流れ時…2タイム・サン・ガールズ18
「……ひっぱられる……。」
小学生の方のサキは夢か現実かわからないままそんな言葉を口にした。
……もう一人のあたしが呼んでいる……?
サキはそこで気がついた。
……そうか。壱と陸を行き来する太陽、それに一神だけの太陽神。
あたしはもう一人のあたしと一つになるんだ……。
本来あたしは一人しかいちゃいけないんだ。
太陽があたし達の矛盾を直そうとしている……。
はっと目を開けると真っ白な空間にサキは浮いていた。
目の前には大きくなった自分がきょとんとしたマヌケ面でこっちを見ていた。
「お母さんはこれであたしにトドメをさすつもりだったんだ。太陽にあたし達を連れて行ったのはあたし達をひとつにしてあたしが受けたアマテラスの加護を奪おうとしているんだ。」
……あたしはアマテラスの加護がない、人間にもなりきれない太陽神になるってわけか。
……すなわち消滅。
「なにぶつぶつ言ってんのさ。ねぇ?」
「……。お母さんは……あたしの事……なんて思っていたと思う?」
サキは目の前にいる自分にそう問いかけてみた。
「さあね。でもあたしはなんかあの人に会っちゃいけないんじゃないかって思ってたよ。」
目の前の自分はそう言って幸せそうに笑っている。
「あんたの勘は当たるんだね。……ねぇ、あんた、もしもうすぐ死ぬって言われたらどうする?」
「死にたくはないなあ。うん。死にたくないね。だけどそう言われたらしょうがないよね。」
「……やっぱりそうなんだ。」
自分にこんな事を言わせている自分が悲しくなってきた。
目の前にいる彼女はもう意思を持っている自分ではない自分だ。
だが自分と同じことを思っている。
やはり自分なのか。
でも彼女に罪はない。むしろ酷な事をしてしまった。
「ああ、そうそう、話変わんだけどあたしさ、こないだパーマかけに行ったんだよ。そしたらさー、こんなんなっちゃって。変かな。やっぱ。」
目の前にいる自分はサキを他人として思っているようだ。
まだ自分自身であるとわかりきっていないのかもしれない。
同時に別の事も考えた。彼女は自分の意思で美容院に行った。
やっぱり自分とは違うのか。
考えても答えは出ない。
「ねぇ?大丈夫かい?聞いてる?」
「え?……うん。」
「ならいいけど……。」
彼女の顔を見ていたらいたたまれなくなった。
「ごめん……。サキ。ごめん。ほんとにごめん。」
「何?いきなり。やっぱさっきの話聞いてなかったのかい?」
サキはもう一人の自分に頭を下げてあやまった。
「違う……そうじゃなくて……違うんだ。」
どう説明すればいいのかわからなかった。
サキはいままで彼女を自分だからどんな扱いをしても大丈夫だとそう思っていた。
だが、彼女には彼女なりの意思があり、同じところもたくさんあったが彼女は自分ではない。同じ名前で同じ顔だけど違う者。
別人だ。
だいたい、オウム返しではなくこうやって会話になっている事がお互い別の意思を持っている証拠なのではないか。
「違うんだ……。」
「わかっているよ。」
サキが言葉を発した時、もう一人の自分は表情を消してぼそりとつぶやいた。
「え……。」
サキは驚いて彼女を見返した。
「状況はよくわかんないんだけどさ、あたし、この世界にいちゃいけないんだろ?」
彼女は空虚な目でサキを見据えていた。
ずっと昔から気がついていた事らしい。
「……。」
「はっきり言いな。」
「そう……だよ。あんたはこの世界にいちゃいけないんだ。あんたはあたしなんだから。」
サキは唇を噛みしめ、こぶしを握りしめた。
なんだかとても苦しかった。
「そっか。」
次の反応が怖かったサキは拍子抜けした。
彼女はただ、一言そう言っただけだった。
「やっぱり、あたしとあんたは違うのかな。」
「一緒だったら気持ち悪いだろ。この状態でも十分気持ち悪いんだけどね。」
「……うん。やっぱり違うんだ。……じゃあ、もう一つ、明らかにしたい事があるんだ。」
サキは目をつぶった。
「なんだい?」
「あたしは悪い事をしているおかあさんを止めるべきか、ほっとくべきか。」
「そんなの知らないよ。あんたが決める事じゃん。」
彼女は呆れた目をしてこちらを見た。サキはそれを見て大きく頷いた。
「わかった。ありがとう。」
サキがそう言った時、彼女は消え始めた。足先から徐々になくなっていく。
「こんな安らかに消えられるなんて幸せだよ。まったく。」
「サキ……。」
「ああ、一つだけ言い忘れてた。
あんたはあたしみたいになっちゃダメだよ。
ダラダラ生きていると何にも楽しくない。
あたしはすぐにやる気なくなっちゃうけどさ、あんたはもうちょっと頑張ってみたら?」
「え?」
サキは足先から彼女の顔へと目線を向けた。
「だってさ、あんたはあたしなんだろ?」
「!」
彼女はそう言って笑いながら消えて行った。
……あたしの代わりに頑張れって事か?
