明かし時…5プラント・ガーデン・メモリー4
ふと気がつくと霧の深い森の中にいた。音は何もなくとても静かだ。霧は深いが雨は降っていない。森の先に一本の道が伸びており、その先が開けていた。
「ここは……図書館ですか?」
「いいえ、ここは図書館へ続く道です。」
ヒエンの不安げな声にナオは安心させるように答えた。
「この道から外れたらいかんわけか。」
栄次が小さくつぶやいた。ナオは小さく頷くと道沿いに歩き出した。
「この道を外れると言葉通り道を外します。このどこかに境界線が引かれており、その境界線は私達ではわかりません。つまり気がついた時には弐の世界にいるのです。」
「俺はいつも外れたい衝動に駆られる時があるよ。でも誰にも助けてもらえなくなるから我慢する。」
ムスビは顔色悪くヒエンと栄次を見つめた。ムスビ本神も怖いらしい。
大人しく黙って坂道を登ると古い洋館が見えた。まるで幽霊屋敷のような雰囲気だった。
「ほ、本当にここが図書館なのですか?冥界の入り口とかではないですよね?」
ヒエンは完全に怯え、足が震えている。
「ええ。図書館ですよ。大丈夫です。」
ナオはヒエンを励ましつつ洋館の前まで来た。洋館のまわりにはきれいに手入れされた盆栽が沢山並べられていた。例の図書の神、天記神の趣味のようだ。
ナオは洋館の重たい扉を開き、中へ入った。
「あらあ!お久しぶりじゃない!」
中に入るなり男の声が聞こえた。
「久しぶりです。天記神さん。」
ナオは笑顔で答えた。天記神と呼ばれた男は星形を模した帽子を被り、紫色の高貴な着物を着こんでいた。青いきれいな長髪とオレンジ色の優しげな瞳が来る神をほっとさせる。
しかし、言葉遣いや仕草がまるで女性であった。
「あ、あの……。」
ヒエンは戸惑い、ムスビをとりあえず仰いだ。
「ああ、奴は心が女なんだよ。あんま気にしないで。」
ムスビはヒエンの動揺を受け止め、言わんとしている事をこっそり教えてやった。
「それで?今日はどうなさいましたか?」
天記神は優しげにほほ笑むと図書館内の椅子にナオ達を案内した。図書館内はかなり広く、沢山の椅子と机の他に天井まで高く本棚があり、その本棚にぎっしりと本が収まっている。
「……上の方はどうやってとるのでしょうか?」
ヒエンは一番上の棚に収まっている本を眺めながら首を傾げた。
「それは見ていればわかりますよ。……ええ、天記神さん。ダメもとで聞きますが……本来のスサノオ尊の記述がある本はございますか?」
ナオは頼みごとの第一としてスサノオ尊の歴史関係を期待した。
「……えー……読み物の方での逸話でしたらありますが伝記はございません。申し訳ないわ。」
ナオの問いかけに天記神はとても悲しい顔をして答えた。
「映像化して残っている伝記はやはりないですか。」
「本ですよね?映像化ってなんでしょうか?」
ナオの言葉にヒエンは再び首を傾げた。
ヒエンの問いは天記神が答えてくれた。
「ここの本は本の中に入ってビジョンを見る本と普通の読み物の本があります。ここが弐(夢幻霊魂の世界)であるが故に紙になった木の記憶を映像として見ることができます。」
「そ、そうなのですか……。そんな本が存在しているとは知りませんでした。」
天記神はヒエンにニコリとほほ笑むと「他にご要望は?」と尋ねた。
「では、イソタケル神と冷林、そして……日穀信智神……ミノさんが関係している本を出してください。ヒエンさんの兄、イソタケル神が冷林の封印をしたまま行方知らずのようなのです。その関連の本を出してください。」
ナオの要望に天記神は明らかに狼狽していた。
「……?どうしました?」
「……いずれ来ると思っていましたが……これはちょっと複雑な事案なの……。」
天記神は迷った顔をしていた。
「どういうことですか?」
「……私は壱の世界を生き、陸の世界を生き……未来の肆、過去の参も生き……そして弐に住んでいます……。他の世界は次元が違いますがこの図書館は常に一定です。つ、つまり私は壱の世界の方面の事も変わらずにわかる……。」
「何を言っているのですか?話が……。」
ナオの言葉に天記神はさらに顔色を悪くした。
「つまり、現在、壱の世界のアヤちゃんがあなたをすり抜けていったのに次元が違うからあなたには存在すらも知ることができないという事。」
「あなたはすべての世界に一神で存在しているという事ですか?それが今、何の関係が……。」
「この事件は私が起こした事件で現在は壱(現在)の世界にいる時神アヤちゃんにすべて暴かれた後って事よ。陸(壱と反転している世界)の世界のアヤちゃんはよくわからないですけど。」
天記神はため息交じりに答えた。
「壱の世界では解決したが陸の世界の方では解決していないと……そういう事ですね?そしてあなたはその歴史を隠したいと思っている……。」
「だいたい当たっています。……私は現在、イソタケル神様がいる場所がわかりますよ。しかし彼は私の真実を聞いてくれなかった……。自分が確認すると言って冷林記述の映像本の内部へ入って行ってしまったの。タケルちゃんは……いえ、タケル様は本内にいる記憶部分の冷林を消してしまうかもしれない……。」
「そ、それはいけません!イソタケル神が何を思って冷林を消去しようとしているのかわかりませんがそれでは現在封印されている冷林が消えてしまいます。歴史内の冷林が消えてしまったら現実世界の冷林も消えてしまうでしょう!すぐにイソタケル神がいらっしゃる本を出してください!」
ナオは天記神の言葉に慌てて叫んだ。
「あなた達が本の中に入っても肝心の木の記憶部分は見れません。」
「え?」
「ここにある本は私がすべて監修し、編集したものです。知られてはまずい部分は私がきれいに編集してしまっています。なので大事な部分はまるでわかりません。タケル様にもそれはお伝えしましたが彼は飛び込んで行ってしまいました。肝心な部分がすべてわからないようになっているのでタケル様は冷林とミノさんの関連がわからず、冷林を消す理由を見つけられずにこちらに出てくると思われます。」
天記神の答えにナオ達は眉をひそめた。ずっと黙っていたムスビが訝しげに天記神に口を開いた。
「待ってよ。だいたい、なんであんたは大事な部分を見えなくしたんだ?伝記なんだろ?すべてわかるようにしないとダメなんじゃないか?木の記憶に従わないと……。」
「……それは私が罪神だからです。この件で私は犯罪行為を行いました。そう……昔、私はそれを隠ぺいしたのよ。編集してしまって完成の印を押してしまったのでそれをさらに編集することはもう不可能なの。」
天記神は苦しそうにつぶやいた。そして指を動かして三冊の本を抜き取った。かなり上の方にあった本は別々の本棚から一冊ずつ勝手に抜かれ、ゆっくりと降りてきた。
三冊の本はきれいにナオ達がいる机の上に音もなく置かれた。




