明かし時…5プラント・ガーデン・メモリー6
目の前に突然紫の髪をした男、スサノオ尊が映る。スサノオ尊は髪を肩先までで切りそろえていて鎧を着ていた。柔らかい表情で優しくこちらに笑いかけている。
彼は以前からずっと歴史に出現していたため、ナオ達は初めてではなかった。
ふと気がつくとナオの前にはヒエンとイソタケル神、そしてヒエンとそっくりな緑の髪の女神の三神が立っていた。
辺りはどこかの森のようでとても静かだった。木々がまるで初夏のような鮮やかな緑をしている。
ときおり吹いてくる風がなんだか心地よい。
「お父上、僕達はこちらに残る事に決めました。お父上の意思に従います。」
イソタケル神がスサノオ尊に向けて敬意を払った言葉遣いで頭を下げた。
「そうだなあ。そうしてくれ。俺もお前達を消したくねぇからな。」
スサノオ尊はどこかほっとした顔をしてイソタケル神に答えた。
「お、お父さん……。」
スサノオ尊に向かってヒエンの横にいた少女がふと声を上げた。
「……ん?どうした?ツマツヒメ。」
「本当に向こうの世界へ行ったら消えてしまうの……?」
「ああ、消えるな。いや、正確に言えば証明できない。わからないから最悪の場合を言っているんだ。ま、お前はとりあえず兄ちゃんと姉ちゃんとここにいろよ。」
少女、ツマツヒメはスサノオ尊の言葉にせつなげに頷いた。
「ツマ、あんまりお父様を困らせてはなりませんよ。」
ヒエンがツマツヒメを優しく撫でながら注意をした。
「……うん。お姉ちゃんに言われなくてもわかってる。」
ツマツヒメはそっけなく言うとそっぽを向いた。
「ま、まあ、妹二神と共にお父上の帰りを待っておりますので、帰ってくることができましたらお顔をお見せください。」
ヒエンとツマツヒメの会話を困惑気味に見つめていたイソタケル神はスサノオ尊にはにかみながら言った。
「ああ。そうしてろ……。」
スサノオ尊はそう言うと背を向けて森の中へと消えていった。
一瞬、ナオの耳にスサノオ尊の声が聞こえた。
……もう会う事はねぇかもしれない。皆俺達の事を忘れる。俺の大事な子供であってもそれは変わらねぇ。
その一言の後、記憶は砂のように消えていった。
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「終わりましたか……。やはりあなた達はスサノオ尊に会っているようですね。」
ナオの言葉にヒエンは目を見開いて驚いていた。
「お父様……?顔も覚えておりませんが、こんな記憶が……。」
ヒエンは信じられないといった顔でナオを見返していた。
「あるのですよ。……しかもついこないだまでスサノオ尊はこの世界にいたのです。」
「……。」
ヒエンは何かを考え込むように黙り込んだ。
「……ねえ、ナオちゃん?……あなた、あんまりこの事について詮索しない方がいいわよ……。」
隣にいた天記神が控えめにナオにささやいてきた。
「……どういうことですか?」
「自分の首を……絞めることになるかもしれないという事よ。」
「それは……どういう……。」
天記神の言葉に違和感を覚えたナオは入り込んだ質問をしようと口を開いた。しかし、それは誰かの来訪でやめてしまった。
図書館のドアが開く音がする。
「いらっしゃいまし!」
天記神がドアが開いた瞬間にドアの方へと飛んでいった。
「あら~?はじめてきたけど~すごいのね~。」
やけに間延びしている女の声が聞こえた。
外見の方は天記神に隠れていてまだ見えない。
「あなたは……草姫ちゃん……。」
「……?あら~?なんで私を知っているのかしら~?初めてよね~?」
女の間延びした声の前に天記神が言った言葉がナオ達を反応させた。
……草姫ちゃん……。
……草姫、草泉姫神……。
