流れ時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー3
しばらく走ると先程のスーパー近くに戻ってきた。
行きよりも長い時間走ったような気がする。
「ぜぇ……ぜぇ……はあ……はあ……。」
「疲れたわね。」
「というかおたくはなんで汗のひとつもかいてねぇんだ……はあ……はあ……。」
アヤは汗だくのミノさんと正反対で涼しい顔をしている。
「本当はいけないんだけどちょっと時間操作をね。」
「あー!ずりぃぞ!そんなことできんのかよ!おたくもなんで涼しげなんだ?」
「はい?」
ミノさんは同じく隣で涼しそうにしているイドさんに目をむける。
「俺だけこんなかよ……。」
「ミノさんは体力がないんですよ。僕は元気なんです。」
「あーそうかい。ヒメさんはずっと浮いてたしな。」
「凄いじゃろ!この服装のおかげじゃ。高天原産じゃ!今の高天原はすごいメカメカしておるのだぞ。まあ、ワシは昔のものしか好きではないがの。」
「高天原とか行った事ねー。」
「僕もないです……。さみしいです……。」
嬉しそうなヒメさんにさらに脱力するミノさん、イドさん。
「だ、大丈夫じゃよ!きっと行けるからの!ほ、ほら、えーと……信じていればいつかかなう……頑張ればいける……えーと……苦しい時の神頼み!」
「歴史の神、意味が間違っているわ。どちらかといえば、辛抱する木に金がなるね。」
アヤに突っ込まれつつ、なんだか暗くなったミノさんをヒメさんは一生懸命に盛り上げた。
「とりあえず……町に?」
「……ですね……。」
二人はもう深く考えない事にして話題をもとに戻した。
喜んでいるおじいさんと一同はスーパー付近から少し歩いて松竹梅ヶ丘という名の駅の中へ入って行った。時刻はもうお昼を過ぎていた。
「うわー。すごいですねぇ!人がいっぱいです。あ、ゲームセンター!」
イドさんはテンションが高く、あちらこちらをキョロキョロと見回しながら感動したことを口に出している。
駅はさまざまな店が入っていてパティスリーやカフェなど落ち着ける空間もあれば奥様方が戦争している激安パン屋さんや弁当屋さんもある。
「ところでこれから行く所がないの。だから結界があるミノの神社に行きたいのだけど。」
「ええ!俺んとこ?」
「とりあえずいいかしら?」
「……いいぞ。」
ミノさんはそっぽを向いてフンと鼻息を飛ばした。
「携帯買わないといけません!」
「そうじゃ!ケータイじゃ!」
「わかったわ。わかったから静かにして。」
アヤは騒ぎ出した二人を諌めた。
となりでおじいさんがウトウトとし始めていたからだ。
「ったく、頭が春なじーさんだぜ。騒いだら寝るのか。で?誰がこのじーさん担ぐんだ?」
「大丈夫じゃ。この高天原産の羽衣で……」
ヒメさんは服の内部から水色の羽衣を取り出す。
「出た。高天原……。」
ヒメさんはスースーと寝息を立てているおじいさんの背にそっと羽衣をかけた。
するとおじいさんがぷかぷかとその場に浮遊しはじめた。
「それがあるなら、あの神から逃げている時に出してくれればよかったんだが……。俺が担いだんだぜ?」
「まあまあ。」
「そろそろ行きましょうよ!」
イドさんはいち早く携帯がほしいのかそわそわとしている。
「わかったわ。行きましょう?」
アヤは一同に向き直った。ヒメさんはおじいさんを起こさないように慎重に羽衣を動かして誘導していた。
「それ浮いてんのに自分で動かさないといけないのかよ……。」
「う、うむ。し、しかたないのじゃ……これは旧式故……。」
操作がかなり難しいようだ。ヒメさんは額に汗を浮かべながら羽衣の先を右へ左へと動かしている。
「あー!どんくせぇな。俺に貸せ!」
ミノさんは羽衣の端を奪うとすいすいと歩き出した。
「おお!意外にできる男ではないか!」
「意外はよけーだ!ほら、いくぞ。」
おじいさんを引っ張りながらミノさんは進んでいく。
外は太陽が出ているのだが、なんだか先程よりも雲行きが怪しい。
「これは雨が降りますよ。蛙が騒ぎますよ。井戸の中だっていうのに。」
「井の中の蛙な。そういえば蛙の神とやらが存在していたように記憶しているが、あれ、どうなったんだ?」
「今は蛙の神様は井戸を飛び出して大海原ですよ……。ミノさん……。
井戸がないんですから……ね。井戸の神様がいるのに蛙さんは飛び出して行ってしまったんですよ!」
イドさんの表情が暗くなったのでミノさんは慌てて話を携帯に戻す。
「あー……悪かった。もうその話やめようぜ。ほら、携帯売ってるとこ近いぜ。」
目と鼻の先にある携帯ショップを目指し、一同は歩いている。
道行く人は先ほどよりも減っていた。
