流れ時…2タイム・サン・ガールズ19
「おい。これからどうすればいいんだ。」
栄次が誰にともなく声を発した。
「知らないな。ここまでできただけでも凄いんじゃないか?俺達。」
プラズマがため息をついた時、アヤが声を上げた。
「どうした?」
「サキが……サキが!」
アヤはアマテラスの横で消えていくサキを指差した。
「!」
プラズマと栄次も気がついたがどうすればいいかわからなかった。
「あら……あら……私の娘と一つになったみたいね。これであの子が消滅するのも時間の問題かしら……。それとも上手に人間になれたのかしら?ふふ。」
アマテラスは鎖に巻かれながらも笑っていた。
「あなた、最低だわ……。」
アヤはそう言ってみるが実際これからどうすればいいかわからない。
なんだかわからない悔しさがアヤの胸に広がる。
「ほんと、最低だよ。お母さん。」
聞き覚えのある声がすぐ後ろから聞こえた。アヤは振り向き、叫んだ。
「サキ!」
「うん。あんたの事、向こうのサキの記憶でなんとなくわかったよ。あっちのサキがお世話になったね。」
サキはアヤに笑いかけた。
「あなた……大丈夫なの?あそこにいたサキとは違うの?あなたは……。」
アヤが不安げにサキを見つめた。
「大丈夫。あっちのサキは無事だよ。彼女はあたしなんだ。」
サキを眺めながらプラズマも言葉をかける。栄次は特に何も言わなかった。
「あの小さい方はどうしたんだ?」
「それもあたしさ。あんた達は気にしなくていいよ。」
「一人に戻ったって事か。」
「もともとあたしだからね。」
サキはめんどうくさそうに言葉を発した。
あまり触れられたくない話なのかもしれない。
アヤ達がサキに話しかけようとした時、サルがやってきた。
「サキ様は後で小生らが大切に扱うのでござる故、今は何も聞かないでくれぬか?」
「……。」
時神達が納得いかない顔で睨んでいたのでサルは付け加えた。
「大丈夫でござる。サキ様は二人ともあのサキ様の中にいるのでござる。」
「それってやっぱり……。」
サキは他の面々が何かを言う前に飛び出した。
上空にいる自分の母親目がけてまっすぐ飛んで行く。
アマテラスが呼んでいるのか引き寄せられるように空を飛べた。
アマテラスは上空で鎖に巻かれながら笑っていた。
「あら、サキ、人間にはなれた?」
「なれるわけないさ。お母さん。あたしの力を返して。」
サキはまっすぐアマテラスを見据えた。
「何言っているのよ。これは私の力よ?あなたに貸した力が私に戻ってきただけよ。」
「お母さんは……あたしを道具な気持ちで産んだんだね……。よくわかったよ。」
サキはアマテラスを無表情で見つめる。
「そんなことあるわけないじゃない?親の愛よ。」
「やっぱり人間には神の力は異物なんだ……。お母さんを狂わせたのはアマテラスだよ。」
「あなた、いつからそんなに口が悪くなったのかしら。」
アマテラスの雰囲気ががらりと変わった。
憎しみか怒りか目元がはっきりしないためよくわからないがたぶんそういったものだ。
「お母さん……鎖の締め付けが強くなっている事に気がついているかい?」
「!」
アマテラスはサキの言葉で気がついた。
自分の力がじわじわと抜けていく感覚がアマテラスを襲った。
「太陽神達が術を使ってアマテラス大神に間接的に話しかけて元の状態に戻してるんだ。つまりアマテラス様を元の世界に返しているんだよ。わかるかい?お母さん。」
猿達、太陽神達が何をしているのかはなんとなくわかっていた。
呪文みたいなものを永遠としゃべっていたがそれは呪文ではなく、陣をつくりアマテラス大神に話しかけ、本来あるべき場所に誘導しているのである。
「何言ってるの!私がアマテラスよ!」
アマテラスはサキに鋭い声で叫んだ。
「お母さんはアマテラス大神じゃない。アマテラスを憑依させた巫女。人間。お母さん、いい加減気がついてよ。」
「私はアマテラスよ!時神を消して人間に太陽を拝ませるのが使命なの!」
叫んでいるアマテラスをサキは呆れた目で見つめた。
「お母さん、太陽神の誰もがそんな事思ってないんだよ。」
「思っているわ!だから皆私に従った!私はアマテラス。私の言った事がすべて。」
そう言っている間にアマテラスはアマテラスではなくなっていく。
顔にしわが増え、目元も徐々に明らかになっていく。年相応に戻っていた。
「ごめん。お母さん、いままで間違った道を歩ませちゃって……。」
「触るんじゃないわ!」
サキはアマテラスを抱きしめたがアマテラスは拒絶した。
こんな状態で親の愛なんて感じられるわけなかった。
いままでの母の行為はすべて上辺だけで本当は自分を憎んでいたのだ。
なんとなくわかった。
……お母さんは本当の神になりたかった。
なれない事に気がついていた。
あたしが人間として生まれた時はきっと幸せだったに違いない。
太陽神になってしまった時からお母さんはずっとあたしを恨んでいたんだ。
あたしが……本当は生まれた時から太陽神だったって事が許せなかったんだ。
あたしは何の苦労もなく神になったんだから恨まれてもしょうがないか。
そしてお母さんはきっとアマテラスを憑依させすぎて少しおかしくなっちゃったんだ……。
そう、そうだよ。
……アマテラスを憑依させすぎたんだ。きっとそれが原因なんだ。
だからお母さんは……。
サキは目からこぼれる涙に気がつかなかった。
なんで泣いているのか気がつきたくはなかったが気づいてしまった。
……あたしはお母さんに愛されてなかったんだ……
目の前で時間が動いている母をサキはただ眺めていた。
目の前で母が苦しんでいる。母が苦しむだけ自分が楽になる。
とてもかなしかった。
「何見てるのよ!私をどうしようっていうの?できそこないの太陽神がっ!」
「……。うん。そうだね。あたしはできそこないだ。もっと早く……お母さんを連れ戻せたら……違ったよ。きっと幸せだったよ。」
サキとアマテラスの会話をアヤ達は黙って見ていた。
「ねぇ、私達ってこれでよかったのよね。」
アヤが誰にともなくぼそりとつぶやく。
「……たぶんな。」
「……ああ。」
栄次とプラズマの表情は暗い。
だが時神にも時神の仕事がある。
どうしようもなかった。
その内、アマテラス……サキの母の記憶が時間の早送りに交じってばらまかれた。いままで女が生きた時間がどんどん流れて行く。
まだ目がはっきりしていた時の母の幼少時代、笑顔の学生時代……泣いたり笑ったり色々な表情の母がサキの目の前を流れる。
サキの母は優秀な巫女だった。
霊体の神をその身体に降ろす事ができた。
信じていない人からはインチキだと言われた。
実際人間に見えないのだからそう思われてもしかたがない。
でもいつから人間はこんなに神を信じなくなった?