ナオ達が反応をすると天記神に連れられて金髪のやたらに赤い女がこちらに来るのが見えた。金髪のきれいな髪が腰辺りまで伸びており、服装は赤いベレー帽のようなものに赤いシャツ、下は白いズボンを履いていた。上半身がほぼ赤いのでやたらと赤く見える。
「あなたが……草泉姫神……。探そうとしていた神にこうも簡単に会えるなんて……。」
「……ん?なーんで私を知っているのかしら~?初めて会ったと思うんだけど~。黄色いゼラニウム~。花言葉は予期せぬ出会い。」
草姫はナオ達の驚きを理解できていない。首を傾げ、訝しげにこちらを見ていた。
その視線を感じたムスビはすぐさま、気になっていた事を質問した。
「草泉姫神、草姫、突然で悪いんだけど花姫を知っているかい?」
ムスビの言葉に草姫はさらに目を細めた。
「ん~?知っているもなにも~花泉姫神は私の妹~。なんでそんなことを聞くのかしら~?」
「今現在、花姫の事でイソタケル神とひと悶着してるみたいなんだ。」
「……?」
草姫は状況があまり理解できていないらしい。腕を組んで考え込んでしまった。
「草姫さん、あなたは花姫さんの事をほとんど知りませんね?」
ナオが考え込んでいる草姫に目を向け、尋ねた。
「……ま、まあね~。」
草姫はどことなく目をそらし、意味ありげに答えた。
「最近になって花姫さんの事を知り、自分に妹がいたことを知り、調べにきたといった感じでしょうか?」
「うっ……な、なんでそこまで初対面なのに知ってるわけ~?ブルーローズよ~。花言葉は奇跡。」
草姫はナオの追及に後ずさりを始めた。
「あなたを私の脳内で検索いたしました。あなたと花姫さんにはほぼ、接点がありません。それを踏まえて予想をたてました。」
ナオは落ち着いた表情で草姫をまっすぐ見つめていた。
「私達は現在、イソタケル神を探し、冷林の封印を解こうとしております。そのイソタケル神が行方不明になった原因は花姫さんにありそうなのです。あなたも私達に協力してくださいませんか?あなたに会えたことは偶然で本当に感謝したいところです。この件であなたを探す予定でしたので。」
ナオは草姫との交渉に入った。この草姫という神はけっこう自由奔放な神のようだ。
縛り付けるように交渉をしないとどこかへ行ってしまいそうである。
「妹とタケルちゃん、関係あるの~?あなたが誰か知らないけど~、ちゃんと全部お膳立てしてくれるなら~助けてもいいよ~?」
「……わかりました。あなたの役目はもう決まっています。私達はあなたを探していたのです。」
「へえ~?」
ナオの言葉に草姫は楽しそうに笑いかけてきた。
「来て早々なのですが、私達に協力してくださるのでしたら……この三冊の歴史書の隠された部分をあなたの能力で明らかにしたいのです。」
ナオは机の上に置いてある三冊の本をバンと叩いた。
「隠された部分を暴く~?歴史書に隠された部分があっては歴史書じゃないじゃな~い。ねえ~?」
草姫はクスクス笑いながら天記神を見る。天記神は複雑な表情をしていた。
「それで……花姫さんの本当の事がわかるはずなのです。どうしますか?協力していただけますか?」
ナオが天記神から草姫の目線をそらさせた。
「……う~ん……じゃあやるわよ~。」
「では決定ですね。私は霊史直神、ナオです。水色の髪の男がムスビ、侍が栄次、そして緑の髪のこのお方は……」
「大屋都姫神、ヒエンでしょ~。」
順に紹介していったナオを遮り、草姫はヒエンに軽く会釈をした。
「そりゃあ、ご存知か。同じ草木の神だもんな。」
ムスビがヒエンと草姫を交互に見ながらほほ笑んだ。
「ええ、まあ、わたくしは草姫さんの名前くらいしかわからなかったのですが……。」
ヒエンは草姫を視界に入れ、草姫同様会釈をした。
「ではさっそく、作業に入りましょう。まずは……。」
ナオは話をさっさと切り上げて三冊の本の内の一冊を手に取った。




