは黙ってアヤの方を向いた。イドさんはむしゃむしゃと鰈の煮付けを食べる事に集中している。
「今日、襲ってきたやつらの事なんだけど、東のワイズ軍と西の剣王軍。
西の剣王軍はおじいさんを狙って来ていたみたい。だけど、東のワイズ軍は一体何をしにきたのかしら。」
「……そりゃあ、あれなんじゃねーか?俺らが人からつくられた神だからさ……。邪魔で……。」
「今のいままで私達を見向きもしなかった東のワイズがなんでいきなり襲ってくるのよ。
私とイドだけ狙われるなんて事あるかしら?あの時、近くにおじいさんもいたのよ。」
そう言われればそうだ。
襲うなら全員まとめて消しにかかるのが普通だろう。もし、分散させるのが目的だったとすれば東のワイズ軍はなぜミノさん達を個別に襲いに来なかったのか。
「あれじゃないですか?西の剣王軍が襲ってくるのを知っていて東のワイズ軍は手出しができなかったというのは……。」
イドさんはうまうまと鰈の煮付けを食べながら会話に参加する。
「どうじゃろうなあ。手出しができなかったというわけじゃなく、観察しておったのかもしれぬぞ。のう、イド殿。」
ヒメさんが煮つけを食べながら鋭い瞳をイドさんに向ける。
「そうですねぇ。そういう事も考えられますねぇ……。」
イドさんは腕を組みながら唸った。
おじいさんは鰈の煮付けを食べ終わり、ウトウトと寝始めていた。
「あ、翁!ちゃんと歯を磨いてから寝るのじゃ!お水はそこにある故!」
ヒメさんはどこから出したのか歯ブラシをおじいさんに渡し、神社の中にある水道を指差した。
「眠い……。」
おじいさんは目をこすりながらフラフラと水道場に歩いて行った。ヒメさんは「しっかり磨くのじゃ」と叫んでいる。
「東のワイズと西の剣王の事は考えたってしょうがねぇから、これからの事を考えようぜ。」
ミノさんはほぼ骨の鰈をしゃぶりながら発言した。
「そうね。」
「ああ、そうじゃ、高天原に行ってみぬか?チケットがある故な。」
ヒメさんは紙切れをひらひらとなびかせながらニコリと笑った。
「おたく、バカか?死ににいくようなものじゃねーか。」
「どうしてじゃ?行きとうないのか?」
ヒメさんはきょとんとミノさんを見つめる。
ミノさんは頭を抱えながら説明した。
「だからそういう事以前にこちらには人間がいるが向こうには敵しかいねぇじゃねぇかって事だ。」
「大丈夫じゃよ。きっと大丈夫じゃあ!」
「おたくの大丈夫には何の根拠もねーんだよ!」
ヒメさんの目はなぜか輝いている。
「……歴史の神、あなた、ただ行きたいだけでしょ。」
アヤもミノさんもあきれた顔をヒメさんに向けた。
「いいんじゃないですか?僕も行ってみたかったんです!高天原!ヒメちゃん!行きましょう!ぜひ!」
「おお!イド殿!イド殿はわかってくれるのじゃな!やっぱり行ってみたいよの!」
ビシッと立ち上がったイドさんはヒメさんと手を取り合いながら結束を深めた。
「おたくら、少しはこの状況わかろうぜ……。」
「いや、高天原に行くのはいいのかもしれない。」
頭を抱えているミノさんの横でアヤは真剣な顔ではっきりと言葉を吐いた。
「おたくも何感染してんだよ……。」
「とりあえず、聞きなさい。
高天原の勢力は三つ、西の剣王、東のワイズ、北の冷林。
その他に南の無法地帯。
無法地帯と言ってもどの勢力にも染まらない神が住んでいるってだけ。
東のワイズと西の剣王の情報を仕入れたいのなら高天原に行って南に隠れるのが一番ね。
ここより安全なんじゃないかしら。
まあ、そこでおじいさんが立派な神様となるまでこちらには戻って来れないようになるのだけど。」
「なるほど。おたく、ずいぶんと詳しいな。」
「調べたのよ。一応神の端くれである以上ね。」
「じゃあ、行くことに決定ですか?決定ですよね?やったー!やりましたよ!高天原に行けますよ!ヒメちゃん!」
「わーいじゃ!旅行の準備しないと……お土産買いたいからお金と……おやつじゃな!」
イドさんとヒメさんはミノさん達の会話を聞き、勝手に行く気になっている。
「あなた達、遠足じゃないのよ……。」
「で?結局行くのかよ。これ。」
ミノさんがいまいち乗り気じゃない雰囲気を出すとヒメさんとイドさんはうるうるした瞳をこちらに向けた。
「行かないんですか……?」
「行かないのか……。」
「あー!わかった。わかった。行くから落ち着け。これ以上俺の神社で騒ぐな。」
ミノさんは観念したと手をひらひらと降ってみせた。ヒメさんとイドさんの表情がパッと明るくなる。
「やったああああああ!」
「だから騒ぐなっつってんだろ!うるせぇええ!」
ヒメさん達の声は静かな夜の街に大きく響いた。
それに連なりミノさんの怒鳴り声が重なる。
それを聞きながらアヤはふうとため息をついた。おじいさんはヒメさんの言いつけを守り一生懸命に歯磨きをしていた。
その夜、夕食の片づけをした一同は睡眠に入った。
ヒメさんとアヤとおじいさんは社内で眠り、ミノさんとイドさんは社付近にある大きな木のそばで眠りについた。
ふっと眠っていたミノさんの目が開いた。
……あー、なんか起きちまった。ねっむ……寝よう……
ミノさんが目を再び閉じかけた時、遠くで何やら話し声が聞こえてきた。
……なんだ?
ミノさんの意識は朦朧としており立ち上がる事はできなさそうだ。しかたがないので寝ながら耳を傾ける。
「昼間の騒動はおぬしの仕業じゃな。うまくやったのぅ。出し抜かれたわ。そして先程は何故ワシに肩入れをしたか?」
……ヒメか?この声は……
「ふふふ。」
もう一人の相手が低い笑い声を漏らした。会話しているのは男か。
「まさかおぬしほどの神がこんなところにおるとは……のう、龍雷水天神よ。」
「……。」
会話はそこから先は聞き取れなかった。ミノさんの瞼が限界を超えたのだ。
ミノさんは寝息を立てながら深い眠りへと入って行った。