彼女が消えてからサキは真っ白な空間にただ取り残された。
彼女とはもう会う事はないだろう。
神格を放棄できるほどの神格をもう持っていない。
……こないだの神権放棄であたしはぎりぎりだった。
……そしてあたしはアマテラスの加護を失った太陽神としてただ消滅を待つ存在になる。
いま、あたしは彼女と一つになった。
実感はないけどおそらく彼女があたしになった。
あたしの神格は今どん底だ。
もう這い上がれないだろうな。
あたしはお母さんにいいように使われて殺されるのか……。
あんまりだな……。
サキはその白い空間の中でだんだんと意識を失っていった。
「はっ!」
サキは今度はっきりと目を開けた。
「サキ様!」
サキが目を覚ました事に気がついた太陽神の一人が近づいてきた。
それから徐々に太陽神、猿が集まってきた。
サキはあたりを見回した。
ほとんどの太陽神達は立ったまま目を閉じ、何か呪文のようなものをつぶやいていた。場所は太陽の宮の一室。畳の部屋だ。
「あ、サキ様!起き上ってはいけません。」
太陽神の一人が起き上ろうとしたサキを止めた。
「……。大丈夫だよ。」
サキはそう言って不安そうな太陽神達に見守られながらゆっくり起き上った。
起き上ってみると目線が高かった。
立ち上がってみる。
やはりあきらかに目線が高い。
手を見ると手も大きくなっており、服はいつ着替えさせられたのか仙女のような格好に変わっていた。
……あたし、デカくなってる……。
近くにたまたまあった鏡が目に入った。
自分はさっきまで目の前にいたあのサキと同じ顔をしていた。
……そっか。やっぱり中途半端に人間になったんだな……
「サキ様!」
ぼうっとしていたらまた声がかかった。今度は聞き覚えのある声だ。
「サル……?」
「目覚めるのがお早いでござるな……。そして大きくなられた。」
「うん。あたし、どうなるのさ。」
ほっとしているサルにサキは声をかけた。
「大丈夫でござる。今、サキ様の力はほとんどないのでござるがあの女から力をごっそりサキ様に返せばサキ様はもとに戻れるでござる。」
「そう……なんだ。」
「今はその準備段階でござる。時神殿が時間の鎖を巻くのに成功したのでござる。これから反撃は始まる!」
サルはそう言ったがサキの気持ちを案じ、言った後に気まずそうに下を向いた。
「……大丈夫だよ。もう、大丈夫だから。ちょっと、お母さんのとこに行ってもいいかい?」
「だっ……ダメでござる!」
サルは慌ててサキを止めた。
「お願い。」
「うっ……。」
サキの眼力でサルは詰まった。
「お願い!最後なんだから!」
「……最後……。」
サキの言葉にサルは色々と悟った。
サキの心はもう決まっている。
辛かっただろうがそういう決断をしたのだ。
「わかったのでござる。小生もついて行かせていただくがよろしいか?」
「いいけど邪魔しないでくれよ。」
サキはヒラヒラと羽衣をなびかせながらサルに背を向けて歩き出した。
その背中は弱々しかったが強い決意を感じた。