「おお!携帯ショップだの!いっぱいあるのぉ……。」
「それ買うの私よね……?」
いち早く携帯ショップに入り込んでいるヒメさんにアヤはため息を漏らす。
ミノさんとイドさんも携帯ショップに無事たどり着いた。
「へぇ……いっぱいあるんですねぇ……。どれがいいですかね?」
「いいわ。私が選ぶからあなた達は触らないでちょうだい。」
アヤは手を伸ばしかけたイドさんを睨みつけるとてきとうに四台携帯を掴んだ。
時の神であるアヤ以外は人には見えない。
アヤは人間と共に時間を管理している立場であるので人には見える。
アヤ自身、ついこないだまで人間の高校生だったのだが時の神として覚醒した。
時神は人間から徐々に神になっていく神様なのでこんなことが起こってしまうのだ。
「ええ……ちゃんと選ばせてくださいよ……。その気持ち悪いデザインの携帯はやめませんか?」
イドさんはアヤの持っている蛍光ミドリがベースで紫斑点がついている毒々しい携帯を嫌そうに見つめた。ちなみに札には『ドロドロスライム柄』と書いてある。
「なんでもいいじゃない。」
「それ、かわいくないのじゃ……。こっちのハート、ビーズの『きゃっきゃウフフンピンキー柄』の方がいいぞよ?」
ヒメさんはアヤに救いを求めるようにピンク色に輝く携帯を指差している。
「おたくらは……機能はどうでもいいのか……。」
ミノさんは別段興味がないのか並べてある携帯を眺めている。
「じゃあ、柄のないやつでいいわね。……すいませーん。」
アヤは二人の意見をほとんど聞かずにショップ店員さんを呼んだ。
「ああ!ちょっと待ってくださいよ!アヤちゃん!」
「せっかくの携帯デビューがこれではワシ悲しいのじゃがぁ!アヤよ……アヤよぉおお!」
騒いでいる二人をよそにアヤは携帯の手続きを進めている。
「おたく、このうるさい中でよくそんな普通に話進められるな……。」
店員さんと話しているアヤは当然ミノさんの言葉にも反応しない。
しばらく話し込んでいたアヤは携帯の箱を三個持ってミノさん達の元へ戻ってきた。
騒ぎ疲れたのかイドさんとヒメさんはぐったりと近くにあったソファーに座っていた。
「はい。」
アヤは一つずつ携帯の入った箱を皆に渡していく。
「ヒメ、この携帯が人に見えないようにしてくれるかしら?」
「わ……わかったのじゃ……。その携帯のこれからおこりうる歴史を消せばいいのじゃな……。」
「そう。そうすればその携帯には未来がなくなるから使い勝手もずっとそのままだし、未来を生きて行く人間にはまず見えなくなる。」
「ほいほい。ちょちょいのちょいと……。」
ヒメさんは人差し指をちょいちょいと動かす。
「それ、古いですね……。」
ヒメさんが発した謎の呪文を聞いてぼそりとつぶやいたイドさんはさっそく携帯を取り出した。
まわりの人々は驚いていない。
どうやら見えていないようだ。
アヤはほっと胸をなでおろす。
神格の高い神が持った物と電子機器だけは人間の目に映ってしまうようだった。
その他は神が物を持った瞬間、その物は見えなくなる。
なぜ、電子機器だけ人間の目に映るのかは謎であった。
「おい。これはどう使うんだ?」
ミノさんは柄も何もない真黒な携帯をクルクル動かしながらアヤに目を向けた。
「とりあえず、アドレス登録ね。……ここを押して……」
「全然わからねぇ。今おたく、何やったんだ?」
「今このボタン押しただけよ?」
ミノさんを含め、皆携帯電話を使った事ははじめてだ。
それぞれ出た疑問をアヤにぶつけている。
アヤは自分用の携帯を持っているので新たに買う事はしなかった。
あきらかに不自然な行動をしているアヤに周りの人が訝しげな目を向けている。
アヤは何度か深いため息をついたが根気強く教えた。
「はあ……はあ……もうやだ。なんでアドレス交換するだけでこんなに時間かかんの……。」
「へえ……使おうと思えば便利だな。これ。」
「ですねぇ。楽しいです。」
「着メロ変えるのじゃ!」
疲弊しているアヤとは正反対に残りの三名はとても生き生きとした顔をして携帯と向き合っている。おじいさんは今でも熟睡中だ。
しばらく携帯をいじっていると外の天気がさらに悪くなった。
もう太陽は厚い雲に覆われて出ていない。
これから台風がくるのかと言わんばかりの黒い雲と強い風が外を渦巻いていた。
「おい。そろそろ帰ろうぜ。」
「そうじゃな。これは一雨きそうな……」
「あなた達、なにのんきな事言っているの……。」
のほほんと会話しているミノさんとヒメさんにアヤは頭を抱えた。
「これは来ますね……。なんでこんなに襲われるんですかねぇ……。」
イドさんの発言でミノさんは我に返った。
そういえば……嫌な予感がする……また神か……?
