変わり時…2向こうの世界7
ツクヨミ神の神社まで戻り、社付近の池を覗き込んだ。
池には月が映っていた。
満月ではなく少し欠けた月だった。
「プラズマさん、どう?なんか感じる?」
マナが尋ねるとプラズマは息を飲んで頷いた。
「ああ。月が映っている今、昼間来た時と違う霊的空間が見える。」
「また……霊的空間。」
プラズマとマナはしばらく黙って月が映る池を眺めていた。池は月が反射してキラキラと幻想的に輝いていた。
「入ってみるか?」
プラズマは重たい口を開いた。
「入るって池に?」
「大丈夫だ。飛び込むぞ。」
「えええっ!」
プラズマは突然にマナの手を握り、動転しているマナを引っ張って池に飛び込んだ。
揺れる水面と水面ごしに月が見えた。それは幻想的でとても美しかった。
マナは水の心地よい音を聞きながら泡を吐き、ふと思った。
……いつから人はこういうきれいなものを見なくなったのだろう。月や星はあんなにきれいなのに人はそれを楽しむことを忘れてしまった。
……私もそれを忘れていた……。
「おい。マナ。いつまでぼうっとしてるんだ。」
「はっ!」
なぜかプラズマに肩を揺すられてマナは我に返った。
気がつくと普通に息ができ、しかも水の中にいるはずなのに立っていた。
辺りを見回すと淡いクリーム色の世界が広がっていた。
「な、なにここ!」
「霊的空間だ。月が出ている時しか開かないらしいな。……で……。」
プラズマはマナを落ち着かせてある一点を睨んだ。プラズマが見ている方向にホログラムの様に烏帽子に水干袴の青年がゆっくりと現れた。美しく長い紫色の髪はアマテラス大神やスサノオ尊を想像させた。そして秀麗な顔立ちもあの二神に似ていた。
「そんな睨まなくてもいいじゃないか。僕の空間内に入ってきたのは君達がはじめてだよ。うわあ……久しぶりの神だ。」
「あんたは……ツクヨミ神だな。」
「ご名答。その通りだよ。僕はツクヨミ。よろしくね。」
「ツクヨミ神!?」
紫の髪の青年にマナは驚いたがよく考えれば先程のアマテラス大神と出会いは同じだ。
「さっき、アマテラス大神とスサノオ尊に会ったぞ。」
プラズマがとりあえず会話を始めるとツクヨミ神はどこか嬉しそうに頷いた。
「そっか。まだ消えていなかったんだね。ほら、僕達はこの空間から出られないから安否確認に出かけられないんだよ。本当に誰も信じてくれないものでね。」
「あんたはKを知っているか?」
プラズマは聞きたいことを質問してみた。
「K?ああ、こっちの世界でもいっぱいいるよ。平和を願っている子達は皆Kだから。ああ、その中で一番まずい症状とエラーが出ているのが……。」
ツクヨミ神はそこで言葉を切って言うか言わないか迷っていた。
「病院に隔離されているあの子だろ。」
「良く知っているね。なら話が早い。そう、あの子だ。……あの子は近い将来、『ソウハニウム』とタンパク質との拒絶反応を生み、身体のあちらこちらが悪くなる。もう生きているのも精一杯かと思われるけどそんな時に両親はアメリカで機械化手術の事を知る。タンパク質を使わずにソウハニウムを体にとどめておけるし、機械が体を守るので感情も安定するだろうと、世界が注目する大手術に挑むんだよ。」
「……?いきなり何言ってんだ?よくわからないぞ。だいたいソウハニウムってなんだよ。」
プラズマが首を傾げていたのでツクヨミ神は「あれ?」とさらに首を傾げた。
「未来だよ。ここ一、二週間くらいの。ちょっとだったら読めるんだ。あ、ソウハニウムも知らないのか。こちらの世界で最近研究されている向こうの世界だと『魂』と呼ばれているエネルギーの事だよ。ずっと霊的なものだった魂がここに来て突然、物質として発見されたんだ。それも全然関係ないような実験でたまたまできてはじめは新しい物質だとして研究者が使い道を必死で探していたんだ。それで人が死ぬときに発するエネルギーがこれに似ているとして研究が進められるとはっきりとわかってそれで正式にソウハニウムっていう物質になったわけ。」
ツクヨミ神は飄々と手振りをつけて説明をした。
プラズマはあまりに異色の世界に口をパクパクしていた。
「そ、それって、こっちの世界だと不思議な事がないって事になるから世界が魂の成分をわかりやすくはっきりとした物質にデータ改善したって事か?」
「その可能性もあるけど僕にはわからない。まあ、とりあえずソウハニウムって物質はタンパク質と良く結びつくようで肉体が腐らないようにする防腐効果もあるらしい。それでも年月を重ねるごとにソウハニウムは外に出て行ってなくなっていくようで体は衰えるみたい。今はソウハニウムを体にとどめておける食材とかが開発されているようだよ。」
「ソウハ……ニウム。」
ツクヨミ神の長い説明を聞きながらプラズマはふとマナを仰いだ。
マナはうんうんと大きく頷いていた。
「その通りだよ。思い出した!!こないだ本屋で売っていたちょっと怪しい科学雑誌を読んだんだけど、タンパク質とソウハニウムをガンマー線に当ててから変圧したっていう化学合成してできたトランスソウプロテニウムっていう金属に近い物質が人工臓器として今後活躍すると。透過しちゃうガンマー線って意味ないように見えるけどこれをすることでこの物質ができるんだって。詳しい事はよくわからないけど。怪しすぎて忘れてたよ。」
「本当にそうなのかよ……。怪しいなあ。しかし、よく勉強してるな。俺なんかチンプンだ。エックス線なら知っているけどな。」
プラズマはマナの続きの説明に頭を抱えた。
「まあ、とりあえず、そういうわけで僕はもっと信仰されなくなったってわけ。」
ツクヨミ神がトホホと肩を落とす。
「それで?あんたはこの世界をどう思っているんだ?」
プラズマは唸りながらツクヨミ神に尋ねた。
「うーん。どうって言われても……別にいいよ。人間がそれを望んだのならそれでいい。」
ツクヨミ神は別に何とも思っていなさそうだった。
「ほんと、神って楽観的だよな。」
「そうかな?」
「……この世界でお前達を信じたがために苦しんでいるやつは少なからずいるぞ。」
プラズマはマナやケイを思い浮かべながらツクヨミ神に言い放った。
「……情けないけど、表に出られないんだ。だから夢の中でせめて救ってあげている。スサノオが一番それをやっているだろうね。僕とアマテラスはこちらの世界の目なんだ。だからこちらの世界を見届けないといけない。スサノオはそうじゃないから。」
ツクヨミ神は何もないクリーム色の世界を何げなく見回した。
「そっか。あんたらも大変なんだな。で、またここから先に行くとケイって子の病室にたどり着くのか?」
プラズマはどこまでも続きそうなクリーム色の空間を指差して尋ねた。
「……いや。僕にはわからないけど。行ってみたら?」
ツクヨミ神が少し楽しそうにプラズマとマナを見ていた。
プラズマは「どうする?」とマナに目を向けた。
「行ってみてもいいかもしれない。どうせやることもないし。」
マナはまたも気分の高ぶりを感じた。また不思議な世界を歩くことができる。
マナの思考はそちらへと向かって行った。
「あんた、やっぱりどこまでもぶっ飛んでるな。じゃ、行くか?」
「うん!」
プラズマの声にマナは元気よく頷いていた。




