明かし時…最終話リグレット・エンド・ヒストリー17
水色のワンピース姿の少女が現れてすぐに白い少女はホログラムとなり消えた。
「あの白い少女は……?」
ナオはワンピースの少女に戸惑いながら尋ねた。
「ああ、彼女はこの結界と同化しているので姿を消しただけです。それで……私に会いたい理由とは?」
ワンピース姿のKは幼い顔をナオに向け、首を傾げた。
「三貴神の行方を教えてください。」
ナオはKにそっと頭を下げた。
「……それは……私達もわからないです。彼らは世界改変時にこの境界を越えていきました。そして電子数字で分解され、そのままいなくなりました。
状況的にはこの世界の管轄ではなくなり、データもすべて消えました。ただ、日本ではとても影響力のあった神々なので完全な消去は望ましくなく、伝説上の神々として、又は神々が生きるための概念として、それから尊敬する神々として描かれるようになりました。故に私も彼らの今後を知りません。いたという事実は持っていますが。」
Kは丁寧に答えた。ナオは消えてしまった三貴神をまったく覚えていない。伍の世界とはそれほどまでに異質な世界なのか。
「……三貴神は……世界改変時に伍の世界も守ろうとこちらを出て行かれたようですが、他にこの境界を越えたものは……?」
ナオははやる気持ちを抑えながら尋ねた。ナオにはもう一つ確認したいことがあった。
それは、神々の会話にも出てこないイザナギ神、イザナミ神についてだった。彼らの子供である三貴神は概念としても残っているのだがイザナミ神、イザナギ神には会った事も噂もない。
こちらに残っているイザナミ神、イザナギ神の子供として三貴神の他、天御柱神が残っているが彼は自分がイザナミ神から生まれた事を知っているようだった。
「あなたが知りたいことはイザナミとイザナギの事ですか?ナキサワメさんとカグツチさんには会われていないようですね?あなたが出会ったのは……天御柱神さんだけ。まあ、彼らに会ってもイザナミ、イザナギの子供であるとしか言わないと思いますけど。
……イザナギさんとイザナミさんはそれぞれ認識はしています。イザナミさんは弐の世界全体を正常に回すプログラムとして伍の世界の人々が死んだ後も弐の世界へ入れるように動いています。彼女は結界の先へは行っていませんが限りなく伍に近い場所におり、一般のプログラムが動いている者達はそこへ行く事はできません。
私達Kは彼女がいる場所を黄泉と呼んでおります。
イザナギさんに関しては神話上、人間に繋がるよう描かれておりますので伍の世界も含めた『感情を明確に持っている』者達の世界を守っております。つまり……彼らは主に『伍の世界も含まれる』弐の世界でプログラムとして存在しているという事です。彼らは改変以前からずっと同じ任についていました。新しく伍の世界ができても彼らのやる事は変わりませんでした。」
「そういう事ですか……。伍の世界も含まれるという事は……弐の世界は伍の世界の人々の魂が行き着く場所でもあるというわけですね……?」
ナオは身震いをしながら尋ねた。Kはあまり感情を表に出さずに小さく頷いた。
「三貴神は『伍の世界も含めた弐の世界』を守っているイザナミさんとイザナギさんに影響を受けたのかもしれません。伍の世界を守ろうとしたのでしょう。こちらの世界では彼らはそれぞれ高天原、夜、海原を守っていたという記述が残っておりましたのでそれの任に別の者を立てて向こうへ向かわれたのだと思われます。しかし、もう確認のしようがありません。彼らはイザナミ神、イザナギ神とは違い、こちらとの境界を越え、肉体ある者達を守りに行ってしまいました。私達こちらのKは三貴神の行方も安否も確認できていません。」
Kはどこか寂しそうにそう言っていた。
「そうなのですか……。では彼らの他にこの境界を越えたものはいないのですね?」
「他のKなら見ているかもしれませんが私は見ておりません。」
「では……向こうからこちらへ来た者は?」
ナオは挑むようにKに尋ねた。彼女はなんでも答えてくれそうだったからだ。
「いません。来ることができるはずがありません。伍の世界の者達は神々を『人が生きていくために必要なルールであり、道しるべだった』と人間が昔創った遺物だと歴史的に考えてしまっています。脳の構造上、もうこちらとは違うので入ってくることは不可能です。
運よく電子分解されずに入って来れたとしても辻褄合わせのために体を改変されてエラー状態のままこちらで生きるか記憶をすべてなくしてしまうかのどちらかでしょう。まあ、だいたいが入る前に消滅してしまっているのか、こちらの世界を信じていないかだと思いますのでいままでこちらに入ってきた者はいませんね。」
「そうなのですか。」
ナオはそこで言葉を切ると白い空間がなくなっている先を見つめた。空間の先は宇宙空間になっており、そこから先は闇だ。どことなく風が吹いている気がする。
ナオはフラフラと結界まで歩いて行った。
「ナオさん!危ないよ!」
ムスビが必死でナオを止めた。ナオは何かに導かれるように遠くの常闇を見ていた。
「向こうの世界……伍の世界……私は一度行ってみたい……。」
「ナオさん!ダメだよ!」
足を踏み出そうとするナオをムスビが強引に元の場所へ連れ帰った。
「ナオ、向こうへ行ってしまったらトケイの責任を放棄してしまう事になるのではないか?」
栄次にそう問われ、ナオはハッと我に返り、うつむいた。
「そうですね……。私は何を考えていたのでしょうか。あの結界に近づくと自分の意識がなくなっていってしまうような気がするのです……。」
ナオが小さく言った言葉にKが感情なく答えた。
「それはそうですよ。あちらでは神々は意識を持たない事になっている世界なのですから。こないだ来た壱の世界の神々はそれの防衛システムでこの結界に恐怖心が沸いて近づかなかったみたいですがあなたは違うようですね。あなたはひょっとすると伍の世界の歴史にも関与しているのかもしれません。」
「……伍の歴史にも関与している……では……この結界の先に私の巻物を投げたら……何が見えるのでしょうか。」
ナオは震えながら自分の歴史が描かれている巻物を取り出した。
「ナオさん!それは危ないよ!向こうの世界にそれを投げたって消えちまうだけだよ!ナオさんが消えちまうかもしれない!ナオさんが消えたら俺……。」
ムスビがナオに向かって叫んでいた。ムスビはよくわからない胸の痛みを抱え、なぜか涙を流していた。
「ムスビ……。」
「あ、あれ?俺……なんで泣いて……。なんで……泣いているんだ?わかんねぇ……。悲しい……。」
言いようのない胸の苦しみをムスビは感じていた。
それを見てナオも胸が苦しくなった。
……私達が記憶を失う前の……大切な心が……。
「……ムスビ……。ごめんなさい。私は……。」
「……そこまででしたら……せめてこの歴史だけお持ちください。」
ナオとムスビの様子を見たKはある一つの巻物を取り出した。
「それは?」
ナオとムスビの代わりに栄次がKに尋ねた。
「ここには過去神栄次さんもいる。歴史を結ぶ暦結神さんもいる。歴史神さんもいる。ならばこの空間で以前どういう会話がされていたのか……それをお見せすることができます。どうか泣かないでください。」
Kはせつなげに言葉を発すると巻物を上に向かって投げた。
刹那、ナオ達は真っ白な世界に包まれた。