「これは風雨を支配する神、天御柱神だわ。人がまつらなければならなくなった鬼神。ここで台風でも起こす気なのかしら……。」
アヤがつぶやいた刹那、一陣の猛烈な風がミノさん達を襲った。
「……!」
「うわあああ……!」
「おい!イドさん!アヤ……!」
ミノさんが叫んだ時にはイドさんとアヤが空へと舞っている状態だった。
偶然なのか人間は一人も飛ばされていない。
ミノさんとヒメさんは携帯ショップ近くにあった電柱にしがみついたため飛ばされずに済んだ。
おじいさんはミノさんが羽衣を掴んだまま離さなかったので無事だった。
風は一陣だけであとはぽつぽつと雨が降ってきたのみだった。
イドさんとアヤは先ほどの竜巻のような風にとらわれたまま遠くへと飛ばされて行ってしまい、もう姿も見えない。
「あーあー……どーすんだよ。これ。」
「とりあえず、電話してみるのじゃ。」
ヒメさんは携帯を取り出すとアヤのアドレスを開いた。
「おい。竜巻にとらわれてんだぜ。電話なんてとれんかよ……。」
プルルル……プルル……
ヒメさんはツーコールくらいで携帯を切った。
「むりっぽいの。つながらん。」
「当たり前だ!」
やれやれと首をふったヒメさんにミノさんはツッコミを入れた。
それからあまり間を開けずにアヤからの着信があった。
バイブと共にヒメさんの携帯がけたたましく鳴る。
YO♪だんご!おはぎ!くさだんご!YO♪だんご!おはぎ!くさだんご!YO♪
「はい。歴史の神じゃ。」
「って軽く流したけど、今すげー着メロ鳴ったな。こんな着メロどこで手に入れたんだ。」
「え?今、どこにおるのじゃ?……ふんふん。……ふんふん。……ほーい。」
ヒメさんはアヤと何回か言葉のキャッチボールをした後、電話を切った。
「で?なんだって?」
「あれから風が消えて地面に落とされたらしいのじゃが大丈夫との事。
すぐに合流したいそうじゃがけっこう飛ばされたみたいだからのぉ、そんなにすぐに戻れんらしい。だから先に戻ってろじゃと。」
「はあ……怪我はなさそうなんだな?」
「今はイドさんが冷たい風のせいか腹を壊したらしくての、厠にいるそうじゃ。」
「……なんて緊張感のないやつらだ……。」
ミノさんが頭を抱えた時、今度はミノさんの携帯に着信があった。
イドさんからだ。
ラブロマンス♪二人の心はラブロマンス♪いやん❤うふん❤……
「俺だ。」
「おぬしこそ、なんじゃその着メロ……。ドン引きじゃ……。」
「うるせぇな。設定の仕方がわからなかったんだ。……とと、なんだ?俺だ。」
ミノさんはヒメさんとの会話をやめ、イドさんに話しかける。
「あの……今、修羅場なんですが……聞いてくれますか……。」
イドさんは苦しそうに言葉を紡ぐ。
「なんだよ。おたく、いまどこいんだ?厠か?」
「は、はい……。便座に座っています。」
「そんな所からかけてくんじゃねぇ!」
「あの……便座が温かくて……それに……トイレにウォシュレットというものがついていまして……水が……こう……いいところに……」
「うるせぇ!切るぞ!」
ミノさんは携帯を乱暴に切った。
「なんじゃ?何を怒っておる?イド殿になにかあったか?」
「なんもねぇよ……。」
そのときちょうどおじいさんが目覚めた。
おじいさんは雨に当てられて濡れている事に気がつき目をまたしょぼつかせた。
「やばい。泣きそうじゃ!」
「とりあえず、建物の中に入って雨宿りしてから帰ろうぜ。」
二人は泣きそうなおじいさんと共に近くにあるビルの中に入って行った。




