流れ時…2タイム・サン・ガールズ最終話
「お母さん、お母さんは間違っていたんだ。
神達は怠慢ではないし時神を消したらどうなるかっていうのもわかってるんだ。
それと神達が人間に手を差し伸べるのは人間がつらいと思っている時だけじゃないか。人間が幸せを感じている時はただ見守る。
それが神と人間のバランスなんだよ。感謝の気持ちが信仰心に繋がるんだ。」
サキはもう消えてしまいそうな母にそう伝えた。
「ただの一太陽神が偉そうにものを言うんじゃないわ。サキはこの世界をきれいにとりすぎなのよ。」
母はそう言った。サキの言葉はまったく届かなかった。
もしかしたら考えを変えてくれるかもしれないと思ったがそれも無理そうだった。
「お母さん……。」
サキはさみしそうに母をみた。
母は足先から消えていた。その範囲はどんどん広がっていく。
母は笑っていた。
「ねえ、お母さん、最後に聞かせてほしいんだ。お母さんはこのままでいいのかい?」
「何言ってるのよ。いいわけないじゃない。あの時神達を消して太陽の尊厳を取り戻さないと……。私はアマテラスなのよ。」
まだ母は意見を変えなかった。
サキは怒りと悲しさで胸が締め付けられた。
正直、母の考えている事はよくわからなかった。
母としては何も達成していないのにずいぶん楽観的だ。
もうアマテラス大神も母の側にはいないのだが。
「じゃあ、なんで笑っているのさ!お母さんはもうアマテラスじゃないんだよ!なんでわかんないのさ!お母さんのわからずやっ!」
サキが泣き叫んだ刹那、母は笑いながら塵のように消えた。
母は特に何も言わなかった。
最後に母の愛がほしかった。だが母は自分を憎んだまま消えた。
何を考えていたのか聞き出す事もできず母は消えてしまった……。
母の感情は謎のままだ。
「うっ……うう……。なんでわかんないんだよ……。自分が消えるって事もわかんなかったって言うのかい……。」
これが母との最期の会話だと思いたくなかった。
サキは泣いた。
体の中から感じる温かい光に抱かれながら泣きじゃくった。
アマテラスの力はすべて自分に宿った。
自分の母と自分の運命を狂わせたアマテラスの力が今サキの中にある。アマテラス大神に罪はない。だが、憎まずにはいられなかった。
泣いているサキをアヤ達は静かに見つめていた。
誰も何も言わなかった。
しばらくしてアヤが沈黙を破りプラズマと栄次に話しかけた。
「……ねぇ、サキのお母さんは死んでしまったの?」
「死んでないと思うな。サキがいた記憶とか全部失って……記憶喪失のまま人間界で寿命をまっとうするだろうな。もちろん、年相応の人間として。」
プラズマがそう返してきた。
「身体はどうなるのかしら?あの人、体が完全麻痺だったんでしょ……。」
「そんなのは知らないさ。」
プラズマがアヤの頭に手を置く。
「俺達は時神としての仕事をしただけだ。」
栄次はプラズマの後を継ぎ、目を閉じて静かに言った。
「時神も……けっこう冷たいわよね……。」
その後、どれだけ時間が経ったかわからないがサキがアヤ達の前に戻ってきた。
サルがすかさず近寄りサキに跪く。
「……。あたしはこれからどうなるんだい……。」
サキは跪いているサルのうなじを見ながら無表情で聞いた。
「太陽神の頂点として業務をこなしてもらうでござる……。サキ様。太陽神、猿ともどもあなた様に頭を下げ、従う所存でござる。」
「そうかい。」
サキはそう一言だけ言った。
「ねぇ、サキ、あなた大丈夫?」
アヤがたまらなくなりサキに声をかけた。
「大丈夫。もう終わった事だから。
お母さんが神々を変えようとし、人間に太陽を拝ませようとした。
裏を返せばいい事なんだけどそれのやり方を間違えただけ。
だからあたしは違う方法でお母さんがなれなかった神としてやってみるよ。」
サキはアヤに笑いかけた。涙の筋がまだ残っている。
「あなた、強いのね。ほんと、強い。」
サキはアヤの言葉に苦笑いを浮かべるとサルに目を向けた。
「あたしはこれから何をすればいいんだい?」
「まずは太陽神様達と合流なされた方がよろしいかと……そして色々と儀式を……。」
サルは顔をあげサキを見上げた。
「ああ、めんどくさいなあ。まあ、いいよ。終わったら寝るからね。」
「寝てはダメでござる!」
サキのやる気なさそうな顔をみたサルは慌てて叫んだ。
「ああ、もうわかったよ。……それから協力してくれた時神達を元に戻してあげなよ。」
「それはもちろんでござる!」
「アヤ、プラズマ、栄次、ありがとう。それと色々すまないね。」
サキはサルから目を離し、時神達に目線を向けるとそう言って頭を下げゆっくりと背を向けて歩き出した。
……サキは立派な太陽神になる……
時神達三人はそう確信した。
サキが歩く先にいつ来たのか沢山の太陽神達が待機をしていた。
サキはその太陽神達の中へと消えて行った。
「色々と迷惑をかけたのでござる。小生、責任もって地上へ連れて行くでござる。」
サルはほっとした顔でアヤ達に笑いかけた。
「まあ、それはいいのだが俺達は元の世界に戻れるのか?」
栄次が不安げにサルを見た。
「まあ、それは歴史の神になんとかしてもらうのでござる故、心配無用。」
