明かし時…5プラント・ガーデン・メモリー10
しばらくすると感じていた違和感は徐々に薄れてきた。別の歴史書との境目のみ不思議な感覚があるようだ。
ナオ達は先程の山道とは違った急な坂道を登る。先程の山道はある程度の道ができていたがこちらの山道は道という道はなく、険しい。
歩いている内にだんだんと岩肌が見える崖のような道へと変わった。
「ナオさん、転ばないようにな。……ヒエンちゃんも。」
ムスビは体力があまりなさそうなナオとヒエンを心配しながら険しい道を進む。
ナオとヒエンは肩で息をしてフラフラと歩いていた。
「はあ……はあ……この山道……きついですね……。」
「あうぅ……もうわたくし……倒れ……。」
「おっと……。」
ふらりともたれかかったヒエンを栄次が素早く抱きとめる。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます。」
「大丈夫か?神格が上でも華奢だな……。女にはこの山道は辛いか。おぶさるか?」
栄次がヒエンを抱きとめながら優しく声をかけた。
「え?い、いえ。大丈夫です!ありがとうございます。」
ヒエンは慌てて頭を下げた。
「同じ木種の神でもあの草姫って神は元気だな……。」
ムスビが遥か先まで行ってしまった草姫をため息交じりに見つめた。
「む、ムスビ……少し肩を貸してください……。」
「いいよ。さすがに俺はちょっとこの山道じゃあナオさんをおぶれないから、頑張って歩いてね。」
ナオがバテ気味に声を上げたのでムスビは肩を貸してあげた。
岩肌の上の方にいた草姫が元気よくナオ達に手を振っている。彼女は呑気で登山気分なのだろう。
ナオ達はフラフラになりながらなんとか草姫に追いついた。草姫は大きな岩の上に息も乱れずに立っていた。
「はあ……はあ……草姫さんはなぜそんなに元気なのですか?」
ナオがよろよろとしながら草姫に尋ねた。
「なんでって~フィールドワークの違いよ~。そんな事どうでもいいけど~ほら~。」
草姫が軽やかに笑って岩を登った先を指差した。
「……ん?森がありますね。森というか林ですけど。」
岩を登った先は沢山の木が無造作に並ぶ平地だった。
「……しかし、この林、なんだか不思議な感じがいたしますね。」
おぶられて多少元気になったらしいヒエンが林を眺めながら首を傾げた。
この不思議な感じはムスビも栄次も感じたようで、栄次に至っては殺気を読み取ろうとしている。
「……そうだな。なんだか冷たいような感じがするね。ひんやりしている……というか。」
「そりゃあそうよ~。だってここ、土地神縁の神、冷林の守護している森だもの~。昔の人間が林には魂が宿るって言っててね~、それが具現化したのが冷林ってわけよ~。霊気がこもって寒いのよ~。冷林って名前もそっから来てるの~。」
「……草姫さん。詳しいですね。」
ナオの言葉に草姫はまたコロコロと笑い出した。
「あら~、だってここの木々が教えてくれたから~。」
「……あなたは思ったよりも不思議な神なのかもしれませんね。」
ナオは草姫の隠された過去を探してみようと巻物を取り出したが林の方で気配がしたのでとりあえずやめておいた。
気配の出所を探していると突然、林の中から青い人型クッキーの顔に渦巻きが描かれているぬいぐるみのようなものが現れた。冷林だ。
おそらく歴史書内にいる冷林だろう。木々一つ一つをゆらゆらとただ回っている。
「冷林……ですね。歴史書内の。」
ナオがそう発した刹那、冷林の前にイソタケル神が現れた。
「え?お兄様が……。」
ヒエンが目を見開いた。ナオ達も同様に驚いた。
「あのイソタケル神は……歴史書のイソタケル神じゃない……ね?」
ムスビは同意を求めるようにナオ達に尋ねた。ナオ達は小さく頷いた。
なんとなくわかった。歴史書に出てくる人物は皆、どことなく平面だ。テレビを見ている感覚に近いものがある。だが、このイソタケル神はこの歴史書内ではあきらかに違和感だった。
……そしておそらく……私達も……。
ナオは黙ったまま、イソタケル神を見つめた。
イソタケル神は歴史書内の冷林に悲痛な顔で話しかけていた。
「……冷林……一体何があった……。答えてくれ……。このすべての歴史書には真実がないんだ……。真実はどこにある?」
イソタケル神の言葉には冷林は答えず、ただ、林のまわりを徘徊しているだけだった。
「お兄様……。」
ヒエンが小さくつぶやいた。かなり小さな声だったがイソタケル神はハッとこちらを振り返った。
「……ヒエンか?それと……。」
イソタケル神はヒエンを筆頭にナオ、ムスビ、栄次の順で目を合わせていく。そして、最後に草姫を見つめた刹那、イソタケル神は目を見開いた。
「……花姫!」
「じゃないわよ~。ハクサンチドリ~花言葉は間違い~。」
草姫はクスクス笑いながらイソタケル神にすばやく言い放った。
「……っ。違うだと……。」
イソタケル神は目を見開いたまま草姫を茫然と見つめていた。草姫と先程の歴史でみた花姫は瓜二つである。一応、姉妹という事になっているがまるでクローンのようだ。
「そ、私は花姫のおね~ちゃんなわけ~。私は実際の花姫には会った事ないんだけどね~。」
花姫にそっくりな草姫はまた再びクスクスと笑った。
「姉なのか……。花姫の……。」
イソタケル神は草姫に対し、ぼそりとつぶやいた。
しばらく何かを考えていたイソタケル神はふともう一度草姫を見つめた。
「……草姫、花姫の隠された真実がわかるか?」
「まあ、それを探しているんだけどね~。私は本になった木々の記憶が見れるからね~。ほら、本って元々木でしょ~?だから探せば本の隙間に隠されたものが見えるかもしれないの~。」
草姫はイソタケル神に楽観的に言い放った。イソタケル神はそれを聞き、すぐに頷いた。
「……そうか。ならば僕も同行させてくれないか?そこの歴史神達も何か調べているのだろう?」
イソタケル神に問われ、ナオ達は若干顔を歪めた。
「えーと……まあ、本来の目的はあなたを探す事でしたね。ヒエンさんの頼み事で。あと、それと冷林を復活させていただこうと。」
ナオの言葉にヒエンも深く頷いていた。
「そうですよ。お兄様。冷林を元に戻してください!」
「……すまないがいい機会だと思ったんだ。冷林が罪ならばこのまま封印をしておこうと思った。元々は僕の部下だ。僕が罰しなければならない。」
ヒエンにイソタケル神ははっきりと答えた。
「それで元々封印されていた冷林の封印を強化したりしたのですか。そして今更ながらに原因を調べたりして……。」
「まあ……そういう事だな。」
イソタケル神は真面目に頷いた。
「あ~、ちなみにだけど~、そこの冷林は何もしゃべらないわよ~。だって本だもの~。ラベンダーよ~!花言葉は沈黙。」
真面目な顔をしているイソタケル神に草姫は追加で言葉を発し、呆れた顔をした。
「……そうか。」
イソタケル神は何とも言えない顔で林を浮遊している冷林を見つめた。