サキの母はずっとそれを考えていた。
サキの母の実家は太陽神を祭る神社だった。
いつも眩しく光る太陽に誇りを持っていた。
そんな母にいきなり悲劇が襲った……。
「アヤメ!アヤメ!」
アヤメとはおそらくサキの母の名前だ。
叫んでいるのはそのアヤメの母だ。
つまりサキの祖母である。
母は十八の時に交通事故にあった。
年上の友達と車で旅行に行く途中、高速道路でトラックと衝突した。
他の友人は軽傷だったが母だけは死にはしなかったがかなりの重傷だった。
病院に運ばれ集中治療室で治療が行われていた。
祖母は喚き、泣きながら必死に母が目覚める事を願っていた。
その祈りが届いたのか母は目を開けた。
しかし母が気がついた時、もうすでに色々な管が身体を這い、起き上れる状態ではなかった。隣で泣いている祖母に母はゆっくり口を動かした。
「私は……もとに戻れる?」
か細い声でそう言った。咄嗟に何かを感づいていた。
「……。」
祖母は何も言わなかった。
「……体が……まったく動かない……の。指も……動かせないの。」
母はさらにそうつぶやいた。認めたくなかった。
もうわかっていたのに。
「お母さん……ねぇ……体中の感覚が……ないの……。ねぇ……大丈夫なのよね?」
「……。」
祖母は何も言わなかった。
「はっきり……言ってよぅ……。」
「……ごめんね。アヤメ……ごめんね。」
祖母は母にただ泣いてあやまっているだけだった。
母ははっきりと悟った。
脊髄の損傷かもう自分の身体は動かない。一生このままだと。
……嫌だ。私はまだやりたいことがたくさんあるの……。
こんなのあんまりよ……。
「でも、でもね、リハビリをすればまた動けるようになるってお医者様が……。」
「……医者なんて信用ならないわっ!」
自分は医者に助けられたというのにこんな事を言ってしまった。
医者のいう事を聞いてリハビリに励んだとしてもいつ元通りになるかわからないし元に戻らないかもしれない。
一番楽しいこの時期をリハビリに費やしたくはなかった。
何年かかるかわからない。
動けるようになった時、もう自分は歳をとっているかもしれない。
楽しいこの時期を逃しているかもしれない。
それに人間自体を彼女は信じていなかった。
……人間になんて頼らない……私は神に仕える巫女なんだ……だったら神に祈ればいいのよ。
それが母の最大の間違いだった。
母は太陽神達の概念、アマテラス大神を身体に降ろしてしまった。
母はアマテラスの力により医者も驚くほどの回復を見せた。
……ほら、人間になんて頼らなくてもすぐに元に戻るじゃない。
母は知らぬ間に神様を軽んじるようになっていった。
輝かしい日常を取り戻した母は大学へ進学し、一人の男と恋をした。
やがて独立して母は働きながら独自の神社を建てた。
その後すぐその男と結婚した。
そのあたりから母の目が消え始めた。
人と話していても外見を覚えてもらえない。
目元がどんどんわからなくなっていった。
男はそんな母を気味悪がり早々に家を出て行ってしまった。
母には立てた神社しか残らなかった。
そこで母はこう思うようにした。
……そうか。私が人に理解されないのは私が神様になったからだ。……と。
そう思い始めたあたりでサキが宿った。
生まれたばかりのサキを母はとてもかわいがった。
子供が生まれた事で母はさらに本当の神になるため、とても努力をした。
神にも会えるようになった。だがどの神も自分を認めてくれなかった。
サキが五歳の時、誰も自分に気がついてくれないと言って泣きついてきた。
サキの身体からは太陽神の気、自分と同じ力を感じた。
「そう……大丈夫よ。」
母はそう言ってサキを抱きしめた。
だがその心の奥底ではサキに対する憎しみが生まれていた。
……なんでこの子が……こんな簡単に認められるの?
いったい神は何をしているの?
母は同時に神の世界も憎んだ。
神の世界を変えてやろうと思った。
怠慢な神達の上にたってやる。
そしてこの世界、人間にもう一度神を信じさせる。
辛い時だけ神を信じ、神に祈るなんてずうずうしいにもほどがある。
……私は太陽神達を統べる力を持っている。なら、やる事は決まる。
そこからはサキも知っている記憶の通りである。
母はだんだんおかしくなり狂ったような行動をとり始める。
その母を見つめるサキの戸惑いの顔も記憶と共に流れ去った。
母はその記憶を眺めながら「なつかしいわね」と笑っていた。