「……それならいいのだがな。」
プラズマと栄次は顔を見合わせた。
太陽の門をもう一度開いてもらい、アヤ達は太陽に入った時とは違う神社に降り立った。
「ここはどこだ?」
栄次の質問にアヤは近くにあった説明書きを読んだ。
「よくわからないけど……ここにいるの、井戸の神様らしいわよ。」
「はあ?井戸の神様だって?井戸なんて使っている家、このあたりにあるのか?まるで太陽と関係ないじゃないか。」
「さあ?」
プラズマがアヤに不思議そうな顔をむけたがアヤにもわからない。
まあ、とりあえず地上には戻って来れた。
「あ、小生はこれでお暇するでござる。すぐに歴史の神が未来神、過去神を元の世界へ連れて帰るでござる。しばし、待たれよ。」
「ええ。また会えたらいいわね。サル。ちゃんとサキを守りなさいよ。」
「アヤ殿、最初、少し疑ってしまいすまんでござる。サキ様に会いに来ていただければと……。」
「あなたが門を開いてくれるのなら行くわよ。」
「もちろんでござる。」
サルは持ち前の笑顔でアヤに笑いかけた。
「俺達ともまたどこかで会ったら声かけてくれ。」
プラズマがやれやれとため息をつきながらサルを見つめた。
「もちろんでござる。」
「俺が生きていたらこの時代でまた会おう。」
栄次もいつもの仏頂面で頷いた。
「そうでござるな。また会いまみえる時、よろしく頼むでござる。」
サルは時神達に笑顔で手を振るともう一度門を開き、霊的空間へと帰って行った。
しばらく心地よい風が新緑の葉と共に流れた。とても暖かい。
「終わったな。」
やがて栄次がぼそりとつぶやいた。
「ああ。」
プラズマもそれに返答する。緊張が一気にほぐれた。
今は温かい風が吹いており、太陽も美しく輝いている。
「あんなところに私達はいたのね。サキもあそこにいる……。」
アヤはしみじみと太陽を見上げた。
「そうだな。あの子は大物になる……。」
「ああ、俺も感じた。合わさる前は少し心配をしたがな。」
プラズマと栄次もアヤに習い太陽を見上げる。
「もう……あなた達とも会わないと思うけど……元気で過ごしてね。もしも、会ったら……」
アヤは目をプラズマと栄次に戻し、笑いかけた。
「俺達は会ってはいけないんだ……。」
栄次とプラズマは苦笑しながら同時につぶやいた。
「そうね。……あら、そろそろお迎えみたい。」
アヤが栄次とプラズマが消えかかっているのに気がついた。
「やっと戻れるか。……じゃあな。」
「ふう……。もう会わない事を祈るよ。」
二人はほっとした顔でゆっくりとアヤの前から姿を消して行った。
アヤは消えて行く二人を黙って見つめていた。
二人が完全に消えた後、ヒメちゃんがひょっこり現れた。
「アヤ!大変だったのぅ。時神達は歴史を動かして元に戻しておいたぞい。での、これから暇になったのじゃが遊ばぬか!」
ヒメちゃんは満面の笑顔でアヤを引っ張り始めた。
「ええ?遊ぶってこれから?嫌よ。私疲れているんだから。それに私達、会ってあまり経たないじゃない……。なんでそんなに親密的なのよ……。そして色々軽いわ。」
「いいじゃろー!あーそーぼー!」
「あなた……まるで子供ねぇ……。」
ヒメちゃんは容赦なくアヤを引っ張る。
アヤも観念して疲れた体を動かす事にした。
「で、何するのよ……。」
「鬼ごっこ!」
「なんでそんなヘビーな遊びしないとなんないのよ!」
アヤの文句もヒメちゃんの輝くような笑顔には叶わなかった。
汗だくでハードな鬼ごっこをやっている最中、井戸の神様とやらが乱入しさらに鬼ごっこは激しくなった。
……ほんと、神になってから疲れる事ばっかり……サキが心配だわ。
アヤは大きくため息をつくとよろよろと走り出した。
あの事件からしばらく経った。
突然、アヤの前にサキが現れた。
セミが鳴く暑い真夏日だった。
公園を散歩中、買い物袋を沢山抱えた状態のサキと遭遇した。
「あ!アヤじゃん!あっついねぇ。」
サキは笑顔でアヤとの再会を喜んでくれた。
しかし、アヤはそれどころではなく、サキが持っている買い物袋の方が気になった。
「お久しぶり……で、何か買ったの?ていうか……人間に見えるの?」
「ああ、なんか人間に見えるみたいなんだよ。たぶん、親父が人間だったからかなあって思ってんだけど。それとあっちのサキの影響かな。」
あっちのサキとはおそらくアヤが最初に会った方のサキだろう。
「そうなの……。で、買い物ね。」
「まあ、こっちは楽しくやってるよ。サルがうるさいんだけどね。」
「へえ……。」
「あ、これから暇?そこのカフェでお茶しないかい?」
サキは袋を重そうに抱えながらすぐ後ろにあるオシャレなカフェを指差した。
「いいわね。で、その袋の中身何?」
「それは後で見せる!まずカフェいこうよ!」
サキはアヤを引っ張り歩いた。
「どうせ、寝間着とか枕とかじゃないの?」
「……うっ……。」
図星だったのかサキは詰まった。
「ま、いいわ。見せて。」
「ちぇ……当たってるんだよなあ……。」
困った顔で頭をかくサキを眺めながらアヤは思った。
……私もサキみたいにしっかりしないとね……。
二人の女神は笑いながらカフェへと歩き出した。




