明かし時…5プラント・ガーデン・メモリー11
冷林はしばらく林を徘徊すると木々の一つに隠れた。その後、何かが駆けてくる足音が聞こえた。
だんだん近づいてきた足音はナオ達の近くまで来るとピタリと止まった。
「な、なんでしょうか?」
ナオが動揺の声を上げ、栄次がナオ達を庇うように立つと、岩崖の方から一匹のキツネが飛び込んできた。
「……っ!キツネ!」
「さっき死んでいたキツネだな……。時系列的にはこちら側は先程とは過去のようだね。まだミノさんはミノさんじゃない。」
ムスビが落ち着いて状況を分析し、林の中へと入って行くキツネを目で追った。
キツネはやせ細っており、体中に傷が目立つ。おそらく、この険しい山道をふらふらになりながら走っていたせいだろう。
傷だらけのキツネは林の真ん中で何かを待つようにちょこんと座った。
キツネが座ってすぐに光がキツネの前に集まり、やがて花姫が現れた。
「花姫……。」
イソタケル神が小さくつぶやいた。
「イソタケル神、花姫さんはキツネと何かお話しているようです。」
ナオが動揺しているイソタケル神を少し落ち着かせながら話を聞くよう促した。
花姫はキツネに何かを諭しているようだった。
「もう無茶はやめなさい。あなたが何をしたいのか、私にはわかる……。」
花姫はキツネを撫でながら言葉をかける。
「でも、あなたはもうこの辺でやめるべきだ。元の里に戻したいのだろう?私はあなたを手伝っているがもうそろそろ私自身も限界だ。かわいそうなキツネよ……。もうこれを期に人間と関係を絶て。あの里の人間はもうおしまいだ。あなたの声は届いていない。こんな結果を招いたのは私の力不足だったのだ……。あなたは何も悪くない……。だから……もう……。」
花姫はキツネの耳にそっとささやく。キツネは花姫を見上げているだけだった。
「あなたが神々の責任をおう事はないし元に戻そうとしなくてもいい。あなたはまだ元気なうちにこの界隈から出て行くべきだ。ここまで頑張ったのだ。なんなら私が潤っている大地へと連れて行ってあげようか?」
花姫の言葉にキツネは一度目を閉じると首を大きく振った。そしてそのまま小ぶりの赤茄子をひとつくわえるとまた全速力で走り去った。ナオ達の横を高速で飛んで行き、そのまま岩山を飛び降りて消えていった。
「やめろっ!もう行っても意味ないんだ!人間はあなたを信じていない!」
花姫は叫んだがもうすでにキツネは走り去った後だった。
「っく……。もうダメね……。私が彼の生までも無駄にしてしまったと……あなたはお思いなのでしょうね……。冷林様。」
花姫は目に涙を浮かべながら後ろでひっそり隠れている冷林に目を向けた。冷林は何も行動を起こさなかった。
「私は……神様失格ね……。最後に……タケルに会いたかった……。あの神なら……馬鹿な私をきっと叱ってくれた……。」
花姫はただ泣き崩れていた。
「なんだ……どういうことだ?」
イソタケル神は意味のわからない現象に首を傾げていた。
「……やはり、あのキツネはただのキツネではなかったのですね。花姫さんと何度も接触しているようです。キツネと花姫さんの過去をもう一度洗う必要があります。見た所、あのキツネには何一つ神力、霊力が宿っていません。花姫さんをあのキツネは見る事ができないはずです。……一つ、いいやり方を思いつきました。」
ナオはしばらく考えて草姫を見つめた。
「あらん~?なにかしら~?」
草姫は楽観的にナオを見返してきた。
「実は……今、そこにいらっしゃる花姫さんの歴史をここで覗いてみようかと思います。ただし、ずいぶん前に亡くなられた神なのでこの本の記憶からみられるかどうかはカケになります。そして徐々に……草姫さんの出番が近くなります。」
「はい~?」
「草姫さんは本になった木々の記憶を見る事ができる能力がありますね。それがたとえ、改ざんされていた歴史書だとしても本物の記憶を木々から問い正すことができる。」
ナオは確認するように草姫を見据えた。
「え~……まあ、できるけど~。この本にされた木々の記憶しかわからない~。もし、改ざんされている歴史書がこの歴史書じゃなかったら、木が違うから改ざんは見れないわよ~。」
「大丈夫です。私が花姫さんの歴史を見てどこの状態なのか目星をつけてみます。ただ、ここは歴史書内なのであの花姫さんの歴史を覗けるかはわかりませんけどね。巻物もだいぶん薄れてしまっているようですし。」
ナオは小さく唸ると不安げに見つめている一同を背にして花姫の歴史が記述されていた巻物を取り出した。巻物はもう半分以上が消えかかっており、消滅するのも時間の問題だった。
「巻物はこんな状態ですが……まだ記述はあります。いきます。」
ナオは花姫に向かって巻物を投げた。巻物は一度、栄次を経由して過去を吸収し、花姫へと飛んでいった。




